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遺されたもの
爆弾発言2
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(さしずめ『初手天元』ってとこかな…)
意表を突かれて茫然とする二人を見て、ウルスラはしょーもない事を考えていた。
何しろ中世さながらのこの世界で、身分の保持は只人の国家において生存へのもっとも根源的な命綱だ。身分とは要するに市民権であり、持たなければ街に住むこともできずに奴隷か野垂れ死に一直線である。つまりは、中世世界においては『追放』=『緩慢な処刑』みたいなものなのだ。
もちろんウルスラは平気の平左だから相続を辞退したのだが、だからといって(とりあえず意表をついて会談の主導権を取って、こっちの意見を押し通す)……なんて事はあんまり考えていなかった。そもそも『初手天元』は負けフラグだ。
ただ、自分はもう人の身体では無いと印象付けるようにデモして見せたのに、王にショックを受けた気配も忌避感もあまり感じられないのが気にかかった。裏返せばウルスラへの執着がまだ強いという事だろう。
……メカ少女でもOKな王様とは美味い酒を呑める友になれたかもしれないが、さすがに愛でる対象が自分じゃちょっと無理だ。あと、この身体で酒は呑めない。
こうなれば、とにかく早期に執着を切る方を最優先である。幸いにしてこちらの手札は全て「王の側には居られない」なので、それを早めに全部開示するのが礼儀であり優しさというものだ。思わせぶりな言葉を重ねた挙句に最後に「ごめんなさい」は最悪だ。『人の心が無いんか』と言いたくなる。
ウルスラの予想外の回答に、王もイクスも目を丸くして言葉を失っていたが、さすがに20年に渡って揉まれ続けて来た王は、少なくとも内心の動揺を声の震えに出さないだけの自制心を持っていた。
「…何故であろうか?」
「理由はいくつかございます」
手札を切りながら、ウルスラは王の反応を伺う。こちらの言い分を信用してくれるのは手間が省けてありがたいが、無条件で信じるようなポンコツ王のままでも困るのである。ちゃんと考えて判断して欲しい。
「第一には、わたしのような素性が確かで無い者に、100年に渡って人類領域の守護を務めた〈勇者〉の名跡を継がせたりしたならば、貴族諸卿だけでなく庶民からの嫌疑の目、それを為した王家への不満は大変大きなものになる事が予想されるからです。わたしは確かに血縁上は〈勇者〉の孫でありそう主張し続けますが、それを証明する手立ては一切ありません。また、わたしがこの身体で蘇った経緯を仔細に明かせば、それに対する嫌悪感を持たれる事も予想されます」
ウルスラは、当初からの懸念を一枚目として開示した。そもそも、この世界に疎い自分でも思いつく事なのだから、噂で聞いていた本来の王の判断力なら、この程度の事はウルスラが言うまでもなく気づいてしかるべきなのだ。
王は「ふむ」と頷くと、しばしの間思考を巡らせた。表情は〈待ち望んだ女性が帰って来て浮かれていた男〉から、きちんと〈至高の座の男〉に切り替わっている。事実、(ウルスラ嬢の主張は理にかなっているな)と王は考えていた。そして(謁見の時から、彼女は理詰めでしか話さない)と気づいていた。それが「この国の王を動かすための正しい方法」だとウルスラが認識しているということにも。
「貴女の祖父である〈勇者〉自身がそれを望んだのに、貴女はそれを否定すると?」
「はい。祖父もこの懸念は持っていましたが…不満を持つ者は、全て武威で黙らせるつもりだったようです。『それが貴族の流儀だ』と。ですが、わたしはそのような流儀は望む所ではありません」
「…相判った。確かに貴女の言は正しい、私は少し先走り過ぎていたようだ。……だが、貴女にはなんらかの身分が必要なのも確かだ。自分の身分については、何か希望があるのだろうか?」
落ち着いた声でそう話す王に、ウルスラは内心で胸をなでおろした。なにもかも放り投げて、記憶の中のウルスラを手許に置きたいだけの色ボケ王では無くなったということだ。
(さーて、交渉はこっからが本番だわなぁ…。だんだん手札がヤバくなっていく訳だが、正気に戻ったみたいだし大丈夫だろかね…)
ウルスラは手札の2枚目を開示する。
「それをお話しする前に、相続を辞退する残りの理由もお話しさせていただきます」
「…聞こう」
「二つ目は、わたしが変わってしまったことです。わたしは元の…陛下の知っているウルスラではありません」
「…………なに?」
「き、貴様はっ!自分の魂はウルスラ本人だと言ったでは無いかっ!」
それまでは黙っていたイクスが気色ばんで口を挟んで来た。
(なんで護衛なのに一々口を挟んでくるんだろう、この婆さんは。カルシウムが足りて居ないんじゃなかろうか?)そう思いながらウルスラはとりあえず気にしない事にしている。もう賑やかし扱いだ。まぁ王に説明すれば、それがこの婆さんへの回答にもなるだろう。
「この身体への魂の定着作業を行った岩人の技術者は、魂に僅かな変化があった事を認めています。その後、目覚めたわたしの記憶は欠損しており、またしばらくの間は感情も無い人事不詳に近い状態でした。技術者の見立てでは、20年の月日により魂にかなりの欠損が生じていたのではないか…と」
「記憶に…欠損」
「はい、先ほどの皆さまと会話した際は、幸いにもボロを出さずに済みましたが…陛下が、皆さまとの歓談をお命じになったなら、違和感に気づかれたかと存じます」
「何故それを先に言わない!」
「それはもちろん、こうして面談していただけなくなるからです」
(あーうっさい)と思いながら、ウルスラはシレっと言って見せた。
口には出さないが(さっきからなんなのこの人は。あんたの思う通りの人間じゃ無きゃ王と面談したらダメなんかね?お前のお気持ちなんか知らんがね)というのが偽らざる気持ちである。
「貴様ーーーっ」
「わたしの目的は、陛下に対してわたしが抱える事情を全てお話しする事であり、そのためにはこうして面談の機会を賜る事がどうしても必要でした。手段と目的を取り違えて機会を逸するなど愚の骨頂です。そのうえで、わたしの記憶が欠けていると今になって明かした事で、何か事情は変わりますでしょうか?何度でも申し上げますが、わたしの魂がウルスラである事は他ならぬ〈勇者〉が認めており、わたしが陛下に害意を持っていない事は何度も説明して見せましたがが?」
「……おのれ…そのよく回る舌で〈勇者〉も転がしたか」
言葉に詰まった悔し紛れだったのかもしれないが、この一言は迂闊すぎた。
「……その言葉は見過ごせません。取り消していただきたい」
ウルスラの声が低くなった。
外野が何を喚いてもスルーするつもりだったが、トールへの侮辱を許す事だけはできない。
「な、何を…」
「死ぬまでこの世界の〈勇者〉たらんとした爺ちゃんが、わたしの言葉ごときでどうこうできると思っているのか?〈勇者〉を侮辱するのも大概にしろ!アンタの首に乗っているのは老練を装う飾りか?アンタは歳を重ねた魔法使いなんだろ?。魔法使いらしくもう少し頭捻って考えてみやがれ!」
「おのれ……許さぬ!陛下、ご無礼!」
正面から面罵されてブチ切れたイクスは、言うや〈眠りの雲〉を放った。なるほど宮廷魔法使いだけあり、その発動スピードは大したものであったが、生き物では無いウルスラには全く効果が無い。
「気絶も窒息もしないって言ったでしょうが」
呆れ声のウルスラは立ち上がると、イクスに向かって歩を進めた。もちろんイクスもそこまで間抜けではなかった。王の対面に座るウルスラを動かすための一手だった。
印を切り瞬時に4本の魔法の矢を放つ。殺さぬまでもウルスラの四肢を砕くつもりで放った魔法の矢を、ウルスラは避けもしなかった。『バシッ』という音と共に地味なドレスを引き裂かれながらも、ウルスラは攻撃を全く意に介さなかった。そのまま進むと、驚愕の表情のイクスの首を鷲掴みにして持ち上げた。つま先立ちになった老魔女は、何か魔法を唱えようとしたが、息が続かない。
「この程度で勝てると思っていたなら、人間以外との実戦経験が無さすぎです。どこかの迷宮で、単独で魔銀の魔導兵を倒せるようになってから喧嘩を売るべきでしたね」
本人の実戦経験も大した事は無いのだが、それは言わぬが華だ。何より、衣服はズタズタにされたが、その身体には傷一つ付いていないのだから、実戦経験云々以前の話だ。
「あなたがわたしにしたように『舐められたら殺す』流儀でいいですか?」
「う…ぐ」
イクスの両足が完全に宙に浮いた所で、ウルスラの背後から声が上がった。
「私が謝罪しよう」
首だけ振り返ると、ソファーから立ち上がって成り行きを見ていた王が頭を下げている。
「勇者への行き過ぎた言は謝罪する。その人は幼少の頃から私の身を案じ続けてくれた師なのだ、許してもらいたい」
王にそこまで言わせては是非も無かった。ウルスラは無造作にイクスを開放すると、へたり込むイクスを一瞥もせずに元の席に戻った。
(『貴族の流儀』は望まない」と言った舌の根も乾かぬうちにやっちまったな…)
苦笑しそうになるウルスラだが、この世界ではこの方が都合がいいように思える。どこかで実力を見せなければ、この魔女はずっと煩く口を出してきただろう。それがこの世界の流儀という事だ。
「イクス師、今の所ウルスラ嬢の言う事には筋が通っている。まずは話を全て聞こうでは無いか」
「面目…次第もございませぬ」
王は、イクスの失態を責めなかったが、身の心配もしなかった。ウルスラに殺すつもりがないであろう事は理解していた。それだけの力の差があることも。
王はすぐ席には戻らず、部屋の端から自分の外套を持ってきてウルスラの肩にかけた。さすがに足を組んだりはしなかったが、ウルスラは裂けたドレスも気にせず座っていたからだ。
「人の身体であろうが無かろうが、美しいものは美しい。……が、少々目の毒でな」
「御見苦しいものを…」
「後で着替えを用意させる」
ウルスラが外套を引き合わせて剥き出しになってしまった膝を隠すと、王は安堵したように元の席に着いた。中世欧州準拠のこの世界では、足首から上が絶対領域だ。
イクスはふらつきながらも、護衛の矜持か杖で身体を支えて王の後ろに立つ。
「話を戻そう。貴女の魂と記憶が欠損しているとの事だが、今こうして私たちと話す事も可能であるが?」
(へぇ…)
今までは礼儀を守ってきたウルスラだが、先に喧嘩を売ってきたのはイクスなので謝罪しなかった。だが、王の表情にも声にも不満の色は全く無く、何事も無かったかのように会談に戻った。
いや、つまりは何も無かったのだ。そういう事なのだ…とウルスラも理解した。
「記憶と魂は密接に結びついており、魂が欠けた分だけわたしの記憶が失われていると想定されました。そこでわたしの記憶を検証した結果、わたしは自分の記憶の一部を失った代わりにそこに誰か別の人間の記憶が混じった状態になっていると判りました。その割合から、わたしの魂の欠損はそのままでは覚醒がおぼつかないほど致命的であり、その欠損を補うためにだれか別の魂で補填したのではないか…と」
「他人の魂?私には以前の貴女と変わり無いように見えるが…」
「岩人も、感知した魂の変化はほんの僅かだと言っていました。わたしにかなり近い魂を合一したのだろうと考えています」
「別人が混じっているのは確かなのだろうか?」
「はい。わたしには、まったく身に覚えのない…それどころか、想像した事すらない世界の記憶があります。確証はありませんが、祖父と同郷の方なのではないかと…」
「勇者の世界か…」
王はウルスラの性格を改めて思い返していた。言われて見れば確かに今のウルスラは、記憶に残るウルスラとは微妙に性格が異なるように思える。元のウルスラは…言葉を選ばずにいえばもっと単純だったし、『貴族の流儀』を行使するのに躊躇しないだろう。今のウルスラは、言うなれば少し大人びているように見える。
「他者の魂で欠損を修復というのは、その岩人が為した事ではないのだな?」
「はい、魂に対する知見が少なすぎて、自分以外の誰かでも不可能だろうと言っていました。岩人は自分の技術に誇りをもっており、できない事はできないとしか言いません。……ここから先は推測でしかございませんが…恐らくは、最後の望みとしてわたしの復活を強く望んだ祖父に、女神様が恩寵を賜られたとしか考えられないかと」
真実ではあるが苦し紛れの言い訳『女神の仕業』は、意外や王の心にすとんと収まったらしい。
「あぁ…そうであったな。主が〈勇者〉を降臨させ、その意を受けて100年に渡って尽くしてくれたのだから、全てを失った〈勇者〉が心安らかに役目を終えるよう恩寵があったとしても、なんの不思議もないか」
そう言って聖印を切ると、女神に感謝の祈りを捧げた。
「わたしは身体を失い、何割かの記憶を失い、そして誰ともしれない魂が混じっています。わたし自身はわたしがウルスラであると主張しつづけますが、わたし以外から見た場合、もとのわたしは半分以下しか残っていません。これでは、〈勇者〉の孫だと主張しても、納得していただける方は少ないかと存じます」
敢えて「陛下も納得しないのでは?」という言い回しを避けたが、対象が情報を明かした相手=王である事は、考えなくても判るだろう。
「そんな貴女を、〈勇者〉は自身の孫と認め、後継者に指名したのか…」
「身体を亡くした時点で元のわたしからは半減ですが、元の身体を取り戻す事ができない事は最初から判り切っていましたので、祖父は魂しか見ていませんでした。魂だけ見れば八割方はわたしだと認めてくれたようです」
王はしばらく黙ったまま情報を整理しているように見えたが、実際のところこの娘をウルスラと認める事自体は既に確定していた。理由はトールと同じだ。この娘は、王にとってはもうウルスラなのだ。長考しているのは、思考は別な方に飛んでいたためである。すなわち、(妻に迎えることは諦めるしかない。蘇った勇者の孫だという事は隠すしかない。だが、弁も立ち宮廷魔法使いの魔法も通じない、対人ではほぼ無敵の機械の身体の少女を、どうにか側近として登用できないか?)という事である。
だが、そのプランを具体化しようとする前に、ウルスラが3枚目の札を切った。
「そして三つ目の理由は……」
思考を途中で遮られた王が、訝し気に顔を上げた。
「わたしの残り寿命がそう長く無い……ためです」
意表を突かれて茫然とする二人を見て、ウルスラはしょーもない事を考えていた。
何しろ中世さながらのこの世界で、身分の保持は只人の国家において生存へのもっとも根源的な命綱だ。身分とは要するに市民権であり、持たなければ街に住むこともできずに奴隷か野垂れ死に一直線である。つまりは、中世世界においては『追放』=『緩慢な処刑』みたいなものなのだ。
もちろんウルスラは平気の平左だから相続を辞退したのだが、だからといって(とりあえず意表をついて会談の主導権を取って、こっちの意見を押し通す)……なんて事はあんまり考えていなかった。そもそも『初手天元』は負けフラグだ。
ただ、自分はもう人の身体では無いと印象付けるようにデモして見せたのに、王にショックを受けた気配も忌避感もあまり感じられないのが気にかかった。裏返せばウルスラへの執着がまだ強いという事だろう。
……メカ少女でもOKな王様とは美味い酒を呑める友になれたかもしれないが、さすがに愛でる対象が自分じゃちょっと無理だ。あと、この身体で酒は呑めない。
こうなれば、とにかく早期に執着を切る方を最優先である。幸いにしてこちらの手札は全て「王の側には居られない」なので、それを早めに全部開示するのが礼儀であり優しさというものだ。思わせぶりな言葉を重ねた挙句に最後に「ごめんなさい」は最悪だ。『人の心が無いんか』と言いたくなる。
ウルスラの予想外の回答に、王もイクスも目を丸くして言葉を失っていたが、さすがに20年に渡って揉まれ続けて来た王は、少なくとも内心の動揺を声の震えに出さないだけの自制心を持っていた。
「…何故であろうか?」
「理由はいくつかございます」
手札を切りながら、ウルスラは王の反応を伺う。こちらの言い分を信用してくれるのは手間が省けてありがたいが、無条件で信じるようなポンコツ王のままでも困るのである。ちゃんと考えて判断して欲しい。
「第一には、わたしのような素性が確かで無い者に、100年に渡って人類領域の守護を務めた〈勇者〉の名跡を継がせたりしたならば、貴族諸卿だけでなく庶民からの嫌疑の目、それを為した王家への不満は大変大きなものになる事が予想されるからです。わたしは確かに血縁上は〈勇者〉の孫でありそう主張し続けますが、それを証明する手立ては一切ありません。また、わたしがこの身体で蘇った経緯を仔細に明かせば、それに対する嫌悪感を持たれる事も予想されます」
ウルスラは、当初からの懸念を一枚目として開示した。そもそも、この世界に疎い自分でも思いつく事なのだから、噂で聞いていた本来の王の判断力なら、この程度の事はウルスラが言うまでもなく気づいてしかるべきなのだ。
王は「ふむ」と頷くと、しばしの間思考を巡らせた。表情は〈待ち望んだ女性が帰って来て浮かれていた男〉から、きちんと〈至高の座の男〉に切り替わっている。事実、(ウルスラ嬢の主張は理にかなっているな)と王は考えていた。そして(謁見の時から、彼女は理詰めでしか話さない)と気づいていた。それが「この国の王を動かすための正しい方法」だとウルスラが認識しているということにも。
「貴女の祖父である〈勇者〉自身がそれを望んだのに、貴女はそれを否定すると?」
「はい。祖父もこの懸念は持っていましたが…不満を持つ者は、全て武威で黙らせるつもりだったようです。『それが貴族の流儀だ』と。ですが、わたしはそのような流儀は望む所ではありません」
「…相判った。確かに貴女の言は正しい、私は少し先走り過ぎていたようだ。……だが、貴女にはなんらかの身分が必要なのも確かだ。自分の身分については、何か希望があるのだろうか?」
落ち着いた声でそう話す王に、ウルスラは内心で胸をなでおろした。なにもかも放り投げて、記憶の中のウルスラを手許に置きたいだけの色ボケ王では無くなったということだ。
(さーて、交渉はこっからが本番だわなぁ…。だんだん手札がヤバくなっていく訳だが、正気に戻ったみたいだし大丈夫だろかね…)
ウルスラは手札の2枚目を開示する。
「それをお話しする前に、相続を辞退する残りの理由もお話しさせていただきます」
「…聞こう」
「二つ目は、わたしが変わってしまったことです。わたしは元の…陛下の知っているウルスラではありません」
「…………なに?」
「き、貴様はっ!自分の魂はウルスラ本人だと言ったでは無いかっ!」
それまでは黙っていたイクスが気色ばんで口を挟んで来た。
(なんで護衛なのに一々口を挟んでくるんだろう、この婆さんは。カルシウムが足りて居ないんじゃなかろうか?)そう思いながらウルスラはとりあえず気にしない事にしている。もう賑やかし扱いだ。まぁ王に説明すれば、それがこの婆さんへの回答にもなるだろう。
「この身体への魂の定着作業を行った岩人の技術者は、魂に僅かな変化があった事を認めています。その後、目覚めたわたしの記憶は欠損しており、またしばらくの間は感情も無い人事不詳に近い状態でした。技術者の見立てでは、20年の月日により魂にかなりの欠損が生じていたのではないか…と」
「記憶に…欠損」
「はい、先ほどの皆さまと会話した際は、幸いにもボロを出さずに済みましたが…陛下が、皆さまとの歓談をお命じになったなら、違和感に気づかれたかと存じます」
「何故それを先に言わない!」
「それはもちろん、こうして面談していただけなくなるからです」
(あーうっさい)と思いながら、ウルスラはシレっと言って見せた。
口には出さないが(さっきからなんなのこの人は。あんたの思う通りの人間じゃ無きゃ王と面談したらダメなんかね?お前のお気持ちなんか知らんがね)というのが偽らざる気持ちである。
「貴様ーーーっ」
「わたしの目的は、陛下に対してわたしが抱える事情を全てお話しする事であり、そのためにはこうして面談の機会を賜る事がどうしても必要でした。手段と目的を取り違えて機会を逸するなど愚の骨頂です。そのうえで、わたしの記憶が欠けていると今になって明かした事で、何か事情は変わりますでしょうか?何度でも申し上げますが、わたしの魂がウルスラである事は他ならぬ〈勇者〉が認めており、わたしが陛下に害意を持っていない事は何度も説明して見せましたがが?」
「……おのれ…そのよく回る舌で〈勇者〉も転がしたか」
言葉に詰まった悔し紛れだったのかもしれないが、この一言は迂闊すぎた。
「……その言葉は見過ごせません。取り消していただきたい」
ウルスラの声が低くなった。
外野が何を喚いてもスルーするつもりだったが、トールへの侮辱を許す事だけはできない。
「な、何を…」
「死ぬまでこの世界の〈勇者〉たらんとした爺ちゃんが、わたしの言葉ごときでどうこうできると思っているのか?〈勇者〉を侮辱するのも大概にしろ!アンタの首に乗っているのは老練を装う飾りか?アンタは歳を重ねた魔法使いなんだろ?。魔法使いらしくもう少し頭捻って考えてみやがれ!」
「おのれ……許さぬ!陛下、ご無礼!」
正面から面罵されてブチ切れたイクスは、言うや〈眠りの雲〉を放った。なるほど宮廷魔法使いだけあり、その発動スピードは大したものであったが、生き物では無いウルスラには全く効果が無い。
「気絶も窒息もしないって言ったでしょうが」
呆れ声のウルスラは立ち上がると、イクスに向かって歩を進めた。もちろんイクスもそこまで間抜けではなかった。王の対面に座るウルスラを動かすための一手だった。
印を切り瞬時に4本の魔法の矢を放つ。殺さぬまでもウルスラの四肢を砕くつもりで放った魔法の矢を、ウルスラは避けもしなかった。『バシッ』という音と共に地味なドレスを引き裂かれながらも、ウルスラは攻撃を全く意に介さなかった。そのまま進むと、驚愕の表情のイクスの首を鷲掴みにして持ち上げた。つま先立ちになった老魔女は、何か魔法を唱えようとしたが、息が続かない。
「この程度で勝てると思っていたなら、人間以外との実戦経験が無さすぎです。どこかの迷宮で、単独で魔銀の魔導兵を倒せるようになってから喧嘩を売るべきでしたね」
本人の実戦経験も大した事は無いのだが、それは言わぬが華だ。何より、衣服はズタズタにされたが、その身体には傷一つ付いていないのだから、実戦経験云々以前の話だ。
「あなたがわたしにしたように『舐められたら殺す』流儀でいいですか?」
「う…ぐ」
イクスの両足が完全に宙に浮いた所で、ウルスラの背後から声が上がった。
「私が謝罪しよう」
首だけ振り返ると、ソファーから立ち上がって成り行きを見ていた王が頭を下げている。
「勇者への行き過ぎた言は謝罪する。その人は幼少の頃から私の身を案じ続けてくれた師なのだ、許してもらいたい」
王にそこまで言わせては是非も無かった。ウルスラは無造作にイクスを開放すると、へたり込むイクスを一瞥もせずに元の席に戻った。
(『貴族の流儀』は望まない」と言った舌の根も乾かぬうちにやっちまったな…)
苦笑しそうになるウルスラだが、この世界ではこの方が都合がいいように思える。どこかで実力を見せなければ、この魔女はずっと煩く口を出してきただろう。それがこの世界の流儀という事だ。
「イクス師、今の所ウルスラ嬢の言う事には筋が通っている。まずは話を全て聞こうでは無いか」
「面目…次第もございませぬ」
王は、イクスの失態を責めなかったが、身の心配もしなかった。ウルスラに殺すつもりがないであろう事は理解していた。それだけの力の差があることも。
王はすぐ席には戻らず、部屋の端から自分の外套を持ってきてウルスラの肩にかけた。さすがに足を組んだりはしなかったが、ウルスラは裂けたドレスも気にせず座っていたからだ。
「人の身体であろうが無かろうが、美しいものは美しい。……が、少々目の毒でな」
「御見苦しいものを…」
「後で着替えを用意させる」
ウルスラが外套を引き合わせて剥き出しになってしまった膝を隠すと、王は安堵したように元の席に着いた。中世欧州準拠のこの世界では、足首から上が絶対領域だ。
イクスはふらつきながらも、護衛の矜持か杖で身体を支えて王の後ろに立つ。
「話を戻そう。貴女の魂と記憶が欠損しているとの事だが、今こうして私たちと話す事も可能であるが?」
(へぇ…)
今までは礼儀を守ってきたウルスラだが、先に喧嘩を売ってきたのはイクスなので謝罪しなかった。だが、王の表情にも声にも不満の色は全く無く、何事も無かったかのように会談に戻った。
いや、つまりは何も無かったのだ。そういう事なのだ…とウルスラも理解した。
「記憶と魂は密接に結びついており、魂が欠けた分だけわたしの記憶が失われていると想定されました。そこでわたしの記憶を検証した結果、わたしは自分の記憶の一部を失った代わりにそこに誰か別の人間の記憶が混じった状態になっていると判りました。その割合から、わたしの魂の欠損はそのままでは覚醒がおぼつかないほど致命的であり、その欠損を補うためにだれか別の魂で補填したのではないか…と」
「他人の魂?私には以前の貴女と変わり無いように見えるが…」
「岩人も、感知した魂の変化はほんの僅かだと言っていました。わたしにかなり近い魂を合一したのだろうと考えています」
「別人が混じっているのは確かなのだろうか?」
「はい。わたしには、まったく身に覚えのない…それどころか、想像した事すらない世界の記憶があります。確証はありませんが、祖父と同郷の方なのではないかと…」
「勇者の世界か…」
王はウルスラの性格を改めて思い返していた。言われて見れば確かに今のウルスラは、記憶に残るウルスラとは微妙に性格が異なるように思える。元のウルスラは…言葉を選ばずにいえばもっと単純だったし、『貴族の流儀』を行使するのに躊躇しないだろう。今のウルスラは、言うなれば少し大人びているように見える。
「他者の魂で欠損を修復というのは、その岩人が為した事ではないのだな?」
「はい、魂に対する知見が少なすぎて、自分以外の誰かでも不可能だろうと言っていました。岩人は自分の技術に誇りをもっており、できない事はできないとしか言いません。……ここから先は推測でしかございませんが…恐らくは、最後の望みとしてわたしの復活を強く望んだ祖父に、女神様が恩寵を賜られたとしか考えられないかと」
真実ではあるが苦し紛れの言い訳『女神の仕業』は、意外や王の心にすとんと収まったらしい。
「あぁ…そうであったな。主が〈勇者〉を降臨させ、その意を受けて100年に渡って尽くしてくれたのだから、全てを失った〈勇者〉が心安らかに役目を終えるよう恩寵があったとしても、なんの不思議もないか」
そう言って聖印を切ると、女神に感謝の祈りを捧げた。
「わたしは身体を失い、何割かの記憶を失い、そして誰ともしれない魂が混じっています。わたし自身はわたしがウルスラであると主張しつづけますが、わたし以外から見た場合、もとのわたしは半分以下しか残っていません。これでは、〈勇者〉の孫だと主張しても、納得していただける方は少ないかと存じます」
敢えて「陛下も納得しないのでは?」という言い回しを避けたが、対象が情報を明かした相手=王である事は、考えなくても判るだろう。
「そんな貴女を、〈勇者〉は自身の孫と認め、後継者に指名したのか…」
「身体を亡くした時点で元のわたしからは半減ですが、元の身体を取り戻す事ができない事は最初から判り切っていましたので、祖父は魂しか見ていませんでした。魂だけ見れば八割方はわたしだと認めてくれたようです」
王はしばらく黙ったまま情報を整理しているように見えたが、実際のところこの娘をウルスラと認める事自体は既に確定していた。理由はトールと同じだ。この娘は、王にとってはもうウルスラなのだ。長考しているのは、思考は別な方に飛んでいたためである。すなわち、(妻に迎えることは諦めるしかない。蘇った勇者の孫だという事は隠すしかない。だが、弁も立ち宮廷魔法使いの魔法も通じない、対人ではほぼ無敵の機械の身体の少女を、どうにか側近として登用できないか?)という事である。
だが、そのプランを具体化しようとする前に、ウルスラが3枚目の札を切った。
「そして三つ目の理由は……」
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