不死身のボッカ

暁丸

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遺されたもの

果たされた約束

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 王は背もたれに身体を沈めると、ふーっと長く息を吐きだした。

 今までのやり取りで、ウルスラの中のもう一人は即座に正気を失ったり絶望したりしない事だけは判った。そんな心持では、こんな皮肉を込めたやり取りはできないはずだ。今すぐこの世界が破滅する訳ではないということだ。
 だが、いつ破滅するか判らない事に変わりは無い。そして、打てる手は何もない。少しでも長く…せめて自分の治世の間くらいは、この爆弾少女が短慮を抑えてくれるように願うしか無いのだ。

 「あなたを殺す事もできぬ、隔離して意味がない…我々はあなたに脅えて暮らすしかないという事か…」

 そんなに恨みがましく言われても、ウルスラが自分で望んだ事ではない。というか、本人も無茶苦茶迷惑している。ウルスラも少し言い返したくなった。

 「〈勇者〉はこの身体を危険物にする事で、ウルスラを害そうとする者から守るつもりでした。ですが、わたしは今とは別の姿に変えるつもりです。この姿のわたしは、ウルスラの魂と共に消えるべきでしょう。そうなればわたしが危険物だと公表する必要は無くなります。それを知るのは陛下のみ、他は何も知らないままです」

 そんなの当たり前の話だ、こんな情報を公表したら大パニックになりかねない。
 だから、これがウルスラの嫌味返しである事を、王はきちんと受け取めていた。

 「……なるほど、怯えるのは『我々』ではなく『私』か…。まったく…知らない方が幸福な情報というのは、確かにあるものなのだな…イクス師も、この事は決して口外しないよう頼む」
 「は、はい…それはもちろん…」
 「陛下が、耳に心地よい情報だけを求める御方でしたら、申し上げませんでした」

 意趣返しがちゃんと通じたので、ウルスラはフォローを入れる事も忘れない。だが、王は少し乾いた笑みを浮かべた。

 「…王に厳しい所は元のウルスラ嬢と同じか」

 褒めているのは判るし、確かに王は知っていなければならない事なのかもしれない。だが、それにしたってこの情報は一人で背負うには重すぎる。

 「とんでもない。陛下はこの話を聞いても、お怒りになったり取り乱したりするような王では無いと聞いておりましたから。それに、何もせずに相続を放棄すれば、屋敷で暮らす二人が困る事になりかねません。何より、陛下に何も告げずに消える事はウルスラが望みませんでした。ですから、隠し立てせず陛下に全てお話しする事にしたのです」

 (おまけに、どういう言い方をすれば私その気になるかもしっかり把握している…と)
 王は身体を起こすと、しばらく思案していた。


 結局の所、ウルスラがこの世界すべての人命を人質にしてるという事実には、なんら変わりは無い。だが、それをタテに求めているのは、自分を王国の国民として認める事、屋敷の居住権、なにより自分達への不可侵の約束くらいなものだろう。それは今までの待遇を継続しろと言うだけだ、些細な要求と言って良い。そして、仮に王がそれを拒否しても、ウルスラは自爆などはできはしない。屋敷の二人がウルスラ自身にとっての人質のようなものだし、その程度で世界を道連れに自爆するような者を女神が呼ぶ訳が無いからだ。つまりは、威力が大きすぎて人質の意味を成していないのだ。交渉材料になどなりもしない。
 だが、ウルスラがそんな事に気づかぬ訳が無い。それらを承知の上で情報を全て明かしたのだ。それは、王への信頼と誠意…そう受け取るべきなのだろう……。

 (もちろん、自爆抜きでも彼らの実力が抜きんでている事が前提なのだろうが…)



 「……ウルスラ嬢の願いを無下にはできないな。もう一人であるあなたに、王国民としての身分を保証しよう。…あなたがその姿を捨てるなら、あなたをなんと呼べば良いだろうか?」
 「ありがとうございます。ウルスラで無いわたしは『マキナ』とでもお呼びください」

 生前は、ゲームを始める時に自キャラの名前で数日は悩むウルスラの中の人だが、今回ばかりは即座に決めた。時間だけは無限にあるので、事前に考えていただけなのだが。

 「何か意味があるのか?」
 「わたしの故郷の一部で使われている言語で、『機械』という意味ですね。あ、性別は無いので『嬢』は要りません」

 (これがまぁ、俺の役目にふさわしい名前だわな……極めて遺憾だが)

 王には全てを語らなかったが、もちろん元ネタは『デウス・エクス・マキナ』である。
 〈機械仕掛けの神〉などと訳されるが、巨〇兵やダリ〇ス大帝のように〈人造の神〉という意味では無い。古代ギリシアの舞台演劇で、無茶苦茶になってしまったストーリーをラストで落着させるために、唐突に神様を登場させる事が行われた。その神様は舞台の大道具で表現されたのが〈機械仕掛けの神〉の語源である。つまりは〈人造の神〉という文字通りの意味ではなく、〈シナリオの尻拭いに使われるご都合主義の存在〉という意味合いが強い。

 「判った。しかし、姿形を変えられるなら、どうやって身分を証明すべきだろうか…」
 「身体を作った技術者とも相談しましたが、わたしの魂…この胸の結晶の枠に『この者は人間であり、わが王国の国民である。危害を加えれば王国の法に基づき罰せられる』と記載しようかと考えています」
 「折り紙付きに頑丈なあなたの魂に?どうやって記載すればいいのだ?」
 「直筆でご署名付きの証明書を賜れれば、それをそのまま魔法で刻むそうです」

 (なるほど、そこまで想定済みか…)

 「判った、あなたが帰るまでに用意しよう」

 おそらくは、私との交渉の段取りをかなり念入りにしていたのだろう…と王は理解した。

 「あの領地にはなにか要望があるだろうか?あなたは相続を放棄するつもりのようだが」
 「オーサイム卿は、あの地全てを〈勇者〉の墓所とするよう提案しているはずです。その案を採用いただき、我々をそのまま墓の管理人として住むことを許していただければと存じます。屋敷の二人は、わたしと三人であれば屋敷から出ず、〈勇者〉生前と同じ暮らしを続けると言っています。……ですが、あの地を取り上げようとすれば、王国の敵に回るでしょう……三人とも」
 「おお、怖い怖い……」
 「私もこの世界に暮らす者の一人ですので、極力平穏無事に生きたいかとは思っています。破滅を少しでも先送りするために、わたしが生きがいを持てるよう、ご配慮を賜れれば幸いです」

 王はわざとらしく恐れて見せたが。声にはわずかに笑いが含まれていた。ウルスラも(なるほど、予想済みか)と気づいたから、抜け抜けと自分の要求を念押ししたのだった。

 「では、国家の恩人の墓所として、永代に王家の直轄地としよう。代官は…不要か。住民も収穫も無いからな。だが、〈勇者〉が死去すれば年金はもう出す事ができない。墓の管理費としていくらかは出せようが、足りまい。あの地でどう暮す?」
 「罪人扱いの二人はともかく、わたしには領外で仕事に就く事を許していただければと」

 「ほう」と王は身を乗り出した。

 「不死身の身体なら王国軍でも働けそうだが。私の側で働く気は無いか?」
 「元のウルスラと違って、わたしは荒事の才能が一切ありませんので、お役には立てないかと思います」
 「不死身の身体に無尽蔵の体力というだけで、十分役に立てると思うがな」

 そう言う王だが、今までの会話からウルスラが王城で働く気は無いのだろうと予想はしていた。

 「私は、魔法も使えなければ剣で戦う事もできませんし、権謀術数を行う知恵もありません。迷宮に入るのは先日の一件で懲りましたのもうしたくありません。とはいえ無能な働き者になる気もありませんから、まぁできるとすれば伝令役がせいぜいでしょう。高給をいただけるようなお役目は無理です」

 もちろん、ウルスラが全く戦えない訳では無い。あの巨大弩を使えば十分戦えるだろう…というか、人間相手には完全にオーバーキルだ。だが、〈勇者〉トールが病んだ経緯を本人の口から聞いているので、国の命令で誰かを殺すような仕事はしたく無かった。それこそボカン一直線になりかねない。

 「そうか…ならば、逓信ギルトはどうだろうか?」
 「逓信ギルド…ですか?」
 「手紙や荷物を運ぶ商会が作った組合だ。国を跨いで配送する事も多いから、近隣の国は協定を結んで関所の通過や税について取り決めを行い、我が国もギルドに免状を出している。万が一戦争となれば、軍属として所属する国の為に従軍を求められる場合もあるが、それは探索者ギルドや商業ギルドも大差無い」

 (へぇ宅急便か…確かにこの身体なら疲れ知らずで運搬できるな)
 ウルスラは食材の買い出しをしたときの事を思い出した。野盗の待ち伏せもスピードで振り切った実績がある。フォン・ゼークトの言葉から「伝令役がせいぜい」と自分を評したウルスラだが、確かに自分向きの仕事だと思えて来た。

 「なるほど…一度お話を伺ってみたいですね」
 「では、あなたが身体を作り替えたら紹介状を出してやろう」
 「何から何まで…感謝の言葉もございません」

 珍しく素直に礼をし(就職斡旋までしてもらえるなら望外の好待遇だなぁ)と思うウルスラだが、王は王で(逓信ギルドであれば、王家とのパイプも太い。今のところはこれで満足しておくべきだろう…他国に移られても困るからな)などと思っていたりするのだから、Win-Winと言って良いだろう。



 「……ウルスラ嬢のこと、正直今でも諦めきれるものでは無いが…だがあなたの言う事をもまた正しい。私はウルスラ嬢を苦しめてまで傍に置こうとは思わない。それに…勇者亡き後もこのような怖い後見人がいるのであれば、是非も無い。ウルスラ嬢が心置きなく去れるように、私も心を決めるとしよう…」

 王がそう明確に言葉にした事で、ホッと安心の息(エア吐息)を吐いたウルスラだが、王の評価はいささか心外でもあった。

 「ありがとうございます……怖いのはこの身体でしょう。この身体になる前のわたしは、人畜無害な人間だったのですから」
 「どうかな?」

 (きっと、ウルスラ嬢のために決死の想いで会談に臨んだからだろう)
 誰かを守るために覚悟を決めた者は、どんな温和な者であろうと、どんな脆弱な生き物だろうと、決して後退しない相手になる。
 王はそれを知っている。20年前の、最後のあの広間の侍女たちがそうであったから。

 「着替えを用意させる。そちらの控えの間で少し待って欲しい」
 「承知いたしました」

 ウルスラは立ち上がると、示されたドアの前で振り返り恭しく礼をした。

 「陛下。わたしはこの身体で王国のあちこちを廻り、王国の民の暮らしぶりを見てまいりました。約束を果たしていただいた事、嬉しく思います。本当に…善き王になられました」
 「…っ!」


 小さな音とともに閉じたドアを、王はただ見つめていた。

 (あぁそうだったのか…)

 今のは間違いなく、元のウルスラ嬢だった。

 あの時、最後の瞬間まで自分を守ってくれた少女は、別れの間際に王にこう願った。

 『私の言葉がお心に残るなら…どうか善き王になってください。それはいくつにも別れ、細く険しいとても困難な道かと思います。でも、どうかそれを目指して下さい。正しき道を見つけ、人々に豊かさと安寧を与える王となってください。陛下、どうか善き王になられますよう。それが私の願いです』

 彼女が最後に願ったのは、金銭でも栄誉でも地位でもなかった。
 幼い王は「わかった、きっと善い王になる。だから必ず戻って来て、おねぇちゃんをいつまでも待っているから」と、そう誓ったのだ。
 それが二人のあの日の約束。
 子供同士の他愛のない口約束。だが、命を懸けた口約束だった。

 命を拾い玉座に戻ってから、王はただひたすらに「善き王」たらんとし続けた。
 伝説に謳われる理想の王の業績を調べ、聞いて考え、見て考え、行って考えた。どうすれば「善き王」となれるか、模索し続けた20年だった。
 だが……それは崇高でありながら、一方ではなんとも滑稽な挑戦でもあった。誰も「善き王」がどんなものかを知らないのだ。それはウルスラの心の中にしか無いのだから。
 自分が「善き王」に近づいているのか、王自身にも判らなかった。自分が思いつく限りの善政を敷き、周囲がいかに「若き名君」と称えても、何も心に響かなかった。
 もうこの約束を果たす事はできないはずだった…


 (あぁそうか……だからおねぇちゃんは戻って来てくれたのか。正気を失う苦痛に耐えながら…私との約束を果たすために…)

 王は何かを堪えるかのように天を仰ぐと、きつく目を閉じた。
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