不死身のボッカ

暁丸

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遺されたもの

ジョブチェンジ3

 「もう少し言葉選べよ」

 半笑いで言ったシリオンは、酒を一口含むとクリスタルのグラスを掲げて星空を透かし見る。
 見た目がアレなので『晩酌ごっこ』に見えるが、呑んでいるのはガチで度数の高い蒸留酒だ。国王から上物の酒が下賜されたので、トールの墓にグラスで一杯を供えてその相伴だ。

 「悪いと思ってるよ。俺の故郷は多神教で、トイレの神様やらロマンスの神様やらなんでも有りの国でね、そのノリで口が滑った。あんなにショック受けるとはなぁ…」

 世界中あらゆる国の神話が読めたり、創作モノでいろいろスットコドッコイな神様を見ている日本人にとっては、この世界の主神であるシャリウ神もよくいるポンコツ女神の一柱にすぎない。だが、敬虔なこの世界の人間に女神の人間臭い姿をそのまま伝えたら、確かにそれは恐るべき衝撃だろう。
 
 「俺が心配してんのはお前だよ。あの王なら大目に見てくれそうだけど、異端扱いされたら面倒だぞ」
 「うぇ!まさかシリオンに心配される日が来るとは」
 「お前の外身は俺の最高傑作だし、中身は異世界の知識の塊なんだから当然だろ」
 「デスヨネー……いやまぁ、良識から一番遠いあんたが俺を心配してくれんのはおかしいと思ったんだわ」
 「俺だから言うんだよ。それに、誰が言おうと忠告には変わらんだろ」

 珍しく正論を言うシリオンに、ウルスラ…いやマキナは肩をすくめた。だが、敬虔と良識の正反対にいるシリオンだからこそ、宗教勢力の面倒くささを良く知っているのである。

 「俺、女神を否定した訳じゃなくて、事実をそのまま伝えただけなんだけどなぁ」
 「そう言う理屈が通用しねぇのが神殿なんだよ…面倒ったらありゃしねぇ。こっちは関わり合いになりたく無いのにわざわざ喧嘩売ってきやがる。あいつらの言ってるのは『俺の言葉に従わない奴は女神の敵だ』だからな。女神はこの世界に介入しないはずなのに、どこまで傲慢なんだよ…」

 王はあの後、「考えを整理したい、休ませてくれ」そう言って客間に引き籠ってしまった。イクスとトリスキスも茫然としていた。元日本人にはあんまり理解しがたいが、確かに宗教の多くは『全て信じる』と『それ以外』である、妥協は無い。本来なら、あの場で断罪されてもおかしく無かったと反省すべきなのだろう。
 唯一、シリオンは女神が世界の外からこの世界の運命の流れに干渉していると聞いて、敬意を少し失っていた。元々シリオンにとっては神も研究対象の一つでしかなかったが、神の領域に近づくものを排除したり、ヒトの運命に明確に手出しするようなら存在なら、明確な敵である。

 「まぁ俺はそっち側だが、あんまりアテにすんなよ。さすがにトリスキスが敵に回ったら分が悪い」
 「大丈夫だとは思うけどね。まぁ明日になって陛下が何て言うか次第か」

 と言った所で、ちょうど良い物を思い出した。

 「あ、そういやこれ」

 マキナはテーブルに文筒を転がした。

 「陛下直筆の国民証。陛下と魔法使いの婆さんの立ち合いで刻んで欲しいってさ。これを刻むのをそのまま認めてくれるなら大丈夫ってこったろ」
 「その身体だと付けたまま作業できねぇから、一旦外すぞ。何かあったらお前抜きで決めちまうけど良いか?」
 「いいよ、それくらい。なるたけ穏便にとお願いしとくけど」
 「まぁあの結晶見たら、見た目は人間でもヤバい代物だって思い出すか…」
 「たぶんねぇ」



 しばらく無言で星空を見ていたマキナがぽつりと言った。

 「この身体は凄いけどダメだよ、表に出せない」

 シリオン渾身の作だが、外見がこのままではうっかり外を出歩く訳にはいかない。それは前の身体も同様だ。

 「ウルスラは今日昇天したんだ、それを徹底しなきゃならない。…この顔はダメだよ。実家がウルスラを利用したりはしないと思うけど、それを強いたり誤解したりする奴が出ないとは限らない」
 「あぁ、判ってるよ……」
 「なんか考えてるのか?」

 意外にも、シリオンもそれを想定済みだった。なのにこの外観にしたのは、本当に評価が欲しかっただけなのだろう。

 「脳ミソ(制御部)の部品が足りないから、身体をもう一体は作れない。まずはその身体用に新しい顔を作るさ」
 「そりゃいい、元気百倍になれるな」

 意味不明の現世ネタに怪訝な顔をしたシリオンだが、いつものことなので聞き流した。

 「そのあと、そっちの身体に乗り換えて空きになった前の身体、あれを素材にして外骨格に作り替えようかと思ってるんだわ」
 「外骨格?」
 「おう、元の身体の骨な、実はアレには素材にウルスラ本人の骨が混ぜてあんだよ。魂が定着するように、思いつく事は片っ端からやったんだ。結局、そんな事してないその身体でも無事に動いているんだから、意味は無かったのかもしれんが。何にしろ、魂が消えたならその骨も墓に納めてやった方が良いだろうさ」
 「おま…ヤバげな事を…それトールは知ってたのかよ?」
 「さあな」

 シリオンは他人事のように首を振る。
 知っていようがいまいが、もうトールは居ない。どうでも良い事だ。

 「でまぁ、俺にとって只人型の身体はそいつが取りあえずの到達点って事でな、全く違う構造を試したくなったんだよ。ここと別の大陸には甲殻人って外骨格の人間が居て、まだ少ないがこっちの大陸に来てるヤツも居る。それを模した身体なら誰も同一人物だとは思わんだろ?。幸い素材に使える殻も山ほどあるしな」
 「なるほど。それこそ、種族すら違う完全な『別人』だわな……別大陸の人間なのに、数値データはあるのか?」
 「しばらく向こうの大陸に逃げててな、そん時にあっちの生き物や人間をいろいろ調べまくったんだよ。腑分けもやったから万全だぞ」
 「……生きたままじゃないだろな?」
 「さあな」

 (否定しないのかよ、こいつは…)
 揶揄してみたら回答を濁されてマキナはドン引きだ。シリオンなら、本当に生体解剖やっていても何の不思議もないからシャレにならない。

 「ただ、あいつらは顔もそのまま甲殻類だから、只人から避けられる覚悟はしとけよ」
 「下手に美人に作られてガチ勢に執着されても大変だから、誰にも怖がられる顔も悪くないよ。……あぁ、でも数が少ないと逆に個人を特定されそうだなぁ」
 「甲殻人ってこっちじゃ大概顔隠してるから大丈夫だろ」
 「へぇえ、んじゃその方向でお願い」
 「おう。さすがに基本が同じ構造だったその身体と違って、ちょっと時間かかるぞ」
 「まぁそれは仕方ないか……その間の補給はおっさんに頼むしか無いなぁ…」
 「まぁ新しい顔の方を早めに作るか…」

 身体の問題が片付いたマキナは、星空を見上げていて思いついたことを口にしてみた。

 「身体の後でいい…というか、別に急ぎじゃなくていいんだけど、あんたに作って欲しい物があるんだ」
 「なんだ、わざわざ…。話すのは構わんが、俺が作るだけの価値が無い物なら無意味だぞ?」
 「ロケット作らないか?」
 「なんだそりゃ?」

 今まで視線も向けなかったシリオンが、聞きなれぬ言葉に興味を持った。

 「星を飛び出すための乗り物。……この世界が、球形の星だってのは知られてるんだよな?」
 「俺達を原始人扱いするなよ、異世界人」
 「重力と遠心力の説明も不要?」
 「あぁ」
 「んじゃ、え~~コホン……投げられた石は地べたに落ちる……当たり前のことだな」
 「……何を言ってるんだ、お前は?」

 困惑するシリオンを無視して、ウルスラは人工衛星の説明(CV:森本レオ)を始めた。



 「……俺はこいつの、何でもないところが気に入ってるんだ」

 物語の一説の台詞を丸ごと引用した説明を終えると、マキナはシリオンの反応を伺う。シリオンは聞いた話を咀嚼しようとしているのか、じっと何かを考えていた。

 「人工衛星……」
 「その『一定の速度』ってのは星によって違うけど、俺の世界では『ひとつ』と数える間にえ~~と…だいたい2リー(8km)進む速度を出し続ければ、遠心力と重力が釣り合って人工衛星になる。これを第一宇宙速度とか呼んでいた。3リー進む速度なら、重力を振り切って星から飛び出して行ける。これが第二宇宙速度。これをどうにか実現できないかな?第二が無理なら、せめて人工衛星を実現したい」
 「…なんのために?」
 「俺が地上に影響を与えず自爆するため」

 シリオンは難しい顔をして、背もたれに身体を預けた。そんな猛スピード(秒速8km)など、どうやれば出せるだろうか…と考えている。
 マキナは構わず話を続けた。

 「俺が爆発してとんでもない威力になるのは、召喚される反物質による対消滅によるものだ。なので、対消滅する物質の質量のなるべく薄い場所に行く、それが宇宙だ。それに真空中なら高エネルギーを発生させても、問題になるのは輻射熱くらいなものだ。地上でボカンしたらこの星は壊滅だが、宇宙に行けば被害を格段に減らせる。だからロケット作ってくれ。それで俺を打ち上げてくれ」
 「今の俺には想像もつかん代物だ。お前に、それを作るだけの知識はあるのか?」
 「『夏の□ケット』を読んだ程度だな」
 「なんだそりゃ?」
 「有る無しで言えば、無いってこと」
 「なら無理だろ」
 「へぇ……俺は原理と概念をある程度知ってる程度だから、それを説明する。そっから先はあんたの発想と工夫次第って事になる。一から構築しなきゃならないような面倒な物は、やる気にならないかい?」

 わざと薄ら笑いしながらそう突いてみたら、シリオンはこれ以上無い極上の笑顔(殺気付き)を向けて来た。

 「……今のは中々いい挑発だな。面白い……今後はお前を材料にして魂の研究をやろうかろ思っていたんだが、少しモヤモヤしてた所なんだよ。世界に不干渉のはずの女神が出張ってくるような案件じゃ、土壇場で研究をひっくり返されかねないからな、魂の研究は厄ネタか?と思ってた所だ。……そのロケットってのは、お前の故郷では既に確立してるんだな?」
 「あぁ。魔法無しで運用してるよ。毎年のように人工衛星を打ち上げてる。基本は国がやってるけど、一部じゃ民間企業……あー商人と言えばいいのかな…が、やってたりする」
 「フン、なら技術勝負か…いいだろう。モヤモヤした研究を続けるより、お前の自殺を手伝う方が面白そうだ」

 『ロケット開発』を『自殺幇助』と言い換えられて、マキナは目をパチパチとしばたいた。

 「自殺の手伝いかぁ……そうなるかぁ…」
 「それ以外に言いようが無いだろ」
 「まぁそうだな。……うん、よし。これだけ高難度で前向きな自殺も無いだろ。よし、それで行こう。時間も金もかかりそうだけど、時間はどうにでもなるか。まずは金だな。新しい身体ができて、陛下に紹介状もらったら就職面接に行って……『只人の狩人』から『甲殻人の配達人』にジョブチェンジしてレベラゲやり直しだが、やる事があるってのはいいもんだ。デイリー回すしかない虚無期間が続くと、続ける気力も無くなるからな」

 何かよく判らない言い回しで気合を入れるマキナを、シリオンは生暖かい目で見ていた。
 (周りを気にせず自爆してもおかしく無いのに…こいつは本当にお人よしだな)

 それはとても馬鹿馬鹿しい話だ。『絶望して死なないように、死ぬための努力を続ける』のだから。だが、ウルスラが転生の輪に戻った以上、マキナには地上でボカンする選択肢は完全に無くなったと言ってもいい。衛星軌道まで上がってボカンするまで、何があっても死ぬわけには行かなくなった。剣と魔法の世界で、素人による衛星軌道までのロケット打ち上げという、馬鹿げた挑戦を続けるしかない。
 だが、何か目標がある限り、絶望的なこの身体でもどうにか毎日を生きて行けるのではないだろうか。マキナにはそう思えた。

 (爺ちゃんがそっち行くのは随分先になりそうだ。まぁ、こっちの事は気にせず、お前は一休みしたら新しい生を今度は平穏に生きろよ。お前を巻き添えで吹っ飛ばしたりしないように頑張るからさ……)
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