不死身のボッカ

暁丸

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逓信ギルドの特急運搬人

運搬人と魔猟師スタークの小隊 2

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 夜明けの南門前でボッカはスタークの小隊と合流した。相変わらず暗殺者のように全身を隠しているが、今日は大きな背負子と自分用の荷物らしいカバンを持ってきている。腰には自衛用…というよりは、野営の道具であろう山刀をぶら下げていた。

 「こいつがグリダ、そっちがアーイソンとテレンス。君の事は昨日のうちに伝えてある」
 「よろしくお願い……」

 言いかけたボッカが固まった。
 小隊はスタークを含め戦士が二人、魔法使いが二人の4人の編成だった。スタークは斥候と弓士を兼ねている。昨日は持っていなかった蝋引きの細長い袋を持っているが、おそらく弓が入っているのだろう。グリダは鎖帷子を着込んで戦斧を背負った蜥蜴人(リザードマン)の重戦士、おどおどした気弱そうな黒髪の男、テレンスは只人の回復術士。
 そして……アーイソンはピンクの髪の10歳~12歳くらいの子供に見えるがこれで成人している。カラフルな髪と子供のような容姿が特徴の岩人(ドワーフ)の魔法使いだった。

 「……い、岩人の方が居たんですね」
 「居たんだよ……すまん」

 抑揚が少ない声なのに、ボッカの声が震えているように聞こえて、スタークは申し訳なくなった。
 只人の街で暮らす岩人は少ないが、少ないにも関わらず岩人は細々とトラブルを起こす事で知られている。そもそも、只人と他種族の間にはどうしてもトラブルが起きがちで、トラブルという面は岩人も蜥蜴人も同様なのだが…。とにかく……厄介なのだ、岩人は。

 (ま、マズイ。なんだこの罰ゲーム…)
 キョドりそうになるのを必死に抑えて、ボッカは「改めてよろしくおねがいします」と挨拶をしたが、アーイソンは一言もしゃべらず、じーーーーーーっと上から下までボッカをチェックし続けている。見た目と違って彼は子供ではないから、別に人見知りしている訳ではない。興味の対象としてボッカをロックオンしたのだ。甲殻人のボッカは、彼にとっては『レアキャラ』なのである。
 ボッカはその場で逃げたくなったが、今更そういう訳にもいかない。どうにか穏便に仕事を済ませるしかない。

 (いやまだだ、まだあわてるような時間じゃない)
 とにかく仕事は始まってすらいない。気持ちを落ち着かせ荷物を積み込み始めたら、蜥蜴人のグリダが気さくに話しかけてきた。

 「こぅがぐじんだってな。ずいぶんちせが、でじょぶが?」

 だいぶ訛りのある大陸語だが何となく意味は分かる。荷物を持ち切れるか心配しているのだろう。スタークの言った通り、蜥蜴人は巨体に違わぬ大喰らいだから食料の準備も大荷物になる。実際5人の前には荷物が山積みになっていた。

 「これくらいなら、大丈夫、ですよ」
 「あぁ、きぐのはでぎかっら、ふづにしゃべっていぃ。くぢはうまぐねぇがら、かんべんな」

 ボッカが単語を区切ってゆっくり話すと、グリダは聞き取りには問題ないと言った。普通に話せという事だろう。蜥蜴の顔をしているから、ヒト型の種族の言葉を話すのは苦手らしい。厳ついトカゲの顔のせいで、蜥蜴人も只人の街では随分苦労したという。なのに、グリダの言葉の端々からは、田舎の気の良い兄ちゃんのような気安さが漂っていた。

 「承知しました。このくらいの荷物ならいつも運んでいるから問題ありません」

 そう言いながら、大きな背負子に器用に荷物を積んで行く。背負子と一緒に折りたためる行李を持参しており、積み重ねられないものや小物はそれに入れて整理していた。おそらくは私物用であろう、そこそこ大きなバックを胸に下げると、背負子の荷い紐をかけ、難なく立ち上がる姿に、スタークはじめ全員が目を見開いた。荷物は縦横とも歩荷の身長と同じぐらいあるのだ。

 「こちらの準備はできました。できたら、引っかかりそうな枝の多い所は避けてくれるとありがたいです
 「目的地までの途中は街道を行くし、現場は灌木か砂丘しかない。大丈夫だろう」
 「良かった」
 「じゃ行こう」

 そういって小隊は歩き出す。歩荷は大きな荷物を背負ったまま、よろけもせずにしっかりと着いて行った。秋晴れの空はしばらく続きそうだ。空を見上げたボッカは、(何事もなく狩りを終えて、とっととシンダイを離れよう、そうしよう)…とは思うものの…
 ………アーイソンが度々振り返ってはこちらを見ている姿が、ボッカには嵐を呼ぶ雲に見えた。



 スタークの小隊が請け負ったのは、海岸に住み着いた小鬼退治だ。「魔猟師」の仕事としては駈け出しも良いところだ。トラブルが無ければ往復に1日づつ、仕事に1日で三日の行程を予定している。もし予想外の事態になったら1日追加するが、その時点で手に負えないなら引き上げるつもりだった。

 小休止を行いながら一日歩き野営地に着くと、ボッカは荷物を下ろし疲れた様子も見せずに野営に使う枝を集めて来た。水場と焚き付けの枝を落す木立があるので同業によく使われているらしく、煤の付いた黒ずんだ石が転がっている。かまどに使う石を集める必要は無かった。アーイソンが簡単な呪文で枯れ木に火をつける。小枝を挿して火を大きくすると、ボッカは水場から鍋に水を汲んできた。

 「今日はご苦労さん。しかし、大丈夫とは聞いていたけど、実際に見るとすごいな。あの大荷物でよろけもしない」
 「ありがとうございます」

 ボッカは鍋を火にかけると、荷物をほどいて食料の入った箱を取り出した。

 「調理はお任せしても?」
 「さすがに料理までしろとは言わないよ」
 「おれのくうぶんまでぜんぶこしらえでだら、ねるまもなぐなっちまうがんな」
 「良かった。味が判らないので、期待されても困りますので」

 (ほんと、今回はマトモな人たちで良かった)
 ボッカはしみじみそう思う。
 同じように『危険な魔物を倒して希少なお宝を持ち狩る』仕事なのに、魔猟師の雰囲気は探索者とはやや趣が異なる。彼らは、ガサツさはあるが猟師仲間を大事にし、助け合う事も多い。加えて、スタークはかなりの善人のようで、組合からも猟師仲間からも信頼されているように見える。
 これはある種仕方のない面もある。いざとなれば協力し合える魔猟師と異なり、探索者は小隊単独で迷宮に入るしか無いから他の探索者はほとんど競争相手なのだ。迷宮はそれだけ『異常』な環境であり、だからこそボッカはなるべく入りたくないと思っている。そんな異常な空間に挑む探索者をあまり悪く言いたくは無いが、それにしたってトリス達はひどすぎた。

 ボッカは食材を引き渡すと、火を分けてもらいもう一つのかまどで湯を沸かし始めた。だが、スタークたちが夕食を食べ始めても食事は取ろうとせず、荷物の番をするが如くじっと動かない。ボッカは昼食も取っていたようには見えなかった。

 「良かったらこっちで一緒に食べないか?」
 「ありがとうございます。でも同じものは食べられないので…お気持ちだけいただきます」
 「そう?」

 眠っているのか?と思ったが、スタークが声をかけると、ちゃんと返事をしてきた。それでもボッカは、荷物の前から動こうとしなかった。
 ……実際の所、あまり小隊に近づきたく無かったのだ。

 食事を終え、焚火の周りにめいめいが寝床を用意する。幸いスタークの小隊は全員男性だから、問題は少ない。
 この世界では、男性は筋力に優れ女性は魔力に優れる。その差は誤差と言える数値を遥かに越えていた。強力な魔法使いは<魔女>と呼ばれる女性が多い。従って小隊の戦闘力的には、前衛職を男性、後衛の魔法職は女性にするのがベストという事になるが、男女間のトラブル(主に性的な)は絶えず、よほど関係が上手く行ってないと男女混合の小隊は長続きしないと言われている。野営地でのトラブルは、ボッカ自身がつい最近体験した通りだ。

 そんな女性上位とされる魔法使いだが、岩人は男性でも相当に強力な魔法使いだった。彼は、戦力としては文句無しなのだ。……戦力としては…
 アーイソンが立ち上がると、ボッカをじろじろと見ながら回りを歩きだした。アーイソンは、食事中も何かぶつぶつ呟きながらちらりちらりとボッカを見ていた。

 じっと動かなかったボッカが顔を上げる。

 「……何か?」
 「脱いで」

  ……ド直球である。
 石化したようにボッカが固まった。『ピシッ』という音が聞こえたようにさえ思える。
 溜息すら出ない。メンバーの中に岩人が居ると知ってから危惧していたが、予想を一切外さない。

 「あの…意味が分からないのですが?」

 (その言い方で脱ぐ奴がいるかどうか考えろ)……とは口にしなかった。
 言っても無駄だからだ。

 「甲殻人を見た事なくてさ、ぜひ、ぜひ身体を見せてくれないか」
 「いや、あの。勘弁してください」

 アーイソンはだんだん早口になってきた。ボッカの迷惑そうな声を完全に無視している。

 「君たちが姿を隠しているのは、只人を驚かせないためと聞いている。ここには驚くような者はいないし、他の目も無い、わざわざ暗くなるまで待ったんだ、気にする事は一切ないと思も…が!?」

 やてきたグリダが、アーイソンの口を抑えるとそのまま『お持ち帰り』した。

 「やめどげ。にしゃ、れいぎもしんねのが、このでれすけ!」

 小言を言って諫めたが、アーイソンはモガモガ暴れているので、全く反省する風は無いようだった。

 「すまない、岩人は興味を持ったものは調べ尽くさないと気が済まない性質らしくてな」
 「あぁ、いえ。岩人ならそうでしょうね」

 これがボッカが恐れ、スタークの心配した小隊の問題児…である。岩人はとにかく、自分の興味を惹くものがあると我を忘れて突き進む。他人の迷惑一切お構いなしである。しかも、魔力がえらく高いから始末に負えない。

 「その様子だと、岩人に会った事あるのかい?」
 「まぁ仕事柄…」

 実をいえば、会った事があるどころじゃないのだが、それは言う必要は無いだろう。

 巨体のグリダは胡坐をかいて座ると、子供サイズのアーイソンをその上に座らせてがっちりと拘束している。傍目には親子の微笑ましい姿に見えなくも無いが、岩人は『見た目は子供、頭脳は大人』な長命種である。下手したらアーイソンの方が年上だ。

 「とりあえず今夜の所はグリダが抑え込んでおく。明日も早いから休んでくれ」
 「ありがとうございます」

 スタークは見張りのために焚火の側に腰を下ろすと、装備の手入れを始めた。特に弓の弦は念入りに点検しておく必要がある。
 ボッカは相変わらず荷物に寄りかかって座ったまま、身じろぎもしない。起きているのだか眠っているのだか…。それに今日は一日全く食事をしていないが、あれで体力が保つのだろうか。まったくもって謎な種族だった。
 ひょっとすると、只人には見せられない……ゲテモノが主食なので、気を使ってくれたのかもしれない。そう思って、スタークはなるべくボッカを視界に入れないように気を使っていた。
 だが、皆が寝静まってしんと静まった夜更け。ほんの僅かボッカの動く気配を感じて、スタークは思わず視線を動かしてしまった。狩人の癖で視線だけ動かしたので、ボッカは気付いていないらしい。ボッカはお湯を沸かしていた鍋を掴むと、そのまま中身を一気に飲み干してしまった。

 (えーと……)

 具は無かったはずだ。スープではなくただのお湯のはずである。なんの匂いもしなかった。
 甲殻人の胃袋ってのはどうなってるんだろう?などと考えていると、(甲殻人にもミソがあるのかな?)という、怖い考えになっていた。これではアーイソンをたしなめるどころじゃない。

 (うん…あれだ……甲殻人ってのは変わってるな)

 スタークはそう自分を強引に納得させると、とりあえず何も見なかった事にしたのだった。



 ……ちなみにアーイソンが寝入った後は起こさず、3人で見張りをした。変質者を一人で放置して寝ていられるほど、彼らは呑気ではなかった。
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