不死身のボッカ

暁丸

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逓信ギルドの特急運搬人

運搬人と魔猟師スタークの小隊 3

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 翌朝日の出と共に起き、朝食を摂ると小隊は海の側の小さな集落に向かった。
 だいぶビクビクしていたボッカだが、アーイソンはとりあえずはおとなしくしている。人の目のある所で無茶をやらないだけの自制心は持っているようで、とりあえずは胸をなでおろした。

 依頼主である集落の長に挨拶に行き話を聞くと、長は大仰に喜ぶと同時に、村の事情が厳しい事を訴え、どうにか早急に小鬼を駆除してほしいと頭を下げた。天然の防波堤になっている岬に海蝕洞がいくつかあり、そこに小鬼が住み着いたのだという。今の所被害は出ていないが、子供は被害にあいやすい。子供の手も労働力として活用しなければ生活の成り立たない漁村で、子供を外に出せないのは大きな問題だった。
 そんな寒村だから、村の財政では大した報酬が出せない。困った村は、組合と交渉して現物で依頼を受けてもらったのだという。

 「え、干物で依頼を受けたんですか?」

 話を聞いたボッカが驚いたように言う。例によって抑揚の無い声だが、(たぶん呆れているのだろう)…とスタークは予想した。魔猟師は基本的に現金主義だ。食うためだけでなく、衣と住も…いや、何から何まで自前で賄わなければならないなのだから当然と言える。

 「面子を入れ替えたばかりでね、満足な働きができるか判らんから取り敢えず受けたって所さ」
 「すいません、すいません、すいません、すいません」

 スタークがなんでもない事のように言うと、アーイソンは「フン」と鼻を鳴らし、テレンスはすごい勢いで謝罪しだした。新しく入ったメンバーとはテレンスの事らしい。

 「おれはかんまねんだ。こごのさがなは、うめがらな。さげがはがいぐ」

 元々自給自足なうえ、衣と住に重きを置かない蜥蜴人のグリダは、そう言って笑った。強靭な皮膚のおかげで雨降りに外で寝ても平気な彼らは、正直『食』さえ満たされればどうにかなってしまうのだ。

 「あとはほら、俺達はこういう村にとっては<勇者>だからね」

 スタークはそう言って笑った。

 「…随分なお人よしですね」
 「俺は偽善者だよ、評判を買ってるって言っただろ?。それと、ボッカ君の日当は組合から現金で出る、心配ないよ。…まぁ、偽善者が嫌いだってならすまない」
 「とんでもない。……大好物です」

 相変わらず抑揚の無い声だが、スタークにはボッカが笑ったように思えた。



 依頼内容と狩場を確認した小隊は、海岸に出ると砂浜を見下ろす砂丘の上にキャンプ地を定めた。荷物を降ろし、装備を確認しあうと、ボッカを残し4人の小隊は岬沿いに洞窟を目指して進んで行く。
 どの程度手間がかかるか判らないが、少なくとも半日仕事にはなるだろう。おそらくはここでもう一泊して、明日が戻りとなるはずだ。野宿になるが、天候はしばらく問題なさそうだから、吹けば飛ぶような漁村に厄介になる気は無かった。今回の依頼もかなり無理をしての事なのだ。偽善者を自称するスターク以外は見向きもしなかった依頼だ。
 弓を持ち、斥候を兼ねるスタークが先行して少しづつ洞窟に近づいて行き、やがてボッカからは姿が見えなくなった。
 スタークの弓は戦に使うような二人張りの強力な長弓で、出発前にグリダと二人がかりで長弓に弦を張っていた。スタークはこの弓を身体強化魔法をかけて引く。小鬼相手では完全なオーバーキルだろう。おまけに蜥蜴人の重戦士と岩人の魔法使いが居る小隊だ、滅多なことで小鬼如きに遅れは取らないだろう。
 ボッカは竈にする石と薪にする流木を集めると、のんびり水平線を見ていた。

 と、『キンッ』と魔力が大気を揺らし、洞窟から炎の矢が飛び出して消えた。
 ボッカは慌てて立ち上がる。
 炎の矢は目標に当たれば敵を焼く、外さなければあのような飛び方はしない。そしてアーイソンはそこそこ実戦経験のある魔猟師であり、魔法の権化である岩人の魔法使いだ。洞窟内で当てる自信の無いを炎の矢を使う事は無いはずだ。

 (何かあったか!?)

 ボッカは洞窟に向かって走り出した。もし、小隊が悲劇に見舞われたとき、遺品かできれば遺骸を回収するのも歩荷の仕事だ。

 岬の海蝕洞を端から覗いていくと、あちこちに矢を受けた小鬼が倒れていたが、小隊の姿は見えない。一番大きな洞窟を覗こうとすると、入り口からド派手な模様の触手が飛び出して来た。ボッカはたたらを踏んで止まる。

 「うぉわっ!なんだっ?」

 そこに居たのは、巨大な巻貝を背負った、これも巨大なタコだった。褐色の触腕には何本か矢がが突き刺さっており、全身には青いリング状の模様が不気味に輝いていた。

 「皆さん無事ですか?」

 ボッカが大声で叫ぶと、奥から「全員生きてる」というスタークの声が返って来た。
 
 巨大な貝タコは、思わぬ強敵に洞窟を出ようとする所だったようだ。ボッカの方…海の方に向かってズルズルと移動を始めた。慌ててボッカが退避すると、洞窟の奥から四人が出てきて、貝タコを阻もうと囲んだ。

 「こいつはなんです?」
 「判らん。が、小鬼を食っていた。どうやったんだか小鬼は皆殺しになってた」

 ボッカが洞窟の中を見ると、かなりの数の小鬼が倒れていた。

 「人間を食う魔獣かもしれん。できれば倒したいが、矢はほとんど効果が無い」

 スタークは既に片手剣を抜いている。貝に何か所かある弾痕のようなものは、矢の痕だろう。

 (あの弓が効かない?。強靭なのか痛みを感じないのか…両方か…)

 「魔法は?」
 「貝に弾かれた。こっちが魔法を発動させると貝に引っ込んじまうんだ。見た目より頭がいい」

 さっきの炎の矢は、貝にはじき返されたものだったようだ。岩人の魔法が効かないというのは、それだけでかなりの難敵という事になる。

 「殺すには切り刻むしかないようだ。グリダ、足からやるぞ。能力が判らんから絡まれないように気を付けろ。二人は支援頼む」

 スタークの指示でグリダとスタークは蠢く触腕を排除しようと切りつけた。八本の触腕に捕まらないように闘っているから、どうやっても及び腰になってしまう。

 (これはどうしたもんだろな…)
 ボッカは、スタークを止めるべきか迷っていた。巨大貝タコは、ボッカの記憶にあるヒョウモンダコが殻を背負っているようにしか見えなかったからだ。
 ボッカは洞窟の入り口に戻ると倒れた小鬼の死骸を見た。小鬼達は、一様に胸元をかきむしり、目を見開いた苦悶の表情で死んでいる。窒息したに違いない。

 (やっぱりヒョウモンダコのフネダコか?。小鬼がまとめてやられたのなら…ヒョウモンダコと似ているが別な能力を持っているってことになるが……)

 ヒョウモンダコは強力な神経毒を持つが、主に噛みついて使うと言われている。だが小鬼の死体は噛み傷は無かったし、逃げる間も無く纏めて殺されたように見える。…状況から想定される貝タコの能力は……

 (うーーーーん…。岩人がいるから余計な事はしないつもりだったけど……これは仕方ないか…)
 岩人に絡まれたくないが、さすがに所属小隊の全滅は見たくない。ボッカは、大急ぎで駆け戻ると、前衛の後で様子を窺っていた二人の術士の襟元を捕まえて、有無を言わせず後ろに放り投げた。
 その直後、貝の周囲に霧のような水煙が上がる。

 「何をっ!」
 「離れてください!」

 言った瞬間、ボッカの顔を霧の水滴が叩いた。巨大タコの至近にいた二人の前衛は、霧を浴び、吸ってしまった。二人とも「ひゅっ」という音を残して膝を付くと、苦し気に胸元を押さえるしぐさのまま声も無くうずくまる。やはりこの巨大タコは毒を噴霧する能力を持っていた。しかも超即効性だ。小鬼はこの毒でまとめて殺されたのだ。ただ、恐らくは連発できないのだろう。もしボッカが駆けつける前に洞窟内で使われたら、スターク達も同じ末路だった。

 (くっそー。予想はしてたが、よりにもよってこのタイミングかっ)

 どうやって誤魔化そうか考えていた矢先に、最悪のタイミング-岩人の目の前-で毒の噴霧を食らってしまったボッカは歯噛みするが、今はそれどころではない。 ボッカは駆け寄ると、手前に倒れたスタークを肩に抱え上げて走り、術士の側に転がした。攻撃を受けた直後に紅潮したスタークの顔は、今はそれを通り越して次第に紫になりつつあった。

 「スターク、いったい何が…」
 「触らないでください、さっきの霧が毒です。多分麻痺毒だと思います、解除できます?」
 「え、あ、麻痺なら…」

 テレンスが安堵しかけるのを、ボッカが遮って叫ぶ。

 「呼吸が止まるくらい強力な麻痺毒だぞ、早く解除しないと窒息か心臓が止まって死ぬ。出し惜しみは無しでっ!」
 「ええっ?……は、はいっ!」

 珍しく叫んで指示すると、貝を回り込み倒れたもう一人、グリダに駆け寄ると絡みつこうとする貝タコの触腕を山刀を振り回して追い払って担ぎ上げた。二回り以上大きい蜥蜴人を軽々と担いだボッカは二人分の重量で砂浜に足を取られながらも、貝タコを大きく回り込む。陸上では見た目通り足が遅いが、腕だけは別だ。繰り出される触腕の射程外を走って振り切ると、グリダを術士の前に放り出す。スタークは既に解毒され、ぜぇぜぇと荒い息を継いでいた。テレンスが大急ぎでグリダに解毒の魔法をかける。

 「な、なんであんたは毒平気なの?」
 「き、来た…」

 二人倒した事で優位になったと理解したのか、貝タコは逃走をやめたらしい。いくら足が遅くても、こちらの二人はまだ動けないし、貝はに魔法が効かない。それに、スタークの言った通り、人を食う魔獣なら獲物がたくさんいる村を襲う可能性が高い。…どうする?
 ボッカは、貝タコの注意を惹くために、わざと目立つように位置を変えてみた、貝タコもずるずると向きを変えてボッカを追って来る。どうやら獲物を掻っさらったボッカを敵と認識したらしい。好都合だ、何しろボッカには毒が効かない。闘いは超ニガテだが、あのスピードと大きさならボッカでもなんとか攻撃を当てるくらいはできるだろう。要は二人が回復するまで時間を稼げれば良いのだ。
 ボッカは腰の山刀を抜こうとして止めた、触腕に振り回したがロクな打撃にならなかった。ダッシュすると触腕を躱して貝タコの脇をすり抜け、そのままグリダが落とした戦斧を拾い上げる。
 瞬間、歩荷がガクンと揺れた。

 「あぁっ!」

 固唾をのんで見ていた術士たちが悲鳴を上げた。

 歩荷の腹に白い半透明の杭が突き立っていた。それはギザギザの返しがついたツララのようだった。
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