不死身のボッカ

暁丸

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番外編

(番外編)大陸の<人間> 2

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鬼人(オーガ)
 男女とも大柄で筋骨隆々、額に小さな角がある。腕力至上の種族で、適正以前にそもそも魔法を使おうとかは考えない。「魔法は気合で防げる」と考えている。そして本当に防いでしまうヤツまでいる…とされているが、実際は、身体能力強化と防御に無意識に魔法を使っているため…とも言われている。要するに彼らが『気』だとか『オーラ』だとか言ってるのは、実は魔法の類ということらしい。
 基本的に種族揃って脳筋である。岩人の魔法使いは「手で行う事は全て魔法で行える」と標榜するが、鬼人は「この世の全ては腕力で解決できる」と考えている。

 只人からすれば蛮族同然であるのだが、敢えて言うなら『インテリ蛮族』。老若男女揃って自らの信ずる名誉のために戦う『武人』である。彼らは、弱者を殺して奪うために戦うのではなく、満足する戦いを行うことこそが目的なのである。だから戦う相手は強者ほど良い。なんなら、気持ちよく負けて死ぬならそれでも良いとさえ思っている。極端なヤツになると、最後にいかに格好良く死ぬかで自分の人生の評価が決まると思っているフシさえある。
 彼らは武技以外にほとんど興味を持たないが、唯一文章を書く事にはこだわりを持つ。美文で自分の戦功を書き残し、他者の戦功に裏書しあう事で、自らの名誉を後世に残す事に執着するのである。おかげで、鬼人の参加した戦いは(多少誇張されているものの)多くの記録が残り、後世戦史を編纂する際に大いに助けとなった。

 名誉を重んじ卑怯や怯懦を嫌う種族で、戦闘員以外への加害は不名誉になると言って嫌う。戦闘員から戦利品を分捕るのは名誉と考えるが、略奪は不名誉であるから行わない。裏切りを嫌い、雇い主に戦う意志がある限り、鬼人の傭兵はたとえ100倍の敵に囲まれても最後まで戦うと言われている。戦争の最中でもこれぞと思った相手とは一対一の決闘を求める事もある。その一方で、戦争全体の勝利のためには夜討ち朝駆け奇襲も忌避しない。このため、戦闘職としての鬼人(もっとも戦闘職以外はほとんどいないが)への信頼は絶大であり、逆に敵に回るとこれ程恐ろしい相手はいないと畏怖される。彼らを値切って雇おうとするような愚か者はいない。基本的には言い値で一括前払いしてでも雇おうとする。
 古の詩人の言葉をもじった「戦って勝つ事は最上である。戦って負ける事はその次に良い」が、鬼人を端的に表す言葉として広く知られている。
 このようなわけで、鬼人はほとんどが傭兵である。魔獣猟師や探索者も戦う職業ではあるが、これらに就く鬼人ははごく少数となる。彼らが求める戦いとは財貨を得て生活するための戦いではなく、名誉を掛けた武人同士の戦い=戦争に他ならないからだ。
 戦闘職以外がいない社会で、鬼人がどうやって暮らしているかと言えば、基本的に他種族を雇うか、他種族に雇われるかのどちらか。どちらにしろ他種族に世話になって生きている。一応、彼らの国家と呼べるものがあるのだが…どちらかというと、巨大な傭兵隊と言っていい代物である。何しろ元首は「シェフ」(傭兵隊長)と呼ばれていたりするからお察しである。戦闘員以外の国民は、ほとんどが他種族である(獣人が多い)。そして、人数比で言えば、大陸一吟遊詩人が多い国でもある。
 そんな訳で、鬼人の文化というものは、戦いに関するものが専らとなる。ただ、武器・武具にしろ、自らが作るという訳ではない。彼らの美意識と要望によって作られる「鬼人好み」の文化というのが、いわば彼ら独自の文化という事になる。おかげで流行り廃りが結構激しいそうだ。



獣人(ビーストマン)
 他の種族に対して少々特殊で、広義の意味では獣の特徴を併せ持つ様々な種族をひっくるめて獣人と呼ばれる。「獣人の国」などいう場合はこの意味になる。狭義の意味では、最も数が多い野獣型の獣人の事を指す。

 野獣型獣人はは、体毛と尻尾の生えた人間の姿をしている。何か特定の動物に近い姿をしている訳ではなく、動物の特徴を併せ持つ人間である。だから、猫娘や狼男とかそういうのではなく、あくまで獣人である。
 獣のような姿のせいで只人からは蛮族や原人扱いされる事もあるが、文化レベルは只人と変わらない。それも当然で、彼らの多くは只人の社会で一緒に暮らしていた歴史がある。だから、只人同様に読み書き計算ができ、神を敬い、詩を吟じ、芸術を愛し、魔法を使う。鬼人に比べてもずっと「文明的」である。
 彼らの種族としての特徴は五感の鋭敏さで、只人どころか他のどの種族の追随も許さない。軽業の能力にも優れるから、斥候をやらせたら右に出る者はいない。意外な所では、鋭敏な感覚を活かした調香師やブレンダー、調律師、料理評論家もいたりする。
 一方で、その身体能力を活かして暗殺、盗み、スリなど犯罪に走る者も居り、どうしても悪目立ちする事から只人からの偏見の理由の一つとなっている。
 獣人は他種族に対する偏見を全くと言っていいほど持たず、人懐こい性格の者が多い…という事になっているが、実際の所、迫害の歴史の結果身に着けた処世術というのが正しい。つまるところは、彼らの終始温和で友好的な態度は半分は営業スマイルなのである。とは言え、彼らが他種族に偏見を持たず基本的には争いを避ける種族である事に変わりはない。彼らは働き者であり世話好きであり、交渉事においては粘り強く利害の調整を行う。そしてその鋭敏な五感により、他者の悪意を敏感に見抜く事ができる。只人と他種族との仲介役をする事が多かったり、各地を回る遍歴商人、ギルドの受付、鬼人の国の文官として働く獣人が多いのも、そういった特性からである。

 野獣型獣人以外に、少数ではあるが蜥蜴人(リザードマン)や魚人(マーマン)も便宜上獣人のカテゴリに入れられている。

 蜥蜴人は鬼人と並び称される戦士の種族で、身体は大柄な鬼人より更に大きく、単純な腕力なら鬼人以上の者もいる。攻撃にも使える太い尻尾とそれだけで革鎧なみの鱗の皮膚を持っており、種族その物が強力な戦士として知られている。
 蜥蜴人は鬼人よりも更に蛮族に近い。古くから傭兵として只人の世界にも出入りしていた鬼人と異なり、狩猟民族である彼らは縄張りで自給自足の生活をしている事から、只人との接点はほとんど無かった。只人の版図の拡大により接する機会が増えて来ると、価値観の違いから只人とトラブルになり、最終的には只人の軍の派遣で鎮圧されるという事もしばしば起きている。
 とはいえ、彼らには不必要に只人の命を奪わないようにするだけの分別はあったし、身体能力を問題としない只人の軍の強さを目にし、自分たちが劣勢である事を正確に認識するだけの見識もあった。そして、それらを総合すれば、自分達の価値観を<人間>の価値観とすり合わせて、どうにか落としどころを見つけなければ、只人と戦争になり……自分たちは負けるだろう…と判断するだけの知恵もあった。
 只人からしても、小競り合いを収めるのに軍の派遣が必要な連中である。蜥蜴人が種族を上げて戦いを挑んで来たら、最終的に勝利するにしても大きな損害を覚悟しなければならない。蛮族として敵対するには強力すぎる相手だったから、話が通じるならば敵対は避けたかった(只人の警備指揮官に先見の明があり、『暴徒化しないよう、くれぐれも理不尽な死者を出すな』と厳命していたからどうにかなったようなものである)。
 古くから付き合いのある獣人達が只人との間に入って交渉を重ね、結果、彼らが<人間>の流儀にある程度譲歩することで、<人間>として認められる事になったのである。
 仲介をした獣人からしたら、蜥蜴人は確かに野蛮な面はあるが、それは狩猟民族としての性質であり、版図を広げるために手段を択ばない只人に比べたら、よほど真っ正直な<人間>に見えたのだから、交渉に骨を折る価値はあった。もちろんそんな事は只人にはおくびにも出さなかったが。
 彼らは戦士であるが、それよりも狩人である。鬼人とは違い戦う蜥蜴人だけでなく、魔法を使う蜥蜴人もいれば、祈る蜥蜴人もいる。皮をなめす蜥蜴人も機を織る蜥蜴人もいる。つまりは、非戦闘員もいて、彼らの社会があり、彼ら独自の文化もある。
 金属の道具も普及しているが、何しろ身体が頑強なのであまり文明の利器の必要を感じない蜥蜴人も多く、只人から見れば、石器時代とあまり変わらない従来通りの生活をしている蜥蜴人も多い。一方で、最近は魔獣猟師や探索者となり街暮らしの蜥蜴人もいる。生活が安定した結果人口が増える一方、狩場が只人と被る事も増えて来た。狩猟だけで生活する事がこの先難しくなるのでは…と考える若者が多いためとも言われている(つまりはそれだけの知恵があるのだ)。

 魚人は水の領域を支配する勢力の中で、一番『人間』に近い種族である。「魚」と付くが、どちらかといえば、海牛の特徴を持つ人間、下半身がイルカに似たいわゆる「人魚」である。
 価値観、倫理観は海を中心とする独自のもので、領海なんぞは地上の連中が決めたことだとして、ハナから無視している。しかし、海で彼らと敵対する事は得策ではなく、多少独自の価値観も「海には海のルールがある」…という、漁師や海運業者からの強い主張で大目に見られている。実際、彼らと敵対してしまったら、漁師も商人も…状況によっては海軍ですらも身動きできなくなってしまうのだから仕方ない。
 一方で魚人としても、金属器……特に錆びない魔法金属の道具は地上人から入手するのが確実である。何しろ海の上では、高温の炉を据えた鍛治仕事など出来る訳が無い。沈船から得るのは限りがあるし、船を襲ったりするのは悪手であるくらいは判断できる。それまでは海で仕事をする地上人と付かず離れずの距離を保っていたが、海にも<混沌の者>が進出しつつあり、危機感を覚えた魚人は獣人を介して地上と交流を持つに至ったのである。
 かなりの潜水能力を持つが、彼らはエラではなく肺呼吸である(彼ら独自の魔法も併用)。なので生活は水中ではなく水辺で営む。

 ちなみに蜥蜴人も魚人も恒温動物で胎生…哺乳類である。卵ではなく子供を産む。へそもあるし女性は乳房をもっている。甲殻人が獣人にカテゴライズされず、「甲殻人」という新たな人種が設定された背景にはは、こういった違いも影響している(甲殻人は卵生である)。

 野獣型獣人達は、大昔に祖国が滅んでからは、放浪の末に只人の国家に同居している事が多かった。彼らの言い伝えでは、『傲慢故に国が滅びた』とされている。詳細は不明だが、自分たちの能力を驕り結果<蛮族>と<混沌の者>達と戦った末に滅ぼされたのだという。だからこそ今の獣人達は、謙虚に忍耐強く生きる者が多い。
 そんな彼らが主体となり、他の獣人の地位確保のために必要ということで、獣人国が建国されることになった。これは各種族…只人からも後押しを受けての事である。別に、故国を失った獣人に同情したからではない。ぶっちゃければ、「蜥蜴人や魚人という、独自の価値観をもち、かつ怒らせると面倒な種族をとりまとめ、面倒を見ろ」…と押し付けられた訳である。実際、蜥蜴人や魚人達は、部族社会程度のまとまりしかなく、彼ら自身で国を造って国民を統制しろと求める事も、只人の国の国民として迎え入れるのも不可能であった。
 そんな訳で建国された獣人の国は、国というよりは獣人の後ろ盾となる互助会という性格のもので、設立も獣人の商工組合を土台としている。いわば、ギルドが国になったようなものだった。領土は蜥蜴人の居留地(縄張り)を含む未開発地域が選ばれ、魚人の協力で新たに作られた港に面した政庁には舟入ならぬ魚人入の水路が設けられ、海から室内に直行できるようになっている。当然ながらというか、統治は王制ではなく各種族による合議制である。各種族も部族ごとにまとまって生活しているから、連邦制に近い形態と言える。陸の通商にルートを持つ野獣型獣人、力仕事を担当する蜥蜴人、海路を掌握する魚人と、得意分野の異なる種族の連合体のため通商を中心とする経済は好調で、規模は小さいながらも各種族から一目置かれる事となった。

 そして特筆されるべきは、彼らの擁する船団が初めて『ゼルドラシア』に達したという事実である。船団だけ、あるいは魚人だけでは今まで大洋を超える事はできなかった。両者が協力して初めて二つの大陸の『人間』は出会う事になるのである(そしてちゃっかり密貿易しているのだ)。
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