26 / 76
冬山の歩荷
運搬人と<命無き者達の王> 3
しおりを挟む
「いや、なんですか『ざまぁ』って…」
「あぁ?さっきエルルマークが望んだだろ、『彼の者の行いが天意に背くのなら然るべき報いを』と」
エルルマークは確かにそう望んだ。彼の願いは、自分たちの生き方が天意に叶うものだったか、その答えを聞きたいというものだったはずだ。だが、最後に思わず口にしてしまったのだろうか、「然るべき報いを」と。
「然るべき報い、つまりは『ざまぁ』だ」
「意訳が過ぎませんか?」
「言い方を変えてもやる事は変わらん。俺はエルルマークの願いに応える責任がある」
『主よ、お持ちしました』
死霊の従者が外套を持って現れた。<王>がそれを優雅な動きで纏うと、死霊はもう一着と豪華な剣をボッカに差し出した。
「身バレしたくないだろ?それ被って、従者のフリしてろ」
「あ、ありがとうございます」
<命無き者達の王>が神判を下す隣に、逓信ギルドの歩荷が居たなんて噂が広まったらとんでもない事になる。ボッカは防寒服の上着を脱ぐとフード付きの外套を被って、剣を受け取った。
「それで、どこに行くんです?」
「丁度連中が勢揃いして、証言者も大勢居る所があるんだよ」
<王>が従者から受け取った杖で床を叩くと、二人の姿は空間の狭間に消えた。
平原で、二つの軍が対峙していた。両軍とも隊列を組んで対峙している、遭遇戦ではなく会戦である。
両軍とも長槍を持つ歩兵を中心に据え、その両側を剣を持つ歩兵と騎兵が固めていた。同様の布陣だが一方の軍が、明らかに数が多かった。
「我が軍の布陣終わりました。偵騎の情報によればヤーマルガ軍、およそ5千!」
「事前の情報より数が多い。かなりの兵を隠していたな……。してやられたか」
ヤーマルガと相対する、コンダート軍の将軍は歯噛みした。偵騎の報告を聞くまでもなく、正面から対峙しているだけで自軍が寡兵なのは明らかだった。
両軍の編成と質はほぼ同じだ、こうなると野戦では数の差が効いてくる。<強欲王>と渾名されるヤーマルガ王は戦費をケチるので有名だったが、今回は本腰を入れて来たらしい。
「国許に『我が軍不利』と状況を知らせよ、勝てぬまでも防衛のための時間を稼ぐ」
「はっ」
両軍とも、既に布陣を終えており、後は激突するだけだった。だが、両軍の指揮官が同時に手を振り下ろそうとした瞬間、異変が起きた。
両軍の中間で突如風が渦巻き、前列に居た何人もの兵が押し倒されたのだ。そして次の瞬間、落雷のような轟音が轟くと、そこには二人の人物が降り立っていた。
それは黒衣を纏った美丈夫。両軍の中間に、いつの間にか紅玉の瞳と黒曜の髪を持つ男が、剣を持つ従者を従えて立っていた。
「予告してから転移して…」
「しっ!。黙って従者のフリしてろ」
言われて周囲の只ならぬ雰囲気に気づいたボッカは、姿勢を正して剣を捧げ持った。
『傾注せよ!』
力を乗せた荘厳な声が響く
威厳を出すためか、広範囲に声を届けるためか、<命無き者達の王>は大気を震わせる声を発していた。
『余は、ティルタ山に住まう<命無き者達の王>。我が眷属の願いを叶えるためにこの地に天下った。両軍とも盾を置き剣を収めよ』
突然の出来事に、両軍の兵達は耳を押さえ混乱した。これでは開戦どころではない。大わらわで兵の混乱を抑え込もうと、指示が飛ぶ。
ヤーマルガ軍からは、上級の指揮官と思われる豪華な甲冑の騎士が出て来た。圧倒的優位な開戦を邪魔された事で怒りが吹き上がっている。この男が突然現れた怪異ですら、目に入らない程に。
「<命無き者達の王>だと?」
『然り』
「不死者が何故我らの邪魔をする」
『我が眷属の願いのため…そう言ったぞ』
大軍を恐れもせず見下した目をする<王>に騎士は激怒した。
「なんの願いだか知らぬが、我らが従うは我らの王の命のみ。お前などに用は無いわ!」
騎士が片手を振ると、<王>に矢と魔法が降り注いだ。
だが、<王>が何の動作もしないのに攻撃は掻き消え、そのまま射手と魔法使いを背後から襲った。
『ぎゃっ』と悲鳴が上がり、射手と魔法使いがバタバタと倒れる。
『な…にっ?』
『空間を操る余に人の攻撃は通用せぬ』
「な…馬鹿な…本物の<命無き者達の王>だというのか!」
『そう言ったぞ』
気圧された騎士だが、今度は槍兵の後ろから、派手な装束を着た神官がわらわらと前に出て来た。
「閣下、不死者の相手は我らにお任せを」
「む、よしやれ」
神官は戦では治療術士の補助のために駆り出されている。本来は軍と神殿は国の両輪だと思っている神官達には、鬱憤が溜まっていた。強力な不死者なら手柄を立てる機会だと思って出て来たのだ。
神官たちは<王>に聖印を向けて一斉に真言を叫んだ。
「不浄の者よ、消え失せよ!」
だが、絶対の自信の元に放たれた魔法は<王>の髪すら揺るがす事ができない。
「な、何故だ?!。いかな高位の不死者であっても消し去る御使いの魔法なのに…」
『何故か?それはその魔法を作り神殿に伝授したのが余だからだ。その魔法は不死者を消滅させる魔法ではない、彷徨える不死者を余の館たるティルタ山の頂に送る魔法にすぎぬ』
「そんな…そんな事があるはずが無いっ、お前達力を貸せっ」
神官たちの長がそう叫ぶと、神官たちは決意を秘めた顔で長の周りに術者の陣を作った。
「御使いよ、我に主の怨敵を滅ぼす力を貸し給え」
印を切り祝詞を唱えると、空中に五つのシンボルが出現した。同時に長の周りの術者はバタバタと倒れる。この術は五柱の御使いの力を借りる魔法、ただ一人の術者では到底支えきれない魔力を必要とする。
だが、御使いの印が現れても、力は一向に発動しない。
「これは…どうした事だ?御使いよ、何故お力を貸していただけぬ」
長が困惑していると、五つの聖印の下に白衣を纏った光輝く人物の姿がおぼろげに表れた。こんな事は初めてだ。
『よう、神の怨敵ってどれのこと?』
人影が御使いとは思えぬ気安い声で言った。
『俺の事らしいぞ』
<王>もまた、先ほどまでの威厳を置き忘れたのか如くの声で答える。
『またかい?君も六番目の御使いなんだから、もう少し誤解を招かない見た目にすればいいのに』
『<命無き者達の王>が、白づくめで光り輝く姿じゃサマにならないだろ』
『どうせ、わざと誤解を招く格好してるんだろ?』
『引っかかるやつ多いからね』
軽口を叩き合って、人影は消えて行く。
『彼の者は神の怨敵にはあらず』
忘れかけた事を付け足すようにそう告げると、最後まで残った人影と共に、五つの聖印は消えた。
あまりな出来事に、神官は力なくばたりと倒れた。
「馬鹿な…不死者の王が主の御使いだと?」
『少し考えれば判るだろうに。主がこの世界をこうあるべきと定められた。ならばこの世界に存在する全ては、主の御心に適うものであると。我らが「神の敵」、「不浄の輩」などというのは、主の御心を理解できぬ貴様ら只人の神官の戯言に過ぎぬ』
「そ、そんな……」
主の御使いにより、自分の今までの信仰がすべて否定された神官の長は、そのまま意識を失った。
『生きる<人間>に、生きる<蛮族>に、生きる<混沌の者>に王が必要なように、呪われて安らぎの地に行けぬ者共を導く王が必要と、主はお考えになられた。故に、余は死ぬことのできぬ<命無き者達>の王となった。我は主の六番目の使いにして剣。我は死を司る者。生ける者の命を刈取り、死ぬことが出来ぬ者に終焉を与える者』
<王>がそう告げると、コンダート軍の後方から将軍が飛び出して来た。止めるようとする幕僚を一喝すると<王>の前に一人跪く。
「御使いよ、地上人より言葉をおかけする無礼を許し賜え」
『よい』
「私は、コンダート軍を預かるソーン伯爵です。御使いの眷属の願いとはいかなるものでしょうや?それは我が国に係るものでありましょうや」
『それに答えるには……ヤーマルガの将よ前に出よ』
慌てて戦列の前に出て来た騎士が跪く。
「ヤーマルガ軍総指揮官、テンサー伯爵です」
さすがにこれだけの力を見つけられると、ヤーマルガ軍の将軍とはいえへりくだるしか無かった。
『カンザンの生き残りが、我が館に生きてたどり着いた。そして自らの足で立ち、自らの声で全てを差し出すと宣言したのだ。余に全てを差し出す事は、安らぎの地に行く事もできず、永劫に命無き生を過ごす事を意味する。氷河を踏破し我が館に生きてたどり着く覚悟、我にその全てを差し出し永劫の苦痛を受ける覚悟。その二つの覚悟に応えねば、予に王たる資格はない。故にその願いは必ず果たされる』
「か、カンザンですと」
テンサー卿の顔色が真っ青になった。
「そ、その者は…いったい、な、何を……」
『その者は、其の方らへのを神判を願った。カンザンの生き方が天に叶う物か、ヤーマルガの行いが天に叶う物か神判せよ…というのが願いだ。故にこれよりその神判を下す。コンダートの者はその証人となるのだ』
「謹んで」
ソーン卿は即座に<王>に平服した。彼の従える兵も皆武器を置いて跪く。
「お待ちください、その様子では既に結果は出ていると?願いが復讐ではなく神判であるなら、わが国の主張もお聞き入れ下さい」
『ふむ?』
慌てて割って入ったテンサー卿を咎めもせず、<王>はテンサー卿に対して鷹揚に頷いた。
『…侵略など、何処の国でも常に行われている…と?国を豊かにし国民を安んじるのは王の責であり、カンザンの王がそれを果たせなかっただけだ…と?そもそもカンザンは帝国に侵略を受けて故国を失っている、何故ヤーマルガばかりが罰を受けねばならないのだ…と?』
「うっ……いかにもその通りでございます」
言おうとしていた事を全て見透かされて、テンサー卿は一挙に不安になった。この理由で罰せられれば国など成り立たないはずだ。現に今まで神罰を受けた国など一つも無い。それでも眷属の願いのために罪とされるのか。
『なるほど、ヤーマルガはただ隣国を征服しただけに過ぎない。どこの国も同じような事をしている。「戦争」を裁く法はどこの国にも無い。どこの国もお前達を罰する事は無いだろう』
「おお、では……」
テンサー卿の顔が明るくなった。
『だが、ヤーマルガとカンザンとの間には約定があった。すなわち、ヤーマルガに対して害となる事を行わない、軍は持たない、ヤーマルガ以外に出稼ぎに行かない、それを明らかにするために査察を許し、自分たちの行った事は残らずヤーマルガに報告する事になっていた。それに加えて、冥加金も要求していたな。その代わりにヤーマルガはカンザンの安全を保障する…と』
「そ、それは……」
『お前たちは、その約定を正式な手続きによって破棄せぬままカンザンを攻めた。破棄の手順も疑義がある際の交渉も明記されているにも関わらず…だ。ヤーマルガはカンザンとなんの交渉もしないまま一方的にカンザンを滅ぼした。カンザンに瑕疵は無い。カンザンの生き方は我が主の望んだ通りのものであった……。カンザンの民を奴隷にせず皆殺しにしたのは、お前たち自身に後ろめたい思いがあったからだ。……お前達のしたことは戦争ではない。ただの強盗だ。強盗は死罪と、ヤーマルガの法でも決まっているではないか?』
テンサー卿は話の途中から蒼白になってわなわなと震えていた。
それは、完全な有罪の宣告だった。
「ば、馬鹿な…天の御使いが我々を…殺すというのか?」
『余は、故なくして人を駆逐することは認められていない。そして、我が眷属の願いは「然るべき報い」だ。神判の結果、そなたらの行いは死に値する科ではないと認められている』
殺されぬと判り束の間安堵したテンサー卿だが、<王>は恐るべき宣告をした。
『お前たちは、見捨てられるだけだ。男も女も、老いも若きも、王も奴隷も分け隔てぬ。ヤーマルガ王国の民は、等しく我らから見捨てられる。だが、生きて行けるはずだ。カンザンの民は、まさしくそのように生きた。主に頼らず、願わず、多くの国に見捨てられ、それでも自らの力で生きた。お前たちも主のなさりようを正しく理解していれば、そしてそ主に恥じぬように生きていたのなら、お前たちを助ける国が必ずあるだろう』
その瞬間、ヤーマルガ王国の民の額に<見捨てられし者>という文字が浮かびあがった。
居場所は関係なかった。国内に居ようが国外に居ようが関係ない、ヤーマルガ王国の籍を持つ者の額に等しく文字が浮かび上がったのだ。
互いの顔を見て文字を確認したヤーマルガの将兵の顔に困惑が浮かび、次いで驚愕に変わり、そしてそれはすぐ絶望へと変わった。
テンサー卿は悲鳴を上げて本陣に逃げ戻った。
『今、この瞬間王国に生きている者だけだ。新しく生まれる者に罪は及ばない。既に死んだ者も裁かれぬ』
<王>はそう付け足したが、それはなんの慰めにもならない。<王>の声を聴いているのは全員「今、この瞬間王国に生きている者」なのだから。
それは、なんの効果も伴わない「呪い」だった。ただ、どうやっても消す事の出来ない「言葉」が額に現れただけなのだ。身体にも心にもなんの支障も起きない、命が縮む訳でも病気になる訳でも無い。
だが……天に神があり地にその力が満ちる世界で、それに見捨てられたと宣告される事が何を意味するか…
「ドーア傭兵団、ヤーマルガより離脱する。我らは主の御意思と共にあり!」
そう叫んで、傭兵の一団が離脱してしまった。前金を受け取っておきながら、開戦前に雇い主を見捨てて一方的な敵前逃亡など、傭兵隊の存亡に係る不祥事だ。だが、神の気まぐれに命を預けて戦う傭兵が、天に見放された雇い主に従うなどできるはずもない。連鎖するように、次々と傭兵団が離脱してしまった。
「こ、これは…」
大混乱に陥ったヤーマルガ軍を前に、ソーン卿は困惑していた。御使いに「証人となれ」と命じられた以上、確かに今起きた神判を伝える証人となろう。
カンザンのことは気の毒に思う気持ちはあったが、他国の事に口を挟むこともできなかった。だがこれで、彼らの生きた軌跡を伝える事もできよう。では、それ以外は?
この場で手出しする事は、御使いの意思に反してしまうのだろうか?圧倒的な力を見せつけられたソーン卿は動く事ができなかった。
そんなソーン卿に気付いていたのか、<王>はつまらなそうに言った
『これで余の仕事は終わりだ』
「っ!ならば……我らは地上人の役目を果たします。これにて御前を御免」
そう言ってソーン卿は本陣に戻ると、自軍を指揮してヤーマルガ軍への追撃を開始した。
「あぁ?さっきエルルマークが望んだだろ、『彼の者の行いが天意に背くのなら然るべき報いを』と」
エルルマークは確かにそう望んだ。彼の願いは、自分たちの生き方が天意に叶うものだったか、その答えを聞きたいというものだったはずだ。だが、最後に思わず口にしてしまったのだろうか、「然るべき報いを」と。
「然るべき報い、つまりは『ざまぁ』だ」
「意訳が過ぎませんか?」
「言い方を変えてもやる事は変わらん。俺はエルルマークの願いに応える責任がある」
『主よ、お持ちしました』
死霊の従者が外套を持って現れた。<王>がそれを優雅な動きで纏うと、死霊はもう一着と豪華な剣をボッカに差し出した。
「身バレしたくないだろ?それ被って、従者のフリしてろ」
「あ、ありがとうございます」
<命無き者達の王>が神判を下す隣に、逓信ギルドの歩荷が居たなんて噂が広まったらとんでもない事になる。ボッカは防寒服の上着を脱ぐとフード付きの外套を被って、剣を受け取った。
「それで、どこに行くんです?」
「丁度連中が勢揃いして、証言者も大勢居る所があるんだよ」
<王>が従者から受け取った杖で床を叩くと、二人の姿は空間の狭間に消えた。
平原で、二つの軍が対峙していた。両軍とも隊列を組んで対峙している、遭遇戦ではなく会戦である。
両軍とも長槍を持つ歩兵を中心に据え、その両側を剣を持つ歩兵と騎兵が固めていた。同様の布陣だが一方の軍が、明らかに数が多かった。
「我が軍の布陣終わりました。偵騎の情報によればヤーマルガ軍、およそ5千!」
「事前の情報より数が多い。かなりの兵を隠していたな……。してやられたか」
ヤーマルガと相対する、コンダート軍の将軍は歯噛みした。偵騎の報告を聞くまでもなく、正面から対峙しているだけで自軍が寡兵なのは明らかだった。
両軍の編成と質はほぼ同じだ、こうなると野戦では数の差が効いてくる。<強欲王>と渾名されるヤーマルガ王は戦費をケチるので有名だったが、今回は本腰を入れて来たらしい。
「国許に『我が軍不利』と状況を知らせよ、勝てぬまでも防衛のための時間を稼ぐ」
「はっ」
両軍とも、既に布陣を終えており、後は激突するだけだった。だが、両軍の指揮官が同時に手を振り下ろそうとした瞬間、異変が起きた。
両軍の中間で突如風が渦巻き、前列に居た何人もの兵が押し倒されたのだ。そして次の瞬間、落雷のような轟音が轟くと、そこには二人の人物が降り立っていた。
それは黒衣を纏った美丈夫。両軍の中間に、いつの間にか紅玉の瞳と黒曜の髪を持つ男が、剣を持つ従者を従えて立っていた。
「予告してから転移して…」
「しっ!。黙って従者のフリしてろ」
言われて周囲の只ならぬ雰囲気に気づいたボッカは、姿勢を正して剣を捧げ持った。
『傾注せよ!』
力を乗せた荘厳な声が響く
威厳を出すためか、広範囲に声を届けるためか、<命無き者達の王>は大気を震わせる声を発していた。
『余は、ティルタ山に住まう<命無き者達の王>。我が眷属の願いを叶えるためにこの地に天下った。両軍とも盾を置き剣を収めよ』
突然の出来事に、両軍の兵達は耳を押さえ混乱した。これでは開戦どころではない。大わらわで兵の混乱を抑え込もうと、指示が飛ぶ。
ヤーマルガ軍からは、上級の指揮官と思われる豪華な甲冑の騎士が出て来た。圧倒的優位な開戦を邪魔された事で怒りが吹き上がっている。この男が突然現れた怪異ですら、目に入らない程に。
「<命無き者達の王>だと?」
『然り』
「不死者が何故我らの邪魔をする」
『我が眷属の願いのため…そう言ったぞ』
大軍を恐れもせず見下した目をする<王>に騎士は激怒した。
「なんの願いだか知らぬが、我らが従うは我らの王の命のみ。お前などに用は無いわ!」
騎士が片手を振ると、<王>に矢と魔法が降り注いだ。
だが、<王>が何の動作もしないのに攻撃は掻き消え、そのまま射手と魔法使いを背後から襲った。
『ぎゃっ』と悲鳴が上がり、射手と魔法使いがバタバタと倒れる。
『な…にっ?』
『空間を操る余に人の攻撃は通用せぬ』
「な…馬鹿な…本物の<命無き者達の王>だというのか!」
『そう言ったぞ』
気圧された騎士だが、今度は槍兵の後ろから、派手な装束を着た神官がわらわらと前に出て来た。
「閣下、不死者の相手は我らにお任せを」
「む、よしやれ」
神官は戦では治療術士の補助のために駆り出されている。本来は軍と神殿は国の両輪だと思っている神官達には、鬱憤が溜まっていた。強力な不死者なら手柄を立てる機会だと思って出て来たのだ。
神官たちは<王>に聖印を向けて一斉に真言を叫んだ。
「不浄の者よ、消え失せよ!」
だが、絶対の自信の元に放たれた魔法は<王>の髪すら揺るがす事ができない。
「な、何故だ?!。いかな高位の不死者であっても消し去る御使いの魔法なのに…」
『何故か?それはその魔法を作り神殿に伝授したのが余だからだ。その魔法は不死者を消滅させる魔法ではない、彷徨える不死者を余の館たるティルタ山の頂に送る魔法にすぎぬ』
「そんな…そんな事があるはずが無いっ、お前達力を貸せっ」
神官たちの長がそう叫ぶと、神官たちは決意を秘めた顔で長の周りに術者の陣を作った。
「御使いよ、我に主の怨敵を滅ぼす力を貸し給え」
印を切り祝詞を唱えると、空中に五つのシンボルが出現した。同時に長の周りの術者はバタバタと倒れる。この術は五柱の御使いの力を借りる魔法、ただ一人の術者では到底支えきれない魔力を必要とする。
だが、御使いの印が現れても、力は一向に発動しない。
「これは…どうした事だ?御使いよ、何故お力を貸していただけぬ」
長が困惑していると、五つの聖印の下に白衣を纏った光輝く人物の姿がおぼろげに表れた。こんな事は初めてだ。
『よう、神の怨敵ってどれのこと?』
人影が御使いとは思えぬ気安い声で言った。
『俺の事らしいぞ』
<王>もまた、先ほどまでの威厳を置き忘れたのか如くの声で答える。
『またかい?君も六番目の御使いなんだから、もう少し誤解を招かない見た目にすればいいのに』
『<命無き者達の王>が、白づくめで光り輝く姿じゃサマにならないだろ』
『どうせ、わざと誤解を招く格好してるんだろ?』
『引っかかるやつ多いからね』
軽口を叩き合って、人影は消えて行く。
『彼の者は神の怨敵にはあらず』
忘れかけた事を付け足すようにそう告げると、最後まで残った人影と共に、五つの聖印は消えた。
あまりな出来事に、神官は力なくばたりと倒れた。
「馬鹿な…不死者の王が主の御使いだと?」
『少し考えれば判るだろうに。主がこの世界をこうあるべきと定められた。ならばこの世界に存在する全ては、主の御心に適うものであると。我らが「神の敵」、「不浄の輩」などというのは、主の御心を理解できぬ貴様ら只人の神官の戯言に過ぎぬ』
「そ、そんな……」
主の御使いにより、自分の今までの信仰がすべて否定された神官の長は、そのまま意識を失った。
『生きる<人間>に、生きる<蛮族>に、生きる<混沌の者>に王が必要なように、呪われて安らぎの地に行けぬ者共を導く王が必要と、主はお考えになられた。故に、余は死ぬことのできぬ<命無き者達>の王となった。我は主の六番目の使いにして剣。我は死を司る者。生ける者の命を刈取り、死ぬことが出来ぬ者に終焉を与える者』
<王>がそう告げると、コンダート軍の後方から将軍が飛び出して来た。止めるようとする幕僚を一喝すると<王>の前に一人跪く。
「御使いよ、地上人より言葉をおかけする無礼を許し賜え」
『よい』
「私は、コンダート軍を預かるソーン伯爵です。御使いの眷属の願いとはいかなるものでしょうや?それは我が国に係るものでありましょうや」
『それに答えるには……ヤーマルガの将よ前に出よ』
慌てて戦列の前に出て来た騎士が跪く。
「ヤーマルガ軍総指揮官、テンサー伯爵です」
さすがにこれだけの力を見つけられると、ヤーマルガ軍の将軍とはいえへりくだるしか無かった。
『カンザンの生き残りが、我が館に生きてたどり着いた。そして自らの足で立ち、自らの声で全てを差し出すと宣言したのだ。余に全てを差し出す事は、安らぎの地に行く事もできず、永劫に命無き生を過ごす事を意味する。氷河を踏破し我が館に生きてたどり着く覚悟、我にその全てを差し出し永劫の苦痛を受ける覚悟。その二つの覚悟に応えねば、予に王たる資格はない。故にその願いは必ず果たされる』
「か、カンザンですと」
テンサー卿の顔色が真っ青になった。
「そ、その者は…いったい、な、何を……」
『その者は、其の方らへのを神判を願った。カンザンの生き方が天に叶う物か、ヤーマルガの行いが天に叶う物か神判せよ…というのが願いだ。故にこれよりその神判を下す。コンダートの者はその証人となるのだ』
「謹んで」
ソーン卿は即座に<王>に平服した。彼の従える兵も皆武器を置いて跪く。
「お待ちください、その様子では既に結果は出ていると?願いが復讐ではなく神判であるなら、わが国の主張もお聞き入れ下さい」
『ふむ?』
慌てて割って入ったテンサー卿を咎めもせず、<王>はテンサー卿に対して鷹揚に頷いた。
『…侵略など、何処の国でも常に行われている…と?国を豊かにし国民を安んじるのは王の責であり、カンザンの王がそれを果たせなかっただけだ…と?そもそもカンザンは帝国に侵略を受けて故国を失っている、何故ヤーマルガばかりが罰を受けねばならないのだ…と?』
「うっ……いかにもその通りでございます」
言おうとしていた事を全て見透かされて、テンサー卿は一挙に不安になった。この理由で罰せられれば国など成り立たないはずだ。現に今まで神罰を受けた国など一つも無い。それでも眷属の願いのために罪とされるのか。
『なるほど、ヤーマルガはただ隣国を征服しただけに過ぎない。どこの国も同じような事をしている。「戦争」を裁く法はどこの国にも無い。どこの国もお前達を罰する事は無いだろう』
「おお、では……」
テンサー卿の顔が明るくなった。
『だが、ヤーマルガとカンザンとの間には約定があった。すなわち、ヤーマルガに対して害となる事を行わない、軍は持たない、ヤーマルガ以外に出稼ぎに行かない、それを明らかにするために査察を許し、自分たちの行った事は残らずヤーマルガに報告する事になっていた。それに加えて、冥加金も要求していたな。その代わりにヤーマルガはカンザンの安全を保障する…と』
「そ、それは……」
『お前たちは、その約定を正式な手続きによって破棄せぬままカンザンを攻めた。破棄の手順も疑義がある際の交渉も明記されているにも関わらず…だ。ヤーマルガはカンザンとなんの交渉もしないまま一方的にカンザンを滅ぼした。カンザンに瑕疵は無い。カンザンの生き方は我が主の望んだ通りのものであった……。カンザンの民を奴隷にせず皆殺しにしたのは、お前たち自身に後ろめたい思いがあったからだ。……お前達のしたことは戦争ではない。ただの強盗だ。強盗は死罪と、ヤーマルガの法でも決まっているではないか?』
テンサー卿は話の途中から蒼白になってわなわなと震えていた。
それは、完全な有罪の宣告だった。
「ば、馬鹿な…天の御使いが我々を…殺すというのか?」
『余は、故なくして人を駆逐することは認められていない。そして、我が眷属の願いは「然るべき報い」だ。神判の結果、そなたらの行いは死に値する科ではないと認められている』
殺されぬと判り束の間安堵したテンサー卿だが、<王>は恐るべき宣告をした。
『お前たちは、見捨てられるだけだ。男も女も、老いも若きも、王も奴隷も分け隔てぬ。ヤーマルガ王国の民は、等しく我らから見捨てられる。だが、生きて行けるはずだ。カンザンの民は、まさしくそのように生きた。主に頼らず、願わず、多くの国に見捨てられ、それでも自らの力で生きた。お前たちも主のなさりようを正しく理解していれば、そしてそ主に恥じぬように生きていたのなら、お前たちを助ける国が必ずあるだろう』
その瞬間、ヤーマルガ王国の民の額に<見捨てられし者>という文字が浮かびあがった。
居場所は関係なかった。国内に居ようが国外に居ようが関係ない、ヤーマルガ王国の籍を持つ者の額に等しく文字が浮かび上がったのだ。
互いの顔を見て文字を確認したヤーマルガの将兵の顔に困惑が浮かび、次いで驚愕に変わり、そしてそれはすぐ絶望へと変わった。
テンサー卿は悲鳴を上げて本陣に逃げ戻った。
『今、この瞬間王国に生きている者だけだ。新しく生まれる者に罪は及ばない。既に死んだ者も裁かれぬ』
<王>はそう付け足したが、それはなんの慰めにもならない。<王>の声を聴いているのは全員「今、この瞬間王国に生きている者」なのだから。
それは、なんの効果も伴わない「呪い」だった。ただ、どうやっても消す事の出来ない「言葉」が額に現れただけなのだ。身体にも心にもなんの支障も起きない、命が縮む訳でも病気になる訳でも無い。
だが……天に神があり地にその力が満ちる世界で、それに見捨てられたと宣告される事が何を意味するか…
「ドーア傭兵団、ヤーマルガより離脱する。我らは主の御意思と共にあり!」
そう叫んで、傭兵の一団が離脱してしまった。前金を受け取っておきながら、開戦前に雇い主を見捨てて一方的な敵前逃亡など、傭兵隊の存亡に係る不祥事だ。だが、神の気まぐれに命を預けて戦う傭兵が、天に見放された雇い主に従うなどできるはずもない。連鎖するように、次々と傭兵団が離脱してしまった。
「こ、これは…」
大混乱に陥ったヤーマルガ軍を前に、ソーン卿は困惑していた。御使いに「証人となれ」と命じられた以上、確かに今起きた神判を伝える証人となろう。
カンザンのことは気の毒に思う気持ちはあったが、他国の事に口を挟むこともできなかった。だがこれで、彼らの生きた軌跡を伝える事もできよう。では、それ以外は?
この場で手出しする事は、御使いの意思に反してしまうのだろうか?圧倒的な力を見せつけられたソーン卿は動く事ができなかった。
そんなソーン卿に気付いていたのか、<王>はつまらなそうに言った
『これで余の仕事は終わりだ』
「っ!ならば……我らは地上人の役目を果たします。これにて御前を御免」
そう言ってソーン卿は本陣に戻ると、自軍を指揮してヤーマルガ軍への追撃を開始した。
1
あなたにおすすめの小説
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる
書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。
鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。
だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。
その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。
俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。
ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。
なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる