不死身のボッカ

暁丸

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逓信ギルドの特急運搬人

運搬人?と森人と岩人と聖女と勇者 2

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 マキナが現在滞在している、丘の上の屋敷に住んでいる三人は全員犯罪者である。


 森人のインテグラは、森人最大の禁忌である同族殺しをした重犯罪者である。しかも彼が殺したのは、自分の育ての親だった。同族かつ親族を殺した彼が処刑されなかったのは、単に森人に死刑という制度が無いだけにすぎない。彼は全ての森人に<同族殺し>として軽蔑されており、只人の世界に住む<堕ちた森人>達のコミュニティにさえ忌避されている。
 郷から追放されたインテグラは、王国の入国審査で拘束された。詳細な取り調べが行われたものの、王国は扱いに困る事になる。<堕ちた森人>は王国にも住んでいる。彼らは取り調べの結果、やむにやまれぬ事情で<堕ちた>事が判っている。だが、同族殺しはよほどイカれた森人でないとやらない犯罪だ。森人は全ての能力が只人を上回る、いわば超人である。もしインテグラが殺人の衝動を持つ壊れた人間だったとしたら、只人には対処のしようが無くなる。かといって、王国では彼は何もしていない。彼が罪を犯したのは王国ではなく森人の郷であり、既にその罪に応じた裁きを既に受けているのである。王国がそれに重ねて罪を問う事はできない。
 彼は罪状については一切話さず、王国は使者を立てインテグラの罪の詳細を問い合わせようとしたが、森人の郷は使者との面会すら拒絶した。対処に困った王国は、彼を勇者の元に送る事にしたのだ。
 この地に落ち着いたインテグラはとても重犯罪者には見えない、穏やかな人柄だった。彼がどうして同族を…自分の親を殺したのか。彼は何も語ろうとしない。

 岩人のシリオンは、倫理違反で岩人の国では終身刑を食らっている。彼の二つ名はなんの捻りもなく『キチ〇イ』である。<キチ〇イシリオン>、<狂気のシリオン>と呼ばれている。自らの知識欲のためには魔族に魂を売る…というのはよく使われる慣用句だが、彼は本当に売ろうとした。それが発覚し、余罪を調べたら出るわ出るわ、人体実験を含め重犯罪を3桁やっていた。それくらいシリオンはタガとネジが吹き飛んでいた。
 確かに岩人は知識と技術のためには倫理を捨てる。だからこそ、本当に倫理を捨てると、彼らの国では重犯罪になる。タガの無いシリオンのような岩人を出さないための法律なのだ。
 有罪判決を受け収監される寸前、彼は脱走する。牢獄には彼の知識欲を満たすものが何もないからだ。シリオンは逃亡しつつ知識欲を満たすため、身分を偽って当時は渡航制限されていたゼルドラシアに渡った。そこで甲殻人の生態調査を行ったものの、見境の無くなる癖は治らず方々で甲殻人の恨みを買ってこちらに逃げ戻る事になる。
 考え事を始めると他の事に無頓着になるシリオンは、何も考えずに王国に入って捕らえられた。シリオンは、『引き取り拒否、如何様に処分しても抗議せず』という岩人国からの公式回答を受け、勇者送りになったのである。
 ここに住むようになったシリオンは、性格は相変わらず奇矯なままだった。だが、時々何か訳の判らないガラクタを作っては壊し作っては壊ししているだけで、それ以外は不思議なほどおとなしくしている。知識欲の権化であるシリオンが、何に興味を持ってこの屋敷に留まっているのか。彼は何も語ろうとしない。

 只人の少女フューリアス(フューリー)は、元は救世教会いう宗派が認定した<聖女>である。<聖女>といっても、彼女は神の言葉を聞き人々を癒す存在…などではない。彼女は救世教会が起こした<聖戦>の先頭に立ち、邑城(城塞都市)三つを破壊した<聖女>という名の人間攻城兵器だった。『<亜人>を排除し<聖戦>に協力せよ』という理不尽な要求を拒否した街は、城壁を破壊されたうえ教会によって徹底的な略奪を受け、壊滅的被害を受けている。
 だが、略奪した財により傭兵を雇い、<聖女>を押し立てて国家相手の<聖戦>に乗り出そうとした救世教会は、その<聖女>フューリアスにより幹部と騎士を皆殺しにされて再び壊滅した。
 『再び』…そう、救世教会は、かつて他種族を<亜人>と呼んで迫害し<勇者>に粛清された宗派であり、現在は禁教となっている。彼女のした事は<聖戦>などではなく狂信者によるテロであり、彼女は<聖女>などではなくテロリストに過ぎなかった。教会幹部を皆殺しにして投降した彼女も、死罪を免れぬはずだった。
 だが、<聖女>の称号が狂信者が箔着けに付けた根拠のない肩書だろうとも、彼女の力自体は紛れもない本物の<勇者>の物だった。
 この世界では、<勇者>は何かの役目を持ってこの地に天下ると信じられている。救世教会の壊滅が彼女の役目で無い事は明らかだった。当の<聖女>さえ居なければ、今の救世教会は少し規模の大きな野盗程度でしか無かったのだから。
 彼女に何かの役目があるのかもしれないという疑義。そして、万が一彼女が刑に抵抗して力を振るえば王都の城壁すら粉砕されるという恐怖が、処刑に二の足を踏ませた。
 彼女自身は聴取にも素直に応じ罪は自分の命で償うとさえ言ったから、その殊勝な態度が認められたこと、彼女自身の手によって教会の中心メンバーが叩き潰れた事を口実に罪一等が減じられ、勇者送りになったのだ。
 少し怒りっぽいが、今のフューリアスは畑仕事と家事に精を出す普通の少女である。そんな彼女がなぜ狂信者の手先となって略奪のお先棒を担ぐ事になったのか。何故教会幹部を皆殺しにしたのか。彼女は何も語ろうとしない。



 彼らが住む屋敷と、屋敷が建つ丘と、丘の回りの砂漠は、王国の<勇者>トールの土地である。
 三人がこの地で暮らすようになったのは、ここが<勇者>の屋敷だからだ。いずれも馬鹿げた能力を持つ三人を抑えきれるのは<勇者>しか居ない…と考えられたのだ。

 王国だけでなく中原の安定に寄与した<勇者>トールは、一線を退くにあたり王国から人の住まないこの土地を貰った。「爵位など貰っても統治なんて無理」と言って、一人気ままに余生を過ごす事を選んだのだった。
 範囲は、この台地とそこから見える範囲の周辺の岩と砂利の砂漠である。……つまり、彼の土地に住んでいるのは彼一人。見渡す限り他に人は住んでいない。いったい<勇者>はどうやって暮らして行くのか?。疑問に思う者は大勢いたが、<勇者>は普通に近郷の街に顔を出しては買い食いしたり、生活必需品を買い出ししていた。
 どうやって来たのか聞かれると、意外そうな顔で「走って来たにきまってるだろ」と答えていたという。

 小さな小屋を建てて隠居暮らしをしていたトールだが、森人と岩人の罪人が送り込まれると生活が一変する事になった。人外な能力を持つ三人が意気投合してしまったのだ。「生活環境改善だ」とばかりに、シリオンは<創造の理>を使って一人で屋敷を建ててしまった。トールは国から捨扶持を貰っていたのだが「これじゃ足りんよな」と言い出し、三人であちこち出掛けては巨大魔獣を狩ったりし始めた。『禁固刑どこ行った?』である。「扶持を増やしますからできればおとなしく…」と言っても「俺たちは自給自足できるから心配するな」と爽やかな笑顔で断られる。本人は本気でそう思っているのだからタチが悪い。そうかと言って、一人で一国の軍に匹敵する…と言われる<勇者>トールにそれ以上文句を言える訳もなし。『罪人二人もおとなしくしているから、人に迷惑をかけない限り大目に見よう…』と、黙認される事になった。

 その後三人が意気投合した結果の『やらかし』の末にマキナはこの屋敷で暮らすようになり、しばらく前までずっと住んでいた。フューリーはマキナとの縁で住む事になる。

 今はマキナは仕事のためにリンコーの宿舎に住んでいるが、この屋敷はいわばマキナの実家のような家なのだ。



 屋敷のテラスに座り、何をするでもなく晩秋の星空を見上げていたマキナの隣に、寝間着に外套を羽織ったインテグラが座った。
 マキナの顔は、虫の顔に戻っている。ここなら覆面も必要ない。

 「フューリーはどう?」

 マキナが小声で聞く。

 「もう大丈夫かな。昼間も<聖女>の力について突いてみたけど、様子は変わらなかったわよ。『普通に生きて普通に死ぬ事にした』って言ってた」
 「そっか」

 不安定な状態だったフューリーを、マキナはインテグラに任せた。フューリーの力が暴発した時、フューリーを止める事ができるのは……殺せるのは、今はインテグラしかいない。
 フューリーはすぐにキレるが、それが後を引く事は無い。そして彼女自身の倫理観や価値観は実にマトモだ。彼女がすぐ怒るのは、他の二人が『ド天然』だからなのだ(マキナはわざとだ)。

 「ありがと、……フューリーを立派なツッコミ役に育ててくれて」
 「<名をくれた人>の頼みだもん」

 インテグラが、こてんと頭を傾けてマキナの肩に預けた。

 (えーと…)
 フルスイングで空振りしたマキナは、ポリポリと頬を掻きたい気分になった。これだからキレキレのフューリーのツッコミがありがたいのだ。彼女が居ないと、この屋敷はツッコミ不在の恐怖世界になる。マキナがツッコミ役に対してやたら評価が高いのは、この屋敷が原因だったりする。

 「でも、どうにかなったのは、マキナがいろいろ集めてくれた食べ物とかのおかげ。あれが無きゃ危なかった」
 「役に立ったなら良かった。…もっと遠くで、もっといろいろ探して集めたいけど…。仕事のついでだから、これ以上遠くに行くのは中々難しいかなぁ」

 これ以上遠方の国々に行くには、年単位で休暇を取らないと無理かもしれない。

 「それに、下に畑を広げないとどうしょうもないしね」
 「そうだね」

 まずは生活を成り立たせる必要がある。王国に義理立てして、今は三人はこの地を出ないようにしている。檻のない牢で暮らす三人と、遠くに足を延ばせる一人でどうにかしなければならないが、マキナ一人の輸送では限界がある。

 「ね、今日はマキナと一緒に寝ていい?」
 「こんな固くて抱き心地悪い抱き枕無いだろ」
 「でも、暖かいんだもん」
 「あ、そうか。湯たんぽ代わりか」
 「もうっ、なんで私の気持ちが通じないかなーっ!?」
 「いやだって、男に言い寄られてもなぁ…」

 マキナが立ち上がると、一緒にインテグラも立ち上がって腕をからめる。

 「見た目が9割なんでしょ?」
 「残り1割の方でも性別は軽視しちゃいかんでしょ………」

 軽い声で言い争いをしながら、二人の姿はインテグラの寝室に消えた。
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