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逓信ギルドの特急運搬人
逓信ギルド運搬人と野盗と商人
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中原を東西に貫く交易街道から山一つ北の脇街道を、箱型の背負子を背負った運搬人が走っていた。
その運搬人は、とても「変」だった。
運搬人と判るのは、背負子に描かれた紋章が逓信ギルドの特急便のものだからで、本人は覆面を付けて、長袖の上着に手袋まで付け、全身を完全に覆い隠しており性別すら判らない。小春日和で汗ばむような陽気だというのに、だ。
有体に言えば、運搬人はとても胡散臭い恰好をしていた。
しかし、恰好は胡散臭いものの、この運搬人は間違いなく逓信ギルドの運搬人であり、組合でも最速の特急便なのだ。
通常、人間が自らの足で走って運ぶのは、近距離に限られていた。遠距離の特急便では早馬が使われる。だが、馬も長時間の疾走はできない。街道に一定間隔で設けられた「駅」で馬を乗り継ぎ荷を運ぶのだ。
この運搬人はそんな常識をひっくり返す、馬を使わず馬より早く荷物を運べる運搬人なのだ。
黙々と走り続けていた運搬人は、遥か前方で何か騒ぎがあるのに気付いて目を凝らした。
……走る荷馬車が騎馬に追われている。どうやら商人の荷馬車が襲撃されているようだった。
「野盗か……」
運搬人はげんなりしたように呟く。野盗は逓信ギルドの天敵だ。しかも馬まで使って馬車を襲撃するなど、最近あまり見ない大規模な野盗だった。空馬が何頭か見えるから、荷馬車の護衛がかなり頑張っているらしい。とはいえ多勢に無勢、あまり長くは持たないだろう。
「どうするかねぇ」
運搬人は走りながら考える。
何しろ自分は役人でもなければ<勇者>でもない。襲われている商人には気の毒だが、できれば関わり合いにはなりたく無かった。とはいえ、運搬人も野盗の獲物の一つである事に変わりはない。向こうがすんなりと見逃すとは思えなかった。かといって、特急で請け負った荷物を届けなければならないから、隠れてやり過ごす気は無い。
左手は森、右手は丘陵地帯。相手が馬なら森の中に逃げ込んで迂回して進むべきか……。そんな事を考えていたら、野盗の一人が気付いたらしく、こちらに馬を飛ばして来た。
「ちぇっ、面倒臭いなぁ…走り抜けるか…」
避けるのをあきらめた運搬人は更に加速する。
向かって来るニタニタ笑いの野盗は、「ヒャッハーーー」とお約束の歓声を上げると、飛んで火に入るなんとやらの運搬人を始末するために、すれ違いざまに槍を振り回した。
『バキッ!!』
「ってぇっ!」
だが、運搬人が顔をかばって両手を掲げると、運搬人の頭を吹っ飛ばすはずだった槍は、腕に当たった瞬間に乾いた音を立てて折れて砕けた。穂先が明後日の方に吹っ飛んでいく。
運搬人とすれ違った野盗は、槍を取り落とし痺れた手を見て呆然としていたが、我に返ると慌てて馬首を返した。運搬人は止まりも振り返りもせず真っ直ぐに走って行く。
「この野郎、舐めやがって」
剣を抜くと馬の横腹を蹴ったが、一度落ちたスピードは中々上がらない。そもそも、運搬人は欠片も『舐めて』などいなかった、真剣に逃げていたのだ。走る運搬人の速度は尋常ではなく、全く追いつけない。
「くそっ…なんだありゃ?」
あきれ返る野盗を振り切った運搬人の前方で荷馬車が速度を落とした。森を突っ切るように伸びる街道が、ちょうど森への入り口の所で丸太を縛ったバリケードで塞がれている。避けようにも、街道を外れては馬車が馬から逃げ切れるはずがない。
馬車が速度を落としたせいで判ったが、護衛の一人が魔法使いらしい。障壁を張って並走する野党の攻撃を食い止めている。そしてもう一人の護衛が、弓で野盗を倒したようだ。揺れる馬車から騎手を射落とすのだから、かなりの腕前と言える。二頭立ての質素な荷馬車だが、腕利きの護衛を二人も付けている所を見ると、それなりに裕福な商人なのかもしれない。しかし護衛の奮戦も走っているからこそで、馬車が停止してしまえば防ぎきるのは難しいだろう。しかも野盗はかなりの損害を出している、恨みを買った以上は商人も護衛毎殺される可能性が高い。
……と思ったものの、運搬人の自分にどうこうできるわけも無い。何より運搬人は、特急で預かった荷物を、一刻も早く届ける方が重要だった。心の中で彼らの無事を祈ると、馬車を一瞥しただけで走り去ろうとした。
もちろん、だからと言って野盗は目撃者兼獲物をただ通す訳も無かった。
「俺がやる」
頭目らしい男が腰から分銅の付いた縄を外すと、馬上で右手を振る。縄はヒュンヒュンと唸りを上げ、生き物のように螺旋を描いた。そのまま右手を振ると、分銅が得物を狙う蛇のように運搬人に伸びた。ひょいとコースをずらして避ける運搬人だが、頭目が手首を返すと縄はくるりと輪を描き運搬人の上半身に絡まった。
この技は頭目の奥の手だ。使ったところを見られたら素性がバレる恐れがある。使った以上は確実に全員始末するつもりだった。
だが、運搬人は止まらない。走る運搬人をからめとった頭目は、無駄な抵抗とばかりに縄を手繰ると運搬人を引き倒そうとした。……が、縄がピンと張った瞬間に、腕がガクンと持っていかれた。
「え??」
頭目がそう思った次の瞬間には、逆に自分が鞍からひっこ抜かれていた。
「あ~~~~~ーーーーーーーー」
悲鳴が尾を引いて伸び、しばらく宙を飛んだ頭目は地面に落ちると、そのまま引きずられる。
「ちょ、待て、止まって、助けて…痛っ、痛い、死ぬっ」
後ろで何か声が聞こえるが、運搬人は無視した。人一人引きずったまま、全く速度を落とさず突っ走って行く。縄を手首にからげていたせいで解くことが出来ず、頭目は地面を削り、バウンドしながら引っ張られていった。
「止まれこの野ろブギャッ」
バリケードを守る野盗の一人が、運搬人の腰に組み付いて止めようとして……跳ね飛ばされた。錐もみしながら宙を飛ぶ。運搬人は速度を落とさず、そのままバリケードを飛び越した。
「ぎゃーーーーーーーッ」
『ゴッ!』
引きずられた頭目は、悲鳴を上げながらバリケードに引っかかり、そのままバリケードもひっくり返した。引きずられたバリケードが転がり、バラバラになって飛び散る。
「な、なんだ、あ…」
野盗は最後まで言えなかった。
呆然とした隙に、いち早く立ち直った荷馬車の護衛の短弓で首を射られたのだ。ぐらりと傾き野盗はそのまま落馬した。
「旦那今だ、あの隙間を!」
「よしっ!」
御者台の商人が手綱を操ると、吹き飛ばされたバリケードの隙間を抜けて、馬車は走り出す。追おうとした野盗たちは動きが鈍かった。更に何人かの賊が射落とされる。そして、それ以上追って来る気配はなかった。頭目を失い、呆然としたまま立ち直れなかったのかもしれない。
呆然としているのは、危機を脱した荷馬車の商人と護衛もだった。
「なんだったでんすかね、あれは?」
後方を警戒したまま弓の護衛が言った。
絶体絶命の馬車の脇を走り抜けただけで形勢を逆転してしまった、アレは何だったのだろう?。
「逓信ギルドの特急便のようだったが」
かろうじて見えた紋章に気付いた商人だが、さすがに非常識すぎて自信が持てなかった。
もう一人の護衛。魔法使いの女も首をひねる。
「……あれ、人間なんですかね?」
「どうだろうなぁ…猪の魔獣でもなきゃ、人間を木っ端みたいに飛ばせないはずだが…」
謎の運搬人についてあれこれ話していた三人は、以外に早くその本人と出会う事になった。街道を進むと、森の中でさっきの運搬人が立ち止まり、荷を改めている所に出くわしたのだ。賊が追ってこないので、絡まったロープを解いていたらしい。引きずられバリケードを引っ掛けるアンカー代わりに使われた頭目は、ぼろ雑巾のようになって転がっていた。手足が変な方向を向いて突き出している。
商人は馬車を停めると、先に立とうとする護衛を制してゆっくりと近づいた。配達人が気付いて立ち上がったが、思ったより小柄な人物だった。とても人一人引きずって走れるようには見えない。警戒させないよう、ゆっくりと帽子をとると頭を下げる。
「やぁ、さっきはありがとう。助かったよ」
「…俺はただ走り抜けただけで何もしてませんよ」
あれだけの走りをしたのに息を切らした風もなく、運搬人は平坦な声で言った。荷に異常が無い事を確かめた運搬人は背負子を背負い直した。
「そんな事はない、あなたは命の恩人だ是非礼をさせてくれ」
「いえ、無事なら何よりですが、俺はあなた方を見捨てて逃げようとしたんですからお気遣い無用です」
「だが、結果的に我々は命拾いした。それは変わらないよ」
運搬人は謙遜した訳ではない。実際、見捨てて横を走り抜けたら相手の頭目が勝手に引っかかっただけだ。だが、商人には商人の事情がある。護衛二人だけ連れて自分で手綱を取っているが、こう見えてこの商人はかなりの大店の会長である。この方が野盗の目を引かないと思ったのが今回は裏目に出た形だ。
商品の正当な価値を見抜き、見合う額を払うのが商人の流儀だ。そういう商売で自分の店を近郷でもそれなりの大商会に育て上げる事ができたと思っている。そして今この場で査定しなければならないのは自分の命の値段である。このまま立ち去られては沽券に関わる。
「私はこの近辺で商いをしているセカネスというものだ、せめて恩人の名を聞かせてくれないか」
「……ボッカです」
「歩荷?それは君の仕事のことだろう?」
「えぇ、歩荷なのでボッカと名乗っています。では…」
「いやいやいや…」
歩荷とは荷物運搬人を指す呼び名だ。あからさまな偽名を名乗って去ろうとする運搬人=ボッカの腕をつかんで引き留めようとしたが、その時、野盗の残骸を検分していた護衛が、驚いたような声を上げた。
「旦那、こいつここの領兵みたいですよ。あと、こんなんでも生きてるみたいです。どうします?」
「なんだと?」
慌てて駆け寄ったセカネスは護衛が差し出した短剣を見た。柄頭に領主の紋章が入っている。下士官に授与されるものだ。あれだけ派手に引っ張りまわされてかろうじて生きているのも、どうやら全力で身体強化と防御強化をかけていた賜物らしい。そうでなければ既に挽き肉になっていただろう。それだけの魔力があるのなら、それなりの練度…隊長クラスということになる。
「領主の手勢が野盗を?どういうことだ?」
何かに気付いたかのか、ボッカが「あぁ」と呟いた。
「領主が亡くなったのに、隠して息子兄弟で跡目争いしてると聞きましたから、どっちかの手下じゃないでしょうか。軍資金稼ぎと罪を相手陣営に擦り付けるため…ってとこじゃないですかね」
セカネスがぎょっとする。
「初耳だ、本当かい?」
「えぇ、出発する時に組合でそんな話を聞をきました……あぁ、ここだけの話にしといてください」
耳ざとい商人すら知らない情報をうっかり喋ってしまった事に気付いたボッカだが、律儀そうな商人だから念押しておけば大丈夫だろう…という事にしておく。
「なんてこった…」
セカネスは天を仰いだ。これでは当面この地方での商売は縮小せざるを得ない…いや、それどころじゃない。
「じゃ急ぎますので」
「ま、待ってくれ」
走りだそうとするボッカを、セカネスは更に引き留める。
「いや、急ぐんですよ…」
「今の話はメイ伯爵…あぁ、ここの領主の寄り親の貴族に報告した方が良い、君も証人になってくれ。もちろん、代理の配達人は私が手配するし、我々を救ってくれた分と合わせて十分な礼をさせてもらうよ」
そう言われてボッカはうんざりしたように首を振った。走って運んでいるから近場への配達だと思われたのだろうが、この荷の届け先には費用度外視で早馬を飛ばしてもここから三日はかかるのだ。
「…礼をするとおっしゃいましたね。俺の願いを一つ聞いてくれますか?」
「なにかね?」
「邪魔をしないでください、急ぎの仕事なんです。じゃあ、失礼します」
「あっ」
そう言うと、ボッカは今度は止める間も無く走り去って行った。
「なんだあれ?」
「……甲殻人だ」
遠ざかる背中を見たま、呆れる護衛にセカネスはそう告げた。
「え?あれがですか?」
「さっき腕を掴んだら、服の下はゴツゴツの甲羅だった」
「それであの頑丈さか……いやしかし、甲殻人は見た目はともかく中身はずいぶんマトモだと聞いていましたが、あれは相当の変わり者みたいですね」
野盗に襲われた商人を救ったら、かなりの謝礼を期待できるだろう。実際、護衛もセカネスに取り入ろうとする者はは数多く見た。迷惑だといって走り去ったやつは初めてだった。
「いや、自分の仕事第一なんだろう。逓信ギルドは我々以上に信用を重視すると言うからな。だから、見捨てて走り去っただけだというのも本当なのだろうが、文句を言う筋合いでもない。結果的に我々は助かったしな。…仕方ない、我々だけでメイ伯爵の所に寄ろう」
「了解です」
瀕死の頭目の残骸から領兵の証になる紋付きの武具を回収すると、とりえず死なない程度の手当てをして積み込み、馬車は走り出した。
その運搬人は、とても「変」だった。
運搬人と判るのは、背負子に描かれた紋章が逓信ギルドの特急便のものだからで、本人は覆面を付けて、長袖の上着に手袋まで付け、全身を完全に覆い隠しており性別すら判らない。小春日和で汗ばむような陽気だというのに、だ。
有体に言えば、運搬人はとても胡散臭い恰好をしていた。
しかし、恰好は胡散臭いものの、この運搬人は間違いなく逓信ギルドの運搬人であり、組合でも最速の特急便なのだ。
通常、人間が自らの足で走って運ぶのは、近距離に限られていた。遠距離の特急便では早馬が使われる。だが、馬も長時間の疾走はできない。街道に一定間隔で設けられた「駅」で馬を乗り継ぎ荷を運ぶのだ。
この運搬人はそんな常識をひっくり返す、馬を使わず馬より早く荷物を運べる運搬人なのだ。
黙々と走り続けていた運搬人は、遥か前方で何か騒ぎがあるのに気付いて目を凝らした。
……走る荷馬車が騎馬に追われている。どうやら商人の荷馬車が襲撃されているようだった。
「野盗か……」
運搬人はげんなりしたように呟く。野盗は逓信ギルドの天敵だ。しかも馬まで使って馬車を襲撃するなど、最近あまり見ない大規模な野盗だった。空馬が何頭か見えるから、荷馬車の護衛がかなり頑張っているらしい。とはいえ多勢に無勢、あまり長くは持たないだろう。
「どうするかねぇ」
運搬人は走りながら考える。
何しろ自分は役人でもなければ<勇者>でもない。襲われている商人には気の毒だが、できれば関わり合いにはなりたく無かった。とはいえ、運搬人も野盗の獲物の一つである事に変わりはない。向こうがすんなりと見逃すとは思えなかった。かといって、特急で請け負った荷物を届けなければならないから、隠れてやり過ごす気は無い。
左手は森、右手は丘陵地帯。相手が馬なら森の中に逃げ込んで迂回して進むべきか……。そんな事を考えていたら、野盗の一人が気付いたらしく、こちらに馬を飛ばして来た。
「ちぇっ、面倒臭いなぁ…走り抜けるか…」
避けるのをあきらめた運搬人は更に加速する。
向かって来るニタニタ笑いの野盗は、「ヒャッハーーー」とお約束の歓声を上げると、飛んで火に入るなんとやらの運搬人を始末するために、すれ違いざまに槍を振り回した。
『バキッ!!』
「ってぇっ!」
だが、運搬人が顔をかばって両手を掲げると、運搬人の頭を吹っ飛ばすはずだった槍は、腕に当たった瞬間に乾いた音を立てて折れて砕けた。穂先が明後日の方に吹っ飛んでいく。
運搬人とすれ違った野盗は、槍を取り落とし痺れた手を見て呆然としていたが、我に返ると慌てて馬首を返した。運搬人は止まりも振り返りもせず真っ直ぐに走って行く。
「この野郎、舐めやがって」
剣を抜くと馬の横腹を蹴ったが、一度落ちたスピードは中々上がらない。そもそも、運搬人は欠片も『舐めて』などいなかった、真剣に逃げていたのだ。走る運搬人の速度は尋常ではなく、全く追いつけない。
「くそっ…なんだありゃ?」
あきれ返る野盗を振り切った運搬人の前方で荷馬車が速度を落とした。森を突っ切るように伸びる街道が、ちょうど森への入り口の所で丸太を縛ったバリケードで塞がれている。避けようにも、街道を外れては馬車が馬から逃げ切れるはずがない。
馬車が速度を落としたせいで判ったが、護衛の一人が魔法使いらしい。障壁を張って並走する野党の攻撃を食い止めている。そしてもう一人の護衛が、弓で野盗を倒したようだ。揺れる馬車から騎手を射落とすのだから、かなりの腕前と言える。二頭立ての質素な荷馬車だが、腕利きの護衛を二人も付けている所を見ると、それなりに裕福な商人なのかもしれない。しかし護衛の奮戦も走っているからこそで、馬車が停止してしまえば防ぎきるのは難しいだろう。しかも野盗はかなりの損害を出している、恨みを買った以上は商人も護衛毎殺される可能性が高い。
……と思ったものの、運搬人の自分にどうこうできるわけも無い。何より運搬人は、特急で預かった荷物を、一刻も早く届ける方が重要だった。心の中で彼らの無事を祈ると、馬車を一瞥しただけで走り去ろうとした。
もちろん、だからと言って野盗は目撃者兼獲物をただ通す訳も無かった。
「俺がやる」
頭目らしい男が腰から分銅の付いた縄を外すと、馬上で右手を振る。縄はヒュンヒュンと唸りを上げ、生き物のように螺旋を描いた。そのまま右手を振ると、分銅が得物を狙う蛇のように運搬人に伸びた。ひょいとコースをずらして避ける運搬人だが、頭目が手首を返すと縄はくるりと輪を描き運搬人の上半身に絡まった。
この技は頭目の奥の手だ。使ったところを見られたら素性がバレる恐れがある。使った以上は確実に全員始末するつもりだった。
だが、運搬人は止まらない。走る運搬人をからめとった頭目は、無駄な抵抗とばかりに縄を手繰ると運搬人を引き倒そうとした。……が、縄がピンと張った瞬間に、腕がガクンと持っていかれた。
「え??」
頭目がそう思った次の瞬間には、逆に自分が鞍からひっこ抜かれていた。
「あ~~~~~ーーーーーーーー」
悲鳴が尾を引いて伸び、しばらく宙を飛んだ頭目は地面に落ちると、そのまま引きずられる。
「ちょ、待て、止まって、助けて…痛っ、痛い、死ぬっ」
後ろで何か声が聞こえるが、運搬人は無視した。人一人引きずったまま、全く速度を落とさず突っ走って行く。縄を手首にからげていたせいで解くことが出来ず、頭目は地面を削り、バウンドしながら引っ張られていった。
「止まれこの野ろブギャッ」
バリケードを守る野盗の一人が、運搬人の腰に組み付いて止めようとして……跳ね飛ばされた。錐もみしながら宙を飛ぶ。運搬人は速度を落とさず、そのままバリケードを飛び越した。
「ぎゃーーーーーーーッ」
『ゴッ!』
引きずられた頭目は、悲鳴を上げながらバリケードに引っかかり、そのままバリケードもひっくり返した。引きずられたバリケードが転がり、バラバラになって飛び散る。
「な、なんだ、あ…」
野盗は最後まで言えなかった。
呆然とした隙に、いち早く立ち直った荷馬車の護衛の短弓で首を射られたのだ。ぐらりと傾き野盗はそのまま落馬した。
「旦那今だ、あの隙間を!」
「よしっ!」
御者台の商人が手綱を操ると、吹き飛ばされたバリケードの隙間を抜けて、馬車は走り出す。追おうとした野盗たちは動きが鈍かった。更に何人かの賊が射落とされる。そして、それ以上追って来る気配はなかった。頭目を失い、呆然としたまま立ち直れなかったのかもしれない。
呆然としているのは、危機を脱した荷馬車の商人と護衛もだった。
「なんだったでんすかね、あれは?」
後方を警戒したまま弓の護衛が言った。
絶体絶命の馬車の脇を走り抜けただけで形勢を逆転してしまった、アレは何だったのだろう?。
「逓信ギルドの特急便のようだったが」
かろうじて見えた紋章に気付いた商人だが、さすがに非常識すぎて自信が持てなかった。
もう一人の護衛。魔法使いの女も首をひねる。
「……あれ、人間なんですかね?」
「どうだろうなぁ…猪の魔獣でもなきゃ、人間を木っ端みたいに飛ばせないはずだが…」
謎の運搬人についてあれこれ話していた三人は、以外に早くその本人と出会う事になった。街道を進むと、森の中でさっきの運搬人が立ち止まり、荷を改めている所に出くわしたのだ。賊が追ってこないので、絡まったロープを解いていたらしい。引きずられバリケードを引っ掛けるアンカー代わりに使われた頭目は、ぼろ雑巾のようになって転がっていた。手足が変な方向を向いて突き出している。
商人は馬車を停めると、先に立とうとする護衛を制してゆっくりと近づいた。配達人が気付いて立ち上がったが、思ったより小柄な人物だった。とても人一人引きずって走れるようには見えない。警戒させないよう、ゆっくりと帽子をとると頭を下げる。
「やぁ、さっきはありがとう。助かったよ」
「…俺はただ走り抜けただけで何もしてませんよ」
あれだけの走りをしたのに息を切らした風もなく、運搬人は平坦な声で言った。荷に異常が無い事を確かめた運搬人は背負子を背負い直した。
「そんな事はない、あなたは命の恩人だ是非礼をさせてくれ」
「いえ、無事なら何よりですが、俺はあなた方を見捨てて逃げようとしたんですからお気遣い無用です」
「だが、結果的に我々は命拾いした。それは変わらないよ」
運搬人は謙遜した訳ではない。実際、見捨てて横を走り抜けたら相手の頭目が勝手に引っかかっただけだ。だが、商人には商人の事情がある。護衛二人だけ連れて自分で手綱を取っているが、こう見えてこの商人はかなりの大店の会長である。この方が野盗の目を引かないと思ったのが今回は裏目に出た形だ。
商品の正当な価値を見抜き、見合う額を払うのが商人の流儀だ。そういう商売で自分の店を近郷でもそれなりの大商会に育て上げる事ができたと思っている。そして今この場で査定しなければならないのは自分の命の値段である。このまま立ち去られては沽券に関わる。
「私はこの近辺で商いをしているセカネスというものだ、せめて恩人の名を聞かせてくれないか」
「……ボッカです」
「歩荷?それは君の仕事のことだろう?」
「えぇ、歩荷なのでボッカと名乗っています。では…」
「いやいやいや…」
歩荷とは荷物運搬人を指す呼び名だ。あからさまな偽名を名乗って去ろうとする運搬人=ボッカの腕をつかんで引き留めようとしたが、その時、野盗の残骸を検分していた護衛が、驚いたような声を上げた。
「旦那、こいつここの領兵みたいですよ。あと、こんなんでも生きてるみたいです。どうします?」
「なんだと?」
慌てて駆け寄ったセカネスは護衛が差し出した短剣を見た。柄頭に領主の紋章が入っている。下士官に授与されるものだ。あれだけ派手に引っ張りまわされてかろうじて生きているのも、どうやら全力で身体強化と防御強化をかけていた賜物らしい。そうでなければ既に挽き肉になっていただろう。それだけの魔力があるのなら、それなりの練度…隊長クラスということになる。
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セカネスがぎょっとする。
「初耳だ、本当かい?」
「えぇ、出発する時に組合でそんな話を聞をきました……あぁ、ここだけの話にしといてください」
耳ざとい商人すら知らない情報をうっかり喋ってしまった事に気付いたボッカだが、律儀そうな商人だから念押しておけば大丈夫だろう…という事にしておく。
「なんてこった…」
セカネスは天を仰いだ。これでは当面この地方での商売は縮小せざるを得ない…いや、それどころじゃない。
「じゃ急ぎますので」
「ま、待ってくれ」
走りだそうとするボッカを、セカネスは更に引き留める。
「いや、急ぐんですよ…」
「今の話はメイ伯爵…あぁ、ここの領主の寄り親の貴族に報告した方が良い、君も証人になってくれ。もちろん、代理の配達人は私が手配するし、我々を救ってくれた分と合わせて十分な礼をさせてもらうよ」
そう言われてボッカはうんざりしたように首を振った。走って運んでいるから近場への配達だと思われたのだろうが、この荷の届け先には費用度外視で早馬を飛ばしてもここから三日はかかるのだ。
「…礼をするとおっしゃいましたね。俺の願いを一つ聞いてくれますか?」
「なにかね?」
「邪魔をしないでください、急ぎの仕事なんです。じゃあ、失礼します」
「あっ」
そう言うと、ボッカは今度は止める間も無く走り去って行った。
「なんだあれ?」
「……甲殻人だ」
遠ざかる背中を見たま、呆れる護衛にセカネスはそう告げた。
「え?あれがですか?」
「さっき腕を掴んだら、服の下はゴツゴツの甲羅だった」
「それであの頑丈さか……いやしかし、甲殻人は見た目はともかく中身はずいぶんマトモだと聞いていましたが、あれは相当の変わり者みたいですね」
野盗に襲われた商人を救ったら、かなりの謝礼を期待できるだろう。実際、護衛もセカネスに取り入ろうとする者はは数多く見た。迷惑だといって走り去ったやつは初めてだった。
「いや、自分の仕事第一なんだろう。逓信ギルドは我々以上に信用を重視すると言うからな。だから、見捨てて走り去っただけだというのも本当なのだろうが、文句を言う筋合いでもない。結果的に我々は助かったしな。…仕方ない、我々だけでメイ伯爵の所に寄ろう」
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