不死身のボッカ

暁丸

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勇者の孫にTS転生した。今更やり直しを要求してももう遅い

勇者とは、辺境で気ままなスローライフをするもの

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 出発した四人は、屋敷の周りの荒れ地(通称、勇者領)を踏み越えて隣のカムラン領に入った。荒れ地を囲む岩石砂漠の砂丘を超えると次第に草地が増え、やがて木立を背景に小さな建物が見えて来た。カムラン領が設置した勇者との連絡所……という名の監視拠点である。

 ここの領主は、貧乏くj…勇者領の取次と監視を命じられた、カムラン男爵ツルク卿が務めている。
 王家は勇者に対しては大恩を感じており、よほどの事がない限りは自由な生活を認めている。だが、一部の大貴族は、勇者の動向を逐一監視していないと気が済まないらしい。ツルク卿はそんな一部大貴族の陰に日向にの圧力を受けて、渋々役目を引き受ける事になったのである。

 トールは、家族を失ってから人が変わってしまった。以前は礼儀正しく、貴族にも身分が低い者にも敬語で接する、物語の主人公のような勇者だった。今のトールは、身分で分け隔てしない…という点だけは変わらない。だが、王家には一応の礼儀を示すものの、態度も言葉遣いも目に見える形で敬意を払う事を一切しなくなった。
 あの日の勇者を。魂を引き裂くような慟哭を…その後の抜け殻のような姿を直に見た者には、その理由が判るだろう。この世で敬意を払うべきもの、自分にとって価値あるものを全て失ってしまった。そんな痛ましい姿だと。勇者の詳しい事情を知らない庶民は、むしろ気安い態度になった勇者に慣れて、現在では親しみすら感じている。
 だが、当時日和見を決め込んだ位の高い貴族程、今の勇者の不遜な態度を危険視し…あるいは単に気に食わない、そんな理由で勇者を監視せずにいられないのだろう。ツルク卿は領境に連絡所を設置して、勇者領を出る場合は事前に連絡をするよう勇者に要請したのだった。
 もっとも、要請を受けてもトールはそんな事情は一切斟酌しなかった。好き勝手にほいほいあちこちの街に出かけて回るし、シリオンとトリスキスを預かってからも、それぞれの種族での重犯罪者を連れて三人で平気で出かけている。連絡所には事前連絡なんぞしたことも無い。

 ところが、それでトラブルになるかと言えば、そうでも無かったのである。領境の連絡所を預かるオーサイム卿は、素行不良で僻地の事務所に左遷された騎士だ。そして左遷されても態度は一向に改まらない。「今更勇者を監視したって何の意味があるんだよ」と言って憚らず、勤務態度は極めていい加減だった。だが、そのせいかトールとは妙に気が合った。なので、トールは「事前連絡」はしないが立ち寄りはする。そこで肴を摘みながら引っ掛けて、愚痴やら上司の悪口をこぼしあうのである。そうして得た近況を、オーサイム卿は適当にまとめて上役に報告していた。結果、事後報告になるもののどうにかトールの動向は王都に伝わっていて、ツルク卿も理不尽な改易にはならずに済んでいる。
 トールとしては、付き合いやすいオーサイム卿が更迭されたくないという思いは確かにあるが、それは呑み友が居なくなるのがイヤなだけで、連絡所の駐在員が誰だろうとツルク卿がどうなろうと知った事では無かったのだが。


 トールは先触れも無しに…従者など居ないから当たり前だが…連絡所にオーサイム卿を訪ねた。

 「おう、俺だ。ちょいと狩りに出かけるんだが、途中で領都に寄ろうと思ってな。男爵に先触れを出しといてくれねぇか」

 白髪交じりの中年の騎士は、いつもの事なので気にもしていない。

 「珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」
 「ちょっと男爵に頼み事があってな」
 「なんだ、心を入れ替えて旅の予定を申請するんじゃないのか」
 「誰がするか」

 からかうオーサイム卿をトールは笑い飛ばした。
 そもそも、行動の申告など王は命じていない、誰が出したか判らないような命令に従う意味も理屈も感じられなかった。トールは王家を立ててはいるが、単に娘夫婦と孫が命をかけて守り抜いた王だからだ。それ以上の意味は無い。ましてや、彼女たちに手を差し伸べる事をしなかった貴族連中が、今更「王国民として従え」などと恥知らずにも程がある。連中を滅ぼさないのは、トールにはもうそんな熱量すら残っていないだけなのだ。

 「殿様は殿様で、板挟みになって苦労してるんだ。あんまり虐めないでくれよ」
 「言伝を頼むだけだよ。それに断られても別に構わん」

 手順を踏んで依頼するのは、むしろオーサイム卿とその主への義理と言ってもいい。トールはその気になれば王に直談判だってできる。末端貴族にと勇者を止める事などできないはしないのだから。

 「早馬を出しておくよ」
 「面倒かけるな、帰りにまた寄る」
 「期待してるぜ」

 オーサイム卿はそう言って杯を傾ける仕草をして見せた。領のドっ外れの出張所で、近場には街はおろか人家もほとんどない。定期便で届く物資ではお楽しみも期待できなかった。彼と彼の部下に取っては、良い酒を持ち込んでくれる呑み友の勇者様は、領都の上役よりも敬うべき存在なのだ。
 トールは後ろ手でひらひらと手を振ると、連絡所を後にした。

 「爺さんえらく機嫌が良かったが…一人増えてるな、そのせいか?」

 戸口で勇者を見送ったオーサイム卿は独り言ちたが、(どうせ領都に行くんだしな)と、報告は事実のみを適当に纏める事にしたのだった。



 オーサイム卿の出した先触れは、道中にも勇者の通過を知らせていてくれたらしい。武装した怪しげな四人組が街道を進んでも特に誰何をされる事もなく、無事に領都カムラングにたどり着いた。
 領都郊外でシリオンとトリスキスとは別れている、二人は街には入らない。何しろ、方や<キ〇ガイ岩人>、方や<親殺し森人>の凶状持ちである。二人揃って街に入ったら、魔獣の襲来並みの騒ぎになりかねない。
 ウルスラも面倒を避けるために残ろうとしたのだが、トールに引っ張り出されて、抵抗むなしく引きずられるように街に入る事になった。
 今のトールは無位無官であるが、<勇者>の称号にはそれだけで上位貴族並みの格がある。おそらくは領主館で儀礼に則った歓待が行われるだろう。もちろんトールは断るだろうが、時間がかかる事を見越して二人は城壁を彼方に臨む、木立から少し離れた空き地で野営の準備をし始めた。
  シリオンは魔法で薪に火をつけると、どっかり座り込んだ。向かい側に座ったトリスキスが、穀物やらナッツやら干果を焼き固めた焼き菓子を投げて寄越したのを受け取ると、カチカチの端から削るように齧りながら言った。

 「ありゃあ孫自慢する気満々だな」
 「だね」

 同意したトリスキスが苦笑する。

 「…娘夫婦も孫も20年も前に死んでるのに、今更『孫でござい』って若い娘を連れて行ったら、騒ぎになるって判るだろに…」
 「……トールはね…あの時できなかった事をやりたいんだよ、ただそれだけ。結果がどうなろうとどうでもいいんだ」
 「無責任だな~」

 呆れた風のシリオンを、トリスキスは鼻で笑った。

 「あんたがどの口で言うんだよ。この世界のために、文句も言わずに働き続けた勇者の最後のワガママだよ。好き放題思うがままに生きてきた、無責任の権化が非難できるのかい?」

 そう指摘されれば、自覚のあるシリオンは黙るしかない。もちろんシリオンにも言い分はあるが、価値観の違い過ぎるトリスキスに通用すると思えない。

 「お前は、トールに甘すぎだよ」

 それだけ言うと、シリオンは話題を変えた。

 「……お前さ、いつから気が付いてたんだ?」

 何に…とは言うまでもない。

 「割と最初の頃からだよ。あの子とあんたの会話が耳に入っちゃったからね」
 「いいのかよ?」
 「ちゃんとあの子と話したよ。それで、トールが心から笑っていられれるうちは協力する事にした」
 「いつの間に…」
 「あの子、あんたに話さなかったんだ…臆病なのか律儀なのか、あんたを信用していないのか…」
 「全部だろ」
 「違いない!」

 言おうとしていた事を先回りされ、トリスキスは噴き出した。




 ウルスラの預かり知らない所で共犯者同士がやり合ってる頃、ウルスラは領主屋敷の応接間で、壁際に無言で立っていた。
 予想通り、勇者の来訪を迎えたツルク卿は、儀礼に従って歓待をしようとしたが、トールをそれをあっさりと断った。もっとも、それをある程度予測していたツルク卿は、失望したり怒りを見せるような事はしなかったのであるが。
 トールと共に館に入ったウルスラは、徹底的に『従者役』に徹しようとしている。余計な事はしゃべらず、応接の間に入っても、入り口近くの壁際、館の使用人の反対側に、並んで立った。それはそうだ、勇者の孫であった自分が死んだのは、もう20年も前の事だというのだ。生きていたとしても見た目と歳が全然合わない。自分はただの使用人の一人。そういう体で面倒な貴族の付き合いをスルーしよう。そう思っていた。

 「忙しいところすまんな。今日寄ったのは、卿に頼みがあっての事でな」

 トールがそう切り出すと、やせぎすのツルク卿は眉をしかめた。鳩尾のあたりがキリキリ痛くなって来る。この役目を受けてから体重は減る一方だった。
 取次を拝命したのは仕方ない。勇者領の隣の領なのだから。しかし納得行かないのは監視の方だ。フリーダム過ぎる勇者の行動を報告するだけで、何故かツルク卿への風当たりが強くなるのである。暗に『お前がもう少し手綱を取れ』という含みが籠められているのは判る。判るがどうしろというのだ!。木端男爵が勇者をどうこう出来る訳ないだろ。そんなもん高位貴族のお前らがやれ!……と言えないのが宮仕えの悲しさ。しかも「取次」については王城から命じられた正規の役職であるものの、「監視」については公の任務で無いため、費用も持ち出しで踏んだり蹴ったりである。

 「私は…取次しかできませんよ…」
 「おう、その取次の仕事をして欲しいのよ」
 「はぁ?」

 ツルク卿は露骨に警戒感を丸出しにした。基本的にトールはツルク卿に無理難題を言った事は無い。だが、こちらの言うこともほぼ聞いてくれない。端的に言えば、ツルク卿を無視していた。それはそれで大きな騒ぎも起きず、王都の貴族の機嫌が悪くなってとばっちりを受ける程度の被害で済んでいたのだ。
 トールはここの所出かける事も少なくなり、ツルク卿も安心していたら突然ふらりと現れて先触れをよこしたのだ。警戒もしようというものである。
 そんなツルク卿のあからさまな表情を見ても、トールは全く気にしていない。

 「おいウルスラ、そんなとこで突っ立ってないで、こっち来て座れ」

 トールは、壁際に立っていたウルスラを手招きした。『なんだこいつは?』というツルク卿の視線を知らんぷりしつつ、ウルスラはトールの背後に立つと一礼する。

 「座れよ」
 「いえ」
 「俺に護衛が要る訳ねぇだろ」
 「わたしは身分無き者ですので…」
 「今のうちから慣れておかねぇと、後で苦労するぞ」

 (???なんだ?どういう意味だ???)とウルスラが首を捻っている間に、トールはとんでもない事を言い出した。

 「ツルク卿、コイツはウルスラ。俺の孫だ」
 「は?」
 「ちょ!」

 ニヤニヤ笑いのトールの言葉に、二人とも思考が追い付かない。特にウルスラは、どうやって自分の存在を誤魔化すかを考え続けていたのだから。
 (まてまてまて、それをバラして出自を詮索されたらどーすんだよ。魂を保管していて機械の身体に移植しましたって正直に言う気か?!)…などと言えるわけもなく、止めるに止められずにいる間にトールは更にとんでもない事を言い出した。

 「こいつを俺の相続人にする。俺が死んだら、俺の屋敷と土地はこいつに継がせる。それを王城に伝えておいてくれ」
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