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とある鬼人の戦記(オマケ)嘘と信用
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カンフレー家討伐を発端とする、王兄弟による内戦は終結した。
ブレス王は家族と共に皇国へ亡命し、グリフが王として即位する事になった。着の身着のままでの亡命からの逆転劇は、後世にも様々の創作のモチーフとされる事になる。
王国の損害と他国の介入を最小限に抑えた事は、グリフの評価を上げる事になった。また、グリフのみならず、ブレス王も王都を戦乱に巻き込むギリギリで踏みとどまった点においては、評価されている。
大きな戦いは、討伐軍との一戦だけだった。討伐軍はかなりの損害を出したが、それは主に傭兵と魔法使いであり騎士の被害は少なかった。それでもこの戦いで多くの貴族が敵味方に分かれる事となり、王国内にかなりのしこりを残す事になる。また、戦に巻き込まれるのを避けるため農業・商業ともに停滞を余儀なくされ、混乱した内政の立て直しは急務と言えた。
本来ならばその立て直しに辣腕をふるったであろうキーリング卿の死は、『行政の長でありながら無謀な討伐を止められなかった事に責任を感じて自裁した』と公表された。グリフはそれだけキーリング卿に敬意を払っていたし、「その配慮が先に繋がるでしょう…」という、マーシアからの助言もあったからだ。いずれにしろ、実務の権化のような男が居なくなった事で、マーシアは「影の宰相」にまた一歩近づく事になったが、当面は表に出る事もできず、かといってキーリング卿の穴を埋めるために奔走せざるを得ずと、戦勝かつ新婚のめでたさなど欠片も無いような生活が続く事になる。
皇国で捨扶持を貰って暮らすブレス王は、キーリング卿の助言通りしおらしい亡命者を演じている。護衛という名の監視者に囲まれ、娘以外に子をなす事も許されない。それは名誉や威信など欠片も無いような日々であるが、相変わらず規則正しく礼儀正しい私生活を続けており、見る者が見れば客分としての節度と礼儀を守っていると判る物であった。「理想の王」という自分で自分に課した枷が無くなった事で、王の精神はようやく安定を見せている。
王の威信と名誉を何より重視したブレス王が自害をせず亡命を決意したのは……キーリング卿の決意に気付いていたからだ。彼が「国には責任を取るべき人間は他にいくらでもいる」そう言ったときに、それが自分自身の事だと見抜いていた。だから「いつからだ?」と聞いたのだ。
「最初から」…キーリング卿は、兄弟どちらかが斃れなければ決着が付かない状態になった時点で、グリフが勝利したならば王の身代わりとなるつもりだった。王は宰相の覚悟を知ったからこそ、亡命を受け入れたのだ。そう言った意味では、兄弟骨肉の争いを自らの命と引き換えに収めた功労者とも言える。
だがその行動はブレス王の命を救いたいという忠心などではなく、単に『王国の新しい王の異名が「兄殺し」などでは困るからだろう』と王は理解していた。そして、宰相を知る多くの者の見解も一致していた。その点ではキーリング卿に寄せられる『信用』は盤石だった。
少し後の話ではあるが、宰相が嘘を言っていたこと明らかとなり、この『信用』に一石を投じることとなる。ブレス王の亡命は皇国が要求した事ではなく、キーリング卿の方から皇国大使に持ちかけられていたのだ。
キーリング卿は嘘と無縁の男だった。利害が衝突する政策を通す際でも虚言を用いる事はせず、正論で利を説き説得するのが常だった。なぜこの時に限って、嘘を言ってまでブレス王を亡命させたのか?その真意を巡り様々な憶測が飛び交うこととなる。
彼が本当はどういう想いで身代わりとなり、王を亡命させたのか……。キーリング卿の本心は、今はもう誰にも判らない。
ブレス王は家族と共に皇国へ亡命し、グリフが王として即位する事になった。着の身着のままでの亡命からの逆転劇は、後世にも様々の創作のモチーフとされる事になる。
王国の損害と他国の介入を最小限に抑えた事は、グリフの評価を上げる事になった。また、グリフのみならず、ブレス王も王都を戦乱に巻き込むギリギリで踏みとどまった点においては、評価されている。
大きな戦いは、討伐軍との一戦だけだった。討伐軍はかなりの損害を出したが、それは主に傭兵と魔法使いであり騎士の被害は少なかった。それでもこの戦いで多くの貴族が敵味方に分かれる事となり、王国内にかなりのしこりを残す事になる。また、戦に巻き込まれるのを避けるため農業・商業ともに停滞を余儀なくされ、混乱した内政の立て直しは急務と言えた。
本来ならばその立て直しに辣腕をふるったであろうキーリング卿の死は、『行政の長でありながら無謀な討伐を止められなかった事に責任を感じて自裁した』と公表された。グリフはそれだけキーリング卿に敬意を払っていたし、「その配慮が先に繋がるでしょう…」という、マーシアからの助言もあったからだ。いずれにしろ、実務の権化のような男が居なくなった事で、マーシアは「影の宰相」にまた一歩近づく事になったが、当面は表に出る事もできず、かといってキーリング卿の穴を埋めるために奔走せざるを得ずと、戦勝かつ新婚のめでたさなど欠片も無いような生活が続く事になる。
皇国で捨扶持を貰って暮らすブレス王は、キーリング卿の助言通りしおらしい亡命者を演じている。護衛という名の監視者に囲まれ、娘以外に子をなす事も許されない。それは名誉や威信など欠片も無いような日々であるが、相変わらず規則正しく礼儀正しい私生活を続けており、見る者が見れば客分としての節度と礼儀を守っていると判る物であった。「理想の王」という自分で自分に課した枷が無くなった事で、王の精神はようやく安定を見せている。
王の威信と名誉を何より重視したブレス王が自害をせず亡命を決意したのは……キーリング卿の決意に気付いていたからだ。彼が「国には責任を取るべき人間は他にいくらでもいる」そう言ったときに、それが自分自身の事だと見抜いていた。だから「いつからだ?」と聞いたのだ。
「最初から」…キーリング卿は、兄弟どちらかが斃れなければ決着が付かない状態になった時点で、グリフが勝利したならば王の身代わりとなるつもりだった。王は宰相の覚悟を知ったからこそ、亡命を受け入れたのだ。そう言った意味では、兄弟骨肉の争いを自らの命と引き換えに収めた功労者とも言える。
だがその行動はブレス王の命を救いたいという忠心などではなく、単に『王国の新しい王の異名が「兄殺し」などでは困るからだろう』と王は理解していた。そして、宰相を知る多くの者の見解も一致していた。その点ではキーリング卿に寄せられる『信用』は盤石だった。
少し後の話ではあるが、宰相が嘘を言っていたこと明らかとなり、この『信用』に一石を投じることとなる。ブレス王の亡命は皇国が要求した事ではなく、キーリング卿の方から皇国大使に持ちかけられていたのだ。
キーリング卿は嘘と無縁の男だった。利害が衝突する政策を通す際でも虚言を用いる事はせず、正論で利を説き説得するのが常だった。なぜこの時に限って、嘘を言ってまでブレス王を亡命させたのか?その真意を巡り様々な憶測が飛び交うこととなる。
彼が本当はどういう想いで身代わりとなり、王を亡命させたのか……。キーリング卿の本心は、今はもう誰にも判らない。
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追記:2025/09/20
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