【全10作】BLショートショート・短編集

雨樋雫

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晴天の霹靂

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 ※こちらは、短編「可愛いにも程がある。(小悪魔にも程がある。の続編)」に登場する今野のスピンオフです。そちらを読まなくても成立しますが、良ければ本編もよろしくお願いします。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 夜の公園のベンチに座り、スマホの画面をスクロールする。

 (うーん、なんかピンとくる子がいないなあ…)

 商社に勤める今野こんのが、さっきから真剣な顔をしながらやっているのは今夜の相手探しだ。

 現在今野には、特定の相手という存在がいない。

 性欲が溜まってきたな、というタイミングでその場限りの関係を持つ。

 過去には恋愛した経験もあるが、その相手とはとうに別れている。四十路を迎え、あと少しで五十路にも手を伸ばそうという年齢のいま、新たに真剣交際する相手を探す気にもなれなくて、なんとなくこのスタイルに落ち着いていた。



「今野課長…?」

 ふいに後ろから声をかけられて、今野は思わず持っていたスマホを落としてしまった。

「わっ、わっ」

 動揺しているのは、やましい気持ちがあったから。
 慌てて拾おうとするが、相手の方が速かった。そしてーー

「まさか課長が、こっちの趣味とは知りませんでした」

 降ってきたのは、軽蔑するような冷ややかな声。
 聞き覚えのある声に今野が恐る恐る顔を上げると、そこには今野の部下の林田はやしだが、恐い顔をして立っていた。

 林田は部内でも人気のイケメンで、もう30歳は超えているはずだが、その男っぷりの良さに女子の間で密かにファンクラブができているとの噂だ。


 そんな彼の手にある今野のスマホの画面に映っているのは、金で体を売りたい男と買いたい男がマッチングできるゲイ専門の裏サイト。

 (終わった……)

 そう思った。
 きっとこれをネタに社内で噂され、針のむしろ状態になるに違いない。
 明日からどういう顔をしてみんなの前に立てばいいのかーー考えれば考えるほど嫌なイメージしか沸かなくて、冷や汗が止まらない。

 けれど、林田の冷たい眼差しの理由は、決して今野がゲイだからではなかった。

「若い子を金で買ってた…ってことですか。犯罪ですよね、これ」

 ドキリ、とするぐらい恐い顔でストレートな正論を言われ、今野は何も言い返せなかった。
 その話しぶりからして、林田がゲイに対して偏見があるとかそういうわけではなさそうだが、どっちにしろ終わったことには変わりない。

 知られてしまったことは今更どうにもできないのだ。今野は、もうどうにでもなれの気持ちで開き直った。

「そうだね。その通りだ。見ての通りのクズ男だよ。で、僕のこと、会社に言う?」

「そういうつもりじゃ…ないですけど」

 さっきまで怒り口調だった林田が急にトーンダウンした。別に、今野のことを糾弾したかったわけではなかったらしい。
 そんな林田に、今野は肩をすくめて自分の身の上を軽い口調で話し始めた。

「最近、お気に入りの子に振られちゃってさ。寂しい時にたまに相手してもらってたんだけど、好きな人ができたからもう会わないって言われてね。それで、新しい相手を探してたってわけ」

「へえ?どんな子だったんです?」

 そこに食いつくのか。
 買春していた相手のことなんて気になるものなのかと不思議に思いつつ、「その子はすごくピュアなのにどこか色っぽさもある本当に可愛い子だった」と正直に今野が言うと、何故か林田は少し不機嫌そうな顔を覗かせた。どんな子だったか聞きたがったのはそっちではないのか。

「ふーん。それで、次の相手を探してたってわけですか」

 非難するような林田の言い方に、今野が少しムッとして反論する。

「仕方ないだろう。こんなヨレヨレのオジサンでも、性欲はあるんだよ」

「お金で買わなきゃいけない理由ってあります?」

 林田の言う通り、別に売春などに手を出さずとも、普通に相手を探すことはできただろう。

 しかし正直に言ってしまえば、イチから相手を探すには体力も気力もなかったというのが今野の本音だ。
 まだ若い林田にはピンとこないのかも知れないが。

「そうしないと相手なんて見つからないよ。むしろ若い子に相手してもらうのにタダの方が失礼じゃない?好き好んでオジサンの相手したい子なんかいないんだし」

「若い子選ぶから良くないんだと思います!」

「たまたま擦れてなくて素敵だなって思ったのが若い子に多かったってだけで、若いからって理由で選ぼうとしたことなんて一度もないよ!…あと、一応言っておくけど未成年とはしてないからね」

 誰にも迷惑をかけないようにするから自分のことは放っておいてくれと半ばヤケクソ気味に言う今野に、林田から予想外の返事が返ってきた。

「俺じゃ、駄目ですか…?」

「えっ」

 一瞬意味がわからなくて、今野が目を見開く。

「擦れた三十路は、課長の恋愛対象になりませんか…?」

「林田くん…?」

「課長のことが好きでした。ずっと前から」

 単なる部下としか思っていなかった相手からの突然の告白に、今野は戸惑う。
 冗談か何かだろうか。いや、林田がそんな冗談を言うメリットなんかない。

「擦れた三十路って……それを言ったら僕なんて枯れた四十路なんだけど…」
「枯れてません。課長は素敵です」
 林田がきっぱりと否定する。

「こんなのがいいの?」

 いきなり熱烈なアプローチをされてもまだ実感が掴めなくて、今野がぽかんとした顔をしながら自分の顔を指差し問うと、林田が少し怒った顔をした。

「俺が好きだって言ってるのに、そういうこと言います?」

「いや、だって…林田くんなら、いくらでももっと良い相手探せるでしょ」

「課長がいいんです。て言うか、課長は自分の魅力に気付いていなさ過ぎですよ。俺が大きなミスをした時、仕事のことで悩んでいた時、いつも親身になってフォローしてくれたのは課長じゃないですか。そういうところに惹かれたんですよ。あと、見た目も渋くてぶっちゃけ好みです」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」

「タダでセックスできるんだから、俺なんてかなりお買い得だと思いますよ。ちなみに俺はネコです。課長はタチですよね?なんとなくわかります」

「お買い得だとか、そういうこと言うんじゃないの。君は物じゃないんだから」

「男の子をお金で買ってた課長に言われたくありません!」

 さっきからずっと林田が喧嘩腰で言うものだから、告白なんだか言い争いなんだかよくわからない展開になってきた。

「で、正直なところどうなんですか。俺は課長の恋愛対象になれますか」

 ズバリ直球で聞いてくる林田に、自分もきちんと応えなくてはと、今野が今の正直な気持ちを伝えた。

「セックスできるかどうか、という問いなら、“できる”と答えるよ。むしろ、君のような若くて綺麗な子とできるなんて僕にとってはご褒美みたいなもんだ。けど、恋人として見れるかは、わからない」

「なるほど、わかりました。じゃ、今からホテル行きましょう」

「ちょっと、林田くん!?」

「セックスはできるんでしょ。もう、こうなったら性欲解消でもなんでもいいですよ」

「しかしね……」

 真剣な恋心をこんな薄汚れた性欲に利用していいはずがない。あからさまな据え膳だが、今野の良心がその一歩を踏み出すのを引き止めようとしている。

 しかし、そんな今野に林田はなんとも強気な発言をしたのだ。

「勝負させて下さい。自信あるんです。多分、課長は俺のこと気に入ると思いますよ」

「ええっ!?」

 自信満々にドヤる林田に、今野は呆気に取られてしまった。

「チャンス、くれますよね。課長、いつも言ってるじゃないですか。若い奴にチャンスを与えないと駄目だって」

 林田に過去の発言を持って来られて、今野はもうぐうの音も出なかった。

 そうして一回りも年下の部下に半ば振り回される形になりながら、二人は夜の街に消えていったーーー。
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