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ドキドキ♥ルームシェア
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「ルームシェア?」
「そう。俺とてつろーの二人で。どう?」
高校3年生の冬。根本哲朗は、志望していた東京の大学に無事合格が決まって、そろそろ一人暮らしの部屋を探さないとな、と考えていた時期だった。
「てつろー」と親しげに呼びルームシェアの提案を持ち出してきたのは、哲朗の幼馴染の木原琉依。もう知り合って十年以上になるだろうか。
真面目で堅物な哲朗と、明るく人懐っこい性格の琉依。正反対の二人だけれど、初めからなんとなく惹かれ合うものがあった。
哲朗も琉依も、小中高とその時々で他に友人ができたりはした。けれどなんだかんだ「一番しっくりくるのはコイツ」という感覚がお互いあって、出会ってからの長い時をこうして共に過ごしている。
その日は、町に一軒だけあるハンバーガーショップで、二人きりの合格お疲れ様会を開いていたところだった。
琉依も、哲朗とは違うが都内の大学に入学することが決まったばかりである。
既に二人ともメインのハンバーガーは食べ終えた頃合いで、琉依はセットのポテトをかじりながら哲朗に向けてプレゼンを始めた。
「実はさ、東京にマンションを持ってる親戚の叔父さんが春から仕事で海外に行くことになって。四年後に帰ってくるから、その間だけ住んでくれる人を探してるんだ。家って、空き家状態が続くとすぐ駄目になっちゃうんだってさ。とは言え、知らない人に貸すのも怖いってことで、俺に話が来たわけ」
めちゃくちゃ良いタイミングじゃない!?と興奮気味に話す琉依の目はキラキラと輝いていて、なんだかとても嬉しそうだ。
琉依の話では、かなり破格の家賃で住まわせてもらえるのだという。
聞けばなかなかアクセスも良く、大学へ行くのに何不自由ない立地だった。
東京はどこも家賃が高くて、生活費をどう工面しようか悩んでいたところだったのだ。そんな時にこんな好条件の話が舞い込むなんて、まさに渡りに船だ。断る理由がない。
しかしこのルームシェアにはひとつだけ問題があった。
(どうと言われても…お前とひとつ屋根の下で暮らせるわけがないだろう!)
哲朗は、口では「へぇ」なんて平静を装いつつも、心の中ではかなり焦っていた。
琉依とルームシェアなんて非常に困る。…困るのは主に下半身事情なのだが。
そう。哲朗は、昔から琉依のことが大好きだった。もちろん恋愛感情として、だ。
(好きな相手と一緒に暮らせだって?そんなの、天国どころか生き地獄だろ…!)
目の前に御馳走を置かれた状態でずっとお預けを喰らうみたいなものだ。まるで拷問ではないか。
ここは、なんとしてでも断らなければ。
「それで、なんで俺と暮らすって話になるんだ?せっかく高級マンションに住めるんだ。一人暮らしを満喫したらいいじゃないか」
家賃を二人で折半すればお得になるのは確かにその通りだが、他人との共同生活は煩わしいことも増えるだろう。
元々破格の値段で住めるのだ。琉依は、たった数万円のために自由を手放す気なのだろうか。
ドキドキする鼓動を誤魔化しながら尋ねると、「てつろー、奨学金で大学通うことになるんだろ?」と琉依が言った。
哲朗の家庭は兄弟が多く、そのため親に大学までの費用を出すのは厳しい、と言われていた。
それでもどうしても大学で学びたいという強い気持ちがあり、覚悟の元奨学金を受けることを決意したのだが…金銭的に困っているといった正直な胸の内を、確かに琉依に零したことがある。
「まあ、俺はてつろーと違って親に学費出してもらえる身ではあるけど…でも俺も少しでもお小遣い残せた方が嬉しいしさ。お互い、一円でも出費減らせたらいいと思わない?」
小遣いの件を付け足したのは、哲朗に気を遣わせないようにするためなのだろう。
琉依の優しさに一瞬目頭がじん、となるが、しかしルームシェアなんて承諾するわけにはいかない。毎日、琉依を邪な目で見てしまう自分の姿が、容易に想像できた。
「てつろーとなら長い付き合いだし、気ィ使わないで暮らせるかなって思ったんだけど…」
表面上は断る理由が見当たらない。好きだと言ってしまえたらどんなに楽だろう。けれど、好意を伝えることでもし嫌われたら…?
そうなれば、ルームシェアの計画が消えるどころか、琉依とは二度と会えなくなってしまうだろう。
どう答えたら良いのだろうと考え込んでしまった哲朗を見て、琉依が不安そうな顔を浮かべた。
きっと、すんなり飛びつくと思っていたのだろう。予想と反した哲朗の反応に、琉依も戸惑っているようだ。
しかし、そこで琉依はダメ押しの一言を哲朗に投げかける。
「俺、実は一人暮らし不安でさ。てつろーがいたら心強いっていうか…。駄目…かな…?」
(くそ…っ、可愛すぎる…!)
今にも零れ落ちそうな瞳をうるりと揺らしながらおねだりする琉依に、哲朗は完全に落ちてしまった。
「わ…かった…。いい…よ」
「いいの!?助かる!!」
琉依の表情がパッと一気に明るくなる。
哲朗の心の内を知らない琉依は、満面の笑みを浮かべながら「てつろーと暮らせるなんて、楽しみだな~」なんて軽率に言ってくるのだ。
そんな琉依の姿を見ていると、ますます「好き」の気持ちが募ってしまう。
(俺のバカヤロー!!)
哲朗は、欲に負けた自分を心の中で叱りつけた。
それからしばらく経った三月のある日、琉依の叔父が退去を済ませたとの連絡が入った。
哲朗も琉依も、入学に備えて早目に準備を進めたい。
連絡が入って間もなく、二人は揃ってマンションの下見をすることにした。
家具や食器は、琉依の叔父が住んでいた時の物がそのままの状態で置かれていた。
「部屋にあるものは自由に使っていいって」
「そりゃ助かるな」
大物は輸送費がかかるので置いていったという。
一人暮らしはあれやこれやと初期費用がかかるものだ。
生活必需品である冷蔵庫や電子レンジなどのキッチン家電も残されたままだった。これならかなり費用が抑えられる。
不安もあるが、琉依がルームシェアの話を持ってきてくれて本当に良かったと思った。しかし、部屋を進んでいくうちに、哲朗は愕然とした。
「部屋、一部屋だけ…なんだな」
キッチン、リビングの他には寝室が一つあるだけ。これだと、個室は確保できない。
「コンパクトマンションって言うんだって。まあ、叔父さん一人だしね」
「へー…」
無駄は少ない方がいいもんな、などと同意してみせたが、哲朗は内心パニック状態になっていた。
(こいつ、部屋数少ないことを知った上でルームシェアを持ちかけてきたのか!?)
元々、哲朗に対してはパーソナルスペースが狭い琉依だから、その辺はあまり気にしてないのかも知れない。
昔から、無邪気に背中に飛び乗ってきたり腕を組んだりしてきたものだ。哲朗はその度に「こっちの気も知らないで」と思いつつ、琉依のボディータッチに喜んでしまっていたりもした。だが…。
案の定、琉依は「だからさ、寝室は一つだけど。男同士だし、別にいいよな?」なんて言う。
哲朗は「俺は構わないよ」などと答えつつ、バクバクする心臓を抑えきれなかった。
(やっぱりマズったかも知れない……!)
もしかすると、いやもしかしなくても自分は盛大な選択ミスをやらかしてしまったのではないか。
「てゆーか、このやたらデカいベッドって…」
布団やマットレスなどは取り外してあるが、明らかにカップルが二人で使うようなサイズ感のベッドが、寝室内で存在感を放ちながら鎮座していた。
「叔父さん体大きいから、のびのび寝たくてキングサイズにしたらしい。ここに新しいマットレスを敷けば二人で全然寝れるな!」
その時ばかりは、天使のような琉依の笑顔が悪魔に見えた。
それでも今更ルームシェアを辞めるなんて言えるはずもなく、結局そのまま引っ越し当日を迎えた。
不安だらけでスタートしたルームシェアだけれど、二人で必要な物の買い出しをしたり、食事をとったりーーそんな何気ないことが、嬉しかった。
(やっぱり、琉依と一緒にいる時が一番楽しいんだよなあ)
買い物カートを押しながら哲朗がしみじみ思っていると、隣にいた琉依が、ふいに哲朗の方を向いて言った。
「俺さ、てつろーといる時が一番楽しいな」
琉依も、自分と同じことを思ってくれている。
少しはにかんだような琉依の笑顔に、哲朗の胸がキュウッと締め付けられた。
さて。問題は夜、である。
「てつろー、おやすみー」
「ああ、おやすみ」
そんな言葉を交わして。仲良く並んで床についた。
しばらくして、すぅすぅという気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
もちろん、琉依の寝息だ。
哲朗は、隣に好きな子が寝ているという状況で眠れるはずもなく。
心臓はバクバクと激しく跳ね、今にも破裂しそうだった。
触れたい。キスしたい。
でも、自分を信頼してくれている琉依の気持ちを踏みにじるような行為はできないと思った。
そうして哲朗は、悶々とした気持ちを抱えたまま、朝を迎えた。
「あれ、寝不足?」
「え」
「すっげー目の下のクマ」
琉依に指摘されて慌てて鏡を見ると、本当に目の下にびっとりと絵の具を塗ったかのような見事なクマができていた。
「昨日眠れなかった?あ!もしかして俺、イビキとか酷かった!?」
慌てる琉依に、「そうじゃない」とフォローする。
「琉依のせいじゃないよ。急に環境が変わったから、緊張してんだな多分。そのうち慣れるさ」
ーーそうは言ったものの、慣れる日なんて来るんだろうか。
琉依への気持ちは、ルームシェアを始めてから落ち着くどころか募る一方だったからだ。
そんな哲朗を嘲笑うかのように、琉依の行動は日に日に大胆になっていった。
その日、シャワーを浴び終えた琉依は、頭をタオルでゴシゴシと拭きながら、大事なところを隠しもせずリビングに戻ってきた。
「お…前…っ!前ぐらい隠せよ!」
慌てる哲朗に、琉依がいたずらっぽく笑う。
「え~?男同士なのに、何照れちゃってんの。もう、てつろーのエッチ♥」
「~~!!お前なあ!」
共同生活なんだぞと叱りつけようとした、その瞬間。
(ーーあ、やばい)
哲朗は自分の中心にじわりと熱が集まる気配を感じた。
「どこ行くの?てつろー」
「トイレ!」
半ばキレ気味で答えながら、急いでトイレに駆け込む。
きっと自分の動きは不自然だっただろう。しかし哲朗は、屹立した息子を琉依に見られないように必死だった。
「ふう…」
手短に処理を済ませ、深いため息をつく。それから、琉依で抜いてしまったという罪悪感が、後から襲ってきた。
「ああもう、俺ってやつは……」
やはりルームシェアなんて無謀だったのだ。
もう、琉依と一緒だと気が休まらない。
毎日ドキドキの連続で、心臓が口から飛び出しそうだ。
本来であれば好きな人と毎日一緒に過ごせるというご褒美展開なのだろうが、哲朗はこのルームシェアを既に激しく後悔していた。
好きだからこそ、つらい。
琉依は自分を男友達としてしか認識していないのに。さっきのやり取りでわかったじゃないか。
琉依の側に居続けるためには、男友達のポジションを崩さないようにしなければ。
それから間もなく二人は大学生活をスタートさせ、慣れない環境のために慌ただしい毎日を過ごすことで、哲朗の杞憂も紛れていった。
最近は平和だな、と哲朗は思った。
もちろん好きな相手だから多少ドキドキすることはあるけれど、忙しさのお陰なのか前ほど変に意識することもなくて、心安らかに過ごせていたのだ。
哲朗は、男友達としての良い関係を上手く築けていると、満足げに思っていた。
そう、油断していた。
その日、アルバイトで遅くなった哲朗が帰宅すると、琉依がソファの上でスースーと寝息をたてていた。
タンクトップにショートパンツという、哲朗にとっては扇情的な格好で。
ショートパンツから伸びる脚は艶めかしく、角度によっては胸が見えそうな緩めのタンクトップは誘っているようにも見えた。
琉依のあまりの色っぽさに、哲朗は、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「俺の前であんまり無防備な姿晒すなよ…」
哲朗は大きなため息をひとつついて、それから寝室へ行き、タオルケットを手に戻ってきた。
「こんな可愛いことばっかしてたら、襲っちゃうぞ」
タオルケットをふわりとかけ、寝ている琉依の頭を優しく撫でながら、そっと呟いた。
「なーんてな」
琉依が寝てるとわかっている時にしか、こんな言葉を言えない。なんて情けないんだろうか。
自分の弱さを自嘲しながら、哲朗は琉依を起こさないように、静かにその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「てつろーの意気地なし…」
全然襲ってくれていいのに。
狸寝入りをしていた琉依は、どんなにアピールをしても手を出してこない哲朗に不満を呟いた。
「こんなとこに置いてけぼりにしてくなよぉ…」
哲朗はそんなつもりないし、琉依も頭では分かってはいるのだが。
リビングから哲朗の気配が消え、シャワーの音が聞こえてきた時、琉依は胸の中に一抹の虚しさを感じていた。
哲朗がかけてくれたタオルケットが、暖かいのになんだか寂しい。
琉依も、哲朗のことが昔から好きだった。
わかりやすく単純で、嘘がつけない哲朗。もしかしたら哲朗も自分のことを好きでいてくれてるんじゃないか、なんて予感は前からあった。
それでも、確かめる勇気はなくて。
大学も別々で、このまま疎遠になってしまうのが怖かった。
そんな時、タイミング良く舞い込んだ叔父の海外赴任の話。いの一番にしたのは、友人と住んでいいかの確認だった。
叔父から許可をもらえた時はガッツポーズを取ったほど、嬉しくて。
「意気地なしは、俺もか…」
男同士だし、告白したところで上手くいくとは限らない。
それなら先に既成事実を作ってしまえばいい。そんな風に考えて、ルームシェアを提案した。
哲朗が戸惑っていることはわかっていたけれど、なかなか進展しない二人の仲をどうにかしたくて、強引に話を進めた。
実際に一緒に住んでみてわかったのは、哲朗は確実に琉依に対して意識しているということ。
けれど、やはりと言うか、ある意味予想通り、哲朗が琉依に手を出してくることはなかった。
「まあ、そんな真面目なてつろーだから好きになったんだけどさ」
それでも、今回で哲朗の気持ちを確信できたのは大収穫だ。
さあ次はどんな作戦にしようかな、と考えを巡らせる琉依なのであった。
「そう。俺とてつろーの二人で。どう?」
高校3年生の冬。根本哲朗は、志望していた東京の大学に無事合格が決まって、そろそろ一人暮らしの部屋を探さないとな、と考えていた時期だった。
「てつろー」と親しげに呼びルームシェアの提案を持ち出してきたのは、哲朗の幼馴染の木原琉依。もう知り合って十年以上になるだろうか。
真面目で堅物な哲朗と、明るく人懐っこい性格の琉依。正反対の二人だけれど、初めからなんとなく惹かれ合うものがあった。
哲朗も琉依も、小中高とその時々で他に友人ができたりはした。けれどなんだかんだ「一番しっくりくるのはコイツ」という感覚がお互いあって、出会ってからの長い時をこうして共に過ごしている。
その日は、町に一軒だけあるハンバーガーショップで、二人きりの合格お疲れ様会を開いていたところだった。
琉依も、哲朗とは違うが都内の大学に入学することが決まったばかりである。
既に二人ともメインのハンバーガーは食べ終えた頃合いで、琉依はセットのポテトをかじりながら哲朗に向けてプレゼンを始めた。
「実はさ、東京にマンションを持ってる親戚の叔父さんが春から仕事で海外に行くことになって。四年後に帰ってくるから、その間だけ住んでくれる人を探してるんだ。家って、空き家状態が続くとすぐ駄目になっちゃうんだってさ。とは言え、知らない人に貸すのも怖いってことで、俺に話が来たわけ」
めちゃくちゃ良いタイミングじゃない!?と興奮気味に話す琉依の目はキラキラと輝いていて、なんだかとても嬉しそうだ。
琉依の話では、かなり破格の家賃で住まわせてもらえるのだという。
聞けばなかなかアクセスも良く、大学へ行くのに何不自由ない立地だった。
東京はどこも家賃が高くて、生活費をどう工面しようか悩んでいたところだったのだ。そんな時にこんな好条件の話が舞い込むなんて、まさに渡りに船だ。断る理由がない。
しかしこのルームシェアにはひとつだけ問題があった。
(どうと言われても…お前とひとつ屋根の下で暮らせるわけがないだろう!)
哲朗は、口では「へぇ」なんて平静を装いつつも、心の中ではかなり焦っていた。
琉依とルームシェアなんて非常に困る。…困るのは主に下半身事情なのだが。
そう。哲朗は、昔から琉依のことが大好きだった。もちろん恋愛感情として、だ。
(好きな相手と一緒に暮らせだって?そんなの、天国どころか生き地獄だろ…!)
目の前に御馳走を置かれた状態でずっとお預けを喰らうみたいなものだ。まるで拷問ではないか。
ここは、なんとしてでも断らなければ。
「それで、なんで俺と暮らすって話になるんだ?せっかく高級マンションに住めるんだ。一人暮らしを満喫したらいいじゃないか」
家賃を二人で折半すればお得になるのは確かにその通りだが、他人との共同生活は煩わしいことも増えるだろう。
元々破格の値段で住めるのだ。琉依は、たった数万円のために自由を手放す気なのだろうか。
ドキドキする鼓動を誤魔化しながら尋ねると、「てつろー、奨学金で大学通うことになるんだろ?」と琉依が言った。
哲朗の家庭は兄弟が多く、そのため親に大学までの費用を出すのは厳しい、と言われていた。
それでもどうしても大学で学びたいという強い気持ちがあり、覚悟の元奨学金を受けることを決意したのだが…金銭的に困っているといった正直な胸の内を、確かに琉依に零したことがある。
「まあ、俺はてつろーと違って親に学費出してもらえる身ではあるけど…でも俺も少しでもお小遣い残せた方が嬉しいしさ。お互い、一円でも出費減らせたらいいと思わない?」
小遣いの件を付け足したのは、哲朗に気を遣わせないようにするためなのだろう。
琉依の優しさに一瞬目頭がじん、となるが、しかしルームシェアなんて承諾するわけにはいかない。毎日、琉依を邪な目で見てしまう自分の姿が、容易に想像できた。
「てつろーとなら長い付き合いだし、気ィ使わないで暮らせるかなって思ったんだけど…」
表面上は断る理由が見当たらない。好きだと言ってしまえたらどんなに楽だろう。けれど、好意を伝えることでもし嫌われたら…?
そうなれば、ルームシェアの計画が消えるどころか、琉依とは二度と会えなくなってしまうだろう。
どう答えたら良いのだろうと考え込んでしまった哲朗を見て、琉依が不安そうな顔を浮かべた。
きっと、すんなり飛びつくと思っていたのだろう。予想と反した哲朗の反応に、琉依も戸惑っているようだ。
しかし、そこで琉依はダメ押しの一言を哲朗に投げかける。
「俺、実は一人暮らし不安でさ。てつろーがいたら心強いっていうか…。駄目…かな…?」
(くそ…っ、可愛すぎる…!)
今にも零れ落ちそうな瞳をうるりと揺らしながらおねだりする琉依に、哲朗は完全に落ちてしまった。
「わ…かった…。いい…よ」
「いいの!?助かる!!」
琉依の表情がパッと一気に明るくなる。
哲朗の心の内を知らない琉依は、満面の笑みを浮かべながら「てつろーと暮らせるなんて、楽しみだな~」なんて軽率に言ってくるのだ。
そんな琉依の姿を見ていると、ますます「好き」の気持ちが募ってしまう。
(俺のバカヤロー!!)
哲朗は、欲に負けた自分を心の中で叱りつけた。
それからしばらく経った三月のある日、琉依の叔父が退去を済ませたとの連絡が入った。
哲朗も琉依も、入学に備えて早目に準備を進めたい。
連絡が入って間もなく、二人は揃ってマンションの下見をすることにした。
家具や食器は、琉依の叔父が住んでいた時の物がそのままの状態で置かれていた。
「部屋にあるものは自由に使っていいって」
「そりゃ助かるな」
大物は輸送費がかかるので置いていったという。
一人暮らしはあれやこれやと初期費用がかかるものだ。
生活必需品である冷蔵庫や電子レンジなどのキッチン家電も残されたままだった。これならかなり費用が抑えられる。
不安もあるが、琉依がルームシェアの話を持ってきてくれて本当に良かったと思った。しかし、部屋を進んでいくうちに、哲朗は愕然とした。
「部屋、一部屋だけ…なんだな」
キッチン、リビングの他には寝室が一つあるだけ。これだと、個室は確保できない。
「コンパクトマンションって言うんだって。まあ、叔父さん一人だしね」
「へー…」
無駄は少ない方がいいもんな、などと同意してみせたが、哲朗は内心パニック状態になっていた。
(こいつ、部屋数少ないことを知った上でルームシェアを持ちかけてきたのか!?)
元々、哲朗に対してはパーソナルスペースが狭い琉依だから、その辺はあまり気にしてないのかも知れない。
昔から、無邪気に背中に飛び乗ってきたり腕を組んだりしてきたものだ。哲朗はその度に「こっちの気も知らないで」と思いつつ、琉依のボディータッチに喜んでしまっていたりもした。だが…。
案の定、琉依は「だからさ、寝室は一つだけど。男同士だし、別にいいよな?」なんて言う。
哲朗は「俺は構わないよ」などと答えつつ、バクバクする心臓を抑えきれなかった。
(やっぱりマズったかも知れない……!)
もしかすると、いやもしかしなくても自分は盛大な選択ミスをやらかしてしまったのではないか。
「てゆーか、このやたらデカいベッドって…」
布団やマットレスなどは取り外してあるが、明らかにカップルが二人で使うようなサイズ感のベッドが、寝室内で存在感を放ちながら鎮座していた。
「叔父さん体大きいから、のびのび寝たくてキングサイズにしたらしい。ここに新しいマットレスを敷けば二人で全然寝れるな!」
その時ばかりは、天使のような琉依の笑顔が悪魔に見えた。
それでも今更ルームシェアを辞めるなんて言えるはずもなく、結局そのまま引っ越し当日を迎えた。
不安だらけでスタートしたルームシェアだけれど、二人で必要な物の買い出しをしたり、食事をとったりーーそんな何気ないことが、嬉しかった。
(やっぱり、琉依と一緒にいる時が一番楽しいんだよなあ)
買い物カートを押しながら哲朗がしみじみ思っていると、隣にいた琉依が、ふいに哲朗の方を向いて言った。
「俺さ、てつろーといる時が一番楽しいな」
琉依も、自分と同じことを思ってくれている。
少しはにかんだような琉依の笑顔に、哲朗の胸がキュウッと締め付けられた。
さて。問題は夜、である。
「てつろー、おやすみー」
「ああ、おやすみ」
そんな言葉を交わして。仲良く並んで床についた。
しばらくして、すぅすぅという気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
もちろん、琉依の寝息だ。
哲朗は、隣に好きな子が寝ているという状況で眠れるはずもなく。
心臓はバクバクと激しく跳ね、今にも破裂しそうだった。
触れたい。キスしたい。
でも、自分を信頼してくれている琉依の気持ちを踏みにじるような行為はできないと思った。
そうして哲朗は、悶々とした気持ちを抱えたまま、朝を迎えた。
「あれ、寝不足?」
「え」
「すっげー目の下のクマ」
琉依に指摘されて慌てて鏡を見ると、本当に目の下にびっとりと絵の具を塗ったかのような見事なクマができていた。
「昨日眠れなかった?あ!もしかして俺、イビキとか酷かった!?」
慌てる琉依に、「そうじゃない」とフォローする。
「琉依のせいじゃないよ。急に環境が変わったから、緊張してんだな多分。そのうち慣れるさ」
ーーそうは言ったものの、慣れる日なんて来るんだろうか。
琉依への気持ちは、ルームシェアを始めてから落ち着くどころか募る一方だったからだ。
そんな哲朗を嘲笑うかのように、琉依の行動は日に日に大胆になっていった。
その日、シャワーを浴び終えた琉依は、頭をタオルでゴシゴシと拭きながら、大事なところを隠しもせずリビングに戻ってきた。
「お…前…っ!前ぐらい隠せよ!」
慌てる哲朗に、琉依がいたずらっぽく笑う。
「え~?男同士なのに、何照れちゃってんの。もう、てつろーのエッチ♥」
「~~!!お前なあ!」
共同生活なんだぞと叱りつけようとした、その瞬間。
(ーーあ、やばい)
哲朗は自分の中心にじわりと熱が集まる気配を感じた。
「どこ行くの?てつろー」
「トイレ!」
半ばキレ気味で答えながら、急いでトイレに駆け込む。
きっと自分の動きは不自然だっただろう。しかし哲朗は、屹立した息子を琉依に見られないように必死だった。
「ふう…」
手短に処理を済ませ、深いため息をつく。それから、琉依で抜いてしまったという罪悪感が、後から襲ってきた。
「ああもう、俺ってやつは……」
やはりルームシェアなんて無謀だったのだ。
もう、琉依と一緒だと気が休まらない。
毎日ドキドキの連続で、心臓が口から飛び出しそうだ。
本来であれば好きな人と毎日一緒に過ごせるというご褒美展開なのだろうが、哲朗はこのルームシェアを既に激しく後悔していた。
好きだからこそ、つらい。
琉依は自分を男友達としてしか認識していないのに。さっきのやり取りでわかったじゃないか。
琉依の側に居続けるためには、男友達のポジションを崩さないようにしなければ。
それから間もなく二人は大学生活をスタートさせ、慣れない環境のために慌ただしい毎日を過ごすことで、哲朗の杞憂も紛れていった。
最近は平和だな、と哲朗は思った。
もちろん好きな相手だから多少ドキドキすることはあるけれど、忙しさのお陰なのか前ほど変に意識することもなくて、心安らかに過ごせていたのだ。
哲朗は、男友達としての良い関係を上手く築けていると、満足げに思っていた。
そう、油断していた。
その日、アルバイトで遅くなった哲朗が帰宅すると、琉依がソファの上でスースーと寝息をたてていた。
タンクトップにショートパンツという、哲朗にとっては扇情的な格好で。
ショートパンツから伸びる脚は艶めかしく、角度によっては胸が見えそうな緩めのタンクトップは誘っているようにも見えた。
琉依のあまりの色っぽさに、哲朗は、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「俺の前であんまり無防備な姿晒すなよ…」
哲朗は大きなため息をひとつついて、それから寝室へ行き、タオルケットを手に戻ってきた。
「こんな可愛いことばっかしてたら、襲っちゃうぞ」
タオルケットをふわりとかけ、寝ている琉依の頭を優しく撫でながら、そっと呟いた。
「なーんてな」
琉依が寝てるとわかっている時にしか、こんな言葉を言えない。なんて情けないんだろうか。
自分の弱さを自嘲しながら、哲朗は琉依を起こさないように、静かにその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「てつろーの意気地なし…」
全然襲ってくれていいのに。
狸寝入りをしていた琉依は、どんなにアピールをしても手を出してこない哲朗に不満を呟いた。
「こんなとこに置いてけぼりにしてくなよぉ…」
哲朗はそんなつもりないし、琉依も頭では分かってはいるのだが。
リビングから哲朗の気配が消え、シャワーの音が聞こえてきた時、琉依は胸の中に一抹の虚しさを感じていた。
哲朗がかけてくれたタオルケットが、暖かいのになんだか寂しい。
琉依も、哲朗のことが昔から好きだった。
わかりやすく単純で、嘘がつけない哲朗。もしかしたら哲朗も自分のことを好きでいてくれてるんじゃないか、なんて予感は前からあった。
それでも、確かめる勇気はなくて。
大学も別々で、このまま疎遠になってしまうのが怖かった。
そんな時、タイミング良く舞い込んだ叔父の海外赴任の話。いの一番にしたのは、友人と住んでいいかの確認だった。
叔父から許可をもらえた時はガッツポーズを取ったほど、嬉しくて。
「意気地なしは、俺もか…」
男同士だし、告白したところで上手くいくとは限らない。
それなら先に既成事実を作ってしまえばいい。そんな風に考えて、ルームシェアを提案した。
哲朗が戸惑っていることはわかっていたけれど、なかなか進展しない二人の仲をどうにかしたくて、強引に話を進めた。
実際に一緒に住んでみてわかったのは、哲朗は確実に琉依に対して意識しているということ。
けれど、やはりと言うか、ある意味予想通り、哲朗が琉依に手を出してくることはなかった。
「まあ、そんな真面目なてつろーだから好きになったんだけどさ」
それでも、今回で哲朗の気持ちを確信できたのは大収穫だ。
さあ次はどんな作戦にしようかな、と考えを巡らせる琉依なのであった。
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Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
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