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金木犀の想い出
追憶の香り
しおりを挟む「樹生さん。窓、開けていい?」
「ああ、頼む」
閉め切った部屋で恋人と激しく交わった身体は完全に火照っていて、涼を求めていた。
「あちー」
顔を手でパタパタと仰ぎながら窓を開けると、爽やかな風が一気に部屋に流れ込んだ。
汗ばんだ額にひんやりとした空気が当たって心地いい。
世良仁太郎は、広いバルコニーの柵に体を預け、金色に染まった髪をさらりと風に靡かせながら空を仰いだ。
相変わらず眺めの良い部屋だな、と思う。
タワーマンションの高層階。このなんとも贅沢な部屋の持ち主である葉山樹生は、現在新宿歌舞伎町でホストクラブを経営するやり手の実業家だ。そして仁太郎は現在樹生の店で、内勤という形で働いている。
室内のインテリアはごくごくシンプルにまとめられており、クラブのような派手さは無い。
とは言え、そこはかとなく高級感が漂うこの空間に、生まれてこの方狭いボロアパートに住んだ経験しかない仁太郎は、来た当初はその迫力に圧倒されて部屋の隅で縮こまってしまったぐらいだ。
さすがに今は慣れたが、それでも自分なんかがここに住むなんて分不相応なのでは、と思う気持ちが心のどこかにあることは否めない。
仁太郎が、高校卒業を期に樹生の元に転がり込むような形で同棲をスタートさせてから、もう半年が経とうとしていた。
本当に、こんな関係が未だに続いているのが不思議だと、自分でも思う。
連日ヤンキー相手の喧嘩に明け暮れていた不良少年だった仁太郎と、元No.1ホストという肩書きを持つ人気ホストクラブオーナーの樹生。
こんな二人の人生が交わる日が訪れるなど、誰が予想できただろうか。
しかも、性的指向に至ってはバイの樹生に対して仁太郎は元々ノンケである。そんな仁太郎が男と付き合う日が来るなんて、まさに青天の霹靂だった。
さり気なく後ろを振り向くと、そこにはリラックスした様子で悠然と煙草を吸う樹生の姿。
(やっぱ、カッコイイなあ……)
もう何度も見慣れている顔のはずなのに、相変わらず自分はこの人に弱い。
顔の造りが良いから、なんて単純な理由じゃない。樹生の仕草、眼差し、声……その全てが仁太郎の心を揺さぶってくるのだ。
男相手にこんな感情を持つなんて、自分で自分が信じられないけれど、抗いようのない事実だった。
母親には捨てられ、父親からは暴力を受けながら生きてきた仁太郎は、その後も会う大人に恵まれることなく、はっきり言って大人という存在そのものに嫌悪感を抱いていた。
十も年上の樹生に初めて会った時も、正直警戒心の塊だったと思う。それなのにーー
(…思い出したら恥ずかしくなってきたな…)
思わず樹生とのアレコレを脳内でリプレイしてしまい、仁太郎の顔が一瞬で熟れたトマトのように赤く染まった。
他人の頭の中なんて誰も覗けやしないのに、あまりの気恥ずかしさに慌てて頭から追い出そうと左右に首を振る。
その時、風に乗ってふわりと優しい香りが仁太郎の鼻をかすめた。
「金木犀の香りだ…」
「ああ、もうそんな季節か。…どうかしたのか?」
遠くを見つめる仁太郎に気付いた樹生が、怪訝そうな顔で尋ねる。
「なんでもない…ただ、元気にしてるかなって、気になった人がいただけ」
「ふぅん」
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