【完結】ユーレイなんてこわくない!

雨樋雫

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第一部

優しくて意地悪な人

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「寿司が食べたい気分なんだ」と唐突に言った叶が蒼衣を連れてきた寿司屋は、一目見ただけで高級店だと分かる佇まいで、蒼衣は思わず気圧されてしまった。
 前回の高級焼き肉は除霊のお礼として特別に奮発してくれたのだろうと納得できたが、ちょっと寿司が食べたいからという理由でふらっとこんな場所に立ち寄れる叶は、やはり一般的な感覚からはかけ離れている。
 叶のことは輝基から一流企業のエリートと聞かされていたが、こういったことを目の当たりにすると本当に住む世界が違うのだなと実感させられる。

 まるで金に物を言わせた相手に簡単に餌付けされてしまったように見えるが、蒼衣とて実際は遠慮しようとした。寿司は蒼衣も大好きだが、今回は除霊のお礼という大義名分がないし、笑顔の下で何を考えているのかサッパリわからない叶とあまり関わりたくもなかったのだ。
 しかし叶が一人で食べても美味しくないなどと駄々をこねたため、結局蒼衣が折れた形だ。

 予め予約していたのか、すぐに個室に案内された。

 渋々付き合ったデートーーもとい、食事だったが、夕飯前でお腹がペコペコだった蒼衣は美しく並べられた寿司を目にした瞬間、普通の若者らしく瞳を輝かせた。

 一つ手に取り、口に運ぶ。
 瞬間、新鮮な魚介の旨味と絶妙に合わさったシャリの風味が口の中で解けた。
「うっま…」
 思わず呟くと、対面の叶が満足そうに笑む。
「蒼衣くんってほんと美味しそうに食べるよねぇ。食べさせ甲斐があるな」
 ーーもし本当にそう見えてるのなら、叶の目は相当イカれてるのだろう。
 そんなこと今まで誰にも言われたことがないし、自分では割と淡々と食べる方だと蒼衣は思っている。感情表現が素直な輝基に言うならわかるけれど。
 叶の言葉に心の中で首をひねってみるが、それでも叶は相変わらず蒼衣が食べている姿を嬉しそうに見つめている。

 (野郎が飯食ってる姿見て何が面白いんだ?人にご飯食べさせるのが好きなタイプなんだろうか。おじいちゃんとかおばあちゃんみたいな…?)

 もしや痩せぎすな体を心配されているのではないかと蒼衣が考えていると、叶がこの後行きたい所があると言ってきた。
 食事を終えた二人が着いた場所は、落ち着いた雰囲気のお洒落なバーだった。

「俺…めっちゃ場違いじゃないですか?」
 カジュアルな格好で来た自分が恥ずかしくて縮こまっている蒼衣の肩に叶が優しく触れて、カウンターへ導く。
「そんなことないよ。ここは内装はお洒落だけど、堅苦しさがなくて気軽に楽しめるから好きなんだ」

 つい誘われるままに着いてきてしまったけれど、叶の本当の目的がわからず、蒼衣は困惑した。
 まさか本気でデートなどと思って言ったわけではないだろうし。

「なんでも好きなもの頼んでいいよ。あ、マスター、俺は車だからノンアルコールのカクテルお任せで頼むね」
 慣れた様子で注文を済ませる。こういった場所が初めてな蒼衣が戸惑っていると、叶がさり気なく助け舟を出してくれた。蒼衣の好みを聞いた叶がいくつかピックアップしてくれた中から選んだカクテルは、とても口当たりが良くて、美味しかった。

「いつもこういう場所で女性を口説いてるんですか?」
 ズバリ直球で聞くと、叶は首を横に振った。
「信じてもらえるかわからないけど、俺の方からわざわざ口説いたりしたことはないよ。放っといても向こうから来るしね」

 そうだった。叶はこういう人だ。来る者拒まず、去る者追わず。恋愛を主体的に行わず、流れに身を任せるだけ。

「デートでバーに行ったことぐらいなら何度かある。でも中でもこの場所は俺の一番のお気に入りでね。誰にも教えたくなくて、今まで誰かを連れてきたことはないんだ。…この意味わかる?」

 それは、叶が蒼衣を特別視しているということ。
 その意味に気付いた瞬間、ドクン、と蒼衣の鼓動が大きく跳ねた。
 気恥ずかしさから目をそらした蒼衣に、叶がフッと優しく笑んで、話題を変えた。

「君は一見クールそうに見えるけど、実は情に深いお人好しだよね。桃山くんから聞いたよ。俺の家の除霊も、本当は渋ってたのを必死に頼み込んで連れてきたって。ほら、今だって俺の我儘にこうやって付き合ってくれてるし」
「自覚あるんなら、ちょっとぐらい遠慮して下さいよ」
 こんなふうに蒼衣に文句を言われても、なんだか叶は楽しそうだ。

「桃山くんが言ってた。蒼衣は口は悪いし厳しいけど、それは相手のことをちゃんと考えてるからだって。実際会ってみて、本当にその通りの人だなと思った。そんな君に興味が湧いたんだよ」
「お人好しって言うなら、あなたの方じゃないですか。就活の手伝いなんてボランティアみたいなこと、なんの見返りもないのにやってたわけでしょ」

 輝基が頭を下げて頼み込むほどだ。相当お世話になったのだと推察できる。

「見返りはあるよ。若者から生の声を聞くことは、仕事をする上でかなりメリットになる。俺は損得考えて行動する方だからね」
 そんなものなのだろうか。
「今のこの時間も…?」
 蒼衣と親しくなるメリットと言えば、またいつでも除霊してもらえるとかそんなところだろうか。叶が自分に会う理由を考えていると、予想もしていなかった言葉が返ってきた。

「自分でもびっくりすることに、損得なんて考えもしなくて、ただ君に会いたかった」
 熱っぽい眼差しで。
「いや、違うかな。君と会えるだけで俺にとってはメリットだから。そう考えるとやっぱり俺は現金な人間なのかもね」
 こんな口説き文句みたいなことを、サラリと言ってのける。

 やっぱり、おかしい。
 叶にこんなセリフを言われるたびに、心臓がドキドキと高鳴るのだ。

「でもこんなこと言っちゃうと君の彼女に怒られちゃうかな」
「…?俺、彼女なんていませんけど」
「え、そうなの?蒼衣くんには仲の良い可愛い女の子がいて超絶羨ましいって桃山くんが言っていたから、彼女だとばかり…」

 輝基が漏らしたのか。蒼衣はハァ、とため息をついた。

「誤解です。あれは幼なじみというか、なんというか…とにかく彼女なんかじゃないですから」

 そうきっぱりと否定して、ちらと横を見ると、そこには心底ホッとした顔の叶がいた。
「良かったあ~~」
「何が良かったんですか」
「実は君に彼女がいると思って、めちゃくちゃ焦ってた」
 そう言って破顔する叶に、蒼衣の心臓がどくんと鳴った。

 (いつもは余裕たっぷりなのにこんな顔するなんて…。なんか意外…かも)

「こんな気持ちになったのは初めてなんだ。蒼衣くんには申し訳ないけど、なりふり構わず全力で口説かせてもらうから、覚悟してて」

 こんなキザなセリフさえ、様になる。口説くなんて本気で言っているのだろうか。

 なんだか、顔が熱い気がする。
 アルコールで仄かに赤みがさしていた蒼衣の頬が、叶の熱い告白を受けてますます赤くなった。気付かれてなきゃいいけれど。


 何杯かカクテルを楽しみ、揃って店を出たところで、道に迷って困っている旅行者に遭遇した。
 蒼衣に断りを入れてから、叶がさり気なくその旅行者をフォローしに行く。

 (これも損得考えて…ってこと?二度と会わないだろう人を相手にして…?)

 叶の動きはすごく自然で、こういった人助けに慣れている感じがする。蒼衣の前でいい格好するために演じているわけではなさそうだ。

 (どこがメリット考えるタイプだよ。やっぱりただのお人好しじゃないか)

 初対面の印象の悪さから過剰に警戒していたけれど、叶のこんな面に触れて、少しずつ彼への警戒心が解けていく。

「待たせてごめんね。この辺は観光客も多いのに、道がわかりづらいから」
 そう言って小走りで蒼衣の元へ戻った叶は悔しいほどに爽やかで、かっこいい。

 イケメンで、誰にでも優しくて。輝基の話では大学での成績も優秀だったそうだ。こんな完璧な男が、女の子にモテないはずがなかった。

 でも、人の欲というものは際限がない。好きになればなるほど、相手を独占したくなる。

 最初は叶の優しさに触れて好きになっても、その優しさが自分だけに向けられているわけじゃないと知った時、きっと嫉妬心が生まれたはずだ。

 恋愛に本気になれないという叶。最初は女の子達も自分がそんな彼を変えてあげたいと思ったかもしれない。けれどどんなに愛情を注いでも自分のものにはなってくれない叶に、虚しさを感じただろう。

 優しくて、それでいて残酷な男だ。

 叶の部屋に残されていた思念を生んだ女性の気持ちが、今ならわかる。

 けれどそんな叶が、今は蒼衣に対して特別な感情を持っているという。
 にわかには信じられなかったが、嘘をつくタイプにも見えなかった。
 叶に特別扱いされているんだということにどこか優越感を持ってしまった自分に気付いて、蒼衣は驚きとともにショックを受けた。

 (なんで…俺…)

 脳の回路がおかしくなって、混線してしまっているようだ。
 頭の中はずっとぐるぐるとしていて、帰りの車の中で何を話してたのかほとんど覚えていない。
 気付いた時には、車は蒼衣のアパートの前に着いていた。

「……ありがとうございました」
 名残惜しさを感じて叶を見つめた。
 あんなに関わりたくないと思っていた相手だったのに、今はもう少し一緒にいたいと思ってしまう。
 この気持ちは、いったい何なのか。
 離れがたいのは叶も同じだったようだ。二人の視線が絡み、熱を持つ。

 叶がそっと、蠱惑的な低い声で甘く囁いた。
「そんなをされたら、帰したくなくなる」

 不敵に笑んで、叶がやや強引に蒼衣を自分の方に引き寄せた。吐息がかかる距離まで顔が近付いて、蒼衣の心臓がどくんと大きい音を立てた。
「駄目…です」
「顔が駄目って言ってないよ」
 すべて見透かしたような意地悪さで、叶が笑う。

 (やっぱ、性格悪いーー)
 そう思った時にはもう、唇が奪われていた。

「ンッ…」

 何度も何度も喰むように口づけられ、呼吸が苦しくなったころようやく解放された。

「…っ、女遊びに飽きたから、次は男ってことですか」
「そんなんじゃない。本気で、君に惚れたんだ」

 そう真剣な顔で言われて、どくん、どくんと蒼衣の鼓動が早鐘を打つ。
 (こいつは下半身ゆるゆるのクズなんだぞ、わかってるのか)
 理性は逃げろと言っているのに何故か抗えない。
 その先を知りたいと思ってしまう。


 ーーほら、やっぱり最初に感じた直感は間違えてなかった。この男は油断ならないって。
 だってこうして見つめられるとなんでか動けなくなって、されるがままになってしまうんだから。

 蒼衣はそのまま、叶に身を委ねた。
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