チェンジリングなわたしたち

総帥

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後編

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私が莉央として生活を始めて、1ヶ月以上経った。


学校も終了式を迎え、もうじき私も2年生。…いつまでこの生活が続くんだろう?






だけど、平和とはいつも突然消え去るもの。


ことの始まりは、いつものように夏深の叔父…じゃなくて叔母が来たことからだ。


私は、忘れてたんだと思う。
今までと違う環境になって、適応するのに必死で。



なんで私は死のうとしたのか。考える時間もなくなっていたから。





「夏深、今日も来てるよ。おばさん。」

「えー。もうやだ…。」

「気持ちは分かるけど、行っておいで。」

「もう…はあい。その前に、着替えてくるね。私まだパジャマだもん。」

「春休みだからって…まったく。」


呆れながらも夏深を急かす。…私が顔を出すと面倒だから、出かけようかな。
今日は久しぶりに秘密基地にお供えしようと思ってるし。いい大福が手に入ったのだ。
中学までは、給食のデザートとかを持って行ってた。

…お供えした物、どこに消えてるのかな?




そして出掛けようとしたら…





———会話を、聞いてしまった。




「夏深はまだかしら?」

「今支度中でしょう。少々お待ちください。」

おばさんと、施設長の会話だろう。



「今日こそは夏深に頷いてもらいたいわ。まったく、あの莉央のせいよね。」

「はは…仲のいい兄妹ですから。」

施設長は中立だ。
朝陽さんは私側、他の職員はおばさん側についている。表立ってではないけれど。
なんとなく、会話を聞いてみる。


「そもそもあの子は、出自からして気に入らないのよね!母親は孤児だし父親はどこの誰かもわからない。
本当に兄さんも、何を考えてあんな女と結婚したのやら。結局あっさり死んじゃうし!
そもそもあの事故だって、莉央がいなければ起きなかったのに。」







……は



あたまを、かなづちでなぐられたような、しょうげきがはしった






「と、仰いますと?」

「そもそもあの日、なんで2人は出掛けてたと思う?
私の家に来ていたのよ。なんでも莉央を引き取って欲しいんですって。
冗談じゃない!あんな不気味な子供、どんだけ容姿が整っててもお断りよ。

あの女が、これ以上莉央を見ていたくないって言ってたのよね。
年々父親そっくりになっていく息子が、気持ち悪くて仕方ないんですって。
私だって嫌だから、施設を探すように勧めといたわ。

それで、その帰りにあの事故よ。分かる?
つまり莉央がいなければ、兄夫婦が私の家に来ることも、事故に遭うこともなかったのよ!

本っ当にあいつは厄病神ね!本来なら今頃夏深と兄さんは幸せに暮らしてたのよ。莉央さえいなければ、私はあの女だって義姉として受け入れたわ。」




わたしは、それ以上聞いていられなかった。



「莉央くん?…どうしたのかしら。」


朝陽さんと、すれ違ったきがした。
でもそんなことどうでもいい。

気が付けば、また施設を飛び出していた。
あの大雪の日のように。




——— そっか、つまり私にとっては父さんが、私を見ていたくないって言ったのか ———



—— 私を捨てる先を探してたせいで事故に遭ったのか ——



色々なことをぐるぐると考え、いつの間にか私は祠の前に立っていた。


全力疾走したせいで息は切れてるし、目から涙が溢れて止まらない。


そして祠の前にぺたんと座り込んだ。











なんで…




なん、で…






全部、全部全部私が悪いんじゃないか!!!




「知ってたよ!!!自分が厄病神だなんてことは!!

私がいなければ!!

両親は夏樹と3人で幸せに暮らしていたってことも!!!

もし両親が死んでもあのジジイが夏樹を引き取って育てただろうってことも!!


そのせいで夏樹に苦労をかけることもなかったんだから!!!!」



私は力いっぱいに叫んだ。







私がいなければ。

何度そう考えたことか!







「でもなジジイ!!アンタに夏樹は任せられないんだから!

アンタは夏樹に愛情なんて微塵もありゃしない!ただ世間の目を気にしているだけだ。
ついでに私という悪役を作って、同情を引こうとしてるだけ。

姉夫婦を死に追いやった厄病神と!とり憑かれた可哀想な甥っ子!
甥を救う為に奮闘する正義の味方にでもなったつもりか!!!」



ハア、ハア、ハア…

涙が、止まらない。




「う…う、うあああああぁぁぁぁあああ!!!!」







もう駄目だ。

今度こそ、施設を出よう。
ああ、そうだ。遺書を残しておこうか。

万が一にも、夏樹…いや夏深があのババアに引き取られるようなことがないように。

莉央の代わりに、私がやらないと。





でも今は。



少しだけ、座っていたい…。










どれほどそうしていただろうか。
泣き疲れた私は、ただ座っていた。

気付いたら、辺りは薄暗くなっていた。

確か朝出てきたから、半日は経ってるのか。


私は、持ってきた大福をお供えした。
そして祠の前で手を合わせる。



どうか、夏樹と夏深だけは幸せになれますように、と。






『其方は、いいのか?』

いい。もう、こんな所で生きて行きたくない。

『別れたくない者が、いるのではないか?』

いる。でも、もう無理。

『…望みは、なんだ?』

…決まってる。その前に。


「…誰?」

『おお、ようやっと反応したか。覚えてはおらぬか?』


声は、私の頭上から聞こえる。
視線を上にやると…



そこには、昔一度だけ会ったことのある美しい人がいた。

「あなたは、神さまですか?」

『元、である。最早忘れ去られた存在だ。信仰が無ければ、存在出来ぬ。』

「…なぜ、私の前に姿を現しましたか。それに私をこの世界に連れてきたのも、あなたですか…?」

『左様。私が死にかけの其方らを入れ替えた。互いの世界であれば、と思っていたのだがな。』

「どういう、ことですか。」

利英と莉央そなたらは、元の世界では幸せになれない。だから、入れ替えた。』



…??訳がわからない。
いやこの人の存在自体意味不明だが。


『これ以上は答えられぬ。もう1つの質問があったな。なぜ、其方の前に姿を現したか。

…私は其方の、先祖だ。』


…は?



『…私は、元人間だ。生前徳を積み、死後神の座に据えられた。末席だがな。
大神様のお付きをしている。其方は…私に似ていた。』

「…似てますか?」

『姿形ではなく、在り方が。故に、私の姿をその目に写すことが出来るのだ。

私はもうこの地には居られぬ。信仰も消え失せ、消滅する前に神界に帰るのだ。
其方には、これまでの供物の礼をせねばなるまい。
願いが、あるのだろう?その前に…莉央に会ってみるか?』


え、できんの?
莉央か。つまり、もう1人の私。

私はこくこくと頷いた。


『ふ…莉央も同じ反応をしておる。』




神様?がそう言うと、景色が変わった。
さっきまであった廃ビルどこいった?


真っ白い空間に、神様と私と、あれは…



「莉央?」
「利英?」

同時に声に出していた。私にそっくりな、少年。


「わ…俺そっくり。本当に女子?」

「こっちのセリフ。男子にしては華奢じゃない?」

「自覚はある。…すごいな。」

「うん、本当…。」



しばらく互いに無言で見つめ合った。
そしてよく見ると、彼の顔に涙の跡があった。

きっと彼も、私と同じなんだろう。



「もう、いいの?」

「いい。別れも、告げない。」

「そう…私も。私達多分、同じ事考えてるよ。」

「俺ら、どうなると思う?」

「神様のように徳を積んだ訳でもないし…消滅かな?」

「かな。それなら、いい。」


互いに手を出し、強く握り合う。
彼と私は一蓮托生、な気がする。


「夏深は元気か?」

「うん、夏樹は?」

「元気だ。弟って、いいな。
俺が男だって告げる事が出来ていたら、兄弟として上手くやっていけたと思う。アカリも可愛いし。」

「同じく。弟もいいけど、姉妹ってよかったかも。トモル格好いいし。」




あ…元の世界じゃ幸せになれないって、もしかしてそういう…?

莉央も私と同じ考えのようで、ハッとした表情をしている。
そして、笑いあった。


もしかして私達、逆に生まれちゃったのかもね。
莉央は夏樹と兄弟で、灯と結ばれて。
利英は夏深と姉妹で、灯と結ばれて。
だったのかもしれないね。




もう、全部手遅れだけど。



「なあ神様。」
「もういいよ。」
「俺達の最期の願い、」
「聞いてくれる?」


『ああ…その前に、客が来ているぞ。』

「「客?」」

莉央と顔を見合わせる。誰だろう?


『ここに呼ぶことも出来る。其方らの意思を尊重する。』


「どうしよう?」
「どうするか。」
「神様がこう言うってことは、」
「俺らにとって大事な人か?」
「「それなら…最期に、会おう。」」


私達が答えた瞬間、姿を現したのは…



「利英が2人!?…ってあなた誰!?」
「莉央が2人!?…ってあんた誰!?」

やっぱり…私達の、親友だ。
2人はまず同じ顔が並んでることに驚き、次に互いの存在に驚いた。
うん、私達と違って、彼らはあまり似てない。トモルの成長期が終わってるからだろうか?


トモル、俺はこっち。彼女は利英。俺の半身。」
アカリ、私はこっち。彼は莉央。そっちの彼は君の半身。」

「「は?」」

リアクションは同じ。なんだか可笑しくて、莉央と2人で小さく笑った。



「ごめんね、説明してる時間はないの。」
「神様が今にも消えそうでな。」

「え、神様?」
「そこの美人さん?」

「うん、そうだよ。」
「最後に、来てくれてありがとうな。」
「やっぱり、君達は私達の親友だ。」
「夏深のこと、よろしくな。」
「夏樹のこと、よろしくね。」


「「待った!!」」





「最後って、何!?」
「馬鹿なこと考えてんじゃないだろうな!?」
「どっか行くつもりなの!?」
「だったら…!」

「「俺/私も、一緒に行く!!」」


「「…は?」」



『如何にする?』

「いやいや。」
「遊びに行くんじゃないんだから。」


私達は灯達に説明しようとしたが、神様が本当に限界が近いらしい。
元々信仰が足らず現世にはいられなかったのを、私達がお供えしてたから辛うじて現界できていただけで。
それももう、保たないらしく。

今から私達が行おうとしていることを灯達に説明してる暇もなく。




「もう!私達は消えようとしているの!」
「2人は帰って、生活があるだろうが!」

「「ない!!」」

「「はあ!?」」


「お前がいない世界なんざ、生きる理由がない!
やっとわかった。最近、俺の側にいたのはそっちの利英だろう?
俺は!お前らと一緒にいたい!!」

「同じく!利英。私がどれだけあなたに救われていたか知らないでしょう!
利英も莉央も、私にとってかけがえのない人なんだから!」

「夏深には悪いけど、」
「夏樹には申し訳ないけど、」
「俺も一緒に連れて行け!」
「どうせ待ってる家族もいない。」
「ほら!」
「行くわよ!」

2人は、私達の手を取った。
もう離さないと言わんばかりに、強く強く握った。

思わず目に涙が浮かぶ。
莉央も同じだった。


「馬鹿だな…お前ら。」
「私達と一緒で、後悔するよ?」
「本当に、いいのか?」
「後で文句は聞かないよ?」

私達の問いに、力強く頷いた。




本当は、すごく嬉しい。

ありがとう。大切で、大好きな人。




私達は、改めて神様に向き直る。


「それじゃあ神様、」
「私達の、最期の願い。」




「俺達の存在を、消してほしい。」
「最初から、生まれなかったことにしてほしい。」
「記憶が無ければ、」
「別れも苦しくないから。」


「「お願い、神様 ——— 」」








莉央と利英、そして灯と灯がいない世界。





少なくとも、



私達の周囲は救われる











———…ああ。夏樹、夏深。…大好き、だよ




































春。桜が咲き、出会いと別れの季節だ。



「夏樹~、ほら、写真撮りましょう。」

「わかったよ、母さん。」



今日は、高校の入学式。


オレ、夏樹は今日から高校生だ。
…でも、なんだろう。オレは初めてこの制服に袖を通したはずなんだが、どこか懐かしい気がする。

このブレザー、どこかで見たことあったかな?

…多分、この制服の人とすれ違ったことがあったんだろう。それだけだ。


「夏樹、どうした?」

「なんでもないよ。父さん。」



元々オレは、母さんが女手一つで育ててくれていた。だが数年前再婚し、父が出来た。
母さんは、幸せそうだ。オレも…


…何か、誰か足りない気がする。
なんだ…?大切な人がいた気がする。


なんて、な。






「夕陽さーん、にゅうがくしき、始まっちゃうよー。」

「待て待て、快里。まったく、小学校サボって着いてきやがって…。」

「だって僕もおいわいしたいもん。」

「はあ…。ほら、兄ちゃん姉ちゃんはあっち。」

「はあい!」




今のは、親子かな?そんな感じじゃなかったけど…なんだか、懐かしさを感じる。


夕陽さん、快里…?





「「夏樹、高校入学おめでとう!」」

「おめでとう~、夏樹。」


「ありがとう、父さん。母さん。
と、叔父さん…。」


何故かオレは、この叔父が好きではない。むしろ嫌いだ。
でも、理由がわからないんだ。ただ嫌いなだけ。

だから表面上は、嫌悪感を出さない。
そもそも、なんでいんの?



両親のことも、心のどこかで拒否反応を起こしている。オレの大事な人を傷つけたから。
でもオレにとっては優しい両親で…


…大事な人って、誰?

オレ、寝ぼけてんのかな。こんな大事な日に…。





しっかりしないと!
そう気合を入れ直した瞬間、強い風が吹いた。

その風が、俺の中の不安やら懐疑心、色々なものを吹き飛ばしてくれた気がした。




その代わりに。





‘おめでとう、夏樹’





誰かの声が、聞こえた気がした。

小さな小さな声。
聞き間違いだろう。でも、聞き覚えがあった、ような…


気付けばオレは、涙を流していた。
理由はわからない。

でも、とまらない。

オレは、その声を待っていたから。
オレがおめでとうって言って欲しかった、ただ1人のひと。






「…ありがとう、◾︎◾︎。」









オレは、歩き始めた。






…さようなら、大好きだった人。










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