死神少女と社畜女

キノハタ

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エピローグ  ×××日目 ゆな

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 おとうさんは、おうちをでていきました。

 わたしと、おかあさんの、ふたりぼっちになりました。

 おかあさんは、あかるくわらっていいました。

 めいいっぱい『しあわせ』になってやるんだから、って。

 わたしもそれにさんせいで、ふたりでいっぱいわらいました。

 だから、おかあさんは、いっぱいいっぱいはたらきました。

 たくさんのところにつれていって、くれました。とてもとてもたのしかったです。

 いっぱい、一杯、働いて。

 一杯、一杯、私のためにたくさんのことをしてくれました。

 でもそうしているたびに、お母さんは、どこか辛そうで痛そうな顔をしていました。

 多分、やりすぎたのです。頑張りすぎたのです。私の、私達の、幸せのためにと。

 昇進してから残業が多くなりました。私のためにとお金のやり繰りや、習い事の管理に必死になって話すことも少なくなりました。

 思い描く理想に届くようにと、頑張りすぎてしまったのです。

 だから、一度、「お母さん、頑張んないでいいよ」って言ったら。


 叩かれました。


 そして「そんなこと言わないで」と泣き伏せてしまいました。

 なんででしょう。

 そんな辛そうな顔をしていたら、幸せになんて到底なれないと想うのだけど。

 どうしてでしょう。

 私は間違えてしまったのでしょうか。

 それとも私の方がおかしいのでしょうか。

 勉強よりも、友達と騒いでいることの方が楽しいです。

 習い事や英会話よりも、誰かと笑い合っている方が幸せです。

 でも、お母さんは勉強に身が入ってないと、怒ります。そんなんじゃあ、幸せになれないと叩きます。

 なんでなんでしょう。

 私は今、幸せなのに、それじゃあダメなんですか。幸せって、なんなんですか。

 お母さんと喧嘩をすることが多くなりました。叩かれることも多くなりました。

 私のことを無条件に信じていた瞳は、気付けば疑いの色で真っ黒です。

 習い事にちゃんといったかを、嫌味を言いながら確認します。成績の上がり下がりを愚痴交じりに、見定めます。

 友人関係の話を聞いてきては、あの子はいい、あの子はダメだ。付き合うのはよしなさいと口を挟んできます。そんなことされたくなんて、ないのに。

 意見が合わないと、叩きます。睨み返したら、もっと、叩きます。

 そうして、学校の先生に殴られていることを相談したことがありました。

 ただ、私が思ったより大事になって、校長先生や児童相談員、精神科のお医者さんなんかも出てきて大変なことになりました。

 てんやわんやのまま、みんながみんなしてお母さんにあれこれいって。

 みんながみんなして、どことなくお母さんを責めていました。

 あなたがやっていたことは違ったんだ。あなたがやっていたことは間違えだったんだ。

 それは、その通りだと思うのです。

 きっと、お母さんは私の幸せを間違えていたのです。

 でも、そんな言い方をされたら傷ついてしまうのではないでしょうか。

 腹の立つ人ではあったけど、頑張っていたのはずっと見てきたんです。

 そこまで言わないで、と止めようと思いましたが、担任の先生にそっと制されました。

 そうして言葉を上手く伝えられないまま、思った以上に大事になったそのやり取りを終えた後で。

 お母さんは私を睨んでいました。

 『どうして、私は、あんたなんかを産んじゃったの』。

 そんな言葉を添えられて。

 それから、しばらくしてぼーっと空を眺めていた屋上で私はそっと飛び降りました。

 多分、私は生まれてこないほうがよかったのです。

 そうすれば、お父さんと別れることも、あの人があんなに傷つくことも、頑張ることもなかったのでしょう。


 これが、私の、城ケ崎 ゆなの自殺に至るまでの記憶です。




 ※



 目を覚ましたのは、暗いオフィスの一室だった。その隅にある古ぼけたソファの上で、私はどことなく眼まいを感じながら顔を上げた。

 なんだか、覚えがある感覚だ。これは、そう、最初に死神として目覚めたときの感覚にちか――――――。


 「まゆ!!」


 思わず叫んで目を回したけれど、周囲にまゆの姿は見当たらない。

 慌てて何か手がかりがないか探していて、ふと気づく。あれ、私、なんで制服姿だ?

 まゆと旅していた間は、というか死神になってからはパーカーとかの私服姿だったはずなのに。

 いやに見覚えのある制服が違和感を頭に目一杯、鳴らしてくる。

 違う、ただ、制服じゃない、これ、私の通ってる高校の—————。

 「お、おかえり。思ったより早かったな」

 オフィスの奥から、聞き慣れた低い声が飛んできた。目を向けると、声の主はパソコンの向こうからゆっくりと立ち上がると、机に置いてあった缶コーヒーとまんじゅうを持ちながら、えっちらおっちらと歩いてくる。

 クソ上司は、私を見るとニヤッと笑った。

 「なんで……いるんすか。ていうか、私は————」

 「俺がここに来たんじゃなくて、お前が帰ってきたんだけどな。まあ、落ち着けよ、自分の名前は思い出せるか?」

 「————ゆな。……城ケ崎 ゆな」

 そういえば、苗字は———死神になったとき、存在を覚えてすらいなかった。

 そんな私の答えを聞いて、クソ上司は軽く笑う。それから、私の前と自身の前にそれぞれ缶コーヒーとまんじゅうをいそいそと並べた。

 私の向かいのソファに座って、カシっと音を立てて缶コーヒーの栓を開けると、私の目の前に缶をすっと差し出した。

 「死神退任、おめでとう、ゆな。これからちょっとした退任式だ」

 そう言って、私に乾杯でもするように缶を軽くかたむけた。

 常にめんどくさそうで、だるそうなやり取りばかりしていた上司の、初めて聞く労わるような優しい声だった。



 ※



 上司のいうことは、正直、なにもわからない。ただ、とりあえず、最優先で確認したいことだけは確認する。

 「まゆは……どうなったんですか?」

 「ああ別に、あの後、普通に生きてるよ。最近はどうも再就職して、どこぞで写真を撮ってるみたいだが」

 「……はあ?」

 「まあ、そこも含めて説明してやるよ。今が、というか、

 一瞬、呆けかけた。そんなのわかるわけがない、でも同時に

 「……2022年の10月」

 「そう、まあ、そういうことだ。今、この部屋はお前がさっきまでいた場所から、ざっと一年が経ってる」

 わけはわからない、わからないけど、死神は時間軸が別にある。今までだって何度も、時間を行ったり来たりしていたんだ。そこに違和感はない。もとより、私の時間は今、ここだったんだ。ただ、それより大事なのは———。

 「なんで想いだせるんですか?」

 死神になったとき、私はまっさらな存在だった。それを想いだすとまずいから想いだせないようになっている、と、言っていたのはほかでもないこの上司自身だったはずだ。

 だけど、上司は軽く笑うと自分の缶コーヒーをすすった。

 「お前の仕事が終わったからだよ」

 缶コーヒーがかたんと机に置かれる。

 「そもそも死神ってのは子どもに自殺を思いとどまらせるために作られたもんだ」

 それから、とうとうとそんなことを話しだした。

 「親より先に逝くと、子どもは賽の河原って場所に行くんだ。だが、そこも最近じゃ常に満杯でな。親も長生きするし、子どもは自殺なんかするしで、お陰で俺も休む暇がなかった」

 「そこでまあ、ダメ元だけど。自殺寸前の子どもの魂を捕まえて、おんなじ境遇のやつを見届けさせることにした。どうせそのままほっといたら終わる命だ、助かる可能性があるならめっけものってな」

 「理由? 単純だよ。お前らみたいな奴らは、色々あって自分が生きてていいのかわからなくなってる。だから、一番分かりやすい意味を見つけるチャンスを見せてみようって、それだけだ」

 「人間が生きる一番分かりやすい意味がなにかって? そんなの、

 「『あなたが生きていたから、救われました』これ以上、手っ取り早い生きる意味はないさ」

 「でも、まあ、本当はそんな大層なことしなくてもいいんだ。ちょっと人を助けて、ちょっと声をかけるくらいで十分なんだ。でも思い詰めた奴らは、それじゃあどうにも気づけない」

 「てなわけで、本当はお前らが、自分の意思でクライアントを助けるのを待っていた。そしてお前は、ちゃんと浅上まゆの命を救い切った。伝えてなかったが、死神ルールの7は『ルール1を破棄した場合のみ死神は解放される』なんだよ」

 「え? そんなもん、最初っから言っとけ? ははは、昔はそうしてたんだが、なんでかこっちの方がクライアントが助かる率も、その後ちゃんと生き残る率も高かったんだよ。なんでだろうな」

 「まあ、でも最初の3人をお前が無理矢理助けてたら、多分もっとひどいことになってたよ。気にするな元々、潰える命だった。さっきも言っただろ。お前と浅上が拾えただけめっけもんだ」

 「……てなわけで、お前はこれで晴れて自由だ。生きるも死ぬも、あとは結局お前次第だ」

 「質問はないか? そうか。あ? そんなことよりさっさと戻して浅上を探させろ? あとなにかと、説明が足りないだと? へーへー、悪かった。こっちも衆生全部を救うんで忙しいんだよ。寝不足で最近まともに寝てもない、ちょっとくらい勘弁してくれ」

 「……そんじゃあ、これで本当に最後だ。戻ったら死ぬ直前だからな、そこそこやばいと思うが、ま、がんばれ。あとは全部、お前のやりたいようにやればいい」


 「じゃあな、ゆな。息災でやれ」


 「あと、そうだ。たまには缶コーヒーくらい、供えにこいよ」













 バチンと音がした。



 ぱっと目を開けて振り返ると、身体がゆっくりと傾き始めていた。


 自分が今、何処にいるか、不思議と落ち着いて理解する。


 通っている高校の3階。


 誰もいない放課後の窓際。


 どこか遠くの方で部活をする声が響いてくる。


 秋の夕暮れは晴れ渡っていて、頰を撫でる風がどことなく心地いい。


 風が吹くたび、木々が揺れる音がする。


 ざあざあという音が私の耳元を過ぎていく。


 そんな中、窓枠を乗り越えたところに腰掛けて、私は足をふらふらと揺らしていた。


 まゆと一緒に海岸の崖で過ごしたのと同じように。体感ではさっきのことだけど、時間としては一年も前の時間のことを思い出す。


 まゆは、私がいなくなってどうしたかな。


 寂しがってくれたかな、ちょっとくらい泣いてくれたかな。


 嫌になって、死んじゃったりしてないかな、それは大丈夫って言ってたっけ。


 ひょっとして、私を探してくれてたり、しないかな。


 身体がゆらりと傾いてる。


 時間にしたら、ほんの数秒。


 この時間はあくまで


 いつかの私が意思を決めて、身体を傾けたその瞬間だ。


 両手は胸の手前できつく握られて、震えてる。何かを掴めそうにはとてもない。それどころか、身体の中心はもう宙に浮いていて、私の意識だけがゆっくりとその光景を眺めている状態だ。


 あーあ、こんなに震えて縮こまっちゃって、いつかの我ながら、そんなにビビってるなら死ななきゃいいのにと想ってしまう。


 でも、ま、死ぬしかなかったんだね。


 生きてちゃいけないと想っちゃったんだもんね。


 死にたくなんてなかったけど、どうしようもなく怖かったけど。


 それでも落ちるしかなかったんだね。


 そうだね、辛かったね。


 でも、ごめんね。


 

 
 望み通り死んであげることはできないんだ。


 まだ、まゆがこの空の下のどこかで生きてるから。


 まだ、生きてていたいから。


 落下の最中に校舎の壁を思いっきり蹴った。


 このまま落ちてコンクリートにぶつかったら助からない。


 だから、木がクッションになってくれるところまで思いっきり自分を蹴っ飛ばす。


 風が何かを切るような音がする。


 心臓が冷たくなったみたいに強く縮む。全身が硬くなって、思わず目を閉じて身体をギュッと丸めた。


 バキッと音がする。


 痛い。


 バキッ。


 痛い。


 痛い。


 痛い。



 息が止まった。



 身体が木の根元に転がった。


 口から何かが飛び散った。


 目を開けたけど、視界は赤と黒の点滅で染まってた。


 全身が腫れたみたいな痺れた感覚が、脳味噌を揺らしてくる。痛いのもあるけれど、全身がただただ熱くて仕方がない。


 いや、いったあ。これ本当に生きてる?


 あの上司、戻すならもっとマシなタイミングなかったのかな。それかトランポリンでも置いといてほしかった。


 まあ、昔の私が飛び降りたんだから、仕方ないんだけどさあ。


 立ち上がろうとするけれど、足に力が入らない。


 足どころか手も、身体も、全身に力が入らない。力を込めようとすると、その部分一帯が、悲鳴を上げるみたいに痛みを訴えてくる。


 どう考えてもやばいから動かすんじゃねえよって、怒られてるみたいだ。はいはいごめんね。でも、助けを呼ばないと、ほらそっちのがやばいじゃん。


 声を出そうとしたけれど、うまく喉が動かない。


 遠くの方で人のざわめく声が聞こえるけど、あれ、ちゃんと私に気づいてるかな。


 気づかれてなかったら、私このまま死んじゃうんだけど。


 くそう、嫌だぞ。あの上司に、せっかく戻ったのに、また会うなんて。もうあと80年はあの顔を見たくない。


 ああ、ちくしょう。嫌だ。死にたくない。


 だって死んだら探せない。だって死んだら見つけられない。


 会うんだ、まゆに。探すんだ、あの人を。


 今もこの空の何処かいるあなたのことを。


 ブログを見れば何処いるか手がかりはある。連絡だってきっと取れる。


 だから、だから、こんなとこで死んでなんてやれないんだ。こんなとこで死にかけてる場合じゃないんだ。


 終わってなんかやれないんだから。


 上げろ、声を。


 呼べ、助けを。


 私はここだと、訴えろ。


 言え。


 言え、言え。


 声を、声を、声を。





 「ーーーて」





 上手くでない、ちくしょう。死んじゃう。嫌だ。嫌だ。


 嫌だ。


 そんなの、嫌だ。




 「ーーーたすけて」




 会いたいよ。





 「ーーーまゆ」



















 「ーーーいるよ」


 「ーーーここにいるよ」



 私の頬にポツリと一つ雫が落ちた。


 少し目線を上げるとそこで、あなたはぼたぼた泣きながら笑ってた。


 「生きててよかった」


 そうして泣きながらそっと、私の手を握ってた。


 ああ、ああ、ああ。


 そうだね、本当に。


 生きてて、よかったな。


 ゆっくりと眼を閉じたら、眠気がすっと私の意識を薙いでいく。

 
 大丈夫、もう大丈夫だから。


 遠くの方で私を呼ぶ声を聴きながら、私はそっと眠りに落ちた。
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