迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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1 嫌われ者の僕※

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 僕は下級貴族の子爵家に生まれた子どもだった。兄が3人いて、家督争いにいつも不穏な雰囲気が漂う家だった。

 親族間の抗争が起こり、下剋上による家督争奪というドロドロした対立も発生しかねない不仲な家だった。跡式争論するほどの財も地位もない家のはずなのに、あるのは爵位に縋る見栄だけの家族・・だけど、僕には何も関係のないことだ。

 家族は僕が見えていない。見ようとしない。ずっと居るのに居ないものとして扱われてきた。誰も僕に興味なんて抱かなかったし、特別な世話もされて来なかった。

 小さいころの記憶はない。
 ある日突然、意識が芽生えた。
 僕は知らない家の見た事もない部屋で意識が浮上して、自分が誰なのかも分からないでいた。

 それがどうやら13才の誕生日の朝だったようで、誰かに力ずくで寝台から引きずり下ろされた。

「え!?痛っ!」
「生意気にも声を出すとは!早く毒味をしろ!13になった日が特別だとでも?今日くらい逃れられると思ったか!?気持ち悪い奴め、この悪魔!その声すら憎々しい!」

 そんな言葉を浴びせられ、とても傷付いたのを覚えている。

 毒味、それは一日に三度、僕が行う仕事だった。
 他には床磨きや窓拭きなどもしなければならず、毒の入ったスープを飲んでしまった時には、身体が痺れて仕事が出来ない事があった。ひどく嘔吐してしまったり、泡を吹いたりして意識を失った事もあった。

 僕がこれまでに食らった毒は11回だ。どの時もしばらく起き上がる事が出来なくなって、いつまでも痺れが身体に残って本当に辛かった。だけど、不思議と死ぬ事はなくて、ちゃんと部屋のどこかで目覚めることが出来た。

 何故毒で死なないのかは分からない。だけど実際には回復して、また毒味の仕事を繰り返す。

 18才になったある日、父親に呼ばれ床に座らされた。父親と言ってもほとんど会った事もなければ、会話をした覚えもない。だから初見の他人のように感じてならなかった。

「お前を王宮の毒味役にする。もうここへ戻って来るな。まあ、いずれ毒を喰らえば死ぬんだ、せめて国の為に死ねばいい」
「はい・・」
「声を出すな!虫唾が走る!もういい、出て行け!」

 いつも通りだ・・他者からの罵声も暴言もいつもと変わらない。僕がいれば誰もが忌み嫌うような目を向けてくる。声を出せば拒絶される。

 虫唾が走る、憎々しい・・そんな風に言われるほどのいったい何を・・僕はしてしまったんだろう。

 13歳よりも前の記憶がない。もしかしたら僕は、自分でも理解し難い程の、何かとんでもない事をしてしまったんだろうか。

 これまで家の使用人も家族も、誰も僕と話そうとはしなかった。名前すら呼ばれない、だから自分の名前も分からない。まるで僕がいない世界のように扱われてきた。使用人たちの名前すら知らない、だって僕を見ると慌てて姿を消してしまうから。

 いったい何をしたのか・・知りたいけれど、それを聞く機会すら僕には与えられなかった。

 家を出ていく時も、誰も僕に構う人なんていなかった。持ち物は少ないし、特別に困る事なんてなかったけれど、王宮までの道のりがあまりにも遠くて、歩いて3日もかかるとは知らず、野営に苦労する事になった。



 王宮でもさほど僕への扱いは変わらなかった。
 誰も僕に声を掛ける人なんていなかったし、万が一にも声を出してしまえば、やっぱり喋るなと罵られ、時には酷く殴られる事があった。

 ただ違うところがあるとすれば、僕に監視が付いた事くらいだ。

 もしかしたら、この監視役の人や他にも僕に構ってくれる誰かが現れるのではないかだなんて期待したけれど、それはあまりにも夢見がちな願望だったようだ・・
 嫌われ者の僕は、どこに行っても嫌われるのだと分かった。

 だから僕は、とにかく人と関わらないように過ごした。些細な理由で痛みを与えられる事が怖かったからだ。
 僕は毎日を静かに過ごし、存在しないものとして暮らす事にした。監視役の人は僕が傷を付けられても、罵られても顔色一つ変えず、もちろん助けてくれる事なんてしなかった。

 今日の一日が何事もなく終わってくれたなら、それでいい。とにかく夕方まであと少し。仕事が終わるまで、誰とも顔を合わせず、話さず、静かに過ごすんだ。そんな思いで身を小さくしながら日々を過ごした。

 伸びた髪で頬や目元を隠して、僕からも視界に何も入らないようにした。見えるのは最低限でいい。

 身に付けてきた衣類は僕が逃亡しないようにと取り上げられ、代わりに粗末なものを与えられた。飾りの何も付いていない麻色のものだった。
 頭からすっぽり被ると、少し丈の足りない裾が両膝の上で揺れる。風でめくれないように、座った時に下着が見えないように、僕はこの頼りない服がとても嫌だった。

 ある日、地下で作業をしていた時に王宮に立ち入る男に襲われた。

 王宮の地下には水を汲み取る水脈を引いていて、僕はいつもそこで使用人たちの衣類を洗う作業をしていた。その日も朝の毒味が終わって、地下に降りてきた所で男と遭遇した。

 男は僕の髪を乱暴にかき上げてニヤリと笑うと、裾から服の中に手を入れてきた。

 僕は抵抗して逃れようと背中を向けた時に、首元を掴まれて羽交い締めにされ、激しく平手打ちにされた。

 男は僕の事を冷たい土床に突き飛ばし、乱暴に押し倒した。
 男は準備がどうの、と言いながら僕を四つ這いにさせると「足を閉じてろ!」と言って太い性器を太ももの間に入れてきた。
 何度も僕の太ももの間で性器を擦ってきて、最後は顔にめがけて大量の精液をかけられた。

 僕は男から離れて顔を見ると、むやみに足を出して誘ってきた僕が悪いと言って、また何度も顔を殴られた。それから、僕を殴った時に精液で手が汚れたと言いながら怒り出して、蹴り飛ばされてしまった。

 涙が溢れて止まらなかった。だけど、そんな様子を見て男は「泣いてもお前なんかに同情するものはいない」と言って立ち去った。

 何をしても、しないでも、結局は僕が悪い。
 だけど何がいけないのか分からない。

 ただ、意識を持ってこの世界で目覚めた13才の頃から、僕は誰からも嫌われていた。













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