迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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13 死霊魔法

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 朝、目覚めると、寝台に小さく丸まって眠るノアがいる。そっと抱き寄せる。まだ目を覚まさない。
 俺は、そんなノアの隣で寝顔を眺めながら静かに考えていた。

 ノアをどうすべきか。
 それは、俺の気持ちの問題でもある。
 ノアを可愛く思い始めてしまえば、心の底に根付いた深い感情は加速するのを止められなかった。

 ノアを想う気持ち、俺はこんな風にノアの事で頭がいっぱいになるなんて思っても見なかった。
 まさか、ノアに恋するだなんて。

「はぁ・・」

 ノアの事をどうするか・・
 いや、どうすると言っても、そもそもノアは俺の気持ちを知らないどころか、俺からさっさと離れようとしている。

 俺は近いうちに、隣国の姫に会う。きっと話は勝手に進んで、やがて婚約に至る。俺が拒んだとしてもだ。
 来週には、夜会が開かれる。きっと姫君との話も進む。顔を見たこともないお相手だ・・尚更気が重い。

 結局、俺とノアは初めから交わる事など許されない出会いだったのかも知れない。

 俺が深いため息をつくと、寝室の扉越しに居間からフリードの声が俺に呼びかけるのが聞こえる。

「早いな、フリード」
「ノアは?」
「まだ寝ている。何か分かったのか?」
「ああ、大収穫だ。とりあえずこれを読んでくれ」

 フリードが数枚の調査書を手渡してくると、運び入れてきたティーポットのお茶を注いだ。

 俺はソファーに座り、しばらく読み進める。その内容は不愉快で忌まわしいものが含まれており、理解に苦しむものだった。

 そんな俺の事を、フリードは懸念そうな顔で静かに待っている。確かに、フリードがそんな顔になるくらいのものではある。

死霊魔術ネクロマンシーは禁忌魔法だぞ・・!」
「そうだな。しかし事実だ」

 死霊魔術ネクロマンシーは、死者や霊を操る魔術だ。死者蘇生やアンデッドの操縦など黒魔術の一種として禁忌とされている。
 それがコリン子爵家で行われたということか。

 内容からすればコリン子爵家長男は、病で亡くした母親の魂を死霊魔術ネクロマンシーによって蘇生させるために、ノアの母親の肉体を器にしようと企んだというものだった。

 死者の魂を操る魔術の一つであり、死んだ母親の脳の残留思念をノアの母親の肉体へ偽りの魂である疑似魂魄を侵入させ、死体を操る魔術に手を染めた。

 魂をそのまま捕まえて肉体に貼り付ける、元通りに生き返らせるわけではないが、器の持ち主が死んだとしても肉体の腐敗は停止する。
 霊媒を仲介にして、死者の霊魂と人間とが通じ合えるようにする方法・・そんな不気味で非常識な事を、実際に行われたという事だ。

 ノアは言うまでもなく全力で母親を守ろうと抵抗した。しかしそう思うのもつかの間、長男の不慣れで未熟な呪術は暴走した。

 能力の高い魔術師ならば相当に強力な魔術礼装が使えるだろうが、何の力もないものが行えば未熟な死霊魔術ネクロマンシーは暴走するに決まっている。

 無念や怨念といった負の要素が大きければその分暴走する可能性が高くなる。
 そして零落したはずの力が跳ね返り、長男に降り掛かってきた。

 ノアと母親はコリン子爵家の愛憎の的として犠牲にされた。ノアはそれを身をもって感じているはずだというのに自ら長男の盾になり、死霊魔術ネクロマンシーを跳ね除ける魔法を行使した。

 それは部屋を埋め尽くすほどの強い光を放ち、真っ白に染まって視界を奪った。

 その強い光に包まれて、次第に当たりが静まり返った時、ノアは髪も瞳も色を変え亡くなった母親に寄り添っていたという。

 ノアの魔法、その聖魔法で放たれたものは強い聖なる光で、アンデッドを消滅させる浄化魔法だった。
 闇魔法とは対照的のそれは、本来ならば神的な力を授かった者だけが扱える特殊な魔法を指すはずだ。

 死霊魔術ネクロマンシーの跳ね返りで負傷した長男を見たコリン子爵家の人間は、禁忌魔法を使った愚かな息子と、それを手助けした2人の兄弟たちを非難さえしたが、極刑たる処罰を免れられないと恐れ、それを丸ごとなかった事にしようと工作した。

 コリン卿はノアの変化した姿をみれば、それこそ悪魔の呪いのように見えて、ふたりの妻たちの無念さえ漂うと忌み嫌いながら、3人の息子たちの代わりにノアを断罪した。やがて毒で死に至ればノアの口さえ封じられる。

 コリン子爵家で行われた、死霊魔術ネクロマンシーについて噂したものは見せしめの如くコリン卿によって殺戮され、ノアの擁護を完全に禁じた。

 使用人はコリン子爵家で行われた恐ろしい呪術に恐れを成して、何人も逃げ出したようだ。しかし、それすら放たれた追っ手によって亡き者にされた。

 見たものは殺される。関わってしまったらどこまでも追い詰められる。そう恐怖しながら、使用人たちは可哀想なノアの為に誰も近づくこともせず、ただひたすらに見守る事しか出来なかったようだ。

 コリン卿は事件から、毒をくらいながらもまだ生きながらえるノアを恐れて、ダリルにノアを売り、手放した。
 王宮では毒味役の女が命を落としたばかりだった事もあり、ノアが同じ様に毒味役として名誉ある死で居なくなることを願っていたようだ。

 これら全ての事の真相を知る男は、俺がノアの身辺について不審に思っているという事に勘づいた。

 その男が調査の協力をした人物であり、ノアの監視役の男だった。

 












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