1 / 25
ミラクルベイビーの誕生。
しおりを挟むその日、バートン伯爵家は朝から大騒ぎであった。
夫人が予定より早く、急に産気づいたのである。
しかし幸いなことに、午前中に出産は無事に終わり、母子共々健やかな姿を見せた。
産まれた子は女の子で、すぐさまエミリアと名付けられ、お産が軽かったことを喜んだ夫妻から、声をかけられていた。
「エミリア、よく生まれてきたね。静かで、生まれたてなのに風格すら感じるよ。」
「早く出てきてくれてありがとう、エミリアちゃん。お兄ちゃんの時は大変だったもの。」
まるで話が通じているかのように、ドヤ顔で口角を上げてみせる赤ん坊に、伯爵夫妻は笑い合ったのだった。
エミリアは転生者であった。
生まれた瞬間から、前世の日本の記憶を持っていたのである。
だからと言って、残念ながら赤ん坊の自分に出来ることなどありはしない。
遺憾ではあるが、なるべく迷惑をかけないで育つことを心に誓った。
伊達に前世でアラサーまで生きた訳ではなく、何事も自分でこなすことに慣れきっていたのである。
嬉しそうに話しかける両親に、目がまだ見えない中、微笑もうと奮闘してみる。
うん、こちらこそ産んでくれてありがとう。
しばらくはお手数かけますが、出来るだけ一人で頑張るので、どうぞよろしく。
そんな気持ちを込めて、今世での両親に精一杯のアピールをしてみる。
うまく通じたのか、笑い声が聞こえ、安心した。
新しいお父さんとお母さんが、いい人みたいで良かった。
それにしても、このお宅は上流家庭なのかな?
状況はまだわからないし、前世の自分がいつ亡くなったのかも記憶にないが、とにかく今はただ眠かった。
エミリアは赤ん坊らしく、暫くは大人しく寝て過ごすことにした。
生まれて数ヶ月が経ち、エミリアも徐々にこの世界のことを理解してきた。
ふむ、うちは四人家族なのね。
三つ上のお兄ちゃんがいて、私は長女か。
さすが、伯爵家!
使用人がたくさん雇われているけど、お姫様扱いされるのにはまだ慣れないわー。
乳母やメイド達にひっきりなしに構われ、家族も頻繁に会いに来てくれる。
エミリアがニコニコと笑い、大人の余裕でいつでも機嫌良く接していたら、なんて手のかからない可愛い赤ちゃんなのだと、益々愛されるようになった。
ある日、エミリアの母が夜会に復帰するらしく、メイド達が忙しなく準備をしていた。
その内の一人が冗談で、エミリアに質問してきた。
「エミリアお嬢様、奥様の今夜のドレス、どちらが良いですか?」
「ふふふ、お嬢様にそんなことを聞いて。まだ難しいに決まっているじゃない。」
メイドが笑う中、エミリアが顔を向けると、二着のドレスが並んでいた。
うわ、綺麗なドレス!
え?私に選ばせてくれるの?
私、これでも前世はアパレルの仕事してたんだからね。
お母さんには、絶対に右のモスグリーンの方が似合うと思うな。
「きゃ、ちゃっちゃ。」
うまく喋れないが、一生懸命モスグリーンのドレスを指差す。
「まあ、こちらですか?」
コクコクと小さく頷くと、目を丸くしながら更に問いかけてきた。
「では、髪飾りはどっちにします?」
「ちゃーちゃ。」
今度は反対の指で示す。
段々面白がってきた他のメイドが、靴やアクセサリーなども、いちいちエミリアの前に差し出し始めた。
「んな、なっ」
両方気に入らないので首を横に振ると、また違うものを見せてくれる。
こうして、もうすぐコーディネート一式が出来上がるという時、母が現れた。
「なんだか楽しそうね。あら、斬新な組み合わせだけど、誰が選んだのかしら?」
「エミリア様です!お嬢様が全てお選びに!」
まさかそんな、と信じられない様子の夫人に、最後のネックレスをエミリアに見せるメイド。
「お嬢様、これで最後です。ネックレスはどちらがいいと思いますか?」
「ちゃ。」
右手を上げて、小さい宝石の付いたネックレスを選ぶ。
そのネックレスをトルソーに飾ると、その場の皆がため息を漏らした。
「こんな合わせ方、見たことありませんが、とても素敵です。」
「全体で見るととてもバランスが良いですね。」
エミリアの母がドレスを撫で、エミリアの方を見ると、感嘆の声をあげた。
「素晴らしいわ、エミリアちゃん!夜会はこれに決めたわ。天性のセンスがあるのね!!」
鼻歌混じりにモスグリーンのドレスで出かけた母は、ご機嫌な様子で帰ってきたらしい。
エミリアは寝ていて気付かなかったが、寝顔にキスをしながら興奮気味に語っていたそうだ。
「エミリアちゃん、このドレス姿、皆様にとっても褒められたのよ?王妃様にも話しかけていただいて。全部、あなたのおかげよ!」
その後も夜会のたびにエミリアは意見を訊かれ、母はいつの間にかファッションリーダーと呼ばれる存在になっていた。
しかし、0歳児のエミリアによる快進撃は、まだ序章に過ぎなかったのである。
479
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
人形令嬢は暗紅の公爵に溺愛される
oro
恋愛
生まれた時から妹の代わりでしか無かった姉フィオラ。
家族から愛されずに育った少女は、舞台に立つ操り人形のように慎ましく美しい完璧な令嬢へと成長した。
全てを諦め、平穏な人生を歩むために。
妹の代わりに婚約させられた相手は冷淡で冷酷な「暗紅の白銀狼」と呼ばれる公爵様。
愛を知らない令嬢と公爵様のお話。
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる