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少女との出会い
「こ、こんにちは。君こそここで何をしているの?」
可愛らしいオレンジ色のワンピースを着て、同じくオレンジ色のリボンで髪をツインテールに結んだ小さな少女が、クロヴィス同様に生垣脇の芝生にちょこんと座り込んでいる。
庭のはずれのこんな辺鄙な場所で、この娘は一体何をしているのだろうか。
「わたしはお母さまに怒られたくないから隠れているの」
「どうして怒られると思うの?」
「それは……これを見ればわかると思うわ」
すくっと立ち上がった彼女の示す場所に目をやれば、少女の幾重にも重なった柔らかいオーガンジー素材のスカートの一部が破けてしまっている。
「それ、どうしたの?」
「蝶を追いかけていたの。珍しいロイヤルブルーの羽の蝶よ。でも追いかけながらこれを飛び越えようとしたら、スカートを引っ掛けちゃったみたい。蝶もどこかへ行っちゃったし」
「え、もしかしてこの生垣を飛び超えたの? すごいね。君、いくつ?」
「八歳よ」
「ええっ!」
あまりの無謀さにクロヴィスは目を丸くするが、自分より五つも年下の少女はなんてことないように朗らかに笑うと、身を隠すようにまたその場に座った。
随分お転婆な女の子のようだ。
「ええと、もし良かったらクッキー食べる? くすねてきたやつだけど」
「いいの!? 私、クッキー大好きなの!」
膝立ちでにじり寄ってきた少女は、クロヴィスの隣にペタンと腰を下ろすと、彼が手渡したクッキーを美味しそうに食べ始める。
「このクッキー、美味しいね。特にイチゴのジャムの」
「それは良かった。うちの料理人も喜ぶよ」
「お兄さんはここの家の人なの? どうしてここにいるの?」
伸ばした前髪の隙間から見えた、少女の大きなエメラルド色の瞳が眩しく感じられて、気付けばクロヴィスは自分の出来の悪さや、顔が嫌いで隠していることなどをポツポツと話していた。
なぜ僕は初対面の少女に、こんな話をしているのだろう。
誰にも打ち明けたことなんてなかったのに。
自分の行動が自分でわからず、心の中で疑問に思っていたら。
「うわぁ、こんなに素敵な瞳を隠していたなんて! まるでさっきの蝶々みたいな綺麗な青!」
予想外に近くから聞こえた感嘆の声に我に返ると、なんとクロヴィスの前髪を手のひらで思いっきり握り込んだ少女が、間近からクロヴィスを覗き込んでいるではないか。
目前に迫った、好奇心でキラキラと輝く瞳に目を奪われそうになったものの、雑草でも引き抜くかのような危うい子供の手付きには肝が冷えるのを感じる。
今のクロヴィスにとって、前髪が無くなるのは死活問題なのだ。
「ちょっ、何しているの?」
「さっき少し見えたお兄さんの瞳が気になって」
「いやいや、え、だからってこんな大胆なことする? さっきの僕の話、聞いてた?」
相変わらずクロヴィスの前髪をしっかりと掴んで離さない少女は、慌てるクロヴィスの顔を見ながらうっとりと呟いた。
「お兄さんのお顔もとっても綺麗ね。一番好きなのは瞳だけど。隠しているなんてもったいないわ」
「でも僕はこの顔のせいで騎士には向かないって……」
「怖い顔の方が強くなれるってこと?」
「いや、そんなことはないだろうけど。でも僕は体も小さいし」
「ふーん」
適当な相槌を打つ少女は会話に興味がなくなったのか、気付けば立ち上がり、勝手にクロヴィスの前髪をリボンで結わいている。
なんとなくされるがままになっているが、不器用なのか、はたまた子供とはそういうものなのか、彼女のリボンを結ぶ手付きはかなりたどたどしい。
手持ち無沙汰のクロヴィスがこのリボンはどうしたのかと問えば、少女はしょっちゅうリボンを落とす為、普段から予備をいくつか持ち歩かされているとの答えだった。
なるほど、これは筋金入りのお転婆娘だな。
クロヴィスの口角が上がり、無意識に笑みが零れていた。
こんな穏やかな気持ちになるのは久しぶりな気がする。
「出来たわ!」
結び終わったと告げる少女の可愛らしい声が響く。
いつもより広くクリアになった視界の中、視線だけ上に向ければ、少女とお揃いのオレンジ色のリボンの端が風に揺れているのが見えた。
吹き抜ける風を感じながら、クロヴィスは自分の縮こまっていた心が少し解放された気がしていた。
可愛らしいオレンジ色のワンピースを着て、同じくオレンジ色のリボンで髪をツインテールに結んだ小さな少女が、クロヴィス同様に生垣脇の芝生にちょこんと座り込んでいる。
庭のはずれのこんな辺鄙な場所で、この娘は一体何をしているのだろうか。
「わたしはお母さまに怒られたくないから隠れているの」
「どうして怒られると思うの?」
「それは……これを見ればわかると思うわ」
すくっと立ち上がった彼女の示す場所に目をやれば、少女の幾重にも重なった柔らかいオーガンジー素材のスカートの一部が破けてしまっている。
「それ、どうしたの?」
「蝶を追いかけていたの。珍しいロイヤルブルーの羽の蝶よ。でも追いかけながらこれを飛び越えようとしたら、スカートを引っ掛けちゃったみたい。蝶もどこかへ行っちゃったし」
「え、もしかしてこの生垣を飛び超えたの? すごいね。君、いくつ?」
「八歳よ」
「ええっ!」
あまりの無謀さにクロヴィスは目を丸くするが、自分より五つも年下の少女はなんてことないように朗らかに笑うと、身を隠すようにまたその場に座った。
随分お転婆な女の子のようだ。
「ええと、もし良かったらクッキー食べる? くすねてきたやつだけど」
「いいの!? 私、クッキー大好きなの!」
膝立ちでにじり寄ってきた少女は、クロヴィスの隣にペタンと腰を下ろすと、彼が手渡したクッキーを美味しそうに食べ始める。
「このクッキー、美味しいね。特にイチゴのジャムの」
「それは良かった。うちの料理人も喜ぶよ」
「お兄さんはここの家の人なの? どうしてここにいるの?」
伸ばした前髪の隙間から見えた、少女の大きなエメラルド色の瞳が眩しく感じられて、気付けばクロヴィスは自分の出来の悪さや、顔が嫌いで隠していることなどをポツポツと話していた。
なぜ僕は初対面の少女に、こんな話をしているのだろう。
誰にも打ち明けたことなんてなかったのに。
自分の行動が自分でわからず、心の中で疑問に思っていたら。
「うわぁ、こんなに素敵な瞳を隠していたなんて! まるでさっきの蝶々みたいな綺麗な青!」
予想外に近くから聞こえた感嘆の声に我に返ると、なんとクロヴィスの前髪を手のひらで思いっきり握り込んだ少女が、間近からクロヴィスを覗き込んでいるではないか。
目前に迫った、好奇心でキラキラと輝く瞳に目を奪われそうになったものの、雑草でも引き抜くかのような危うい子供の手付きには肝が冷えるのを感じる。
今のクロヴィスにとって、前髪が無くなるのは死活問題なのだ。
「ちょっ、何しているの?」
「さっき少し見えたお兄さんの瞳が気になって」
「いやいや、え、だからってこんな大胆なことする? さっきの僕の話、聞いてた?」
相変わらずクロヴィスの前髪をしっかりと掴んで離さない少女は、慌てるクロヴィスの顔を見ながらうっとりと呟いた。
「お兄さんのお顔もとっても綺麗ね。一番好きなのは瞳だけど。隠しているなんてもったいないわ」
「でも僕はこの顔のせいで騎士には向かないって……」
「怖い顔の方が強くなれるってこと?」
「いや、そんなことはないだろうけど。でも僕は体も小さいし」
「ふーん」
適当な相槌を打つ少女は会話に興味がなくなったのか、気付けば立ち上がり、勝手にクロヴィスの前髪をリボンで結わいている。
なんとなくされるがままになっているが、不器用なのか、はたまた子供とはそういうものなのか、彼女のリボンを結ぶ手付きはかなりたどたどしい。
手持ち無沙汰のクロヴィスがこのリボンはどうしたのかと問えば、少女はしょっちゅうリボンを落とす為、普段から予備をいくつか持ち歩かされているとの答えだった。
なるほど、これは筋金入りのお転婆娘だな。
クロヴィスの口角が上がり、無意識に笑みが零れていた。
こんな穏やかな気持ちになるのは久しぶりな気がする。
「出来たわ!」
結び終わったと告げる少女の可愛らしい声が響く。
いつもより広くクリアになった視界の中、視線だけ上に向ければ、少女とお揃いのオレンジ色のリボンの端が風に揺れているのが見えた。
吹き抜ける風を感じながら、クロヴィスは自分の縮こまっていた心が少し解放された気がしていた。
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