名門の次男坊に生まれたので、努力で可愛い女性達を手に入れる(カクヨム版題名・今川了俊物語)

山根丸

文字の大きさ
3 / 6

しおりを挟む
 カコンと、鹿威しが鳴った。

 近頃流行りの様式を取り入れた庭園を、ひとりの少年が眺めている。身なりのよいところをみると裕福な家の生まれだろう。幼い顔立ちと、成人を示す髪型がちぐはぐな印象を与えていた。

「貞世様。」

 少年が顔を上げると、見知った者がいた。父の家臣だ。名も聞いたはずだが、出でこなかった。

 はて、と首をかしげていると、これみよがしに溜息をつかれた。家臣の瞳には馬鹿にしたような感情が浮かんでいる。

 少年は心の中でせせら笑う。不用心な奴め。見下すにしても当人に報せて何になる。無用な反感を持たせるだけではないか。

「はい!いかがなさいましたか?」

 愛想よく応じた少年に、溜息がもう一つ降ってきた。みるからに嫌そうな顔をしている。幼馴染が芋虫を見つけたときと同じ顔である。

 この屋敷で、部屋住みの少年に気を払う者など皆無である。例外はただ一人。

「・・・殿がお呼びです。お早く。」

 ※

 分厚いふすまを懸命に開ける。別に重くもないけれど、音を立てると扇子が飛んでくるのだ。否が応にも慎重になった。

 するするとふすまを閉め、中の人物に平伏した。

「おお、よお来たな。」

 相好を崩して部屋の主が手招きをした。

 今川範国。駿河今川家の初代当主である。先代当主の五男として不遇をかこっていたが、上の兄が南北朝の動乱で討ち死や出家に追い込まれ、当主の座が回ってきた。

 それゆえか、同じ境遇の少年にもなにくれとなく気にかけてくれる。

「失礼いたします。」

「うむ。」

 少年がゆっくりと前に進む。親子といえど駿河守護今川家の当主と部屋住みの子供では身分が違いすぎた。一挙手一投足に注意を払う。

「お呼びとのことですが。」

「おお。主はいつも簡潔だの。」

 範氏は無駄話ばかりだ、とからから笑いながら、範国は扇子を閉じた。実はの、

「主の初陣が決まった。」

「・・・は?」

 貞世が目を丸める。

「私は、十ですが。」

「だが元服済みだ。」

 範国が貞世の月代を見やる。

「戦に、出られる。」

「・・・は。」

 範国は苦笑した。

「まあ、お主の困惑もわかる。壬申の頃ならいざ知らず、今日日《きょうび》シモの毛も生えとらん幼子が戦に出ることはまずない。」

 範国は幾度も首を横に振りながら、いたずらな笑顔を浮かべる。

「生えとらんだろ?」

「生えてないですね。」

 軽くうつむく貞世を見て呵々大笑すると、範国は身を乗り出した。

「のう、貞世。お主は聡い。己の境遇も理解していよう。」

 貞世が顔を上げる。

「武家にとって、次男三男は長男の替え、それ以下ならば家臣も同然よ。家督を継ぐ者との差は、生涯埋まらぬ。」

 貞世がこくりとうなずいた。

「鎌倉の世では、部屋住みたる己が身を嘆いて身を投げる者すらいたという。だがな、例外が一つある。」

「例外。」

「おう、例外だ。」

 範国が身にまとう穏やかな雰囲気を一変させ、獰猛な笑みを浮かべた。

「ほかの者から、奪うのよ。」

「・・・は。」

「敵を倒して土地を奪うもよし、武功を挙げて兄の地位を奪うもよし。武力をもって己が身を立てる。これこそが武士の武士たるゆえんよな。」

「武士は、土地を守るものであると習いましたが。」

「ふん。」

 範国が鼻を鳴らした。

「坊主共のきれいごとを真に受けるな。平安の世からこちら、武士とは奪うものだ。」

「それは、父上もですか?」

 貞世が眼前の益荒男に問いかける。範国は目を細めた。

「知りたいか?」

「・・・いえ。」

「そうか。」

 範国は座りなおすと、また口を開いた。

「鎌倉は落ちた。京《みやこ》は抑えた。新田も北条も尽《ことごと》く滅び、師直様も直義様も打ち取られた。足利の世は、揺らぐまい。早晩秩序が敷かれ、世は安定する。」

「わかるか?」範国が語りかけた。

「高い立場は高いまま、低い立場は低いまま、その生涯を終えるのだ。」

 貞世が頷く。その通りだ。自分はこの先も、だれにも顧みられないままの人生を送る。

「いかんな。」

「なにがでしょうか。」

「お主、納得しているな?」

「はあ。」

 まあ、そうだ。

「いかん。いかんぞ。」

「なにがでしょうか。」

「恵まれていない者はな、立ち上がらねば得られんのよ。」

 貞世が頷く。

 その様子を見て、範国が溜息をついた。

「まあ、お主にもいずれわかるときがくる。だがな、あまり悠長にしとる余裕はないぞ。この世は治まろうとしているのだ。」

 範国が立ち上がり、手を叩いた。

 ふすまが開き、小柄な老人が現れる。

 薄くなった髪を整え、ひげをたくわえた、老武人。

「戦のすべてをこやつに学べ。三郎、万事任せた。」

 低く重たい武人の声が、少年の耳に届いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...