流れ星と暮らすワンルーム

尾松傘

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陽と影の友

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 正午過ぎ、ソースの粉を振りかけて麺をほぐすと、芳ばしい香りが広がった。
 匂いに反応して、ステラが「まだか、まだか」と声を上げる。
 2つの皿に均等に麺を分け、鰹節を乗せると、鰹節はアツアツの麺の上で踊った。
 焼きそばの完成だ。
 皿を両手に、ステラの待つ食卓の方に振り返る。
 俺の貸したワイシャツを着たステラ。俺は大柄でないが、華奢な彼女に男の服は大きく、手は半分袖に隠れており、ズボンもだぶだぶだ。
 俺が焼きそばを渡すと、ステラは握るようにして持った箸で麺を掴んだ後、思い出したかのように「いただきます」と言って食べ始めた。
 皿を持ち上げ、箸で掻き込むようにして麺を口に運び、ステラの口の周りはあっという間に茶色く染まった。
 昨日の夜からステラを観察して、彼女は小学校低学年レベルの知識は持っているようだとわかった。
 けれど、特殊な環境で育ったためか、難しい言葉を偶に使う一方で、常識的なことを知らないところがあるようだ。
 今朝シャワーを浴びるように言った際には、目の前で服を脱ごうとして面食らった。研究対象として体を隅々まで調べられてきたせいか、肌を晒すことに羞恥心を抱かないようだ。
 ステラはいつどんな奇行に出るかわからない。だからあらかじめ言いつけておく必要がある。

「ステラ、もうすぐ俺の友人が訪ねてくる。さっきも言った通り、宇宙人だとばれないように間違っても変身をしたり、変わった行動を取らないようにしてくれるか?」
「今朝から、何度も同じことを言うんじゃない。ヒトの振りをすることなど、ワタシにとっては造作もないことだ。それよりこのブヨブヨした細いやつ美味いな! もっとないのか?」

 不安だ。他人に会わせるのは時期尚早だったろうか。

 ピンポーン。
 インターホンの音が鳴った。どうやら後悔するには遅過ぎたようだ。
 インターホンを通じて、聞き慣れた声が飛んでくる。

「大親友が来てやったぞ。あちいから早く入れてくれ」
「ああ、今行く!」
 
 玄関のドアを隔てた先の友人に声を張り上げて返事をした。

「ステラ、ちゃんと設定は頭に入れたな? 大人しくしてるんだぞ」

 部屋の前の友人に聞かれないよう、囁き声でステラに確認を取った。
 ステラは「ああ、分かっている」とドヤ顔で返事をした。
 どうも不安は拭えないが、本人がここまで自信満々にしているのだから、俺の杞憂かもしれない。
 俺は玄関に向かうと、鍵を開け、ゆっくりと戸を開いた。

「よお、言われた通り、ねえちゃんのお古の服持って来てやったぜ」

 朴元陽太えもとようた。俺が唯一心を許せる友人だ。
 陽太は中身の詰まった紙袋を掲げてみせた。

「突然頼んで悪かったな」
「親友の頼みだからな、良いってことよ。それより、家出してきた従姉妹ってのは、今いるのか? ちょっと会わせてくれよ」
「ああ、もちろん。上がってくれ」

 ステラのことは家出して駆け込んで来た従姉妹として話を通している。従姉妹のための服を貰えないかと今朝電話したら、すぐに駆けつけてくれた。
 陽太は律儀に「お邪魔します」と言って部屋に上がった。パッと見はやんちゃそうな印象だが、意外と礼儀正しい奴なのだ。

「こんちは~! 蓮の友達の朴元陽太です、よろしく!」

 ステラを見つけた陽太は、軽い調子で挨拶をした。

「ワタシは、ステラだ。レンの本物の従姉妹だ。ヨ、ヨ、ヨロシクだ……」

 ガチガチに緊張しているステラ。さっきまでのドヤ顔が嘘のようである。

「本物の従姉妹? 本物ってなんだよ?」

 さっそくステラが出したボロに、陽太がツッコんだ。

「俺たち親戚なのに似てないだろ? だから従姉妹だって言っても疑われることが多いんだよ」

 慌てて誤魔化したが、我ながら強引な言い訳だ。

「従姉妹なんてそもそも似るもんじゃないと思うけどな。でも、確かに、こんな平々凡々な男の従姉妹にしとくにはステラちゃんは勿体ない美人さんだな」

 陽太の言葉には少しイラッとした。確かにステラの顔はかなり整っているし、控えめに言っても美人だ。
 だが、俺だって別に顔が悪い方ではないはずだ。
 褒められたステラはというと、満更でもない表情を浮かべている。さっきまでガチガチに緊張していたとは思えない絆されようだ。
 それにしても、さらっと恥ずかしげもなく美人なんて言葉を本人の前で使える陽太もなかなかのものだ。
 こうやって陽太は誰とだってすぐに距離を詰めてしまう。俺とは根本的に正反対の人間だ。

「おい、俺の従姉妹をたらし込むなよ」
「なんだよ、ムッとして。かわいい従姉妹取られんのが嫌か? 従姉妹相手にガチ恋感情向けてんのは拗らせすぎだぜ」

 軽い気で放っただろう陽太の言葉は、俺にとっては銃弾だった。

「俺の前でその手の冗談はやめてくれ」

 一瞬、空気が固まった。
 俺よりずっと交友関係の広い陽太は、うっかり他の友人との乗りを持ってきて、俺に対して言ってはならないことを言うことがある。
 わざとでないのは知っているが、それでも耐え難い。

「ごめん、悪かった」
「分かってくれれば良い」

 いつもの軽い調子ではなく、真面目な声で陽太は謝った。
 自分の過ちをすぐに認めるところは良いところだが、長い付き合いなのだから、いいかげんわかってほしい。

「ところで、ステラってどういう漢字で書くのかな?」

 陽太が、気まずい空気を変えようと、ステラに尋ねた。
 ステラは突然振られた質問にどう答えれば良いか困惑している。

「星だ。星と書いてステラって読むんだ」

 すかさずフォローを入れた。
 別にカタカナでステラでも良かったかもしれないが、漢字がある方が自然だろう。ハーフとか余計な設定を増やすのも面倒だ。

「星か、なるほど。最近は当て字も珍しくないからな。とにかくよろしく、ステラちゃん」
「ああ、よろしく頼む。ヨータ」

 ステラの表情はどこかぎこちない。さっきの険悪な空気を気にしているのかもしれない。
 気に障るようなことを言われたとしても、平然と流せれば良いのだが、こればかりは俺のさがだから仕方がない。

「なあ、陽太ちょっと良いか。外で二人だけで話したい。ステラはなんでも適当に食べててくれ」
 
 ステラは目を輝かせて「本当か!」と言うと、冷蔵庫を開けた。食べ物の話題を出せば、ステラはすぐに反応する。そこは扱いやすくて助かる。
 ステラを部屋に残し、俺と陽太は二人で外に出た。蒸し暑い空気と蝉の鳴き声がやかましい。

「蓮、さっきは悪かったな」
「いや、それはもう良い。お前が悪いんじゃなくて、俺の問題だから」

 問題を抱えているのは俺だから、陽太に罪がないのはわかっている。でも俺以外の人間がやっているような受け流すという簡単な行為が、俺には難しいのだから、どうにかわっかって欲しい。
 頭を切り替えて陽太を呼んだ目的を果たそうと、一度深呼吸してから話し始めた。
 
「それより、今日お前を呼んだ理由なんだけどさ。実は服とは別に頼みがあって」
「頼みか、ステラちゃんと何か関係があるのか?」
「ああ、そうなんだ」

 さて、俺の嘘で騙せるだろうか。

「実は、俺の母親の妹も碌な人じゃなくてな、ステラは親から虐待を受けているんだ。それで昨日の夜に、とうとうステラは一人で俺のところに逃げてきたんだ」
「そうか、ステラちゃんも……」

 陽太が何か言いかけて言葉を止めた。

「実は学校にも行かせてもらえてないんだ。ほら、なんかちょっと変わった子だったろ?それは、学校で他の子と遊んだりした経験がないからなんだ」
「確かに、少し人見知りっぽい感じだったな」
「ああ、ステラは他人に見られるのが苦手なんだ。だから養護施設とかも合わないと思う」
「それじゃあ、お前が面倒見るのか?」
「ああ、そのつもりだ。だけど、俺も暮らしに余裕がないのは知ってるだろ?」
「そこで、俺の出番ってわけか」
「ああ、お前の家で預かってくれとは言わない。ただ俺の留守中に面倒を見てやってくれないか?親からもまともな教育をされていないせいで常識も知らなくて、心配なんだ。だからお前が先生になってくれよ」

 これなら、ステラの素性を偽りつつ、彼女の教育と見守りをお願いすることができる。
 上手くいけば里親探しの話に繋げることも出来るだろう。荒削りではあるが、我ながらなかなか悪くない嘘だと思う。
 
「わかった。お前の頼みだから、任されてやる。まあ俺も暇ではないから、いつも付き合えるわけじゃねぇけど」

 陽太はお人好しだ。それを利用する俺はやっぱり善人でも優しくもない。
 陽太に形式的な礼を言おうとしたときのことだった。突然「ぎゃっ」と悲鳴が部屋の中から聞こえてきた。
 急いで、玄関の戸を開け、靴を脱ぎ捨てる。

「ステラ、どうした!?」

 見ると、ステラの左の手のひらに、大きな一本線の傷があり、そこから血が噴き出していた。
 彼女の足元に落ちている包丁と散らばったキャベツの葉を見るに、料理の真似事をして怪我をしたのだろう。
 
「俺は救急車を呼ぶから、蓮は手当を!」

 陽太がさっとポケットからスマートフォンを取り出す。
 
「いや、救急車は待ってくれ!」

 救急車はまずい。保険証もなく、保護者もいないステラはかなり怪しい。それに体を調べられると宇宙人だとバレるかもしれない。

「何言ってんだ! こんなに血が出てるじゃないか!」

 陽太の意見はもっともだ。ここまで酷い怪我ならば、普通は救急車を呼ぶべきだろう。
 ステラの傷はうっかり指を切ったとか、そういうレベルではない。刃を握りしめたりでもしなければああはならないだろう。
 陽太をどうやって説得しようと頭を回す。
 だが、俺より先にステラが口を開いた。

「慌てるな、このくらい大丈夫だ」

 逆再生した動画のように血が戻っていき、傷口があっという間に塞がった。

「これは、どういうことだ……?」

 陽太はポカンとして呟いた。手からこぼれ落ちたスマートフォンを拾おうともしない。
 ステラは、俺と陽太の反応を見て、自分がまずい行動をしたことに気づいたのか、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
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