流れ星と暮らすワンルーム

尾松傘

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普通でトクベツな日

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 大学へ行った翌日は朝から大忙しだった。
 急な二人暮らしとなると何かと足りないものが多い。朝食を終えた後に、これから買うべき物をスマホのメモにリストアップしていった。まず陽太が持ってきた姉のお古の洋服を仕舞う収納がない。布団だってひとつしかないせいで昨日まで俺は畳にバスタオルを敷いて寝ていた。それからトイレットペーパーや洗剤なんかの消耗品も倍の速度で減ることを考えるとすぐに切れてしまいそうだ。
 ステラは宇宙人といえど女の子だから、シャンプーは高いものを選ぶべきか、俺は使う習慣がないトリートメントなんかも買った方がいいのか――といった具合に考えている内に、ふと気がついた。正直なところあまり直接訊きたくはないことだったが、女性と共同で暮らす上では重要な問題であるし、もしかすると宇宙人なのだから事情が違うかもしれないと、意を決してステラに尋ねた。

「ステラ、なんていうか、その……生理ってあるのか?」
「お片付けがどうかしたのか?」
「そっちの整理じゃなくて……あの、月に1回くらいの頻度で具合が悪くなったり、股から血が垂れたりすることってあるか?」

 まるで変質者のようなことを言っている自分がひどく気持ち悪く感じた。

「そんなことはないぞ。風邪を引いたりすることもないし、血が出るような怪我もワタシならすぐ治る」
「そうか、ならいいんだ」

 まだ生理が来ていないという可能性もあるが、きっと体の造りが違うのだろう。体を他の生物に変えたり傷を瞬時に治せるだけの能力があるのだから、人体が抱えるあらゆる問題と無縁だとしてもおかしくない。
 仕方がないことだが、最初からそうとわかっていれば、変なことを尋ねることもなかったのに。
 
「どうしたんだ顔が赤いぞ。レンこそ具合悪いんじゃないか?」
「いや、違うんだ。さっきの質問はもう忘れてくれ」

 ステラが何も知らなかったおかげで助かったような、むしろ余計に恥ずかしさが増したような複雑な気分になった。そもそも、何も恥ずかしがることではないのだと言い聞かせてみたが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしかった。

「もしワタシのせいでレンを困らせたなら、ごめんなさいだ。ワタシにとってのフツーが、普通のヒトとどう違うのかが、まだわからないんだ」
「長い間捕まってたんだ。ステラは悪くないよ」
「それでも、ワタシは知りたい。ニンゲンの普通を。だから、レンが教えてくれ」

 ステラの真剣なまなざしが真っ直ぐに俺を見つめた。
 
「わかった。でも、生理のことはまだステラには少し早い。先に覚えるべきことはいっぱいあるから、今は我慢してくれるか?」
「なんだかわからないが、でも、わかった」
「ありがとう。その代わりに今日は一緒に買い物に行こう。そこで色々と教えるよ」
「買い物! 知ってるぞ、お金を使うんだろ? リンゴが80円、ミカンが30円とかのやつだ!」

 リンゴにミカン。きっと算数の問題でも解かされたのだろう。
 
「そう、その買い物だ。だけど果物だけじゃない。昨日、帽子を買ったろ? あれも買い物だ」
「そうなのか! 食べ物だけじゃないんだな!」
「スーパーやホームセンターにはたくさんの物が売ってるんだ。きっと驚くぞ」

 そうして、俺はステラを連れて買い物へ出かけた。向かったのは学生定期の圏内の駅近くのホームセンター。そこは食品スーパーが直結した複合型の店舗で、まずはそちらで食料品を買って回ることにした。
 スーパーの入り口でショッピングカートを手にすると、早速ステラが新鮮な反応を見せた。

「なんだこれ!? かっこいいな!」
「かっこいいか……?」
「ワタシが運転してもいいか?」
「運転というか、ただ押すだけだぞ……別にいいけど絶対に走るなよ。危ないから」

 ステラは喜々としてカートの取っ手を掴むと、その場で肘を曲げて伸ばして、カートの押し引きの感触を嚙みしめてにんまりと笑った。そして、自動ドアをくぐると、また驚きの声を上げた。

「すごい! すごいぞ! ナンだかわからないが、とにかくいっぱいだ!」
 
 近くで野菜を手にしていた主婦が顔を背けてくすくすと肩を揺らした。

「こら、騒ぐな」

 まるでステラの保護者になった気分だ。いや、実際に匿って保護しているのだから、保護者で合っているのかもしれない。

「これ、スイカだな! 本物を初めて見たぞ」
「悪いが、そんな贅沢品を買う余裕はない」

 ステラが指さした3980円の大玉スイカを無視して、1パックにぎっちり詰まって300円のじゃが芋をかごに入れた。その近くにあった玉ねぎとニンジンを見て、昨日の焼きそばで使い切ったことを思い出し、それらもかごに入れた。家の近くで買うよりもこのスーパーで買った方が安いから、使い勝手が良く保存の利く野菜はここでまとめて買うようにしているのだ。
 
「野菜ってこんなにあるんだな、知らなかった」
「天王寺のとこじゃ食べさせられなかったのか?」
「向こうでの食事はペーストばかりだった。実験で食べるものはカタチの残っているものが多かったが、ワタシは野菜にはなれないみたいだから、カタチを覚えさせる必要がなかったんだろう」
「形を覚える?」
「例えば、あっちのカニだ」

 ステラはカートを押して鮮魚コーナーへ向かった。

「カニやタコやカイになら、ワタシはなれる。野菜と違ってコッチは動いているからワタシに近いからな。だけどカニのカタチを知らなければ、カニの身を食べても変身できない。食べることとカタチを覚えること両方が必要なんだ」
「つまり変身できる動物については教えられたけど、植物には変身できないから野菜はあまり知らないってことか」
「そうだ。ムシなんかもいっぱい食べたぞ。ここにムシはないのか?」
「普通の人は虫なんて食べないんだ」
「え? でもバッタ美味しいぞ?」

 口をあんぐりと開けて驚愕を露わにするステラだったが、驚きたいのはこちらだ。だが、これだけ食に関する常識に乏しいのであれば、ゴミをあさっていたのも納得できるというものだ。
 まともな調理を食べた経験が少ないなんて可哀そうに。この哀れな宇宙人には、俺が美味しいものをたくさん食べさせてやろう。
 
「さっきのスイカ買ってやってもいいぞ」
「駄目じゃなかったのか?」
「今日は特別だ」

 ステラは目を輝かせて野菜コーナーへ戻っていった。

 さて、スーパーではその後レトルト品などを買い、ホームセンターの方で衣類用の収納箱や高いシャンプー、諸々の消耗品を買い揃えた。その過程でステラからの質問攻めにあったのは言うまでもない。
 会計を終えて買い物袋を持つと、ステラがその片方にさっと手を伸ばした。

「いいよ、これくらい平気さ」
「ワタシにもなにかさせてくれ」
「なら、こっちの軽い方の袋を任せる」
「嫌だ、そっちがいい」
「さすがに、女子に重い方を任せるのは気が引ける」
「でも、スイカ……」

 思わず、吹き出した。

「どんだけスイカ好きなんだよ」

 ステラに収納箱を持たせて、そこにスイカを入れた。残りの荷物はさっきと比べたら随分と軽くなって、俺の負担は減ったし、ステラも嬉しそうだった。

 炎天下を重い荷物を抱えて歩いたから、電車の冷房に感謝した。幸い席も空いていた。スマホを見ると、陽太からメッセージが届いていた。どうやらアパートの前に着いているらしい。午後の2時から俺はバイトが入っており、留守中のステラの面倒を頼んでおいたのだ。
 電車を降りると小走りした。買い物が想定より長引いたせいで、陽太を待たせているのもあるし、バイトまで時間の余裕がない。元から多くもない体力が削られていった。
 アパートに着くと、陽太が日陰でスパーツドリンクを飲んでいた。喉が渇いているせいで、やけに美味そうに見えた。

「干からびるとこだったぜ」

 陽太がアスファルトの上に置いていた紙袋を持ち上げた。

「それは?」
「本。絵本や図鑑に漫画とか。ステラちゃんに読ませようと思って家から持ってきた。お前の部屋こういうのなんもねえじゃん」
「つまらない部屋で悪かったな」
「自覚あったのか」
「お前と違って娯楽に使う金の余裕がないんだよ。まあ、だからこそ、こういうのは助かる」
「礼なんていいから早く部屋上げてくれ」

 部屋に帰り荷物を降ろすと、汗が滴る顔を洗い、水道水をコップに注いで2、3杯飲むと、バイトの制服の入ったカバンを手にした。

「昼メシ食ったのか?」
「そんな時間ない。ステラには適当に食べさせといてくれ。カップ麺とかあるから。あと、食材を冷蔵庫に入れといて」

 玄関で靴を履きながら、陽太に雑に頼んだ。

「レン!」

 ステラの声に振り返る。

「いってらっしゃい、だ」
「ああ、いってきます」

 玄関扉が閉まりステラの姿が隠れると、妙に胸がざわついた。ステラを拾って以来、彼女から離れるのはこれが初めてだ。
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