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進化の園
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その日は誕生日祝いという体でステラを動物園に連れて行った。流石の夏休みシーズンで、チケット受付には長蛇の列ができていた。人混みと炎天下とで既にぐったりしている俺とは対照的に、ステラは麦わら帽子の陰に笑みを浮かべている。
「そんなに楽しみか?」
「ああ! だってこんなにたくさんのヒトが、みんな楽しそうにしてるからな!」
彼女にとっては、動物を見ることも、人を見ることも、同様に楽しいことなのだろうか。相変わらず俺とは違った考え方をする。
チケットを買って入場門をくぐると、ステラが早速駆け出した。俺はその手を握って引き止めた。
「あんまり離れるなよ、危なっかしいんだから」
「ワタシを子ども扱いするな!」
「実際子どもだろう。目を離すと何をしでかすことか」
「遺憾だが、まあ、レンがそんなにワタシの手を握りたいなら許してやろう」
「なんで上から目線なんだよ」
そこで手を離すのも何か意識しているようで、仕方なく手を握ったまま回ることにした。右手に小さな白い手の体温を感じながら、これはステラがはぐれないようにするための措置だと、自分に言い聞かせた。
「すごいな! キリンは本当に首が長いのか! しかもこんなに大きいとは驚いた!」
「キリンの首の骨の数は人間と変わらないんだってな」
「あんなに長いのにか! 不思議だな! でもなんでキリンは首が長いのだ?」
「それは高い木の上にある葉っぱを食べるために進化したからだよ」
「進化ってなんだ?」
次から次へと質問ばかりで、まるで子どもの「なぜなぜ期」だ。
「進化っていうのは、生物が世代を経るごとにちょっとずつ変化して別の姿になることだよ」
「じゃあワタシがやるのも進化なのか?」
「それは違う。ステラは自分の力で一瞬で姿を変えられるけど、普通の生き物は些細な変化の遺伝を積み重ねて、年万年もかけて進化するんだ」
「よく、わからん」
「例えば、昔のキリンは今のキリンと違って首が短かったはずだ。そこに偶然少しだけ首の長いキリンが生まれると、そのキリンは高い木の草を食べられるから他のキリンよりも生き残りやすくなる。子供は親の特徴を受け継ぐから、首の長いキリンの子供も首が長くなる。そうやって首の長いキリンがたくさん子供を残してきたからキリンは今のような首の長い生き物になったんだ」
「なるほど……進化ってすごいんだな」
ステラはしみじみと感心したように呟いた。
「他の生き物が何万年もかけてやることを、一瞬でやるステラの方がよほど凄いよ」
「ワタシは盗んでいるんだけだ」
「盗む?」
「ミンナ……他のイキモノの進化という何万年の努力を盗んだだけで、なんだかずるい気がする」
「でも、ステラが他の生き物に変身できるのだって、先祖がそういう進化を辿った結果じゃないか?」
「そうだといいな……」
キリンの柵に手をかけながら呟くステラの横顔は心なしか儚げに見えた。
「なあ、レン。ヒトも進化した姿なのか?」
「ああ、もちろん。人間だけじゃなくて、生物はみんな進化して今の姿になったんだ」
「じゃあ、この動物園にいるイキモノはみんな進化したのか?」
「そうだよ」
「そうか……じゃあ、今日がもっと楽しみになった!」
ステラはいつもの屈託のない笑顔を向けた。さきほどの何か物思いに浸っている表情は、きっと見間違いだったのだろう。
ステラは「行こう!」と俺の手を引っ張った。
その後は、カバ、レッサーパンダ、サル、フラミンゴ、アルパカと次々に見て回った。これは絵本で見たより鮮やだ。思っていたより大きい。これは知らない。見て回った全部の動物にステラは新鮮な驚きと興味を示した。俺は珍しい動物を見たくらいでしゃぐタイプではないが、ステラの反応を見ているのはなかなか楽しかった。
屋外を一通り回り終わった後、ステラは、爬虫類・両生類館を指差した。内心、げっ、と思ったが、外を歩き回って汗をかいたので、冷房の効いている屋内展示はちょうど良いかもしれない、と前向きに考えることにした。
「この写真を見ろ、カエルがいっぱいだぞ!」
ステラが指差した先を見ると、木の枝にくっついた白い泡に大量のカエルが群がる写真と、その下に解説文が添えられていた。モリアオガエルというカエルらしい。解説の見出しには「逆ハーレムをつくるカエル」と書かれていた。写真は産卵の様子のようだ。1匹のメスが出した粘液を、複数のオスが精子を出しながらかき混ぜ、そうしてできた泡の中にメスが卵を産みつけるそうだ。なんだか人間に置き換えると気持ちが悪い。
ふと、歓迎会の後に金髪の男が言った「ビッチ」という言葉が脳裏を過った。
「……俺はカエルは苦手だな」
「そうなのか、ワタシは好きだぞ。可愛いじゃないか」
「どこがだ? ベタベタして気味が悪い」
「レンはベタベタが嫌いなのか?」
「ああ」
「なんでだ?」
「別に大した理由はないかど、本能的に嫌っていうか、触りたくない」
「ヒトはみんなそうか?」
「中には好きな人もいるだろうけど、大抵の人は嫌いだろう」
「そうか……じゃあここを出るか?」
「今日の主役はステラだから、我慢するよ」
「ありがとう」
毒々しいヤモリやイモリだの、そして巨大なワニ。そこで見たものはどれも俺の苦手な類の生き物ばかりだった。ステラはどんな生き物にもはしゃいでいた。彼女が大きな蛇を首に巻きに行ったのには流石に肝を抜かれた。俺にはとてもできそうにない。
爬虫類・両生類館を出たあたりで、ステラが腹を鳴らせた。スマホで時刻を確認するとちょうど12時で、腹時計の精度に二人で笑った。
園内のレストランへ向かう途中で、ステラがトイレへ寄った。
木陰で待っている間にレストランのメニューをパンフレットで下調べしていると、そこにハンバーガーがあるのを見つけて口元が緩んだ。ステラが今朝テレビCMに映ったハンバーガーに興味を示していのを思い出したからだ。きっと大喜びするだろう。
「妹さんですか?」
突然、知らない声が横から飛んできた。
見ると、黒いジャケットを着た長身の男がすぐそこに立っていた。
「妹ではなく従姉妹ですけど」
不審に思いながらも一応返事をした。
何か引っかかる。男の顔はどこかで見たことがあるような気がした。
「そんなに楽しみか?」
「ああ! だってこんなにたくさんのヒトが、みんな楽しそうにしてるからな!」
彼女にとっては、動物を見ることも、人を見ることも、同様に楽しいことなのだろうか。相変わらず俺とは違った考え方をする。
チケットを買って入場門をくぐると、ステラが早速駆け出した。俺はその手を握って引き止めた。
「あんまり離れるなよ、危なっかしいんだから」
「ワタシを子ども扱いするな!」
「実際子どもだろう。目を離すと何をしでかすことか」
「遺憾だが、まあ、レンがそんなにワタシの手を握りたいなら許してやろう」
「なんで上から目線なんだよ」
そこで手を離すのも何か意識しているようで、仕方なく手を握ったまま回ることにした。右手に小さな白い手の体温を感じながら、これはステラがはぐれないようにするための措置だと、自分に言い聞かせた。
「すごいな! キリンは本当に首が長いのか! しかもこんなに大きいとは驚いた!」
「キリンの首の骨の数は人間と変わらないんだってな」
「あんなに長いのにか! 不思議だな! でもなんでキリンは首が長いのだ?」
「それは高い木の上にある葉っぱを食べるために進化したからだよ」
「進化ってなんだ?」
次から次へと質問ばかりで、まるで子どもの「なぜなぜ期」だ。
「進化っていうのは、生物が世代を経るごとにちょっとずつ変化して別の姿になることだよ」
「じゃあワタシがやるのも進化なのか?」
「それは違う。ステラは自分の力で一瞬で姿を変えられるけど、普通の生き物は些細な変化の遺伝を積み重ねて、年万年もかけて進化するんだ」
「よく、わからん」
「例えば、昔のキリンは今のキリンと違って首が短かったはずだ。そこに偶然少しだけ首の長いキリンが生まれると、そのキリンは高い木の草を食べられるから他のキリンよりも生き残りやすくなる。子供は親の特徴を受け継ぐから、首の長いキリンの子供も首が長くなる。そうやって首の長いキリンがたくさん子供を残してきたからキリンは今のような首の長い生き物になったんだ」
「なるほど……進化ってすごいんだな」
ステラはしみじみと感心したように呟いた。
「他の生き物が何万年もかけてやることを、一瞬でやるステラの方がよほど凄いよ」
「ワタシは盗んでいるんだけだ」
「盗む?」
「ミンナ……他のイキモノの進化という何万年の努力を盗んだだけで、なんだかずるい気がする」
「でも、ステラが他の生き物に変身できるのだって、先祖がそういう進化を辿った結果じゃないか?」
「そうだといいな……」
キリンの柵に手をかけながら呟くステラの横顔は心なしか儚げに見えた。
「なあ、レン。ヒトも進化した姿なのか?」
「ああ、もちろん。人間だけじゃなくて、生物はみんな進化して今の姿になったんだ」
「じゃあ、この動物園にいるイキモノはみんな進化したのか?」
「そうだよ」
「そうか……じゃあ、今日がもっと楽しみになった!」
ステラはいつもの屈託のない笑顔を向けた。さきほどの何か物思いに浸っている表情は、きっと見間違いだったのだろう。
ステラは「行こう!」と俺の手を引っ張った。
その後は、カバ、レッサーパンダ、サル、フラミンゴ、アルパカと次々に見て回った。これは絵本で見たより鮮やだ。思っていたより大きい。これは知らない。見て回った全部の動物にステラは新鮮な驚きと興味を示した。俺は珍しい動物を見たくらいでしゃぐタイプではないが、ステラの反応を見ているのはなかなか楽しかった。
屋外を一通り回り終わった後、ステラは、爬虫類・両生類館を指差した。内心、げっ、と思ったが、外を歩き回って汗をかいたので、冷房の効いている屋内展示はちょうど良いかもしれない、と前向きに考えることにした。
「この写真を見ろ、カエルがいっぱいだぞ!」
ステラが指差した先を見ると、木の枝にくっついた白い泡に大量のカエルが群がる写真と、その下に解説文が添えられていた。モリアオガエルというカエルらしい。解説の見出しには「逆ハーレムをつくるカエル」と書かれていた。写真は産卵の様子のようだ。1匹のメスが出した粘液を、複数のオスが精子を出しながらかき混ぜ、そうしてできた泡の中にメスが卵を産みつけるそうだ。なんだか人間に置き換えると気持ちが悪い。
ふと、歓迎会の後に金髪の男が言った「ビッチ」という言葉が脳裏を過った。
「……俺はカエルは苦手だな」
「そうなのか、ワタシは好きだぞ。可愛いじゃないか」
「どこがだ? ベタベタして気味が悪い」
「レンはベタベタが嫌いなのか?」
「ああ」
「なんでだ?」
「別に大した理由はないかど、本能的に嫌っていうか、触りたくない」
「ヒトはみんなそうか?」
「中には好きな人もいるだろうけど、大抵の人は嫌いだろう」
「そうか……じゃあここを出るか?」
「今日の主役はステラだから、我慢するよ」
「ありがとう」
毒々しいヤモリやイモリだの、そして巨大なワニ。そこで見たものはどれも俺の苦手な類の生き物ばかりだった。ステラはどんな生き物にもはしゃいでいた。彼女が大きな蛇を首に巻きに行ったのには流石に肝を抜かれた。俺にはとてもできそうにない。
爬虫類・両生類館を出たあたりで、ステラが腹を鳴らせた。スマホで時刻を確認するとちょうど12時で、腹時計の精度に二人で笑った。
園内のレストランへ向かう途中で、ステラがトイレへ寄った。
木陰で待っている間にレストランのメニューをパンフレットで下調べしていると、そこにハンバーガーがあるのを見つけて口元が緩んだ。ステラが今朝テレビCMに映ったハンバーガーに興味を示していのを思い出したからだ。きっと大喜びするだろう。
「妹さんですか?」
突然、知らない声が横から飛んできた。
見ると、黒いジャケットを着た長身の男がすぐそこに立っていた。
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