流れ星と暮らすワンルーム

尾松傘

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天は星を統べる

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「そう慌てるな。ちゃんと生きている」

 今にも叫び出しそうになっていた俺に、天王寺が静かに告げた。
 近くの席の女カップルが、慌てふためく俺の姿に異変を感じて視線を向けたが、天王寺が「ご心配なく」と笑顔で声をかけると、いぶかしげに食事に戻った。
 
「それはただの休眠状態だよ。見るの初めてかね?」
「休眠?」
「ステラの変身にはかなりのエネルギーを使う。なんせ一瞬で体の構造を遺伝子から変えてしまうのだからね。そのため、変身した後にはエネルギーの補給が不可欠。それが出来なかった場合は、このように休眠状態に入り、代謝を極限まで抑えるのだよ」
「じゃあ、ステラは無事なのか?」
「ああ、食事さえ取ればすぐに元通りになる。だから早く何か頼めと言ったのだ。私が適当に注文するが構わないね?」

 天王寺が手を挙げて店員を呼んだ。天王寺が注文をする傍らで、俺はステラの方の様子を確かめていた。やはりただの少女にしか見えないが、天王寺の言う通り、ステラは人間と異なる生物というのも事実だと認めざるを得ない。この男に教えられるまで、変身がどれだけエネルギーを消費するのかとか、休眠状態のことなどは一切知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。生物としての根本的な違いから目を背け、自分と大して変わらない存在だと盲信したかった。それが間違いだったのだ。そのせいでさっきも慌てふためくことしかできなかった。

「自分の無知を恥じる必要はないよ。それは常識の枠を超えた生物であるから、理解が及ばなくても無理はない。まあ、親しげな割に何も知らないのは少々意外だったがね。それは君に何も伝えなかったのか?」

 注文を終えた天王寺がまた俺を嘲笑ってきた。言い返すことができず、舌を噛みちぎりたいほどに悔しいが、ここは情報収集に専念しようと頭を冷やした。

「お前はステラの全てを知っているのか?」
「能力の原理については未解明のことも多いが……君はもちろん、それ自身よりも多くの情報を持っているのは確かだ」
「ステラは自分の正体について知りたがっている。それと仲間がいるのかについても」
「私はその答えを知っているが、この場で手札を明かすことはできない。それが私の元に自分の意志で戻って来たのならば、答えを明かそう」
「結局、ステラを取り戻すのが目的か」
「あくまでそれは手段に過ぎないよ」
「じゃあ何が目的なんだ?」
「それは既に語ったよ」

 全ての人類の意思を統合する。新人類となる。確かそんなことを天王寺はさっき語っていた。それがどういうことなのかはわからないが、碌でもないことに違いない。

「たかが一人の人間が全人類をどうにかできると本気で思ってるのか? 思いあがるのもいい加減にしろ」
「私はできると信じているよ。それが私の元へ帰ってきた暁には、人類を新たなステージへ導くことを約束しよう」
「新たなステージ?」
「ああ。そこでは、誰もが思考と感情を共有する。故に争いも差別もなく、全ての叡智が集積する。完全な調和が訪れた美しい世界だ」
「神様にでもなったつもりか?」
「ああ、なってやるとも」

 天王寺は自信たっぷりに言い切った。天王寺が語った計画はあまりに壮大で、とても実現できるようには思えない。だが、それでもこの男が言うと、なぜだか馬鹿げた話と笑い飛ばす気が起きない。それだけの気迫がこの男にはある。

「君は何もわかっていない。それは単に地球外生命体であるという以上の価値を秘めている。姿を変えることは、力の一端に過ぎない。それは人類にとってまさに希望の星なんだよ。だから私はそれにステラと名付けたのだ。他にも由来はあるがね。それも人間が好きなようだから、私の元へ来て人類の希望となった方が、それ自身の幸せにもなるだろう」
「ステラはそんなこと望んでいない」
「ほう、ではそれは何を望んでいるのか、君は知っているのか?」

 天王寺の問いに答えられず、奥歯を噛みしめた。

「私は知っている。それが何を望むのか」
「ハッタリはよせ」
「私は10年それと向き合い続けた。たかだか2週間の付き合いしかない君と、私とでは、どちらがそれの望みを深く理解しているかは明白だと思うがね」
「ステラを道具としてだけ見ているお前には負けない」
「それはどうかな?」

 店員が3人前のステーキを持ってきた。店員はテーブルに伏せているステラが気がかりなようだが、天王寺が「気になさらず、置いてください」と言うといステラから離して熱い鉄板を並べた。
 ジュージューと肉が焼ける音か匂いに反応したのか、ステラがむくりと起き上がった。

「ステラ! 大丈夫――」

 ステラは俺の言葉に耳を傾けることなく、ステーキに手を伸ばした。鉄板の熱など気にも留めず肉を素手で掴み、ほとんど噛まずに呑みこんだ。1枚では物足りないのか、俺や天王寺の分にまで手をつけて、1分もしない間に3人前のステーキと付け合わせのポテトを平らげた。その黒い瞳には感情も理性の色もなく、ただ本能に従って動く昆虫や爬虫類のようであった。
 ショックで言葉を失う俺が面白いのか、天王寺は鼻で笑った。惨めで情けなくて、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
 ふいに頬に生暖かく柔らかい感触があり、横を向くと、ステラが虚ろな目をして舌を出していた。
 
「み……ず……みず」
「やめろ、水ならそこに」

 ステラを止めようとする俺の腕をステラのか細い腕が信じられないほど強い力で振り解き、再び俺の目元の涙を舐めとった。

「しょっぱい……これ水じゃ……あれ、レン? どうして泣いてるんだ?」

 ステラの瞳に光が戻っていた。きょとんとした表情のステラに俺はたまらなくなって抱きしめ、人目も気にせず声を上げて泣いた。

「ステラ……ステラ! ステラ!」

 どんな言葉をかけていいのかわからなった。自分が嬉しくて泣いているのか、悔しくて泣いているかすらもわからず、ただ彼女の名前を呼んだ。
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