22 / 63
天は星を統べる
しおりを挟む
「そう慌てるな。ちゃんと生きている」
今にも叫び出しそうになっていた俺に、天王寺が静かに告げた。
近くの席の女カップルが、慌てふためく俺の姿に異変を感じて視線を向けたが、天王寺が「ご心配なく」と笑顔で声をかけると、いぶかしげに食事に戻った。
「それはただの休眠状態だよ。見るの初めてかね?」
「休眠?」
「ステラの変身にはかなりのエネルギーを使う。なんせ一瞬で体の構造を遺伝子から変えてしまうのだからね。そのため、変身した後にはエネルギーの補給が不可欠。それが出来なかった場合は、このように休眠状態に入り、代謝を極限まで抑えるのだよ」
「じゃあ、ステラは無事なのか?」
「ああ、食事さえ取ればすぐに元通りになる。だから早く何か頼めと言ったのだ。私が適当に注文するが構わないね?」
天王寺が手を挙げて店員を呼んだ。天王寺が注文をする傍らで、俺はステラの方の様子を確かめていた。やはりただの少女にしか見えないが、天王寺の言う通り、ステラは人間と異なる生物というのも事実だと認めざるを得ない。この男に教えられるまで、変身がどれだけエネルギーを消費するのかとか、休眠状態のことなどは一切知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。生物としての根本的な違いから目を背け、自分と大して変わらない存在だと盲信したかった。それが間違いだったのだ。そのせいでさっきも慌てふためくことしかできなかった。
「自分の無知を恥じる必要はないよ。それは常識の枠を超えた生物であるから、理解が及ばなくても無理はない。まあ、親しげな割に何も知らないのは少々意外だったがね。それは君に何も伝えなかったのか?」
注文を終えた天王寺がまた俺を嘲笑ってきた。言い返すことができず、舌を噛みちぎりたいほどに悔しいが、ここは情報収集に専念しようと頭を冷やした。
「お前はステラの全てを知っているのか?」
「能力の原理については未解明のことも多いが……君はもちろん、それ自身よりも多くの情報を持っているのは確かだ」
「ステラは自分の正体について知りたがっている。それと仲間がいるのかについても」
「私はその答えを知っているが、この場で手札を明かすことはできない。それが私の元に自分の意志で戻って来たのならば、答えを明かそう」
「結局、ステラを取り戻すのが目的か」
「あくまでそれは手段に過ぎないよ」
「じゃあ何が目的なんだ?」
「それは既に語ったよ」
全ての人類の意思を統合する。新人類となる。確かそんなことを天王寺はさっき語っていた。それがどういうことなのかはわからないが、碌でもないことに違いない。
「たかが一人の人間が全人類をどうにかできると本気で思ってるのか? 思いあがるのもいい加減にしろ」
「私はできると信じているよ。それが私の元へ帰ってきた暁には、人類を新たなステージへ導くことを約束しよう」
「新たなステージ?」
「ああ。そこでは、誰もが思考と感情を共有する。故に争いも差別もなく、全ての叡智が集積する。完全な調和が訪れた美しい世界だ」
「神様にでもなったつもりか?」
「ああ、なってやるとも」
天王寺は自信たっぷりに言い切った。天王寺が語った計画はあまりに壮大で、とても実現できるようには思えない。だが、それでもこの男が言うと、なぜだか馬鹿げた話と笑い飛ばす気が起きない。それだけの気迫がこの男にはある。
「君は何もわかっていない。それは単に地球外生命体であるという以上の価値を秘めている。姿を変えることは、力の一端に過ぎない。それは人類にとってまさに希望の星なんだよ。だから私はそれに星と名付けたのだ。他にも由来はあるがね。それも人間が好きなようだから、私の元へ来て人類の希望となった方が、それ自身の幸せにもなるだろう」
「ステラはそんなこと望んでいない」
「ほう、ではそれは何を望んでいるのか、君は知っているのか?」
天王寺の問いに答えられず、奥歯を噛みしめた。
「私は知っている。それが何を望むのか」
「ハッタリはよせ」
「私は10年それと向き合い続けた。たかだか2週間の付き合いしかない君と、私とでは、どちらがそれの望みを深く理解しているかは明白だと思うがね」
「ステラを道具としてだけ見ているお前には負けない」
「それはどうかな?」
店員が3人前のステーキを持ってきた。店員はテーブルに伏せているステラが気がかりなようだが、天王寺が「気になさらず、置いてください」と言うといステラから離して熱い鉄板を並べた。
ジュージューと肉が焼ける音か匂いに反応したのか、ステラがむくりと起き上がった。
「ステラ! 大丈夫――」
ステラは俺の言葉に耳を傾けることなく、ステーキに手を伸ばした。鉄板の熱など気にも留めず肉を素手で掴み、ほとんど噛まずに呑みこんだ。1枚では物足りないのか、俺や天王寺の分にまで手をつけて、1分もしない間に3人前のステーキと付け合わせのポテトを平らげた。その黒い瞳には感情も理性の色もなく、ただ本能に従って動く昆虫や爬虫類のようであった。
ショックで言葉を失う俺が面白いのか、天王寺は鼻で笑った。惨めで情けなくて、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
ふいに頬に生暖かく柔らかい感触があり、横を向くと、ステラが虚ろな目をして舌を出していた。
「み……ず……みず」
「やめろ、水ならそこに」
ステラを止めようとする俺の腕をステラのか細い腕が信じられないほど強い力で振り解き、再び俺の目元の涙を舐めとった。
「しょっぱい……これ水じゃ……あれ、レン? どうして泣いてるんだ?」
ステラの瞳に光が戻っていた。きょとんとした表情のステラに俺はたまらなくなって抱きしめ、人目も気にせず声を上げて泣いた。
「ステラ……ステラ! ステラ!」
どんな言葉をかけていいのかわからなった。自分が嬉しくて泣いているのか、悔しくて泣いているかすらもわからず、ただ彼女の名前を呼んだ。
今にも叫び出しそうになっていた俺に、天王寺が静かに告げた。
近くの席の女カップルが、慌てふためく俺の姿に異変を感じて視線を向けたが、天王寺が「ご心配なく」と笑顔で声をかけると、いぶかしげに食事に戻った。
「それはただの休眠状態だよ。見るの初めてかね?」
「休眠?」
「ステラの変身にはかなりのエネルギーを使う。なんせ一瞬で体の構造を遺伝子から変えてしまうのだからね。そのため、変身した後にはエネルギーの補給が不可欠。それが出来なかった場合は、このように休眠状態に入り、代謝を極限まで抑えるのだよ」
「じゃあ、ステラは無事なのか?」
「ああ、食事さえ取ればすぐに元通りになる。だから早く何か頼めと言ったのだ。私が適当に注文するが構わないね?」
天王寺が手を挙げて店員を呼んだ。天王寺が注文をする傍らで、俺はステラの方の様子を確かめていた。やはりただの少女にしか見えないが、天王寺の言う通り、ステラは人間と異なる生物というのも事実だと認めざるを得ない。この男に教えられるまで、変身がどれだけエネルギーを消費するのかとか、休眠状態のことなどは一切知らなかった。いや、知ろうとしなかったのだ。生物としての根本的な違いから目を背け、自分と大して変わらない存在だと盲信したかった。それが間違いだったのだ。そのせいでさっきも慌てふためくことしかできなかった。
「自分の無知を恥じる必要はないよ。それは常識の枠を超えた生物であるから、理解が及ばなくても無理はない。まあ、親しげな割に何も知らないのは少々意外だったがね。それは君に何も伝えなかったのか?」
注文を終えた天王寺がまた俺を嘲笑ってきた。言い返すことができず、舌を噛みちぎりたいほどに悔しいが、ここは情報収集に専念しようと頭を冷やした。
「お前はステラの全てを知っているのか?」
「能力の原理については未解明のことも多いが……君はもちろん、それ自身よりも多くの情報を持っているのは確かだ」
「ステラは自分の正体について知りたがっている。それと仲間がいるのかについても」
「私はその答えを知っているが、この場で手札を明かすことはできない。それが私の元に自分の意志で戻って来たのならば、答えを明かそう」
「結局、ステラを取り戻すのが目的か」
「あくまでそれは手段に過ぎないよ」
「じゃあ何が目的なんだ?」
「それは既に語ったよ」
全ての人類の意思を統合する。新人類となる。確かそんなことを天王寺はさっき語っていた。それがどういうことなのかはわからないが、碌でもないことに違いない。
「たかが一人の人間が全人類をどうにかできると本気で思ってるのか? 思いあがるのもいい加減にしろ」
「私はできると信じているよ。それが私の元へ帰ってきた暁には、人類を新たなステージへ導くことを約束しよう」
「新たなステージ?」
「ああ。そこでは、誰もが思考と感情を共有する。故に争いも差別もなく、全ての叡智が集積する。完全な調和が訪れた美しい世界だ」
「神様にでもなったつもりか?」
「ああ、なってやるとも」
天王寺は自信たっぷりに言い切った。天王寺が語った計画はあまりに壮大で、とても実現できるようには思えない。だが、それでもこの男が言うと、なぜだか馬鹿げた話と笑い飛ばす気が起きない。それだけの気迫がこの男にはある。
「君は何もわかっていない。それは単に地球外生命体であるという以上の価値を秘めている。姿を変えることは、力の一端に過ぎない。それは人類にとってまさに希望の星なんだよ。だから私はそれに星と名付けたのだ。他にも由来はあるがね。それも人間が好きなようだから、私の元へ来て人類の希望となった方が、それ自身の幸せにもなるだろう」
「ステラはそんなこと望んでいない」
「ほう、ではそれは何を望んでいるのか、君は知っているのか?」
天王寺の問いに答えられず、奥歯を噛みしめた。
「私は知っている。それが何を望むのか」
「ハッタリはよせ」
「私は10年それと向き合い続けた。たかだか2週間の付き合いしかない君と、私とでは、どちらがそれの望みを深く理解しているかは明白だと思うがね」
「ステラを道具としてだけ見ているお前には負けない」
「それはどうかな?」
店員が3人前のステーキを持ってきた。店員はテーブルに伏せているステラが気がかりなようだが、天王寺が「気になさらず、置いてください」と言うといステラから離して熱い鉄板を並べた。
ジュージューと肉が焼ける音か匂いに反応したのか、ステラがむくりと起き上がった。
「ステラ! 大丈夫――」
ステラは俺の言葉に耳を傾けることなく、ステーキに手を伸ばした。鉄板の熱など気にも留めず肉を素手で掴み、ほとんど噛まずに呑みこんだ。1枚では物足りないのか、俺や天王寺の分にまで手をつけて、1分もしない間に3人前のステーキと付け合わせのポテトを平らげた。その黒い瞳には感情も理性の色もなく、ただ本能に従って動く昆虫や爬虫類のようであった。
ショックで言葉を失う俺が面白いのか、天王寺は鼻で笑った。惨めで情けなくて、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
ふいに頬に生暖かく柔らかい感触があり、横を向くと、ステラが虚ろな目をして舌を出していた。
「み……ず……みず」
「やめろ、水ならそこに」
ステラを止めようとする俺の腕をステラのか細い腕が信じられないほど強い力で振り解き、再び俺の目元の涙を舐めとった。
「しょっぱい……これ水じゃ……あれ、レン? どうして泣いてるんだ?」
ステラの瞳に光が戻っていた。きょとんとした表情のステラに俺はたまらなくなって抱きしめ、人目も気にせず声を上げて泣いた。
「ステラ……ステラ! ステラ!」
どんな言葉をかけていいのかわからなった。自分が嬉しくて泣いているのか、悔しくて泣いているかすらもわからず、ただ彼女の名前を呼んだ。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる