流れ星と暮らすワンルーム

尾松傘

文字の大きさ
28 / 63

そうして星は流れ着いた

しおりを挟む
 リサがキャリーケースを引いてやって来たのがガラス越しに見えた。キリヤは予定があるから一緒ではない。
 リサは監視役の男にキャリーケースを手渡した。監視はいつものように荷物をチェックしたが、これまでに異常があったことはないから油断しきっている。リサはその背後からスタンガンを首に当てて、男を気絶させた。男が完全に意識を失っているのを確認したリサは操作盤にパスワードを打ち込み扉を開けた。
 
「ステラ、来て!」
「リサ!」

 リサの呼び掛けに応じて、ワタシは扉を潜って外に出た。
 リサと私で気絶している男を檻の中に運び入れてドアを閉めた。扉は檻の中からは当然開けることはできない。
 
「まずは第一関門はクリアね。さ、早くこの中に入って」
「ああ、わかってる」

 監視カメラで見っ張っている警備員は、リサが用意した睡眠薬入りのお茶で眠っている。けれど、無線に応答がないことを不審に思った他の警備員が様子を確認しに行けば脱出がバレてしまう。監視カメラの映像の時間を操作しても、気づかれるのは時間の問題だとリサは言っていた。
 キャリーケースの中身の絵本や玩具を出して、代わりにワタシが入った。リサはケースの口を閉める前に「愛している」と言ってワタシの頬にキスをした。なんだかお別れの言葉みたいで、胸がざわついた。

「それじゃあ、外でまた会いましょう」
 
 リサがキャリーケースのチャックを閉めた。視界が真っ暗になる。

「ステラ、もし、この先で何かあったらの話だけどね……」

 真っ暗闇の中でリサの声が聞こえた。その声は少し震えていた。
 
「そのときは、私を置いてでも逃げてね」
「え……?」

 扉の開く音が聞こえた。リサと離れるのなんて嫌だと言いたかったが、ここからは声を出せない。
 暗闇の中、ガタガタと振動が伝わった。
 しばらくしてリサが立ち止まり、ピンポンと音が鳴った。ワタシは使ったことのないエレベーターという機械だ。これで「外の世界」への出口がある地上へ出られるらしい。ウィンという音がした後、少しだけ進み、またピンポンとウィンという音がして進みだした。
 順調だ、このまま何事もなければ――そう思ったところでジリジリジリと物凄い音がした。振動が激しくなり、リサが走り出したのがわかった。

《緊急連絡。緊急連絡。月島梨沙特務職員が最重要機密を持って逃走。1Fロビーにいる職員は職務にかかわらず至急確保されたし。特徴はキャリーケースを持った長髪の女性職員。なお、キャリーケースの中には最重要機密が入っているため、許可ない開封を禁ずる。繰り返す――》

「捕まえろ!」

 大勢の足音が迫るのがわかった。
 リサが急に止まり、ワタシを入れたケースがバタンと床に打ち付けられた。揉み合いになっているような音。リサの声と知らない男の声がした。リサを助けに出ようかと思ったが、すぐにまた進みだした。

「スタンガン持ってるぞ! 気をつけろ!」

 心臓がバクバクと跳ねた。ガタガタガタ。激しい揺れの後に、また床に叩きつけられた。

「ステラ!」

 今度こそリサが捕まったようで、ワタシはキャリーケースから出て助けようとしたが、内側からでは口を開けられない。

「リサ!」

 ワタシはついに声を上げた。外からざわざわと騒ぐ声が聞こえた。腕の筋力を上げて、力一杯に左右に押すと、口が少しだけ広き光が差した。そこに指をかけてワタシは外に飛び出た。
 リサが何人もの人に寄ってたかられて、地面に体を押し付けられていた。
 ワタシが出たのに驚いている。この隙を突けばリサを助けられる。ワタシが右手に意識を向けて、鞭のように伸ばそうとした瞬間に、リサが叫んだ。

「やっちゃ駄目! あなたはヒトとして生きなさい!」
「でも、リサが――」
「私のことはいいから! 行きなさい!」

 リサがこんなに必死になって叫んでいるのは初めて見た。
 状況がわからず顔を見合わせていた周りのヒトの中の一人が、控えめにワタシの方へ寄って来た。

「その少女を取り押さえろ!」

 聞きなれた声がした。キリヤがこちらへ向かってきている。警備員がワタシを目掛けて走って来た。
 ワタシの近くの職員が腕を掴んだ。リサを助けようとすれば、きっと多くのヒトを傷つける。もしかしたら、ダレカを殺してしまうかもしれないし、バケモノになって戻れなくなるかもしれない。それはリサが一番悲しむことだ。

「リサ、また会おう」

 一瞬の迷った後に、掴まれた腕を振り払い、リサに背を向けて走り出した。
 リサが何か言ったように聞こえたが、たくさんのヒトの声にかき消されて聞こえなかった。
 ガラスの扉がひとりでに開き、ついにワタシは「外の世界」へと飛び出した。
 カナカナカナ。ジジジジジ。聞いたことのない音が耳に入って来た。エアコンとは違う気持ちの良い風が頬を撫でた。天井があるはずの場所には、絵の具で塗ったみたいなオレンジ色が広がっていた。遠くに見えるあの光の球が太陽だ。あの光が全てをこんなに綺麗に色づけている。
 ワタシは泣いた。初めての感動に。そして、その感動をリサに伝えられない悲しみに。それでも、ワタシは足を止めなかった。リサの願いを叶えるために、止まってはならないと思った。
 ワタシはヒトより速く走れるが、しばらくすると車が後を追ってきた。本で見た車は可愛かったが、物凄い速さでワタシに迫る鉄の塊は怖かった。大きな車では入ってこれないだろうと、森の中へ飛び込んだ。後ろの足に蹄を生やせば地面を強く蹴って速く走れることに気づいて、2足と4足、ヒトとケモノを切り替えながら暗い森の中を走った。
 しばらくしてもう追いつかれないだろうと思い、走るのを止めたころには、すっかり暗くなっていた。
 暗闇の中で、光が差している場所を見つけた。地面が何か反射して光っている。近づいてそれが水たまりだとわかった。走り続けて乾いた喉を潤そうと、ワタシは側へ寄った。
 すると、水たまりに白い光が浮かんでいた。なんだろうと思い、水面に触れてみると、それは水面と一緒に揺れた。
 上を向いた。その光は水たまりではなくて空に浮かんでいるものだった。あれが月。想像以上に綺麗だった。蛍光灯の光とは違う心の奥にまで沁み込んでくるような優しい光だ。そして、その周りの砂の粒のような光が星。
 リサの名前、月島梨沙の月。そしてステラが星。本当に月がお母さんで、星が子供みたいだ。
 また、ワタシの目から涙がこぼれた。この空をリサと一緒に見たかった。思ったことを直接伝えたかった。一人では何をすれば良いのかわからない。
 悲しみと不安に駆られながら、空を眺めていると、そこに光がすっ、と駆けていった。あれがリサの言っていた流れ星。
 ワタシは流れ星の駆けた方向へと歩いていた。なぜだか、リサがワタシを導いているように感じた。
 しばらく歩いていると木々の間から、光が見えてきた。地面にも星が広がっているなんて聞いていないと不思議に思いながらも、そっちに向かった。森を抜けると、空の星よりも力強い光が下に広がっていた。
 その光に惹かれて下っていくと、それが街だとわかった。聞いたとおりにヒトがいっぱいだった。顔も声も服装も違うヒトが、こんなにたくさん歩いている。それが不思議でならなかった。

「あなた、裸足でどうしたの?」

 皺の入った女のヒトが話しかけてきたが、ワタシは怖くなって逃げた。その後も何人かに話しかけられて、その度に逃げた。
 でも、ずっと走り続けたせいで、とうとう疲れ果てて意識が遠くなってきた。何か食べられるものと、眠れる場所はないかと、ぼんやりした頭で考えていると、食べ物の匂いがする箱を見つけた。ここならば、ヒトに見つからないし、食事もできる。そうして箱の中で食べ物を探していたが、十分な量がなく、エネルギーが切れて眠ってしまった。
 そして目が覚めたら、レンがいたのだ。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...