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感謝を告げる

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「これは……撃たれて……吹き飛んじゃって……」
「ふぅん。それじゃあ羊毛フェルトは作れないなぁ。せっかくの趣味なのに……残念」
「ひ、左手で作れるもんっ」
「綺麗な字でポエムも書けない」
「パソコンで作るからっ」
「あざとい萌え袖もできないねぇ」
「あざとくないしっ。左手でできるしっ」

 苦笑いを童顔に浮かべ、左右の手で萌え袖を見せびらかすクラスメイトに、星来は声を荒らげて反論した。
 だが、星来はふと眉をひそめて、

「なんでポエムの趣味を知ってるの? 話したことないんだけど」
「ん? 知ってるよ。あなたのことはなんでも。そうだね。趣味以外にも、たとえば――……」

 そう言ってのけたクラスメイトは、大口を叩いているわけではないことを示すように、知っていることを次々に口にしたのだ。

 男の子に何度か告られてるけど、女の子が好きだからいつも受け取る気ゼロだよね。
 学力が中の下で、それがコンプレックスになってたり。
 クラスメイトと話を合わせてるけど、流行りの芸能人には興味ナシだよね。
 この世の誰よりも自分が一番かわいいと思ってる、でしょ?

 それ以外にも、いろいろと。彼女は得意げに言ってのける。

「……」

 すべて当たっている。
 そして、

「周りからよく思われたくて優しく振る舞ってるけど、その本性は嫉妬深くて、彼氏くんの死を心から望んじゃってる。――どう、当たってるでしょ?」
「消えて」
「ん?」

 星来は小刻みに唇を震わせ、右の瞳から一筋の涙を頬に流して、

「消えてよ。気づいてるから。――あなたがわたしだってこと」

 目の前で自分を見澄ます、『壊れる前の桜川星来』に告げた。

「あなたを見ると罪悪感で死にたくなるんだけど。嫌なことも、前の自分も思い出しちゃうし。だからお願い。せめてこのまま、壊れたフリをさせてよ」

 頬に付着する鮮血に溶けた温かな涙が、荒れたブラウスに落ちて染みになる。

「そっか」

 それだけを言い残し、壊れる前の星来は立ち上がると、どこかへと去っていく。
 そのとき。

「あっ」

 身体から力が抜け、ふらっと椅子から崩れた星来。仰向けで倒れる。
 砂埃が晴れてきた天空では、空の青さを背景に、春の訪れを知らせるように桜の花弁がひらひら舞っている。

「ごめんなさい……、ごめん……なさい……っ」

 口から出たのは謝罪の言葉。

「ごめん……なさいっ。ごめんなさい……ッ!」

 壊れかけのロボットのように、星来は幾度も謝罪を口にする。

「こんなの……夢だよねぇ? 嘘だよ……ねぇ? ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

 駄々をこねる子どものように頭を振った星来。残った左手で、胸元のポケットからスマホを取り出し、ある一枚の写真を画面に映す。ロングの黒髪が美麗な、首輪にも似た黒いチョーカーを首に巻く、紅い瞳が輝く猫耳の少女が、一匹の生魚をおいしそうに咥えている写真だ。

『生で食べたらおなか壊さない?』
『だいじょうぶだニャ。ぼくは神様だから』

 そんな会話をしながら、生魚を咥える様子がかわいくて撮影した。そんな些細な思い出が、薄れゆく記憶の片隅にあった。
 そして。

「これ……」

 スマホを握る左手の手首には、白いリストバンドが付けてある。
星来の私物ではない。『あの子』の形見だ。
 肌に付く感覚が生々しい。

「やっぱり……、夢じゃない」

 ぽつりと呟くと、胸の苦しさはいっそう増して、

「ほら、嘘じゃないよ! 電波ちゃんじゃない! 嘘ついてない! 本当にセカイは壊れた! 壊れたァ!!」

 今までに出したことのない声を張り上げて、星来は喚き散らした。
 声の大きい女の子は引かれる。これまで細心の注意を払ってきたことが、今この瞬間になって崩れていた。

「あああああああああああああああッ!! ああああああああああああああああああああッ!!」

 不完全な手足をみっともなくジタバタさせて、ごほごほ吐血しながら星来は喚き散らした。

 そうして。
 喚き疲れた星来はおもむろに目を歪めて、

「どうしよう……。どうしよおぉ……」

 血まみれの口を開き、蚊の鳴くような声を漏らした、そのときのこと。
 仰向けの星来に一筋の影が差し込む、そんな気がした。
 星来はガリッと鳴るくらいに、奥歯を強く噛みしめて、

「消えてって、言ったよね?」
「……」

 傍で立っていたのは、壊れる前の桜川星来。
 男は恋愛対象にならないのに、チヤホヤされたいから男ウケを狙って、ボブヘアの茶髪はしっかり手入れがされている。爪だって教師にバレないよう、ちゃっかり薄めにネイルしている。スカート丈だってかわいさを狙って、膝丈より短めをキープしている。

 彼女は、

「あのさ」

 そんな問いかけとともに、壊れた星来に尋ねる。

「あなたがセカイを壊す前に、『あの子』はなんて言ってくれたの?」
「『あの子』が……わたしに?」

 問いを受け取った星来はしばし沈黙し、やがて小さく口を開いて、

『ごめんね。やっぱわたし、■■が好きなんだ。それだけは譲れない』

 声に出した瞬間、腹の底から沸々と、マグマのように悔しさが湧き出した。ねじ切れるような胸の痛みに星来は、豊満な胸を潰すように左手で握りしめて、

「ムカツクッ! もうっ! もうっ!!」

 心に篭った悔しさを怒号で吐き出した。
 しかし、我を忘れて怒り狂う星来に恐れず、壊れる前の彼女は涼しく問いかけた。

「その次は?」
「は?」
「その次は、なんて言ってくれたの?」
「……」
「教えてよ」
「……」

 しばらくの沈黙を挟んで。
 星来は可憐な目元をくしゃくしゃに歪めると、溢れる涙を流して、

『――――けどね。それで星来ちゃんが苦しむセカイならね。壊れちゃってもいいよ。わたし、星来ちゃんが“好き”だから』

 とても優しい一言だった。

「そう言って……くれたよっ」

 最期を目の前にしていたはずなのに、女神のように穏やかな顔つきだった。
 自分が教室で示していた偽りのものではない、本当の優しさ。
 すると壊れる前の星来は、

「だったらさ」

 壊れた自分を強い眼差しで見下ろし、感情的に声を振り絞って、

「自分のした選択を後悔しないでよ! 責任取れよ! それを『あの子』が許してくれたならさ! 『あの子』のためにさ!!」
「……ッ」

 壊れた星来ははっと目を見開いた。
 壊れる前の自分と、その青い瞳の色が一瞬だけ重なる。

「……」

 もう、取り返しがつかないことは、やっぱりわかっている。
 それでも。

 それでも、星来は。

「……うん」

 自分を見つめてくれた『あの子』の、春の暖かさにも通じる顔が目に浮かぶ。

「そう……だねっ」

 『あの子』の優しさは裏切りたくない。
 心に決めた星来は、

「わたし、後悔しないよ」

 もう一人の桜川星来に伝えた。


 そのとき。
 地鳴りのような銃声が響き始める。
 遠い場所から、近い場所へと。
 最期は近い。
 十七歳の女子高生は悟った。
 視界に広がる、桜の花弁に彩られた晴天も、次第に霞み始める。

 星来はすっと肩の力を抜いて、涙を流しながらも頬を緩めて笑む。
そうして『あの子』へと、

「好きだよ」


 感謝を告げた。
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