それでも愛は回ってる!

和清(WaSei)

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第1章 家出少年と魔法少女

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 まいった、まいった、まいった、まいった、まいった……
 マズった、ミスった、しくじった。
 昼間はどうにか警察の目をやり過ごせたっていうのに、なんて失態。なんて世間知らずなオレ。
「なにが自由の街『東京』、なにが若い才能が溢れる街『池袋』だ。まさか東京こっちじゃ、路上ライブ一つやるのにも許可が必要だったなんて……」
 そんな事を一人でグチった所でしょうがない。
 ってか、全力疾走しながら口に出してグチれるオレってスゴくね?
 って、言ってる場合か!
 もう、どこをどう走ったなんて覚えてない。
 憧れの東京。憧れの街、池袋。
 路上ミュージシャンの激戦区、若い才能が溢れる街なんて言葉を鵜呑みにして、
 ――確かここだよな。YouTubeで見た景色だ。
 と、日も暮れ始めてネオンの輝きも眩しくなり始めた頃、オレは池袋駅東口を目の前に、ガードレールを背にしてドカリと座った。頭上のやたらとデカイ液晶画面から流れ出るメジャーアーティストの曲に圧倒されながらも、負けるものかとギターのハードケースのフタを開けて自分の前に置き(誰かがお金を入れてくれる事を期待して)、早速のようにアコースティックギターをかき鳴らして歌い始めた。
 ……と、一曲歌え終えた頃、横からオレに声を掛けてくる人物が居た。
 ――まさか、上京初日からレコード会社のスカウトか!
 なんてマヌケな期待を抱いて振り返れば、そこに立っていたのは、紺色の帽子と制服、腰からは重そうな黒い塊をぶら下げたオッサンとニイサンの二人組。言わずと知れた警察官。
「キミ、道路使用許可取ってる? まさか知らないわけじゃないよね?」
「と言うか、キミ、歳いくつ?」
 オレは、ニコニコと笑顔を作ったままギターをケースにしまうと、ほんの少しだけ後ろを振り返り、目の前のロータリーの横断信号を確認して――
 ――脱兎の如くダッシュした。
「キミ、待ちなさい!」
 月並みな言葉だが、待てと言われて待つヤツはいない。
 青信号と共に一斉に動き始める人の波。仕事帰りのサラリーマンとか、OLとか、外国人とか、派手な格好している年齢不詳のヤツとか、そんな人波を掻き分けながら信号を渡りきると、田舎じゃ絶対目にしないデカい家電量販店が建ち並ぶ通りを駆け抜けて、飲み屋とかパチンコ屋とかが建ち並ぶ路地裏を右に左にと走り、そこから広い歩行者天国のような通りに出ると、見えたのは高速下のデカい車道。横断歩道が三本走る交差点。都合良く信号は青。
 ――ここを渡れば、さすがに諦めるだろう。
 さらにオレはダッシュして斜めに走る横断歩道を突っ切って、一瞬立ち止まり振り返る。警官二名はまだ追ってきていた。息切れ一つせず。さすがは首都の警察官。どんな鍛え方すれば、そんな強靱な体力がつく? こっちは息も絶え絶えだってのに……
 オレは最後の力を振り絞って再び走り出す。
 と、見えてきた信号の先には、超デカいビルディング。確かサンシャイン60とか言うやつだ。信号は青点滅から赤に変わろうとしている。しかしオレは、車にクラクションを鳴らされながらも無理やり渡り、迷わずサンシャイン60の足下に逃げ込んだ。
 幸い、そこはわりと入り組んだ作りになっていて、オレは階段をデタラメに下りたり上ったり、柱の陰に隠れたり――と、赤信号が警察官を足止めしてくれたおかげもあってか、追いかけてきている気配も無く、オレはやっと警察官二人を撒く事に成功した。
 持ってきたのがアコギで良かった。持久走だったら、うちの中学でも1、2を争う程に得意なオレとは言え、もしこれが重いエレキだったら、こうも早くは走れなかった。
 エライぞ、オレ!
 だから言ってる場合か……
「しかし、本当にまいったな……」
 出て来た山口県で路上ライブをやっていたって、許可は取っているのか?、なんて声を掛けてくる警察官なんか一人もいなかった。
 もっとも、人自体がいなかったが……
 そんな片田舎に嫌気が差して、受ける理由もわからない高校受験にも嫌気が差して、それでも高校には進めと言う両親にも嫌気が差して、ついでに言うなら、「自分の子供はどこそこの高校に進んだ」なんて自慢気に話してオレと比べたがる親戚一同なんか殴りたくなるくらい嫌気が差して、オレはプロミュージシャン目指して家出同然に上京してきた。
 ……いや、家出だな、これ。
 それでもオレは、この世界に大好きな音楽で『真田さなだ勇貴ゆうき』の名前を響かせたくて、中三になったこの春に上京を決行した。何者にもなれずにあの片田舎で終わるなんて、ただの音楽好きのジジイになって終わるなんて真っ平ゴメンだったのだ。
 とりあえず警官を撒く事に成功したオレが足の向くまま辿り着いた先は、サンシャイン60の足下に広がっていた公園。植え込みには大きな木が何本も植えられていて、すっかり葉桜だが、桜の木もチラホラと見える。入口正面からは、階段みたいな作りになっている石造りの大きな人工池が見えるが、水は張っていない。その代わりノラ猫が数匹、我が物顔で寝そべっている。それとホームレスらしきオッサンが数人、ベンチで横になっていたり、ノラ猫にエサやっていたり……
 華やかなりし東京とは裏腹の、なんだかアンダーグラウンドの空気が漂う、そこはそんな公園だった。
 その公園でオレは、木の根元をぐるりと囲むように作られた丸いベンチに腰を落とし、息を吐いた。
「さて、どうしたもんかな……」
 そんな不安だらけの言葉が自然に口をつく。
 と、そこで再び、さっきのオッサン警官とニイサン警官の二人組の登場。入口の方から歩いてくる。
 オレは慌ててしゃがみ込み、四つん這いになって木の陰へと身を潜めた。
 家出少年は公園に逃げ込むと思ったか? 大正解だコンチクショウ……
 昼間は問題なかった。未成年こども丸出しの顔したオレが、平日にこんな池袋みたいな繁華街をウロウロしていたって、交番の前を通ったって、何も声なんて掛けられなかった。きっとギターを持っているからだ、そう思った。ギターさえあれば、オレは堂々としていられる。堂々とさえしていれば、変な風にも見られない。
 ギターさえあれば、オレは無敵になれた。
 でも、つまらないミス一つで、オレの無敵モードは簡単に解除されてしまった……
 しかし、後悔していたって始まらない。二人組の警官は、キョロキョロと辺りを探しているのだ。このままじゃ確実に見つかる。
 生活も状況も地獄のようなあの片田舎に連れ戻される。
 オレは四つん這いのまま、そぉーとその場を離れ、他に身を隠せそうな場所を探す。夜の闇に紛れながら――って、この東京に夜の闇なんてあるわけがない。こんな公園ですら明るい。あのLEDの街灯、明るすぎだろ。オレのような家出少年の事も考えろ!
 そんな時だ。明るすぎるLEDの街灯からも外れた茂みの奥に、隠れるように設置されたテントを発見した。
 ――公園にテント……?
 そう思わないわけでもなかったが、今は非常時だ。隠れる場所が欲しい――って、灯り点いてるし、人居るよね? やっぱ……
「えーい、ままよッ……!」
 なんて某アニメの赤い軍服着た人みたいなセリフを吐き、オレはそのテントの中に飛び込んだ。
 で、開口一番、
「すみません、怪しい者じゃありません、でも追われているんです、捕まるわけにはいかないんです、かくまって下さい……!」
 と、相手の顔も見ずに土下座した。
 相手からの返事は、無い。
 いや、実は無人だったなんてオチではない。確かに人の気配はある。
 オレは、恐る恐る顔を上げた。
 まず最初に見えたのは、スベスベのキレイな膝小僧。正座しているみたいだ。
 次に見えたのは、とにかく真っ赤なワンピース。
 クラゲかよ!、と思わずツッコミたくなるくらいの派手なレースフリルの付いたミニスカートに、ウェディングドレスとかで良く見る膨らんだ肩袖。手には白い手袋をして、胸元には大きなリボンが飾られている。
 それでもって、細い首には金色に光るペンダント(百均でよく見かけるやつ)と、虫の触覚みたいな大きなツインテールに大きな赤いリボン。
 そして、女の子の顔。
 オレと同年タメくらい?
 案外、カワイイ……
 って、そうじゃない!
 そんな格好の女子を前に、オレの口から出てくる言葉は一つしかなかった。
「魔法少女……?」
 その途端、ただ目を丸くして驚いていたその子は、見る見る間に笑顔になって声を上げた。
「ありがとう! わたしの格好見て魔法少女って言ってくれたのキミが初めてだよ!」
「あっ、いや……」
「みんなヒドいんだよ。何かのコスプレ? とかならまだ許せるじゃん? キテレツ女とか言う人とかも居てさ、ホント、ヒドくない?」
「だから、ちょっと声が大きいって。見つかっちゃうから……」
「あっ、キミ、なんか追われているんだっけ?」
「何も悪いことしてないけど、警察に追われているの……!」
 そこに、オッサン警官の声が上がる。
「おい、そこに居るのか!」
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……!」
 オレは、ロクに身動きの取れない狭いテントの中で、上半身だけで右往左往する。
 と、魔法少女が親指を立てた。
「いいよ、任せて」
「……助けてくれるの?」
「キミ、家出少年でしょ? 雰囲気でわかるよ。本当は男の子は止められているんだけど、でも、キミは悪い子には見えないから――だったら、弱きを助ける魔法少女の出番」
「弱き? オレが?」
「あの人達は、家出の子を見つけたら理由も聞かずに家に帰す事しかしないから。それが悪いとは言わないけど、無理矢理なんだよ。その無理矢理の力に逆らえないなら、キミは弱きだよ」
 そっか……オレ、弱かったんだ……
「おーい、居るのか」
 再びオッサン警官の声。
「とにかく丸まって荷物のフリして。この灯りでテントの外から人影が見えちゃうから……」
 オレは言われた通り、すぐにダンゴ虫のように丸まった。そんなオレの上に、魔法少女はタオルケットを掛ける。
「おーい、出てこい」
 ついにテントのすぐ外で声が聞こえると、魔法少女はテントから顔だけ出し、ぶすけた――ふてくされたような声で答えた。
「なんですかぁ? 今、変身中なんですけどぉ……」
「まあ、お前だよな。そうだと思ったけど……」
 オッサン警官と顔見知りなのか?
 もっとも、オッサン警官の方は呆れ果てていると言うか、ウンザリしていると言うか、そんな溜め息声だ。
「……まあ、いいや。ちょっと聞きたいんだけど、こっちにお前と同い年くらいの少年、逃げてこなかったか?」
「さあ? わたし変身中だし。もし変身中にこの中になんて入ってこられたら、いくら魔法少女でも悲鳴上げますし」
 良かった。着替えが終わってて……
「まあ、そりゃそうだな……」
 オッサン警官の深い溜め息が聞こえる。
「とにかく、お前を補導するとボランティアの連中がうるさいから今は見逃してやるけど、今日また見つけたら補導するからな。ボランティア活動は立派だけど昼間だけにしとけ」
「ボランティア活動じゃありません! マショカツです!」
「わかった、わかった。マショカツでもトンカツでもいいから、とにかく家に帰れ。わかったな」
 それからオッサン警官の「ちょっと向こうの方を探してみよう」という声がして、足音は遠ざかっていった。
「キミ、もう大丈夫だよ」
 魔法少女に肩を叩かれ、オレはダンゴ虫から人間に戻った。
「ありがとう、助かったよ」
「気にしないで。魔法少女の役目を果たしただけだから」
「ちなみに、マショカツってなに?」
「魔法少女活動。略してマショカツ。わたしは戦闘系じゃないから強きは挫けないけど、弱きを愛の魔法で助けるのがわたしの役目」
「愛の魔法……?」
「魔法少女の成分は愛で出来ているからね」
 自信たっぷりに満面の笑みで答える魔法少女。この子、カワイイけど結構イタい中二病だな……
「わたしは魔法少女アイカ。キミは?」
「オレは、真田勇貴」
「どこから出て来たの?」
「山口県」
「山口県……ってどこ?」
「本州のハジっこだよ」
「えっ? 本州のハジっこって、青森県じゃ――」
「だから南っちゃ! 南! 下の方! 萩や下関のフグが有名やけぇ! それくらい知っちょろうが!」
「うわぁ、方言! 語尾に、ちゃ、とか、カワイイね!」
 しまった。興奮してつい地の言葉が……
「ま、まあとにかく、山口県……だよ」
「ずいぶん遠い所から来たんだね――」
 と、次の瞬間、「あっ、いけない!」とアイカは突然声を上げた。
「どうしたの?」
「わたし行かなきゃ! あっ、そうだ!」
 と、アイカは、自分のボストンバッグの中からメガネと黒いキャップを取り出してオレに渡した。
「助けてあげたんだから手伝って。その伊達メガネ掛けて深く帽子を被っていれば、わからないから」
「そりゃいいけど、手伝うって?」
「困っている人が居たから助けに行くんだよ。わたし、魔法少女だもん」
 そういや、さっきボランティア活動がどうのって話してたな。でも、なんだか雰囲気的にコイツのやってる事って……
「あのさ、一つ聞きたいんだけど、アイカのやってる事って、もしかして困ってそうな人を見つけては、勝手に駆けつけているんじゃない?」
「だいたいそうだけど?」
「それってさ、逆に迷惑だったり、お節介だったりしてないのかな……?」
 しかし、アイカは、また自信たっぷりに満面の笑みで答えたのだった。
「そんな事ないよ。だって世界は愛で回っているんだから!」
 イ……イタい。なんてイタいセリフだ……
 だが、そんなオレの気持ちなどつゆ知らず、アイカは俺の腕を強く握ると、テントの外へと連れ出した。
「さあ、行くよ! 勇貴君!」
 自由の街、東京。自由過ぎだろ……
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