それでも愛は回ってる!

和清(WaSei)

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第7章 魔法少女の生まれた場所

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 行き場も無く、結局逆戻りした池袋の街は、光りに溢れていた。
 賑やかなネオンの下で、みんな楽しそうにして、常にどこからか笑い声が聞こえてくる。お互いうつむき加減に歩くオレとアイカとは、正反対だ。こんな気分で、こんな賑やかな場所に居ていいのかって気にすらなってくる。
 もう手は繋いでいない。どちらからともなく離していた。
 オレ達は、ずっと無言だった。
 アイカが何を思っているのか、オレにはわからない。
 もしかしたら怒っているのか?、とも考える。勢いとは言え人の家の事情に首突っ込んで、その上ケンカまで起こして……
 アイカの母親の事も、あのケンカになった男の事も、悔しさしか残らなかった……
 だからオレは、そんな悔しさを誤魔化すように愛想笑いを浮かべ、アイカの横顔に話しかけた。
「あ、あのさ、アイカ。やっぱ夜の池袋って言うか、夜の東京は、昼間より賑やかに感じるな?」
 何も言わず、うつむいたままのアイカ。
「週末って事もあるのかな?」
「………………」
「オレの育った田舎なんて、週末でも笑っちゃうくらい閑散としててさ――」
「………………」
 オレは愛想笑いを消し、またアイカと同じようにうつむいた。
 ……やっぱり、向き合おう。
「アイカ、ごめんな……」
 初めてアイカは顔を上げ、オレを見た。
「オレ、きっと余計な事しちゃったな。何も事情知らないで勝手に首突っ込んで、キレて、関係無い人間とケンカまで始めて、どうしようもないよなオレ……本当に、ごめんなさい……」
 すると、アイカは辛そうな顔をして、オレの殴られた方の頬に手を伸ばした。しかし、何も言わずにすぐ手を引っ込めて、またうつむいた。
 なんだよその顔……悪いのはオレの方なのに……アイカは全然悪くないのに……
 ……よし! 今は話題を変えよう。何か別の話題を――ん? そう言えば……
「あー、あのさ……そういやアイカって、本当は良子って言ったんだな……?」
 と、アイカは初めて口を開いた。
「斉藤……良子……」
 ビックリするくらい普通の名前だな。アイカって名前と何も掛かってねーし……
「じゃあ、あのアイカって名前は、マショカツする時の芸名っていうか、マジカルネームみたいな?」
「うん……」
「でも、どっから? 昔の魔法少女アニメとか?」
 と、不意にアイカは立ち止まり、とある方向を指差した。オレはそれを目で追う。
 サンシャイン60通りを抜けて五叉路を右に歩いて突き当たった大きな交差点。その向こう側に見える狭い路地には、ラーメン屋とか寿司屋とか飲み屋とかが建ち並んでいて、アイカが指差したのは、その中の一件の店。店前に立てられた、やたらと派手なピンク色にきらめくネオン看板には――
『ファッションヘルス愛華』
 あー……
「アイカさん、あのお店、どういうお店か知ってます……?」
「知ってるけど、名前が可愛かったから……」
「いやいやいや、だからって――」
 と、アイカはガバッと顔を上げて迫ってきた。
「だって、可愛くって、一発で気に入っちゃったんだから、しょうがないじゃない! 別に、自分の名前がキライってわけじゃないけど、でも、でもさ、魔法少女リョウコじゃ、全然魔法少女っぽくないし!」
 オレは思わず吹き出してしまった。
「そうだな。魔法少女リョウコは、なんか違うわ」
「でしょ? でしょ?」
 その内にアイカも笑い出して、オレ達は道の真ん中で声を出して笑い合った。
「魔法少女リョウコ――ハッハッハッ! 違う違う!」
「だよね! 魔法少女アイカの方が、全然カワイイよね!」
 そうして、お互い笑いも収まってくると、アイカは何かを思い出したように「あっ!」と、声を上げた。
「ねえ勇貴君、今何時かわかる?」
「時間?」
 と、オレはスマホをポケットから取り出し、アイカに見せる。
 時間は、十九時を過ぎようとしていた。
 その途端、アイカは俺の手を取り、「行こう、勇貴君」と来た道を戻るかたちで走り出した。
「行くって、どこへ?」
「魔法少女アイカが生まれた場所!」
 よく意味はわからなかったけど、やっといつものアイカに戻ってくれた気がした。


 全力で走らされて辿り着いた場所は、東池袋中央公園とは反対側の通り。牛乳パックみたいな形をしたビルの中。
「まあ、あの公園に逃げ込んだ時から気が付いてはいたけど……」
 そう。いわゆるコスプレショップだ。
 店内には、所狭しとアニメのコスプレ衣装が並べられていて、アイカはその衣装を楽しそうに見て回っている。
 ……ただ、それにしても肩身が狭い。時間が遅かったからお客はまばらだが、それでも居るのは女の子だらけ。アイカが一緒とは言え、なんか、しまむら辺りの服屋に入って女性の下着コーナーに迷い込んでしまったような気まずさがある……
 と、そんなオレを察してか、アイカは小さく笑いながら言うのだった。
「ごめんね、勇貴君。ここ男の子には居づらいよね?」
「別にいいよ。アイカが楽しければそれで」
「ありがとう」と、微笑むアイカ。
「この建物の前の通りって、他にもマンガやアニメのお店があるじゃない? そのお店を目当てに女の子が集まるようになって、今じゃ乙女ロードって呼ばれててね――まあ、わたしも子供の頃からその中の一人だったわけだけど。子供の頃にここがオープンして、ここの沢山の衣装を見るのが大好きで、今でもたまに来るの。マショカツを始めようって思った時も、ここに並んでいる衣装を参考にしたんだよ」
「あのアイカの衣装って、全部独学で作ったの? しかも手縫いで? なんかスゴいな……」
「全部ってわけじゃないけどね。元になる服を買ってきて、それを仕立て直したの。袖を切ったり、フリルを付けたりして」
「それにしたってスゲーよ」
「ありがとう。わたし、服の事でそんな風に誰かから褒められたのって始めて」
 ニコリと笑うアイカ。その笑顔は、なんだかやたらとキレイで、そんな笑顔を向けられている事に、オレは照れくさくなってしまって、思わずアイカから顔を逸らした……
「……ま、まあ、要するにここが魔法少女アイカが生まれた場所って事だな?」
 しかしアイカは、「ううん」と首を横に振った。
「ここだけじゃないよ。池袋って他にも何軒かコスプレショップがあって、そこも結構通ってる」
「そうなんだ」
「でも、次に行く所はコスプレショップじゃなくて、男の子でも入りやすいお店だから安心して」
「ってか、まだどっか行くの……?」
「もちろん。さあ行こう」
 そうしてオレは、アイカにされるがままに次の店へと連れて行かれた。


「でっけぇなぁ……アニメってスゲーなー……」
 サンシャイン60通りに逆戻りしてどこに向かうかと思ったら、まるでデパートみたいな大きさのビルのくせに外壁はアニメ一色というウソみたいな外観をしたビル。なんでも九階建てのこのビル一棟が丸々アニメショップだと言うんだから、東京ってやっぱスゲーわ……
「ここは最近オープンしたんだけど、以前はさっきのコスプレショップがあったビルに入ってたの。その頃からよく通ってたんだ」
 そう楽しそうにしながら店の中へと入ってゆくアイカ。その後ろをついて行くオレ――うん、ここはまだ男の姿がある。(圧倒的に女子の比率は多いけど……)
 一階の大量に置かれたガシャポンのフロアを横目にエスカレーターで二階に上がると、そこはマンガのフロアだった。ただ、量がハンパない。田舎じゃまず見かけない量だ。
「このお店でわたしは、いろんな魔法少女のマンガやアニメを知ったの」
「つまり、ここも魔法少女アイカを生んだ場所って事か」
「そういう事。どう? スゴいでしょ?」
「うん、まあね……」
 そのマンガの量とフロアの広さに圧倒されながら、オレは辺りをキョロキョロと見回す。
 と、三階に上がる階段が目に入り、ふと気になった。
「この上も、やっぱりマンガとか置いてあんの?」
「あっ、ここから上はね――」
 言いながらアイカはクスクス笑い出す。
「まあ、勇貴君は行かない方がいいかな? わたしはかまわないけど」
 その瞬間、察しがいった。よく見れば、階段の壁には何枚もの男キャラのポスター。
 オレは思わずたじろいだ。そんなオレに、アイカは男キャラのポスターを見ながら意外な事を言うのだった。
「でもさ、わたしはアニメオタクってわけじゃないけど、こんなカッコイイ男の子が描かれてたら、やっぱり惹かれちゃうよね。少女マンガの魔法少女物でも、出てくる男の子ってみんなカッコよくて憧れちゃうし」
 オレは、思わず聞いてしまった。
「アイカって、もしかしてBLとかにも興味あんの……?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
 アイカは顔を真っ赤にすると、一変して手を腰に当てて言い放つのだった。
「古今東西、女子ってものは男子の友情が大好物なものなんだよ」
 そんなドヤ顔で言われても……


 で、次に向かった場所は、オレも知っている場所だった。西口へと抜けるガード下の歩行者トンネルの入口に建つ商業ビルだ。
「ここは来た。CD屋と楽器屋が入ってたから」
「あはは、勇貴君なら絶対来てると思った」
「池袋に着いて最初に来たよ」
 CD屋はもちろん、楽器屋なんて田舎の楽器屋じゃまずお目にかかれないような高級ギターが沢山置いてあって眺めているだけで楽しかった。
「でもね、わたしが行きたいのは、ここの地下なんだ」
「地下?」
「そう。付いてきて」
 言われて付いていった場所は、フィギュアショップだった。ただ、最近の物ばかりじゃなくて古いアニメや特撮のフィギュアなんかも置いてある、いわゆるレア物ショップだ。
「このお店も結構来るんだ。ここで昔の魔法少女アニメなんかも知ったの。アイカのコスチュームデザインの参考にもなったしね」
 言いながらアイカは、広い店内を美少女系のフィギュアを中心に見て回りながら、ときどき「あっ、これカワイイ」とか声を上げている。本当に楽しそうに……
「魔法少女アイカって、池袋のサブカルチャーが産みの種になってたんだな」
「サブカルチャーだけじゃないよ。他にも沢山参考になってるの。池袋の風景とか、この街に来る人達とか。そういったものがわたしの心に根付いて、魔法少女アイカは生まれの」
 池袋の街が生んだ魔法少女か……
 と、不意に店内に閉店のアナウンスが流れ始めた。
「そろそろ出ようか」
 アイカがそう言い、オレ達はフィギュアショップを後にした。
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