それでも愛は回ってる!

和清(WaSei)

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第10章 再会の魔法少女

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 次の日の十二時に、オレはサンシャイン60通りに入る五叉路の所で玲子さんと待ち合わせをした。お昼休みに会ってくれると。
 やってきた玲子さんは、初めて会った日と同じスーツ姿だった。
「こんにちわ、真田君。ご両親とは話がついたみたいで良かったわね」
 そして、あの日と同じ笑顔。
「どっかお店入ろうか?」
 そう言う玲子さんに連れられて、目の前のロッテリアの二階にある喫茶店に入る。
 店員に窓際の席へと案内され、小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座ると、玲子さんは笑顔のまま言った。
「真田君は何か食べる? おごるから遠慮しなくていいよ」
「いえ。ハラは減ってないんで……」
「えーっ、若者なのに」
「まあ……」
「じゃあ、私はちょっと食べさしてもらうね――すみません。私はミックスサンドとアイスコーヒーを、彼には――」
「コーラでいいです」
「じゃあ、コーラで」
 注文を受け取った女性店員が「はい。少々お待ち下さい」と、離れてゆく。
 始めに話を切り出したのは、玲子さんの方からだった。
「アイカちゃんの居場所……だよね?」
「はい」
 オレは、玲子さんを真っ直ぐに見詰めて返事をした。だが、玲子さんは表情を曇らせるのだった。
「……あの後、わたしもアイカちゃんに付き添って病院に行ったの。アイカちゃんのお母さんの検視は、もう終わっていたから、アイカちゃんはすぐにお母さんと会う事が出来たわ。でも、あの子、涙の一つも見せないで、警察や病院の人に、ご迷惑をおかけしました、って。なんだか、もう……ね……」
「それから……?」
「うん。それから、すぐに児童相談所の人が来て、今後の事を話して――まあ、児童養護施設に入る事には決まったんだけど、その日は私の家に泊めたの。やっぱり、放っておけなくて……」
 なんか……くそっ……
「それで昨日、朝早くに児童相談所の職員さんにアイカちゃん預けて、アイカちゃんはその人と一緒に火葬場に行ったわ。それで、夕方頃だったかな? アイカちゃんから連絡が来て、
『無事にママの火葬は終わりました。遺骨はひとまずアパートに置いて、わたしは今日から施設に行きます』って。
 大家さんは四十九日が明けるまでは居てもいいって言ってくれたそうなんだけど、ママの遺骨を目の前に、あの部屋に一人で居たら気がおかしくなりそうだからって、そう言ってた」
「そう……ですか……」
「真田君。キミがアイカちゃんに会いたい気持ちはわかるけど、今はそっとしておいてあげて。あのお喋りのアイカちゃんが、私の家に居る間も全然喋らなかったの。それくらいあの子、今は塞ぎ込んでいるから……」
「………………」
「あの様子じゃ、しばらくは無理だと思う。でも、真田君も来年は受験を控えている身でしょ? 今はそっちに集中した方がいいと思うよ。それが終わってから会っても、遅くはないと思う。たった一年の事だから。ねっ?」
「たった一年って、なんかっちゃ?」
 ダメだ。止まらん……
「たった一年とか、軽く言うねぇや! アンタら大人の一年が、どれほどのもんか知らんけどな、オレらガキの一年がどれくらい長いか、わかっちょるんか!」
 立ち上がって怒鳴り、周囲の視線が集まっている事に我に返り、椅子に座り直して、オレは玲子さんに頭を下げた。
「すみません。大きな声出して……」
「い、いいのよ。気にしないで」
 唖然としながらも玲子さんはそう言って、また笑顔を浮かべる。
「それにしても、真田君の方言、初めて聞いた。アイカちゃんからは聞いていたんだけどね――」
 やっぱりダメだ。この笑顔に、オレはもう耐えられない。
 本当は触れずにいようと思っていたんだけど、やっぱり触れなきゃ、これ以上話を進められない。
「あの、オレ、玲子さんに怒っているんです……」
「怒ってる? えーと、さっきのはゴメンね。確かに、真田君くらいの歳の子の一年って長いよね」
「そうじゃないです」
「……? あっ、もしかしてあの日、私が警察を連れてきちゃったこと? どうしようか迷ったんだけど、緊急だったから――」
「違います……!」
「えっ? それじゃいったい……」
「別に、あの日の事なんて、どうだっていいんです。遅かれ早かれ、オレは補導されていたでしょうし、そうじゃなくても一度は家に帰るつもりでした。問題はそこじゃなくて、どうして今まで玲子さんは、アイカの事を放っておいたのか、そこにオレは怒っているんです。しかも、今まで放っておいて、さっきは放っておけないとか、なんでそんな言葉が吐けるのか、オレには信じられません」
「放ってって……」
「玲子さん、知っていたんですよね? アイカのお母さんがどんな人間で、アイカが家でどんな目に合っていたか」
「それは……」
「オレ、警察の人に聞きました。母さんが迎えに来るまでオレ、少年課の人達にアイカの居所をずっと頭を下げて尋ねていたんです。アイカがずっと母親から虐待を受けていた事も話して。したら、少年課の人から玲子さんの名前が出てきました。玲子さんに聞いてみろって。アイカが夜のマショカツで補導されると、必ず玲子さんが迎えに行っていたそうですね? その時、玲子さんがNPOの職員だと知った警察が、あの子には虐待の疑いがある事を教えているって。それを知っていて何もしない警察にも腹が立ちましたけど、玲子さんには、もっと腹が立ちました」
 そうなんだ。それなのにこの人は、へらへらと薄っぺらい笑顔を浮かべて……
「子供を助けられのは、最後は大人しかいないんじゃなかったんですかッ……!」
 玲子さんは、うつむいて、そのまま黙ってしまった。
 その内に、店員が玲子さんのミックスサンドとアイスコーヒーと、オレのコーラを持ってきて、訝かしげな顔しながら何も言わず去って行った。
 玲子さんが顔を上げたのは、それからだった。
「本当に、最低だよね。わたし……」
「………………」
「どうにかしてあげたいとは思ったの。それは信じて。アイカちゃんから話を聞こうとも思った。でも、アイカちゃんって、自分の事は何も話そうとしないから……だから私、専門の人とかに相談しに行った事もあった。だけど、明確な証拠か子供が訴え出ない限り、大人は動けないって。それがルールなの」
 子供の都合も聞かずに大人が勝手にルールを作って――ルールってなんだ……
「私が知っているのは、中学生の時にアイカちゃんの家に二回ほど児童相談所が家庭訪問をした事くらい。それでも十分なんだけど……だけど、あの子の笑顔を見ているとね、大丈夫なのかなって、楽観視していた部分もあって……ううん、違うね。私は、あの子の真実から逃げていただけ……」
「みんな、そうですよ。マショカツの女の子だ、面白いって。本当のアイカを知ろうともしないで、目を逸らして……みんな、その場のノリなんだ」
「そうね。私も同じ……」
 言って、玲子さんはホットコーヒーを一口飲み、ため息を漏らした。
「私さ、アイカちゃんに、一緒に暮らさないって言ったの。でも、断られちゃって。これ以上、私に迷惑を掛けたくないって。説得したんだけど、あの子、どうしても首を縦に振らなくって……」
「そうだったんですか……」
「養護施設に入っちゃったら、もうマショカツは出来なくなるから……」
 突然のように言われた事に、オレは立ち上がりかけて声を上げた。
「どうして……!」
「養護施設の職員や、児童相談所の職員の人も、アイカちゃんのマショカツの事は知っていてね、アイカちゃん言われてた。養護施設に入る限りは、今後ああいう事はやめるようにって。あんな格好で町を歩いて、何かあった時に責任が持てないって。ボランティアなら普通の格好でやりなさいって……」
 ダメだ……アイカから魔法少女を取り上げちゃダメだ!
「その施設の場所を教えてください、玲子さん!」
 と、玲子さんは、薄く微笑んで言うのだった。
「私ね、子供の頃から魔法少女って理不尽だなって思ってた。あんな素晴らしい力があるのに、どうして魔法少女は自分の為に魔法を使わないんだろうって……」
「玲子さん……」
「はいこれ。アイカちゃんが居る施設の場所。私の名前を出せば会えると思うから」
 そう言って玲子さんは、名刺入れの中から児童養護施設の住所が書かれた名刺をオレに渡してきた。
 オレはそれを受け取ると、立ち上がり、
「ありがとうございます!」
 と、頭を下げ、喫茶店を飛び出した。


 池袋駅から電車に乗り、15分くらいで最寄りの駅に着いたオレ。
 そこは、池袋駅とは打って変わって、高架下の小さな駅だった。駅の周りには、駐輪場やスーパーやコンビニ、それに小さな商店もいくつか見える。近くには、あの路面電車と同じ名前の荒川って大きな川も流れている。
 そんな下町の雰囲気に溢れた町並みの中を、オレは施設の名刺の裏に描かれた地図を頼りに向かって行った。
 少し歩いて行くと、商店などの姿も消え、民家ばかりが建ち並ぶ住宅街に入った。そんな民家の間に紛れるように、その児童養護施設はあった。
 ブロック塀に囲まれた真っ白い二階建ての建物。アイカのアパートよりも全然大きくて、もっと小さく狭い建物を想像していたオレは、少し驚いて見上げた。
 オレは、花壇で飾られた磨りガラスの正面玄関の前に立ち、玄関扉の横に設置されたインターホンを鳴らして自分の名前と玲子さんの名前を告げる。
 と、すぐに保育士みたいなエプロンをした職員のオバサンが出て来て、中に通してくれた。
「ちょっと、ここで待っててくださいね」
 そうにこやかな笑顔で言われ、オレは玄関先で待つことに。
 玄関先の花瓶には花とかも生けられていて、壁も明るくて、小学校みたいに子供の描いた絵とかも飾られている。
 いい雰囲気ではあるけど……
 ――アイカ、どんな顔して出てくるのかな……
 不安ばかりが過ぎり、オレはとにかく笑顔で会おうと、心がけた。
 が――
「おねえちゃん! まほうしょうじょ、もういっかいやって!」
「ねえねえ、わたしにも、あいのまほうおしえて!」
 そんな子供達の賑やかな声が聞こえてきたと思ったら、
「よしよし、あとでたっぷり教えてあげるから、少し待ってて」
 と、四、五人の小さな子供達に囲まれて満面の笑顔を浮かべるアイカの姿が見えた。
 アイカは、玄関先のオレに気付くと、笑顔で手を振ってきた。
「やっほー、勇貴君、元気そうで良かった」
「そりゃこっちのセリフだ……」
「アハハ。なんか昨日来たばっかりなのに、この子達に魔法少女の話したら懐かれちゃって……」
 アイカは、困った顔で笑顔を見せる。
 と、子供達の視線がオレに注がれた。
「りょうこおねえさん、このひと、だれ?」
「まほうしょうじょをねらう、わるいひと?」
「違うよ。このお兄さんは、お姉さんのお友達」
 それからアイカは、オレに視線を向ける。
「昨日、アパートに来てくれたんだってね。隣のおばさんから聞いたよ。連絡先までもらったのに、連絡出来なくてごめんね。ちょっと、色々と忙しかったからさ……」
「うん、知ってる」
 忙しかったからじゃなく、そんな余裕も無かった事くらい……
「なあ、少し外出て話さないか……」
「うん――」
 アイカは、さっきのオバサン職員に声を掛ける。
「すみません。ちょっと友達と外に出て来ていいですか?」
「いいわよ。でも、あまり遅くならないようにね」
 オバサン職員はそう言うと、アイカの周りの子供達を連れて行く。
「さあさあ、良子お姉さんはご用事があるから、あなた達はお部屋に戻りましょうね」
 子供達は素直にオバサン職員について行きながら、
「いってらっしゃい。りょうこおねえさん、かえったらまたあそんでね!」
「りょうこおねえさん、まほうしょうじょごっこ、またやろうね!」
 そう口々に言って、名残惜しそうに手を振り、奥の部屋へと入っていった。
「良子お姉さん、か……」
「ん、なに?」
「人気者だなと思ってさ……」
「エヘヘ……」
 照れ笑いを浮かべるアイカと共に、オレは養護施設を出た。
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