12 / 15
第11章 魔法少女の叫び
しおりを挟む
「なんか、わたし達が話する場所って、いっつも公園じゃない?」
そんな言葉とは裏腹に、アイカはどこか楽しげだった。
本当は、どこか落ち着けるお店でもと思ったのだが、この辺りは何も無く、オレとアイカは自販機でジュースを買い、公園を見つけてベンチに腰を落としたのだった。
あの一夜を過ごした公園と、さほど変わらない小さな公園。三歳くらいの男の子が、お母さんと一緒にすべり台で遊んでいる。それ以外の人はいない。時々聞こえる遠くの電車の音と、男の子の無邪気な笑い声が、午後の静かな空気に溶け込んでゆく。
そんな風景の中で、アイカはベンチの背もたれに体を預け、遊ぶ男の子を眺めながら静かに語り出すのだった。
「あの養護施設ってね、三〇人くらいの子供達が居るの。身寄りの無い子もいれば、一時保護の子とかも居る。今の時間、上の子達は――ってまあ、わたしが一番上みたいなんだけど――だから小中学生の子達は、みんな学校に行ってて、だから、さっきの子供達は、全員未就学の子達。でも、みんな明るいでしょ? 親がいなかったり、虐待を受けていた子だとは思えないくらい」
「そうだな……」
「でね、わたしが一番上で、ヒマしてるものだから、職員さんに下の子達の面倒を見てほしいって頼まれて、それで一緒に遊んでいたんだけど、そこで魔法少女の話をしたら、みんなスゴい食いついてきてね。それで、お姉さんも魔法少女だったんだよって言ったら、みんな信じてくれて、調子に乗っちゃった。エヘヘ……」
なんだよ……なんだよ、それ……
「だった……か……」
「そう。魔法少女だったの……」
「子供達にも、良子お姉さんって呼ばれていたな。アイカお姉さんじゃなく……」
「まさか、施設でマジカルネーム名乗るわけにもいかないし……」
「以前のアイカだったら、名乗ってたよな……?」
「………………」
「本当に、それでいいのか?」
「よくなかったら、今頃わたし、玲子ちゃんと一緒に暮らしているよ……聞いているんでしょ? 玲子ちゃんからは……」
「ああ……」
「愛の魔法とか、世界は愛で回ってるとか、もう信じられないって言うか、どうでもよくなって……そう考えたら、わたしはもう魔法少女にはなれないなって。だから施設に入ったの。いいタイミングだったんだよ……」
オレは、うつむいて拳を握った。
「本当に……本当にそれでいいのかよ……!」
「だって、しょうがないじゃないッ!」
アイカは叫ぶように声を上げた。
「ママがどうして死んだか知ってる? 吐瀉物をノドに詰まらせて死んだんだよ。泥酔して、仰向けになって寝て、その間に吐いて、ゲロをノドに詰まらせて窒息死したの。あの日、うちで一緒に飲んでいた人たちが気付いた時には遅かったみたいで、あの人たちには謝られたけど……その中の女の人なんかには、泣きながら何度も謝られたけど……それでも、もうどうでもよかった。自分でも不思議なくらい涙なんて一つも零れないで……ママの死に方は自業自得なのかもしれない。ママを知っている人達の中には笑う人もいるかもしれない。だけど、ママは……」
「アイカ……」
「そのアイカって名前で呼ぶのも、もうやめて! その名前で呼ばれても、今はもうツライだけなんだよ! 愛の魔法でみんなを助けるとか、そうすればわたしも笑顔になれるからとか、そんな偉そうな事言っといて、わたしはすぐそばに居た人を、ママを助けられなかった! ママには沢山八つ当たりされたけど、ママだってわたしが居る事で沢山ツライ目に合ってきた! 助けを求めてた! わたしの事なんて捨てて逃げ出しちゃえば楽になれたのに、わたしを捨てなかった! そんなママをわたしは助けられなかった!」
いつの間にか、すべり台で遊んでいた親子は消えていて、公園には、顔を覆ってすすり泣くアイカの声だけが響いた。
「……ううん、違う。わたしがママから逃げていただけ……逃げていただけなんだよ……本当に弱きは……わたしだった……」
アイカは、涙を流し続けた。まるで、今まで我慢していた涙をすべて流そうとするかのように……
アイカがどれくらい母親を求めていたのか、それはオレもよくわかってる。わかってるけどさ――なんか、納得できねえ……!
「魔法少女ってなんだよ……?」
「えっ……?」
泣き濡れた顔を上げるアイカ。
オレは、納得できない想いをそのまま言葉にした。
「魔法少女一人で、いったい何が出来るんだよ! たった一人で、困っている人全員が全員助けられるわけないだろ! 神様じゃないんだ!」
「だけど……!」
「正直言わせてもらえば、オレは今でもアイカの母親は嫌いだ。最低のクズ親だと思ってる。死んだのだって自業自得だと思ってる。だけど、アイカの話を聞いていると、あの母親にも色々あったのかなとか思って……なんか、オレはガキだから、もうグチャグチャで、なんて言っていいかわからないけど、でも、一つだけハッキリしている事は、アイカがこのまま魔法少女を諦める事には納得できないって事だ」
「どうして、そんなに……」
「アイカ、このまま魔法少女を諦めたら、また中二の時みたいに居場所を失うだろ?」
「もう……もういいんだよ……」
「オレ、アイカの事を探すのに、昨日色々な人にアイカの事を聞いて回ったんだ。みんな楽しそうに話すけど、どいつもこいつも薄っぺらい笑顔でさ、魔法少女アイカっていうその場のノリを楽しんでいるだけの、本当のアイカを知ろうともしない連中ばっかりだった。愛で世界なんか回ってなかったよ」
「うん……」
「でもさ、魔法少女アイカの話をすると、どんなに薄っぺらい笑顔だったとしても、みんな楽しそうにして、嫌な顔をする人間なんて一人もいなかったんだ。みんな必ず笑顔になってたよ。だから、アイカのやってきた事は、無駄じゃなかったってオレは信じてる」
「………………」
「それでもアイカが無理だって言うなら、オレはもう何も言わないよ。オレは明日、山口に帰る。親に決められた時間が明日までだから。未成年が一人で生きていけるほどこの世界はあまくないって、それはアイカが教えてくれた事だから。だけど、オレは必ずまた東京に出てくる。プロデビューする事、絶対に諦めないから」
「………………うん」
――ダメか……
オレは立ち上がる。
アイカは、何も言わずうつむいたまま。
「なんか、色々言っちゃって悪かったな……」
「………………」
「アイカが本当にそれでいいと思うなら、オレはもう何も言わないよ」
「………………」
「じゃあ、元気でな、アイカ……」
やっぱり、アイカは何も言わなかった……
アイカに背中を向けて公園を出る。
結局オレは、アイカに何も出来なかった。
何もしてやれなかった。
オレが、ただ言いたい事だけ言って終わっちまった。
――東京に来て、今日が一番悔しいや……
不甲斐ない自分への思いが、胸を強く締め付けた。
東京に来て六日目。初日を公園にテントを張って寝ていたオレが、まさか最後の日にはホテルで朝を迎えられるとは思わなかった。
ベッドから抜け出し、トイレに行って、それから昨日買っておいたコンビニのおにぎりに齧り付き、コーラで流し込んで、歯を磨いて、顔を洗って、ホテルの浴衣を脱いで自分の服に着替える。
それから荷物をまとめ、忘れ物がないかチェックして、部屋を出た。
その間も、アイカの事が頭から離れる事はなかった。昨日アイカと別れてからずっとだ。
自分はどうすれば良かったのか?
本当は、アイカに何を言ってやれれば良かったのか?
いくら考えても、ガキのオレの頭じゃわからなかった……
昨日と変わらない悔しさだけが、泥のようにわだかまっていた。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
フロントに部屋の鍵を返してチェックアウトすると、オレのような子供にもホテルの従業員のお姉さんは、丁寧な口調でにこやかにそう言った。
――大人って、そういうものなんだな……
少し複雑な気持ちでホテルを出た。
「勇貴君……」
出た所で、オレはその声を背中に聞いた。
振り返った先には、アイカが居た。しかし、驚いたのは半分。なんとなく察しはいったからだ。
「玲子さんに聞いたのか?」
アイカは、コクリと頷く。
昨日の夜、スマホに玲子さんから連絡があったのだ。アイカとは会えたかという話だったから、短い会話を交わしただけ。別に詳しく話してもいないし、するつもりもなかった。すると玲子さんは、見送りに行きたいからと言って、どこのホテルに泊まっているのかを聞いてきた。オレは、別にいい、と断ったのだが、
『喫茶店では変な風になっちゃったからさ。でも、やっぱり最後は笑顔でお別れがしたいのよ。せっかく出会ったんだし』
そう言われ、オレは仕方なくホテルの場所を教えたのだったが――
「……昨日ね、玲子ちゃんから電話があったの。勇貴君とのこと話したら、見送りくらい行ってあげなって……」
玲子さんは、やっぱり大人なんだなと思った。オレの話す様子から、何かあったなと感づいたのだろう。だからオレからホテルの場所を聞いて、アイカから詳しい話を聞いた上でアイカにホテルの場所を教えたのだと思う。
――せっかく出会ったんだから、最後は笑顔で、か……
多分、そうするべきなんだろう。
「そっか。ありがとう」
オレは、精一杯の笑顔を浮かべた。
池袋駅へと向かうオレとアイカ。アイカは何も言わず、オレも何を話していいかわからず、オレ達は黙ったまま池袋駅に着いた。しかし、そこでお別れなのかと思ったら、そこで始めてアイカが口を開いた。
「わたしも東京駅まで行くよ。最後まで見送らせて……」
断る理由も無かったから、オレはコクリと頷いた。
東京駅へと向かう山手線の中でも、オレ達の無言は続いた。しかし、その沈黙に耐えきれなくなったのはオレの方だった。何かを話そう、何かを話さなきゃ、そう考えて、オレは思いつく限りを話した。
あっという間の東京生活だったよ――
もっと他にも行きたい所はあったんだ。渋公とか野音とか――
ドームとかもいいけど、やっぱりライブは小さい箱でやった方が絶対カッコイイんだ――
音楽の話ばかりだった。オレは、音楽の話しか出来ないから。アイカは、オレの話を黙って聞いて、薄く微笑む。それだけ。その笑顔にいたたまれなくなって、結局オレも話すのをやめてしまった。
車窓から見える東京の景色が、ただ無機質に流れては消えていった。
東京駅に着き、新幹線乗り場でオレが自販機で切符を買うと、アイカは一緒に入場券を買った。本当に最後まで見送るつもりらしい。それでもお互い言葉を交わすことは無く、オレ達は新幹線のホームに立った。
11時12分発、博多行き新幹線『のぞみ』は、すでにホームに入っていた。
オレは『のぞみ』を見詰めたまま、アイカも見詰めたまま、オレは小さく口を開いた。
「施設、うまくやっていけそうか?」
「うん……」
「一緒に暮らす人達とも、仲良くやっていけそうか?」
「うん……」
「ゴハンは、おいしいか?」
「うん、おいしい……」
「夜は、ちゃんと寝られてるか?」
「少しだけ……」
「そっか……」
ホームのスピーカーから、不意にアナウンスが流れる。
『11時12分発、博多行き新幹線のぞみ二十七号まもなく発車となります。ご乗車の方は――』
「それじゃあ、行くな」
「うん……」
オレは新幹線に乗り込む。
アイカは、ホームに立ったまま、うつむき――ふと顔を上げ、またうつむき――また顔を上げて、またうつむいて、そして言った。
「玲子ちゃんには、最後くらいは笑顔で別れなさいって言われたけど、やっぱりダメだね。笑顔なんて、作れない……」
「アイカ……」
「あのね、昨日勇貴君と別れた後、また子供達にせがまれて魔法少女ごっこをしたの。それで、魔法少女アイカの事を話したの。魔法少女の格好して、本気で愛の魔法を信じて、本気で世界を救おうとしていた――イタくて、キテレツな女の子の話。そうしたらね、子供達が言うんだ。魔法少女アイカに会いたいって。魔法少女アイカが、愛の魔法で世界を救ってくれるのを待ってるって……!」
オレは叫ぶように言った。
「アイカの本当の気持ちを教えてくれッ……!」
言ってくれアイカ。その一言があればオレは……
うつむいて、祈るように手を合わせるアイカ。
「わ……わたし……」
「アイカ!」
泣き濡らした顔を上げて、アイカは叫んだ。
「わたし、魔法少女に戻りたい!」
まるで魂から吐き出されたようなその叫びに弾かれて、オレは扉が締まる直前の新幹線を飛び降りた。
そしてオレは、すぐにスマホを取り出す。ちゃんとケジメだけはつけたかったからだ。
『――勇貴、どうした?』
「親父、スマンけど返る日が一日延びた。今やらにゃ一生後悔する用事が出来たけぇ」
親父の深い溜め息が聞こえた。が……
『……まあ、想定内じゃ。でも、人様に迷惑だけは掛けんねぇや』
「わかっちょる」
『母さんには俺からも言うちょくが、必ず夕方には電話せえ。母さんが一番心配しちょるんやけぇな。しっかり謝っちょけよ』
「ああ、わかっちょる。親父にも、迷惑ばかり掛けてスマン」
『まったくじゃ、このバカ息子』
そんな捨て台詞で親父は電話を切り、オレもスマホをポケットにしまった。
「勇貴くん……」
泣き濡れた顔で、不安そうにオレを見詰めるアイカ。
そんなアイカに、オレはニッと笑って親指を立てた。
「任せとけ」
そんな言葉とは裏腹に、アイカはどこか楽しげだった。
本当は、どこか落ち着けるお店でもと思ったのだが、この辺りは何も無く、オレとアイカは自販機でジュースを買い、公園を見つけてベンチに腰を落としたのだった。
あの一夜を過ごした公園と、さほど変わらない小さな公園。三歳くらいの男の子が、お母さんと一緒にすべり台で遊んでいる。それ以外の人はいない。時々聞こえる遠くの電車の音と、男の子の無邪気な笑い声が、午後の静かな空気に溶け込んでゆく。
そんな風景の中で、アイカはベンチの背もたれに体を預け、遊ぶ男の子を眺めながら静かに語り出すのだった。
「あの養護施設ってね、三〇人くらいの子供達が居るの。身寄りの無い子もいれば、一時保護の子とかも居る。今の時間、上の子達は――ってまあ、わたしが一番上みたいなんだけど――だから小中学生の子達は、みんな学校に行ってて、だから、さっきの子供達は、全員未就学の子達。でも、みんな明るいでしょ? 親がいなかったり、虐待を受けていた子だとは思えないくらい」
「そうだな……」
「でね、わたしが一番上で、ヒマしてるものだから、職員さんに下の子達の面倒を見てほしいって頼まれて、それで一緒に遊んでいたんだけど、そこで魔法少女の話をしたら、みんなスゴい食いついてきてね。それで、お姉さんも魔法少女だったんだよって言ったら、みんな信じてくれて、調子に乗っちゃった。エヘヘ……」
なんだよ……なんだよ、それ……
「だった……か……」
「そう。魔法少女だったの……」
「子供達にも、良子お姉さんって呼ばれていたな。アイカお姉さんじゃなく……」
「まさか、施設でマジカルネーム名乗るわけにもいかないし……」
「以前のアイカだったら、名乗ってたよな……?」
「………………」
「本当に、それでいいのか?」
「よくなかったら、今頃わたし、玲子ちゃんと一緒に暮らしているよ……聞いているんでしょ? 玲子ちゃんからは……」
「ああ……」
「愛の魔法とか、世界は愛で回ってるとか、もう信じられないって言うか、どうでもよくなって……そう考えたら、わたしはもう魔法少女にはなれないなって。だから施設に入ったの。いいタイミングだったんだよ……」
オレは、うつむいて拳を握った。
「本当に……本当にそれでいいのかよ……!」
「だって、しょうがないじゃないッ!」
アイカは叫ぶように声を上げた。
「ママがどうして死んだか知ってる? 吐瀉物をノドに詰まらせて死んだんだよ。泥酔して、仰向けになって寝て、その間に吐いて、ゲロをノドに詰まらせて窒息死したの。あの日、うちで一緒に飲んでいた人たちが気付いた時には遅かったみたいで、あの人たちには謝られたけど……その中の女の人なんかには、泣きながら何度も謝られたけど……それでも、もうどうでもよかった。自分でも不思議なくらい涙なんて一つも零れないで……ママの死に方は自業自得なのかもしれない。ママを知っている人達の中には笑う人もいるかもしれない。だけど、ママは……」
「アイカ……」
「そのアイカって名前で呼ぶのも、もうやめて! その名前で呼ばれても、今はもうツライだけなんだよ! 愛の魔法でみんなを助けるとか、そうすればわたしも笑顔になれるからとか、そんな偉そうな事言っといて、わたしはすぐそばに居た人を、ママを助けられなかった! ママには沢山八つ当たりされたけど、ママだってわたしが居る事で沢山ツライ目に合ってきた! 助けを求めてた! わたしの事なんて捨てて逃げ出しちゃえば楽になれたのに、わたしを捨てなかった! そんなママをわたしは助けられなかった!」
いつの間にか、すべり台で遊んでいた親子は消えていて、公園には、顔を覆ってすすり泣くアイカの声だけが響いた。
「……ううん、違う。わたしがママから逃げていただけ……逃げていただけなんだよ……本当に弱きは……わたしだった……」
アイカは、涙を流し続けた。まるで、今まで我慢していた涙をすべて流そうとするかのように……
アイカがどれくらい母親を求めていたのか、それはオレもよくわかってる。わかってるけどさ――なんか、納得できねえ……!
「魔法少女ってなんだよ……?」
「えっ……?」
泣き濡れた顔を上げるアイカ。
オレは、納得できない想いをそのまま言葉にした。
「魔法少女一人で、いったい何が出来るんだよ! たった一人で、困っている人全員が全員助けられるわけないだろ! 神様じゃないんだ!」
「だけど……!」
「正直言わせてもらえば、オレは今でもアイカの母親は嫌いだ。最低のクズ親だと思ってる。死んだのだって自業自得だと思ってる。だけど、アイカの話を聞いていると、あの母親にも色々あったのかなとか思って……なんか、オレはガキだから、もうグチャグチャで、なんて言っていいかわからないけど、でも、一つだけハッキリしている事は、アイカがこのまま魔法少女を諦める事には納得できないって事だ」
「どうして、そんなに……」
「アイカ、このまま魔法少女を諦めたら、また中二の時みたいに居場所を失うだろ?」
「もう……もういいんだよ……」
「オレ、アイカの事を探すのに、昨日色々な人にアイカの事を聞いて回ったんだ。みんな楽しそうに話すけど、どいつもこいつも薄っぺらい笑顔でさ、魔法少女アイカっていうその場のノリを楽しんでいるだけの、本当のアイカを知ろうともしない連中ばっかりだった。愛で世界なんか回ってなかったよ」
「うん……」
「でもさ、魔法少女アイカの話をすると、どんなに薄っぺらい笑顔だったとしても、みんな楽しそうにして、嫌な顔をする人間なんて一人もいなかったんだ。みんな必ず笑顔になってたよ。だから、アイカのやってきた事は、無駄じゃなかったってオレは信じてる」
「………………」
「それでもアイカが無理だって言うなら、オレはもう何も言わないよ。オレは明日、山口に帰る。親に決められた時間が明日までだから。未成年が一人で生きていけるほどこの世界はあまくないって、それはアイカが教えてくれた事だから。だけど、オレは必ずまた東京に出てくる。プロデビューする事、絶対に諦めないから」
「………………うん」
――ダメか……
オレは立ち上がる。
アイカは、何も言わずうつむいたまま。
「なんか、色々言っちゃって悪かったな……」
「………………」
「アイカが本当にそれでいいと思うなら、オレはもう何も言わないよ」
「………………」
「じゃあ、元気でな、アイカ……」
やっぱり、アイカは何も言わなかった……
アイカに背中を向けて公園を出る。
結局オレは、アイカに何も出来なかった。
何もしてやれなかった。
オレが、ただ言いたい事だけ言って終わっちまった。
――東京に来て、今日が一番悔しいや……
不甲斐ない自分への思いが、胸を強く締め付けた。
東京に来て六日目。初日を公園にテントを張って寝ていたオレが、まさか最後の日にはホテルで朝を迎えられるとは思わなかった。
ベッドから抜け出し、トイレに行って、それから昨日買っておいたコンビニのおにぎりに齧り付き、コーラで流し込んで、歯を磨いて、顔を洗って、ホテルの浴衣を脱いで自分の服に着替える。
それから荷物をまとめ、忘れ物がないかチェックして、部屋を出た。
その間も、アイカの事が頭から離れる事はなかった。昨日アイカと別れてからずっとだ。
自分はどうすれば良かったのか?
本当は、アイカに何を言ってやれれば良かったのか?
いくら考えても、ガキのオレの頭じゃわからなかった……
昨日と変わらない悔しさだけが、泥のようにわだかまっていた。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
フロントに部屋の鍵を返してチェックアウトすると、オレのような子供にもホテルの従業員のお姉さんは、丁寧な口調でにこやかにそう言った。
――大人って、そういうものなんだな……
少し複雑な気持ちでホテルを出た。
「勇貴君……」
出た所で、オレはその声を背中に聞いた。
振り返った先には、アイカが居た。しかし、驚いたのは半分。なんとなく察しはいったからだ。
「玲子さんに聞いたのか?」
アイカは、コクリと頷く。
昨日の夜、スマホに玲子さんから連絡があったのだ。アイカとは会えたかという話だったから、短い会話を交わしただけ。別に詳しく話してもいないし、するつもりもなかった。すると玲子さんは、見送りに行きたいからと言って、どこのホテルに泊まっているのかを聞いてきた。オレは、別にいい、と断ったのだが、
『喫茶店では変な風になっちゃったからさ。でも、やっぱり最後は笑顔でお別れがしたいのよ。せっかく出会ったんだし』
そう言われ、オレは仕方なくホテルの場所を教えたのだったが――
「……昨日ね、玲子ちゃんから電話があったの。勇貴君とのこと話したら、見送りくらい行ってあげなって……」
玲子さんは、やっぱり大人なんだなと思った。オレの話す様子から、何かあったなと感づいたのだろう。だからオレからホテルの場所を聞いて、アイカから詳しい話を聞いた上でアイカにホテルの場所を教えたのだと思う。
――せっかく出会ったんだから、最後は笑顔で、か……
多分、そうするべきなんだろう。
「そっか。ありがとう」
オレは、精一杯の笑顔を浮かべた。
池袋駅へと向かうオレとアイカ。アイカは何も言わず、オレも何を話していいかわからず、オレ達は黙ったまま池袋駅に着いた。しかし、そこでお別れなのかと思ったら、そこで始めてアイカが口を開いた。
「わたしも東京駅まで行くよ。最後まで見送らせて……」
断る理由も無かったから、オレはコクリと頷いた。
東京駅へと向かう山手線の中でも、オレ達の無言は続いた。しかし、その沈黙に耐えきれなくなったのはオレの方だった。何かを話そう、何かを話さなきゃ、そう考えて、オレは思いつく限りを話した。
あっという間の東京生活だったよ――
もっと他にも行きたい所はあったんだ。渋公とか野音とか――
ドームとかもいいけど、やっぱりライブは小さい箱でやった方が絶対カッコイイんだ――
音楽の話ばかりだった。オレは、音楽の話しか出来ないから。アイカは、オレの話を黙って聞いて、薄く微笑む。それだけ。その笑顔にいたたまれなくなって、結局オレも話すのをやめてしまった。
車窓から見える東京の景色が、ただ無機質に流れては消えていった。
東京駅に着き、新幹線乗り場でオレが自販機で切符を買うと、アイカは一緒に入場券を買った。本当に最後まで見送るつもりらしい。それでもお互い言葉を交わすことは無く、オレ達は新幹線のホームに立った。
11時12分発、博多行き新幹線『のぞみ』は、すでにホームに入っていた。
オレは『のぞみ』を見詰めたまま、アイカも見詰めたまま、オレは小さく口を開いた。
「施設、うまくやっていけそうか?」
「うん……」
「一緒に暮らす人達とも、仲良くやっていけそうか?」
「うん……」
「ゴハンは、おいしいか?」
「うん、おいしい……」
「夜は、ちゃんと寝られてるか?」
「少しだけ……」
「そっか……」
ホームのスピーカーから、不意にアナウンスが流れる。
『11時12分発、博多行き新幹線のぞみ二十七号まもなく発車となります。ご乗車の方は――』
「それじゃあ、行くな」
「うん……」
オレは新幹線に乗り込む。
アイカは、ホームに立ったまま、うつむき――ふと顔を上げ、またうつむき――また顔を上げて、またうつむいて、そして言った。
「玲子ちゃんには、最後くらいは笑顔で別れなさいって言われたけど、やっぱりダメだね。笑顔なんて、作れない……」
「アイカ……」
「あのね、昨日勇貴君と別れた後、また子供達にせがまれて魔法少女ごっこをしたの。それで、魔法少女アイカの事を話したの。魔法少女の格好して、本気で愛の魔法を信じて、本気で世界を救おうとしていた――イタくて、キテレツな女の子の話。そうしたらね、子供達が言うんだ。魔法少女アイカに会いたいって。魔法少女アイカが、愛の魔法で世界を救ってくれるのを待ってるって……!」
オレは叫ぶように言った。
「アイカの本当の気持ちを教えてくれッ……!」
言ってくれアイカ。その一言があればオレは……
うつむいて、祈るように手を合わせるアイカ。
「わ……わたし……」
「アイカ!」
泣き濡らした顔を上げて、アイカは叫んだ。
「わたし、魔法少女に戻りたい!」
まるで魂から吐き出されたようなその叫びに弾かれて、オレは扉が締まる直前の新幹線を飛び降りた。
そしてオレは、すぐにスマホを取り出す。ちゃんとケジメだけはつけたかったからだ。
『――勇貴、どうした?』
「親父、スマンけど返る日が一日延びた。今やらにゃ一生後悔する用事が出来たけぇ」
親父の深い溜め息が聞こえた。が……
『……まあ、想定内じゃ。でも、人様に迷惑だけは掛けんねぇや』
「わかっちょる」
『母さんには俺からも言うちょくが、必ず夕方には電話せえ。母さんが一番心配しちょるんやけぇな。しっかり謝っちょけよ』
「ああ、わかっちょる。親父にも、迷惑ばかり掛けてスマン」
『まったくじゃ、このバカ息子』
そんな捨て台詞で親父は電話を切り、オレもスマホをポケットにしまった。
「勇貴くん……」
泣き濡れた顔で、不安そうにオレを見詰めるアイカ。
そんなアイカに、オレはニッと笑って親指を立てた。
「任せとけ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる