それでも愛は回ってる!

和清(WaSei)

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第12章 それでも愛は回ってる!

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 アイカのアパートの前。
 オレは、二階に見えるかつてのアイカの自宅の玄関を見上げている。もう三〇分ほど待っているのだが――
 と、不意に玄関ドアが開き、アイカが出て来た。
 とにかく真っ赤なワンピース。
 クラゲかよ、と、思わずツッコミたくなるくらいの派手なレースフリルの付いたミニスカートに、ウェディングドレスとかで良く見る膨らんだ肩袖。
 胸元には大きなリボンが飾られ、首下には百均でよく見かける安っぽい金色のペンダント。
 手には白い手袋。靴は白いブーツ。
 腰の大きなリボンには、紅白のおめでたい色合いをしたハートのステッキが差し込んである。
 そして、赤いリボンで飾られたツインテール。
 紛れもなくそこに居たのは、魔法少女アイカだった。
 アイカはオレに向かって笑顔で手を振る。
 と、同時に隣の玄関が開いた。出て来たのは、あの日のまん丸と太ったお隣のオバサンだった。
「あらぁ、アイカちゃん、帰ってきたの?」
「いえ。今日は魔法少女に戻りに来ただけです」
「魔法少女……?」
 キョトンとするお隣のオバサンの横を駆け抜けて、階段も駆け下り、アイカはオレの下まで来る。
 と――
「ママに、やっぱり魔法少女はやめないって言ってきた」
 そう笑顔を見せた。
「そうか」
 オレも笑顔で応えた。
 しかし、笑顔だったアイカは、そこで表情を曇らせたのだった。
「……でもね、勇貴君に、とりあえず形から入ろうって言われて変身してみたけど、ママの前でもそういう事言って、自分を奮い立たせようともしたけど、やっぱり、どうしても気持ちがついてこないの……」
「うん……」
「今の、こんなわたしにマショカツが出来るとは思えなくって……」
「それはまあ、当然だよな。そんな簡単に気持ちの整理がつくわけがないよな。それは、オレもわかってるよ」
 不安と哀しみが入り交じったような瞳でオレを見詰めるアイカ。
 アイカの言う、魔法少女に戻る、という事は、気持ちをついてこさせる事らしい。本気で愛の魔法を信じて、本気で世界を愛の魔法で満たそうとしている女の子。それが魔法少女アイカであり、その気持ちが魔法少女活動マショカツをする原動力なんだそうだ。つまり、気持ちのついてこない今の状態では、オレの目の前に居る女の子は、魔法少女のコスプレをしているだけで何も出来ない斉藤良子でしかないというわけだ。
「でも、任せとけって言ったからには、絶対になんとかしてやる」
「なんとかって……?」
「オレがアイカにしてやれる事なんて一つしかないよ。歌うんだよ。歌のマショカツライブだ」
 オレには音楽しかない。だから、音楽でアイカを助けてやりたい。広い場所で誰かを前に思いっきり歌えば、きっと何かが吹っ切れるはずだ。きっと、気持ちを取り戻せるはずだ。このマショカツは他の誰でもない、魔法少女アイカが自分を取り戻す為のマショカツなんだ。
 だが、そのまま固まるアイカ。まあ、予想通りの反応だな……
 アイカは、うなだれて言う。
「勇貴君、それは……」
「大丈夫だよ。歌なんか自分が納得して歌ってりゃいいんだ。要は堂々としている事だよ」
「だけど……」
 不安を見せるアイカだったが、オレはお構いなしにスマホと、折り畳んだノート用紙をポケットから出す。
 それは、アイカをその気にさせる為に用意した切り札だった。
「これさ、昨日は渡しそびれたけど、昨日アイカに会う前の夜に書いた曲なんだ」
 玲子さんへ電話した後、衝動に駆られて作った曲だ。
「アイカへのメッセージのつもりで書いた曲で、本当はオレが歌うつもりだったんだ。だけど、出来上がったら、やっぱりこれはアイカが歌うべきだと思ったんだ」
 オレから渡されたノート用紙を広げると、アイカは目を丸くした。
「勇貴君、この曲……」
「その曲はアイカの曲だ。アイカと出会ったから書けたんだ。だから、アイカが歌って、初めて意味があると思う――って、おい、泣くなよ!」
 アイカは、歌詞を見ながら涙を流していた。
「なんか嬉しくて……ごめんね。わたし、泣いてばっかだね」
 自分の書いた歌詞見てうれし泣きされるとか、照れるな……
「それじゃ、歌ってくれるか?」
「自信は無いけど、がんばる!」
「よし!」
 俺は笑顔を返す。
「それでまあ、メロディは簡単だけど、歌詞はすぐに覚えられないと思うから、ギターケースの裏にカンペを貼って――」
「大丈夫、もう覚えた」
「はい?」
「わたしが、こんな素敵なタイトルの歌詞、覚えられないわけないでしょ?」
 アイカは、涙を拭いながらそう言った。
 オレは、思わず笑いながら返す。
「それも愛の魔法か?」
「もちろん」
 恥ずかしげもなく、堂々と答えるアイカ。少しだけ、取り戻ってきたかな。
「だけど勇貴君。ライブって、どこで歌うの? 路上とかじゃ、またお巡りさん来ちゃうよ?」
「大丈夫。オレに考えがあるから」
「考え?」
「まあ、行きながら説明するよ」
 そして、オレは力強く言うのだった。
「それじゃ、世界が愛で回っていないなら、こっちから回してやろうぜ。愛の魔法とやらでさ!」
「うん!」
 アイカも力強く、大きく頷いた。


 空が茜色に染まり始めた。
 時刻は、夕方の五時を過ぎたところだ。
 場所は、東池袋中央公園。
 オレは、人工池の横の階段を上り、裏へと回る。
 と、オレのギターケースの傍らで石垣に座り、一心不乱にオレのワイヤレスイヤフォンでスマホから流れるオレの曲に聴き入るアイカの姿があった。
 オレは、アイカの肩を叩く。
「あっ、勇貴君、おかえりなさい。遅かったね」
「ちょっと色々あってさ。それでどう? 曲は覚えられた?」
「バッチリ!」
 アイカは満面の笑みで答える。
「勇貴君の方はどうだった? あのお巡りさんのおじさん居た?」
「うん……まあ、居たは居たけどな……」
「根回し、上手くいった?」
「うーん……まあ、大丈夫じゃないか」
 オレは笑ってごまかす。もうこれは、信じるしかなかった。


 アイカを歌わせる場所は、東池袋中央公園と決めていた。あの公園だったら夕方でもそこそこ人通りはあるし、顔見知りのホームレスのオッサン達も居る。それに、路上よりはうるさい事は言われないはずだ。しかし、それをアイカに話すと、やっぱり心配された。早朝ならともかく、夕方とかに大きな音を出していたらお巡りさんが来ると。でも、そんな事はオレも想定内だった。
 だからオレは、アイカに曲を覚えてもらっている間、アイカにギターを預けて根回しに行ったのだ。あのオッサン警官の下へと。
 向かったのは、池袋駅東口ロータリー前にあるふくろう交番と呼ばれる交番。アイカが言うには、あのオッサン警官が勤務している交番がそこなんだという。
 なるべくなら会いたくはない。
 でも、見ず知らずの警官に頼むよりは、まだ可能性はあるかもしれない。
 ふくろう交番に着くと、運の良い事にオッサン警官は、ふくろうの顔の下で厳しい顔をして立っていた。
 うーん、あんな顔して一日立ってるのか? やっぱ首都の警察官ってすげーなー……
 オレは、覚悟を決めてオッサン警官に声を掛けた。
「あの、すみません……」
 と、オッサン警官はオレを見て、すぐに声を上げた。
「あっ、真田! お前また家出してきたのか!」
「違います! 親の許可はもらってます! なんならオレの自宅に電話して確認しますか?」
「そ、そうか。まあ、そこまで言うなら……」
 オッサン警官は、オレの気迫に押されるように少し怯む。
 そんなオッサン警官に、オレは深く頭を下げ、懇願した。
「今日はお願いがあってきました!」
「お願い……?」
「今から東池袋中央公園でライブをやります! 歌うのはアイカです! もちろん、公園だって許可無く大きな音を出すのは禁止なのはわかってます! でも、一曲だけでいいんです! 一曲だけ見逃してください!」
「いや、見逃せって言われてもなぁ……」
「お願いします! お願いしましたよ! それじゃ!」
「ちょ、ちょっと待て! おいッ!」
 引き留めようとするオッサン警官の声を振り切って、オレは逃げ出すようにその場を走り去った。
 こんな風だったから、だからまあ、あとは信じるしかないわけだ。
 でも、ふくろう交番に向かうその前に、オレにはちょっとしたサプライズがあったのだ。まあ、あまり当てにはしていないけど、でも、もしそれが上手くいったなら、ホームレスのオッサン達以外のお客が増えてくれるはずだ。


 アイカと改めて歌詞の確認なんかをして、それからオレ達は石垣から腰を上げた。
 と、先に階段を下りていったアイカが、困った顔で振り返った。
「勇貴君、なんかスゴい人が集まってるよ。何かイベントでもやるのかな……?」
「えっ? だって平日の夕方だぜ?」
「そうなんだけど、ここって炊き出しの他にも、コスプレイベントとか、なんとかの集いとか、色々やってるから……まあ、どっちにしろこれじゃ歌えないね。迷惑になっちゃう」
「そうだな……」
 見れば、あの炊き出しの時と同じくらいの人間が人工池の前に集まっていた。さすがにこれはオレも想定外だった。
 が、その時だ。
「おおっ! アイカちゃーん!」
 突然の声に、オレとアイカは同時にビクッと肩を震わす。しかし、そんな事はお構いなしに、オレ達の周りには続々と人が集まってくる。中高生くらいから大人まで。男もいれば女もいて、みんなそれぞれ手にはペンライトを持っていた。
「やっとアイカちゃんに会えた! もう超ウレシー!」
「俺、ずっと魔法少女アイカを応援してたんだ!」
 その他にも、周りの大人達からアイカを呼ぶ声が聞こえてくる。
 もう、オレもアイカも訳が分からず、オレは集まっている中の高校生くらいの男子の一人に恐る恐る声を掛けた。
「あの、これってなんなんですかね……?」
「何って、今日ここでアイカちゃんのデビューライブをやるんだろ? SNSで回ってきたんだ。だから俺たち、ここに集まったんだよ」
「「はいッ?」」
 オレとアイカは、声を揃えて驚きの声を上げた。なんでそういう事になってる……
 と、そこにオレを呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、おにいちゃん!」
 その声の主を見て、最初に声を上げたのはアイカだった。
「あっ、この前の酔っ払いのオジサン!」
「いやぁ、アイカちゃん、この前は世話になったね。あんな酔い潰れる事なんて滅多に無いんだが、とんだ醜態をさらしちまった。あれ以来、酒は少し控えてるよ」
「うん。その方がいいよ」
 アイカは、嬉しそうな笑顔で、そう答えた。
 そして、あの日の泥酔オヤジは、オレに目を向ける。
「よう、おにいちゃんの言われた通り、人集めといてやったぜ」
「いや……集めてくれとは頼んだけど……」
 ふくろう交番に向かう前にオレに訪れたサプライズとは、この泥酔オヤジに再会した事だった。


 公園を出てふくろう交番へと向かう途中、オレはサンシャイン60通りで突然後ろから肩を掴まれたのだった。
「やっと見つけたぞ。お前だな? アイカちゃんのストーカーってのは」
「はあ?」
「酔い潰れた俺をアイカちゃんと一緒に助けてくれた時は、イイ奴だと思ったのによ」
 そこで俺はピンときた。
「あっ、あの時の泥酔オヤジ!」
「おう、そうだ。あの時の泥酔オヤジだよ。なんだかお前、アイカちゃんの事、嗅ぎ回ってるそうじゃねえか。飲み仲間と一緒に、アイツ、ストーカーじゃねえかって噂しててな。それで見つけてひっ捕まえてやろうと思ってたのよ」
 うーん、困ったな……
 オレは、とりあえず事情を一から説明した。
 と、意外にも泥酔オヤジは素直に信じてくれたのだった。
「なんだ、そういう事だったのか。すまねえ、おにいちゃん。俺の早とちりだったみたいだ。勘弁してくれ……」
 そう言って泥酔オヤジは頭を下げる。
 そこでオレは、ある事を閃いたのだった。
「ねえ、今、飲み仲間って言ったよね? その人達、今から一時間後くらいに東池袋中央公園に集められる?」
「おう。オレが声をかけりゃあ集まるが、それがどうした?」
「そこで今日、アイカが歌うから聴きに来てやってほしいんだ」
「そうかよ! アイカちゃんは池袋の人気者だからな。とうとうデビューか! よし、まかせとけ!」
 そう言って泥酔オヤジは、どっかに行ってしまったのだが……


 ああ、そうだ。あの時デビューとか言ってたわ。とんだ勘違いされたな……
 まあ、それはいいとして――
「でも、よくこんな集められたね?」
 正直、5、6人も集まればいいと思っていたんだけど。
「これでも俺は、東口の飲み屋界隈じゃ顔だからな。飲み仲間に片っ端から電話して、その仲間もあっちこっちに触れ回ってくれてな。それから、飲み仲間の若い奴の中に、アイカちゃんのファンクラブに入っているヤツが居て――」
「ファンクラブ!」
 オレはアイカを見る。
「アイカ、知ってたか?」
 アイカは、首が飛んでいくんじゃないかと思うくらいブンブンと首を横に振る。
 そこに、ペンライトを持つ同年タメくらいの女子が声を掛けてきた。
「私たち、アイカちゃんにファンクラブを認めてもらいたくって、コスプレ屋とかで見つけては声かけていたんだけど、アイカちゃん、すぐに逃げ出しちゃって……」
 そう言えば、アイカ言ってたな。
「そうだったんだ……ごめんね。わたし、てっきり興味本位だけで近付いてくる人だとばっかり思ってて……」
「大丈夫。私たちは魔法少女アイカを応援できれば、それでいいんだから」
 すると、周りの男子や女子も口々に言い始める。
「その子の言う通りだよ、アイカちゃん」
「アイカちゃんのマショカツは、みんな認めてるんだよ」
 言葉も無くアイカは、泣きそうな顔で笑顔を作った。
 そこに、オレ達は泥酔オヤジに肩を叩かれた。
「ほらほら、アイカちゃんも、おにいちゃんも、あんまり客を待たせるもんじゃねえぜ」
 オレとアイカは笑顔を交わし、カラの人工池の中に入って並んで立った。そのオレ達の前に、観客達が集まる。そこに、目の前に居た女子高生っぽい子がアイカに言ってきた。
「アイカちゃん、もう少し下がって後ろの石段に立って。そうしたら後ろの人も、アイカちゃんの事がよく見えると思うよ」
 この人工池は、本来上から石段を伝って水を流す仕組みになっている。確かに、この石段を使えばステージになる。
 オレが先に石段の所まで下がり、アイカに言った。
「よかったなアイカ。ステージが見つかったぞ」
「えー……恥ずかしいよ……」
 魔法少女のまま電車に乗れるヤツが、今さら何言ってんだ……
「いいからほらっ、とにかくここに立てって」
「うん……」
 アイカは恐る恐る後ろに下がり、石段の上に立った。が――
「あ……あの……」
 ダメだ。アイカ、ガッチガチに緊張してる……
 と、その時だ。後ろの方で警察官の姿が見えた。しかし若い。あのオッサン警官じゃない……!
「まいったな、別の警官が来たよ……」
 すると、アイカは何かを思い出したように「あっ!」と、声を上げた。
「どうした?」
「あのね、わたしうっかりしてた。この公園って、すぐそこにも交番があるんだけど――」
「そうなのか! 全然気が付かなかった……」
「ここからじゃ見えない位置にあるからね――それで、その交番は池袋署じゃなくて、巣鴨署の交番なの。だからね、この公園は、あのお巡りさんのおじさんの管轄じゃないの……」
「マジかよ……」
 あのオッサン警官とニイサン警官がオレをここまで追いかけてきたのは緊急時だったからで、本来は管轄外。だからあのオッサン警官、頼みに来たオレを引き留めようとしてたのか……
 やって来た若い警官は、なんか後ろに居る人に事情を聞いている様子。そして、声を上げた。
「すみません! ここで許可の無い集まりは――」
 もうどうにもならない……
 その時だった。
「おーい!」
 あのオッサン警官の声が聞こえた。後ろから走ってきたオッサン警官は、すぐに若い警官に声を掛けた。
「いやぁ、すまないな」
「あれ? アナタは池袋署の……?」
「なんか、うちにここで集まりがあるって届け出があってね。管轄が違う上に、公園の使用許可は区役所なのにね。まあ、子供だから知らなかったんだろうけど、ちょっと放っておけなくてね」
「とにかく受理はされてないんですね?」
「そうなんだけど――もうこんなに集まっちゃってるし、みんな楽しそうにしてるし、10分15分で終わるそうなんだよ」
「……あの、ちょっと言っている意味がわからないんですけど?」
「つまりだよ、お互い警察官として守るべき市民に嫌われたくはないだろって話だ」
「しかし……!」
「それに、あそこに立ってる女の子、キミも知ってるだろ? マショカツだかトンカツだかやってる。あの子に口出すとボランティア連中がうるさいよ?」
「まあ、それは……」
 若い警官は考え込み、深い溜め息を吐いた。
「わかりましたけど、何かあったらそっちが責任取ってくださいよ……」
「何も起こらないよ。その為に居るのが我々だろ?」
 若い警官はうなだれ、また大きな溜め息を吐いた。
 それからオッサン警官は、「面倒かけさせんなよ」とでも言いたげに苦笑をオレ達に向ける。オレとアイカは、同時にオッサン警官に頭を下げた。
 それからオレは、アイカに笑顔を向けて言った。
「とりあえず、いつものやつ、やっとけば?」
 アイカも笑顔でコクリと頷くと――
 腰を捻って片足を上げ、右手に握り締めたマジカルステッキを頭上に高々と掲げて、高らかに言い放った。
「どんな小さな声だって、わたしの心に鳴り響く。世界は愛で回るから! ラブリィウィッチ・魔法少女アイカ。おまたせ!」
 歓声が沸き上がり、そしてアイカは言う。
「あの、色々あって、わたし、世界は愛で回ってるとか、愛の魔法とか、そういうのが信じられなくなって、本当は魔法少女をやめようと思っていたんです。でも、お友達になった小さな子供達に応援されたんです。お姉ちゃんガンバレ、アイカちゃんガンバッテって。それで、ここでもわたしの事でみんなが笑顔になってくれて。わたし、なんかもう嬉しくって……」
 アイカは涙ぐみ、声を上げた。
「――だからわたし、魔法少女はやっぱりやめません!」
 さらに歓声が沸き上がる。
「今日は、歌でマショカツをします。じゃあ、歌います――」
 アイカは涙を拭い、叫ぶように曲のタイトルを告げた。

「それでも愛は回ってる!」

 オレがギターを弾き始め、アイカは歌い出す。その時、驚くことに愛の魔法とやらでアイカの歌はスゴく上手になって――
 ――なんて事があるはずもなく、そりゃもう笑えるくらいヘタクソで、客も唖然となるほどだった。
 だけど、すぐに歓声は戻ってきた。歌い終わる頃には、アイカコールまで沸き起こった。
 観客からは、集まっちゃったからには、っていうヤケクソ感も感じられたが――
 でも、オレはこうも思うのだった。
「もしかしたら、愛の魔法かな?」
 自分で言っておいて、思わず小さな笑いが零れた。

 それは、たった10分足らずの短い時間。
 それは、大人から見たら、ただの子供のイタズラだったかもしれない時間。
 今日集まった連中だって、その場のノリだけで楽しんで、来週には忘れているかもしれない。
 だけど、オレとアイカは、その日、その時間、少しだけ愛で世界を回せたような気がした。


  明くる日。東京駅。再びの新幹線のホーム。
「それじゃあ勇貴君、受験頑張ってね。音楽も応援してる」 
 昨日と同じ博多行きの新幹線のぞみに乗って帰るオレをアイカは、昨日と同じようにホテルまで迎えに来てくれて、昨日と同じようにここまで見送りに来てくれたのだが……
「応援してくれるのはありがたいんだけどさ、まさか魔法少女で来るとは思わなかったよ……」
 どうせなら服装も昨日と同じにしてもらいたかった……
 それでもアイカは、堂々と言う。
「だって、誰かを応援する事だって立派なマショカツだもん。それに、勇貴君とは魔法少女アイカで出会っているんだから、魔法少女アイカでバイバイしたいじゃん」
「昨日は普段着だっただろ……」
「あの時は、斉藤良子だったからね。でも、復活したからには、やっぱ変身しなくっちゃ。復活の魔法少女だよ! 今のわたしは愛の魔法がみなぎっているんだよ!」
 あー、テンションたけー……
 ……でもまあ、元気になってくれて良かった。
「勇貴君。また必ず会おうね」
「その前にアイカはスマホを早く買え。連絡も取れねーよ」
「そうだね。もうすぐバイト代が入るから、そうしたらすぐに買いに行くよ。LINEやろうね! LINE!」
「わかったわかった。LINEでもなんでも付き合ってやるから、とにかく早く買え」
「うん」
 そこで、新幹線の発車のベルが鳴る。
「そろそろだな。じゃーな、アイ――」
 ――突然、オレはアイカに抱きつかれた。
「魔法少女アイカは、真田勇貴君の愛の魔法で救われました。ありがとう」
「いや……あの……」
「ほらほら、乗り遅れちゃう」
 アイカはオレを新幹線に押し込む。
「じゃーまたね。勇貴君」
 そして、新幹線のドアが閉まる。
 満面の笑みで手を振り続けるアイカ。
 オレも、茫然としながら手を振り続ける。
「女の子に抱きつかれてしまった……」
 新幹線の扉のガラスに映るオレの顔は、赤いペンキで塗ったくったみたいに真っ赤だった。
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