『半魚囚人ジル』 深海監獄アビスロックからの脱出

アオミ レイ

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第二章 深淵を裂く影の侵攻

CHAPTER32 『深淵の開戦』

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第二階層・深奥の忘れられた墓所

古びた石碑が無数に並ぶ静寂の空間。空気は重く、古の残響が耳の奥を打つ。 そこに、異様な気配が交錯していた。

バシリスクが唇の端を吊り上げながら、前へ出る。 
「……ドゥーム、ここをお前の墓場に決めたのか?」

クラーケン、ラッカー、モルドがそれぞれ臨戦態勢を整える。 ドゥームを囲むように立ち位置を取り、今にも飛びかかりそうな気迫が満ちる。

その後方では、イェーガーが全体を見渡していた。目は冷静に、しかし鋭く状況を捉える眼差し。 ハンスは一歩引いた位置から、いつでも鋼鉄のロープを繰り出せる体勢を崩さない。

ドゥームが、まるで語りかけるように低く呟く。 
「……おまえらには聞こえんのか。この地に眠る英霊たちの魂の叫びが」

バシリスクが肩をすくめるようにして笑った。 
「……フン、何も聞こえんな。これから聞こえるのは、テメェの断末魔だ!」


モルドがじりっ、と一歩踏み出し、鋭い眼光をドゥームに向ける。 
「……てめえ、よくもギルバートと組んで俺を第三階層にぶち込みやがったな。今日はテメェを地獄にぶち込んでやるぜ!」


ドゥームが薄く笑みを浮かべる。 
「ハハハ……別荘暮らしは快適だったようだな、モルド」

バシリスクが腕を振り上げ、叫ぶ。 
「……余裕ぶってんのも今のうちだぜ…やるぞ!」


バシリスク、モルド、クラーケン、ラッカーが一斉に飛びかかる。 闇の中、戦いの幕が切って落とされた。


沈黙を裂く連撃

バシリスクが先頭を切って踏み込む。 鋭利な牙のような二本の刃を両手に構え、地を裂く勢いで斬りかかる。 
「喰らえええッ!」

だが、ドゥームは微動だにせず、右手を横に払う。 その動作と同時に、墓所の地面から勢いよく水柱が噴き出し、バシリスクの刃を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」

そこへ続くように、クラーケンの怒涛の攻撃が始まる。
「──行くぞ」
その腕には鋭く反り返った双剣、さらに背中から伸びた四本の触手にも、それぞれ一振りずつの剣が握られていた。
六本の剣が、空気を切り裂きながらドゥームへと迫る。

右斜め上から振り下ろされた一閃を、ドゥームはわずかに身を引いて躱す。
続く左の突きは水流の膜で受け止められ、背後からの斬撃にも即座に反応して水の柱で対抗する。

「チッ…手応えがねえ…!」
クラーケンの顔がわずかに歪む。ドゥームはその隙すら見逃さず、水流の反撃を繰り出すが、クラーケンは低く跳躍して間合いを取り直す。

その隙を狙って最後尾から回り込んでいたラッカーが、ドゥームの背後から牙をむいた。

「油断したな!」
ラッカーの牙がドゥームの背に迫った瞬間、突如として後方から吹き上がった水柱により、彼の体は天井へと跳ね飛ばされた。
「がっ……!? どこまで見えてやがんだ……」

モルドが、ゆっくりと一歩前に出た。
「……お楽しみはここからだぜ」

拳を振り上げたかと思えば、宙を見上げる彼の口から無数の毒針が空へと撃ち出される。

それはやがて、緑がかった雨となって降り注いだ。


「下がれ!」
イェーガーの声と同時に、全員が一歩、後退する。

毒雨を浴びるモルドの顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。
「この毒、猛毒すぎて俺にも効くんだよ、ハハハ…だがな──」

次の瞬間、モルドの背筋がしなり、猛獣のように跳びかかる。

毒雨の中、鋭く伸びた牙が、ドゥームの喉元を狙って閃いた──。


しかし――
ドゥームは無言のまま、手を横一文字に振るった。 瞬時に生じた水の竜巻が毒の雨を空中で弾き飛ばし、無数の毒粒が渦に飲まれてかき消えていく。

「──ッ!」 モルドの目が見開かれた瞬間、ドゥームの拳が逆巻く水流の中から突き出された。

バキィッ!!

鈍い音とともに、モルドの牙が砕け、唇から血が滴る。
「ぐっ……!!」 
モルドは一歩後退し、口元を押さえながら睨みつけた。

「……貴様の毒雨で、多くの兵が無惨に死んだ。故に俺はお前を縛り、ギルバートの元へ送った。それだけの話だ、モルド」ドゥームの声は低く、冷ややかだった。 

「……へっ、さも正義面して語りやがって……」

バシリスクは唸りながら歯を食いしばる。 (クソッ……四人がかりでも、傷ひとつつかねぇってのか……!?)


その刹那──
ラッカーが影のように背後からドゥームへと迫る。 鋭く研がれた牙で、無防備な首筋を狙って跳躍。

しかし──
「……遅い」
振り向きざまに放たれたドゥームの拳が、正確無比にラッカーの顔面を撃ち抜いた。

グシャッ!!

そのままラッカーは地面に叩きつけられ、白目を剥いて気絶。

「…裏切り者に情けは無用だ」 ドゥームが無表情のまま、倒れたラッカーの顔面を踏み潰そうと足を上げる。

「させるかよ!!」
背後から、バシリスクの牙が突き出される。 同時に、正面からクラーケンの六本の剣が鋭く閃いた。
ドゥームは一歩退き、攻撃を受け流す。

その隙を突き、壁際に控えていたハンスが手を伸ばす。 鋼鉄のロープがスルスルと伸び、意志を持ったかのようにラッカーの身体を絡め取り、回収して引き寄せた。
ラッカーの体は素早く安全な位置へと引き下げられ、ハンスはすぐに姿勢を低くし、戦況を注視する。


深海の狂気の連携は見事だった。 だが、ドゥームの反応はそれを上回っていた。 攻撃が届く前に、すでに水の形を操り、全方向からの攻撃に備えていたのだ。

「……おまえら程度の攻撃では、この“深淵”には届かん」
ドゥームが静かに呟いた時、地面の水気が微かに震えた。

──戦いの火蓋は、まだ切られたばかり。 深海の底でぶつかる力と力。 それは、ただの抗争ではなく、長き因縁と信念のぶつかり合いだった。
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