『半魚囚人ジル』 深海監獄アビスロックからの脱出

アオミ レイ

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第二章 深淵を裂く影の侵攻

CHAPTER34『鉄の規律』

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──第二階層・中央通路


重々しい足音が、通路の奥から徐々に近づいてくる。
 それは看守のものとは明らかに異なる、“装甲の威圧”をまとった音だった。
囚人たちは自然と通路の端に寄り、頭を低く伏せる。

 「……来やがった……定期巡回だ」
 誰かがそう呟くと、空気がさらに張りつめた。

先頭に現れたのは、漆黒の重装備に身を包んだ男。
 獰猛な猛獣のような顔に、ゆっくりとした歩幅。
 彼こそが、政府からの特命によりアビスロックに派遣され、機動警備隊長に就任した――ナックだった。


ナックの横には、鉛色の装備を纏い、冷ややかな目で周囲を見回す男が付き従う。
 それが彼の副官、副隊長クロムである。

【キャラクター紹介:副隊長クロム】
種族:ウナギ魚人
特徴:細身ながら電撃を帯びた警棒と短剣を自在に操る。
性格:冷静沈着で規律重視。無駄を嫌い、感情を挟まない判断を下す。
備考:ナックに忠実だが、その裏で密かに別の任務を持っているという噂もある。


ナックは隊を率いて無言のまま進むと、道端で軽くフラついただけの囚人に目を止めた。


 「……反抗の兆候だな…」
 そう呟くや否や、手にした重い警棒を振り上げ――

ゴッ!

容赦のない音が通路に響き渡った。
 囚人はうめき声も出せずに崩れ落ちる。


「次…」
 ナックは淡々と歩を進め、次の“目を合わせた”囚人にも容赦なく警棒を振るう。
 理不尽としか言えぬ暴力が、機械のように繰り返されていく。


──そして、その場にたまたま配給を取りに来ていたバレルが、様子に気づき足を止めた。
バレルは袋を肩に担ぎながら、殴られた囚人の方へ視線を向ける。

「……ひでえことしやがるなあ」
 唾を吐くように、呟く。
 「こいつが何をやったってんだ……?」


その声にナックの動きが止まる。
ゆっくりとバレルの方へ首を向け、薄く笑みを浮かべた。
「……何だ、貴様」


その隣で副隊長クロムが一歩前へ出て、無感情な声で続ける。
「こいつは──元看守だった男……バレルです」

ナックの隣に立つ副隊長クロムが、ゆっくりと視線をバレルに向けた。

その冷淡な顔に、わずかに皮肉めいた笑みが浮かぶ。
「……久しぶりだな、バレル」

一瞬、時間が止まったような空気が流れる。
バレルの表情がぴくりと動いた。

クロムはナックの方へ顔を向け、機械的な口調で続ける。

「こいつも昔は、俺たちと一緒に定期巡回に加わってました……まあ、今は落ちぶれて囚人になって配給袋を担いでるようですが」


バレルは、ゆっくりと警棒で殴られた囚人に視線を戻し、静かに言った。
「……クロム」

その声には怒りでも哀しみでもない、鈍く沈んだ何かがこもっていた。

バレルは配給袋を足元に落とし、ゆっくりとナックを見据えた。

口の端をわずかに吊り上げ、低く呟く。
「……俺がいた頃よりも…ますます酷くなっているようだな」

クロムは鼻で笑い、肩をすくめる。
「……フン。これが昔からの、ここアビスロックのやり方だろう。お前だけが、ぬるかったんだよ、バレル」

バレルの言葉に、ナックが不快げに眉をひそめる。
「囚人のくせに……偉そうな口を利きやがって……」


ギリ、と歯を食いしばりながら、ナックは警棒を振りかぶった。
「その殻ごと、潰してやるッ!!」


だがその瞬間――

ガシィッ!

バレルの両腕、いや、“鋼のハサミ”がナックの両手首を挟み込むように押さえつけた。

金属と金属がぶつかる重たい音が響く。

「ッ……貴様……これは反逆罪だぞ!」
ナックが怒声を上げる。

だが、バレルはまったく動じずに返す。
「うるせえ……自分の身を守って、何が悪いんだよ」


緊張が一気に広がり、周囲の囚人たちが息を飲む。

クロムはわずかに目を細め、冷たい声で告げる。
「……我々に手を出せば、どうなるか。お前が一番、わかっているはずだろう?」

バレルの目が鋭くなる。

次の瞬間、ナックが本気の力で叫ぶように腕を振り払った。
「クソがァッ!!」

ゴッと音を立ててバレルの両腕がはじかれ、距離が生まれる。
ナックの目には、明確な“敵意”が宿っていた。

「……貴様は“死刑”だ。宣告じゃねぇ、執行だ!!」
ナックの口元が歪む。怒りにまかせて、再び警棒を振りかぶった。

「おまえらも構えろ! こいつを囲めッ!」
命令と同時に、重装の機動看守たちが一斉に武器を構え、バレルを取り囲む。
その数、十数人。全員が無表情の仮面と無慈悲な装備に身を包んでいる。


バレルは周囲をぐるりと見回すと、わずかに舌打ちをした。
「……チッ、こいつだけなら何とかなったが……こんだけ兵士がいたんじゃどうしようもねえな。しかも……電撃のクロムまでいやがると……」

額から、じわりと汗が滲み出る。鋼のハサミを構えながらも、その動きは慎重だった。


──その時だった。

「バレル、どうしたんだ?」
落ち着いた声が、通路の奥から響いた。

姿を現したのは――ジル・レイヴン。
沈黙の牙の動向を探っていたジルが、ひとり通路に現れる。
その鋭い視線が、バレルと取り囲む兵士たちを一瞬で把握する。


バレルは少しだけ肩をすくめて言った。
「……ちょっとめんどくせえことになっちまってな」

ジルは小さく鼻を鳴らし、低く呟く。
「……ああ、思い出した。確かコイツらに手を出したら袋叩きにされて殺されるって決まりだったな」

その声に、クロムがすぐに反応する。
静かにナックの方へ視線を移し、事務的に告げた。
「……こいつは、ここ第二階層の四大派閥の一つ――“蒼海の解放軍(ブルータイドリベレーションズ)”のリーダー、ジル・レイヴンです。バレルも、今はその一員となっているようです」

ナックは鼻を鳴らして笑った。
「フン、“四大派閥”だ?知らねぇなぁ。この深海監獄で一番偉いのは、看守様だろうが!」

そして、怒りを込めて叫ぶ。
「こいつもまとめて潰してしまえ!!」

そのまま警棒を振り上げ、バレルの頭を狙って振り下ろした!
ナックの警棒がバレルの頭を叩き潰さんと振り下ろされた瞬間――


「……おい」
素早く、ジルがバレルの前に割って出る。

その腕が一瞬で硬質な音を立てて変化する。
鋼鉄のごとく変化した右腕が、ナックの警棒をガキィィン!と完全に受け止めた。


「……なんだと……?」
ナックの目が見開かれる。


ジルはにやりと笑った。
「……仕方ねえな。バレル、やるぞ」

バレルも背中を預けるように構える。
「おう!……悪いが、やるからには本気だぞ!」


次の瞬間、バレルの巨大なハサミがうなりを上げ、周囲の重装備兵たちを薙ぎ倒す!

ガシン! ガガッ! ドガァ!

一人、二人、三人――重量級の兵士たちが、まるで人形のように吹き飛ばされる。

「う、うわっ……なんてバカ力だ……ッ!」
隊員の一人が思わず叫ぶ。

「クソッ……!いい加減にしろッ!!」
怒りを爆発させたナックがジルめがけて突進、鋭い連撃を繰り出す。

だがジルはその動きを紙一重で回避すると、鋼鉄化した拳を振りかぶる。
「……お返しだ」

ドゴォッ!!!

渾身の拳がナックの胸の装甲を突き破り、衝撃でその巨体が宙を舞った。
重い音を立てて背中から壁に激突し、ナックの巨体が壁にめり込み、無様に崩れ落ちた。
そのまま微動だにせず、意識はすでに途切れていた。


ジルは肩を回しながら、口元をほころばせる。
「…やっちまったなぁ」

バレルが無言でジルに拳を差し出す。
ジルはニッと笑い、軽く拳をガシンと合わせた。

だが、その後ろから冷たい声が響いた。
「……おまえら、どうなるか分かっているのか?」
副隊長クロムが無表情のまま言葉を吐く。

「部下のひとりが、すでに第一階層に報告に走ったぞ。監獄長の耳に届くのも時間の問題だ……」


周囲の空気が一瞬張り詰めた、そのとき――

ダッダッダッと重たい足音と共に、新たな気配が戦場に満ちる。

「おい、ジル、バレルッ!!」
情報を察知し、駆け込んできたのは、バラスト。

彼の背後には、ヴォルグ、レクス、タイタン、アルデン、モーリス――
蒼海の解放軍の仲間たちの顔ぶれが、次々と通路に姿を見せ、勢ぞろいしていた。


ヴォルグがジルのもとへ駆け寄り、静かに声をかける。
「大丈夫か……ジル、バレル!」

ジルとバレルは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「まさかあの装甲をブチ抜くとはな……派手すぎだろ?」
バレルの声には驚きと、少しだけ誇らしげな響きが混じっていた。


蒼海の解放軍の戦力が揃って姿を現した瞬間、その場の空気が明らかに変わった。

看守たちがわずかに身じろぎし、警戒心をあらわにする。

ジルは振り返り、仲間たちの顔ぶれを一通り見渡すと、ゆっくりと前に歩み出て、クロムに視線を向けた。

「……ギルバートでも……グレンダルでも……誰が来ようが、俺たちは負けるつもりはねぇよ!」

その言葉に、周囲の囚人たちがざわついた。

沈黙の中で、クロムが静かに歩を進める。
その手に握られた警棒と短剣が、わずかに紫電を帯び、
空気を裂くように「戦いの刻」を告げていた。

そして、誰もが息を呑む中――
彼は言葉少なに、それでも確かな殺意を帯びて口を開く。

「……俺が動くか」

冷気にも似た圧が、第二階層に満ちていく。
蒼海の解放軍と看守隊、緊張の綱が、いま音を立てて軋み始めた。

──次の瞬間、何が起こるかは、誰にも読めない。


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