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第四章 南部拠点に轟く監獄軍の進軍
CHAPTER68『血に染まる三つ巴の制御室』
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旧軍司令所――その地下深く。
湿り気を帯びた空気を震わせるように、地上から轟音が響き渡った。
崩れゆく聖堂門の音が、まるで地の底まで喰らい込むように鳴り響く。
土壁が軋み、古びた石柱がかすかに震え、地下に潜む者たちの心臓を揺さぶった。
ゴゴゴゴ…………
大地を震わせるような轟音が地下に響き渡る。
壁の石がわずかに崩れ、天井の砂塵がぱらぱらと舞い落ちる。
「クッ……何が起こっているのだ!?」
カインが顔を上げ、苛立ち混じりに叫ぶ。
全員が動きを止め、緊張した面持ちで周囲を警戒する。
その中で、ヴァイスが不気味に口角を吊り上げた。
「クククク……ゼルバ様の計画通りだ……。もう、そろそろ“目覚めても”良い頃だが……」
その言葉に嫌な予感を覚えた瞬間――
バラストがカインの元に駆け寄る。
「カイン! 地上であの巨大な門が崩れかけている! あれが総て崩れたら、ここも危ないぞ!」
「……何!? 早くこの場を切り抜けなければ……!」
カインの声が地下の空気を震わせた。
再び轟音が響く――
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
崩落は、もうすぐそこまで迫っていた。
シェイドが低く声を放つ。
「……ゼオン、さっさと終わらせるぞ」
ゼオンが頷き、目を細めた。
「ああ――一瞬で終わらせてやろう」
その言葉と同時に、ゼオンの視線が鋭くトキシードへと突き刺さる。
わずかに膝を曲げ、爆発的な踏み込みに備える。
そして、闇に煌めくデュランダルソードを高々と掲げ――
その刃に、獰猛な殺気が宿った。
「……フンッ」
トキシードが鼻を鳴らす。
迫る殺気を真正面から受け止めながら、一歩前に踏み込むと、全身から鋭い毒棘が突き出す。
さらに腕の外殻が分裂し、うねりながら宙を舞った。
「……貴様らの首、まとめて刈り取ってやる」
その時――
ズガガガガガガンッ!!!
激しい振動と共に、爆発音が地下全体に響き渡った。
「……!? 何だ……?」
シェイドが振り返り、眉をひそめる。
ヴァイスの顔も険しく歪む。
「……爆発音だと!?」
――研究区画制御室
煙が立ちこめる中、グレイ・スコルザがゆっくりと息を吐いた。
「……ふぅ。何とか天井に穴は開いたな」
彼が仕掛けた爆弾が、起動したのだった。
瓦礫が崩れ落ち、覗いた裂け目から蒼空が覗く。
グレイは口元に指を添え、鋭く指笛を吹いた。
ヒュゥゥゥ――
次の瞬間、開いた天井の隙間を切り裂くように巨大な鷲が舞い降りる。
その鋭い双眼がグレイを認め、鋭い爪を広げた。
「……よし、運べ」
グレイの声を受け、鷲は巨大繭をその両足でがっしりと掴みあげる。
バサァァァッ!!
翼が生み出した暴風が室内を吹き荒らし、砂塵と書類を舞い上げた。
大鷲は甲高い鳴き声を響かせると、繭を抱えたまま裂け目へと舞い上がり、空へと飛び去っていった。
一方――
ヴァイスが目を細める。
(……研究区画の方か!)
「トキシード! ここは任せたぞ!」
トキシードは頷き、全身を棘立たせる。
ヴァイスは踵を返し、デューガンとダラン・クルスらの隙間をスルリと抜け、疾風のように研究区画の方向へ駆けた。
「チッ!」
ハンスが素早くロープを繰り出し足を絡めようとするが、ヴァイスは身を翻して躱す。
トキシードは即座に身体の一部を分裂させ、棘を伴う触肢をシェイドとゼオンへ襲いかからせた。
しかしゼオンが長剣を閃かせ、全てを斬り落とす。
ザンッ! ザンッ! ザンッ! バシュッ!!
シェイドが目を細める。
「……俺はヴァイスを追う」
「ああ、すぐに追いつく」
ゼオンが頷くや否や、シェイドは音もなく闇に溶けるように姿を消した。
その時、ラッカーとぶつかっていたレザックが口角を吊り上げる。
「フハハ……俺も向かうか」
その言葉と同時に、影のように研究区画の方向へと掻き消えた。
「おっ、あっちの方が面白そうだな。俺も行こうか」
モンバロが愉快そうに笑い、デューガンとの斧のぶつかり合いを少し下げる。
「バカが!」
トキシードが怒鳴る。
「俺たちはここでこいつらを足止めするよう、ヴァイス様が言っていただろう!」
モンバロは肩を竦め、口元を歪めた。
「バカとは言ってくれるな……まあいい。この魚にも飽きてきた所だ。さっさと終わらせようか」
「……ハンッ!」
デューガンが鼻で笑い、牙を剥く。
その傍ら――
ネフラッドが鋭い刃でダラン・クルスを追い詰めていた。
「クソッ! もう持たないぞ!」
額に汗を浮かべながら防戦するダラン・クルス。
ネフラッドの大鎌が喉を狙って振り下ろされる。
その瞬間、背後から鉄杭が唸りを上げた。
「……!」
ネフラッドは即座に反応し、片手の大鎌でラッカーの鉄杭を受け止める。
ギィィンッ!!
隙を得たダラン・クルスが短剣で腹を狙うが――
寸前で大鎌が振り下ろされ、弾かれる。
ガギンッ!!
「クソッ!」
苛立ちを滲ませるダラン・クルス。
一方その背後では、トキシードがゼオンに迫る。
だがゼオンの長剣が鋭く唸り、確実にトキシードの左腕を切り落とした。
ザシュッ!!
「クッ……!」
トキシードが呻く。
(……こいつ、隙が全くない……)
冷や汗が頬を伝い落ちた。
その時――
野太い声が戦場を震わせる。
「邪魔するぜぇ!!」
脇腹を滴る血を布切れで押さえながら、クラーケンが乱入してきた。
「クラーケン!?」
ハンスが驚愕の声を上げる。
「!?…その傷は大丈夫なのか!?」
「おう!ここでもやり合ってたか……ヴァイスの野郎がここに入って行くのを見てな。痛みが治まるのを待って、遅れちまったぜ!どこだ?ヴァイスの野郎は?」
ゼオンが鋭い声を放つ。
「……ヴァイスなら今、奥の通路へ逃げて行った。シェイドが追っている」
「何っ!?……野郎は絶対許さねえ!」
クラーケンが吼え、奥の通路へ向かおうとする。
「待て! 通すと思うか!」
トキシードが残った片腕を振り上げる――。
ザンッ!!
閃光のごときゼオンの一撃が、その腕をも切り落とした。
「……!? クッ!」
トキシードが呻き、肩で息をする。
「……腕を落としたぐらいで勝ったつもりになるなよ……。俺にとっては、こんなものはすぐに再生できる!」
両腕に力を込めると――
ブチブチブチッ……
肉が裂け、蠢く棘と共に少しずつ腕が生えてきた。
「……フン、邪魔だ!」
クラーケンが吼え、六振りの剣を乱れ打つ!
ギギギギッ!
刃が肩や腕を抉り、鮮血が飛び散る。
だがトキシードは致命傷を辛うじてかわした。
(……クソッ、こいつも手練か...このままでは……!)
トキシードが歯を食いしばり、叫ぶ。
「モンバロ! ネフラッド! 研究区画の方へ引くぞ!」
「……はぁ? おまえがこいつらを足止めするっつったんだろうが!」
モンバロが眉をひそめる。
「……状況が変わった!」
トキシードの声に、モンバロは渋々とデューガンを弾き飛ばし、一歩退いた。
「……まあな、こいつらはちと厄介だな」
ネフラッドも、大鎌でダラン・クルスとラッカーの猛攻を受け流し、一歩下がる。
三人は互いに背を庇い合いながら、アビスロック兵団の攻撃を防ぎつつ通路奥の研究区画へと退いていく。
「……行かせるか! 追うぞ!」
ゼオンが声を張り上げる。
「おう!」
クラーケンが剣を構え直す。
「行くぞ!」
カインが他の者を率いる。
アビスロック兵団の面々と、ダラン・クルス、セリオ・ダルヴァン、ドクトル・ハイゼンは、一斉に通路奥――研究区画を目指して駆け出した。
ゴゴゴゴ……
崩れゆく地鳴りの中、決戦の舞台はさらに深部へと移ろうとしていた。
――研究区画制御室
「……さて、俺もここ(天井穴)から抜け出るか」
グレイ・スコルザが独り呟き、登れそうな棚に手をかけたその瞬間――
シュッ!!
音もなく振り下ろされた剣の切っ先が、彼の首筋をかすめる。
「おい! これはどういう事だ! 貴様は誰だ!?」
ヴァイスの声が鋭く響く。
(……繭が跡形もない……天井に穴……持ち出したのか……!?)
グレイは肩をすくめ、にやりと口元を歪めた。
「……おっ、見つかっちまったなあ、ヴァイス君」
「……答えろ!」
ヴァイスが剣を突きつけ、目を光らせる。
「ハハハ……そうカリカリするな! 俺も――シャドウ・レギオンだ」
「……!? 何だと!」
ヴァイスの脳裏を閃光のように疑念が走る。
(……ランスロットの差し金か!?)
「何を揉めている……」
冷ややかな声が背後から響いた。
気配を殺して近づいていたシェイドの刃が、ヴァイスの喉を掠める。
「クッ……! 邪魔をするな!」
ヴァイスが咄嗟に身を翻す。
(……あいつは何者だ? 仲間ではなさそうだが……)
シェイドの目が怪しく光った。
「フフフ……何やってんだ、ヴァイス。俺も混ぜろよ」
その時、闇の中からレザックが姿を現し、愉快そうに笑う。
ヴァイスが怒声を放つ。
「レザック! 今すぐその男を斬れ!」
剣先をグレイに突きつける。
レザックはゆっくりと剣を持ち上げ、愉快そうに口角を吊り上げた。
「フフフフ……ああ――斬るさ」
おもむろに向き直ったその刃先が――
突如、ヴァイスへと翻る。
「……おまえをな!」
ガギィィン!!
甲高い金属音が制御室に響き渡る。
ヴァイスが咄嗟に剣を上げ、その一撃を受け止めた。
「ハハハ!」
レザックが笑い声を轟かせる。
「おい、グレイ! ……こいつは殺してもいいんだよなぁ?」
「……レザック……貴様!」
ヴァイスが血走った目で睨みつけ、剣を強く押し返す。
緊迫した制御室の空気が、一気に血なまぐさい火花を散らそうとしていた――。
誰が敵で、誰が味方か。境界の曖昧な三つ巴が、刹那の均衡を揺さぶる。
グレイが肩をすくめ、にやりと笑った。
「……ハハハ。もうヴァイスに立場をバラすのか、レザック?」
「……貴様ら、何者だ!?」
ヴァイスの声が鋭く制御室に響く。
グレイは余裕の笑みを崩さず、指先で棚を軽く叩いた。
「だから言っているだろう――シャドウ・レギオンだ。マリクシオン本隊だよ」
「……マリクシオン……!」
ヴァイスの目が鋭く細まる。
(……やはりランスロット直属の部隊か!)
「……本隊がコソ泥のような真似をしやがるのか?」
グレイはわざとらしく肩を竦め、笑みを浮かべる。
「いや~……ゼルバ・フォーンに裏切りの予兆があるって密告があってな。
わざと捕まって潜入したわけだが……まさか予定外の奴らが攻め込んで来るとは思わなかったよ」
指先で埃を払うように棚を軽く叩きながら、余裕の口ぶりを崩さない。
「まあ――混乱に乗じて、首尾はきっちり得られたがな」
「……貴様ら、逃がさんぞ!」
ヴァイスの声が低く響き、剣先がわずかに震えるほどの殺気を放つ。
レザックは肩を揺らし、不敵に笑った。
「ククク……別働隊も押されかけてたぜ。お前一人で、いったい何ができるよ?」
制御室の空気が張り詰める。
ヴァイスは二人を鋭く睨み据え、その目には決して退かぬ意志が宿っていた。
シェイドは無言のまま刃を下げ、わずかに目を細めた。
(……なるほど。こいつらはシャドウ・レギオン本隊……ゼルバ・フォーンの裏切りを察知して潜入していたというわけか)
土埃に霞む制御室の空気を静かに吸い込み、視線を二人に走らせる。
(……ならば――どちらも始末して問題ないな)
刃の切っ先にわずかな殺気が灯る。そして、その身は音もなく闇に溶けていった。
(……奴の気配が消えた…)
ヴァイスの額を一筋の汗が伝う。
(……奴の暗撃を警戒しつつ、こいつらを狩るのは厳しい……)
その時――
通路の奥から声が響いた。
「ヴァイス様!」
現れたのはトキシード、ネフラッド、モンバロ。
だがその背後には、ゼオン、クラーケンらの鋭い気配が迫っていた。
「……奴らを潰せませんでした」
トキシードが悔しげに報告する。
ネフラッドとモンバロは背後を振り返り、警戒の手を緩めない。
「……まあいい」
ヴァイスは低く言い放ち、剣を掲げる。
「トキシードとモンバロで後ろを防ぎきれ。俺とネフラッドで――即座にあの二人を狩るぞ!」
その剣先が、グレイとレザックに突きつけられる。
「……レザック?…裏切りやがったのか?」
ネフラッドの声に怒気が滲む。
「……奴はマリクシオン本隊のスパイだ」
ヴァイスの言葉が制御室を震わせた。
「……何だと!?」
ネフラッドの瞳に驚愕が走る。
ヴァイスの言葉は、背後を警戒していた二人の耳にも届いた。
「……!? 何っ!」
トキシードの目が見開かれる。
「ハハハ!」
モンバロはニタつき、斧を肩に担ぐ。
「レザック~、お前スパイだったのか? 面白れぇじゃねえか!」
レザックが不敵に笑い返す。
「モンバロ! テメェは賢い野郎だ……マリクシオン本隊に来い! 幹部待遇で迎えてやるよ」
「ハハハ……こんな場面で勧誘するとはな!」
グレイが肩を揺らし、楽しげに笑った。
その言葉に、モンバロは一瞬だけ口元の笑みを消す。
重たい沈黙の中、斧をゆっくりと構え直す。
次の瞬間、モンバロの口角が再び吊り上がる。
「……面白ぇ提案だが――俺の答えは、これだ!」
次の瞬間――
信じられない速さで斧を横薙ぎに振り抜く。
ザシュッ!!!
「……!? がっ……!」
トキシードの身体が斜めに裂け、血飛沫を散らしながら崩れ落ちる。
「悪ぃな、ヴァイス!」
モンバロは笑いながらスルリと一回転、流れるようにレザックの元へと身を寄せる。
ヴァイスの顔に激しい怒気が走った。
「……クソ猿が!」
制御室の空気は、一瞬で裏切りの血臭に満ちた――。
ヴァイスの怒り、グレイの嘲笑、レザックの愉悦、そしてモンバロの裏切り――
全てが渦を巻き、制御室は修羅の巣窟と化していく。
その闇の片隅では、シェイドが気配を殺し、静かに刃を研ぎ澄ませていた。
いつでもその影から飛び出し、均衡を破る準備を整えている。
だがその頃地上では、聖堂門は軋みを上げ、瓦礫と化す寸前――その上に立つ者たちを、地獄の淵へ引きずり込もうとしていた。
湿り気を帯びた空気を震わせるように、地上から轟音が響き渡った。
崩れゆく聖堂門の音が、まるで地の底まで喰らい込むように鳴り響く。
土壁が軋み、古びた石柱がかすかに震え、地下に潜む者たちの心臓を揺さぶった。
ゴゴゴゴ…………
大地を震わせるような轟音が地下に響き渡る。
壁の石がわずかに崩れ、天井の砂塵がぱらぱらと舞い落ちる。
「クッ……何が起こっているのだ!?」
カインが顔を上げ、苛立ち混じりに叫ぶ。
全員が動きを止め、緊張した面持ちで周囲を警戒する。
その中で、ヴァイスが不気味に口角を吊り上げた。
「クククク……ゼルバ様の計画通りだ……。もう、そろそろ“目覚めても”良い頃だが……」
その言葉に嫌な予感を覚えた瞬間――
バラストがカインの元に駆け寄る。
「カイン! 地上であの巨大な門が崩れかけている! あれが総て崩れたら、ここも危ないぞ!」
「……何!? 早くこの場を切り抜けなければ……!」
カインの声が地下の空気を震わせた。
再び轟音が響く――
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
崩落は、もうすぐそこまで迫っていた。
シェイドが低く声を放つ。
「……ゼオン、さっさと終わらせるぞ」
ゼオンが頷き、目を細めた。
「ああ――一瞬で終わらせてやろう」
その言葉と同時に、ゼオンの視線が鋭くトキシードへと突き刺さる。
わずかに膝を曲げ、爆発的な踏み込みに備える。
そして、闇に煌めくデュランダルソードを高々と掲げ――
その刃に、獰猛な殺気が宿った。
「……フンッ」
トキシードが鼻を鳴らす。
迫る殺気を真正面から受け止めながら、一歩前に踏み込むと、全身から鋭い毒棘が突き出す。
さらに腕の外殻が分裂し、うねりながら宙を舞った。
「……貴様らの首、まとめて刈り取ってやる」
その時――
ズガガガガガガンッ!!!
激しい振動と共に、爆発音が地下全体に響き渡った。
「……!? 何だ……?」
シェイドが振り返り、眉をひそめる。
ヴァイスの顔も険しく歪む。
「……爆発音だと!?」
――研究区画制御室
煙が立ちこめる中、グレイ・スコルザがゆっくりと息を吐いた。
「……ふぅ。何とか天井に穴は開いたな」
彼が仕掛けた爆弾が、起動したのだった。
瓦礫が崩れ落ち、覗いた裂け目から蒼空が覗く。
グレイは口元に指を添え、鋭く指笛を吹いた。
ヒュゥゥゥ――
次の瞬間、開いた天井の隙間を切り裂くように巨大な鷲が舞い降りる。
その鋭い双眼がグレイを認め、鋭い爪を広げた。
「……よし、運べ」
グレイの声を受け、鷲は巨大繭をその両足でがっしりと掴みあげる。
バサァァァッ!!
翼が生み出した暴風が室内を吹き荒らし、砂塵と書類を舞い上げた。
大鷲は甲高い鳴き声を響かせると、繭を抱えたまま裂け目へと舞い上がり、空へと飛び去っていった。
一方――
ヴァイスが目を細める。
(……研究区画の方か!)
「トキシード! ここは任せたぞ!」
トキシードは頷き、全身を棘立たせる。
ヴァイスは踵を返し、デューガンとダラン・クルスらの隙間をスルリと抜け、疾風のように研究区画の方向へ駆けた。
「チッ!」
ハンスが素早くロープを繰り出し足を絡めようとするが、ヴァイスは身を翻して躱す。
トキシードは即座に身体の一部を分裂させ、棘を伴う触肢をシェイドとゼオンへ襲いかからせた。
しかしゼオンが長剣を閃かせ、全てを斬り落とす。
ザンッ! ザンッ! ザンッ! バシュッ!!
シェイドが目を細める。
「……俺はヴァイスを追う」
「ああ、すぐに追いつく」
ゼオンが頷くや否や、シェイドは音もなく闇に溶けるように姿を消した。
その時、ラッカーとぶつかっていたレザックが口角を吊り上げる。
「フハハ……俺も向かうか」
その言葉と同時に、影のように研究区画の方向へと掻き消えた。
「おっ、あっちの方が面白そうだな。俺も行こうか」
モンバロが愉快そうに笑い、デューガンとの斧のぶつかり合いを少し下げる。
「バカが!」
トキシードが怒鳴る。
「俺たちはここでこいつらを足止めするよう、ヴァイス様が言っていただろう!」
モンバロは肩を竦め、口元を歪めた。
「バカとは言ってくれるな……まあいい。この魚にも飽きてきた所だ。さっさと終わらせようか」
「……ハンッ!」
デューガンが鼻で笑い、牙を剥く。
その傍ら――
ネフラッドが鋭い刃でダラン・クルスを追い詰めていた。
「クソッ! もう持たないぞ!」
額に汗を浮かべながら防戦するダラン・クルス。
ネフラッドの大鎌が喉を狙って振り下ろされる。
その瞬間、背後から鉄杭が唸りを上げた。
「……!」
ネフラッドは即座に反応し、片手の大鎌でラッカーの鉄杭を受け止める。
ギィィンッ!!
隙を得たダラン・クルスが短剣で腹を狙うが――
寸前で大鎌が振り下ろされ、弾かれる。
ガギンッ!!
「クソッ!」
苛立ちを滲ませるダラン・クルス。
一方その背後では、トキシードがゼオンに迫る。
だがゼオンの長剣が鋭く唸り、確実にトキシードの左腕を切り落とした。
ザシュッ!!
「クッ……!」
トキシードが呻く。
(……こいつ、隙が全くない……)
冷や汗が頬を伝い落ちた。
その時――
野太い声が戦場を震わせる。
「邪魔するぜぇ!!」
脇腹を滴る血を布切れで押さえながら、クラーケンが乱入してきた。
「クラーケン!?」
ハンスが驚愕の声を上げる。
「!?…その傷は大丈夫なのか!?」
「おう!ここでもやり合ってたか……ヴァイスの野郎がここに入って行くのを見てな。痛みが治まるのを待って、遅れちまったぜ!どこだ?ヴァイスの野郎は?」
ゼオンが鋭い声を放つ。
「……ヴァイスなら今、奥の通路へ逃げて行った。シェイドが追っている」
「何っ!?……野郎は絶対許さねえ!」
クラーケンが吼え、奥の通路へ向かおうとする。
「待て! 通すと思うか!」
トキシードが残った片腕を振り上げる――。
ザンッ!!
閃光のごときゼオンの一撃が、その腕をも切り落とした。
「……!? クッ!」
トキシードが呻き、肩で息をする。
「……腕を落としたぐらいで勝ったつもりになるなよ……。俺にとっては、こんなものはすぐに再生できる!」
両腕に力を込めると――
ブチブチブチッ……
肉が裂け、蠢く棘と共に少しずつ腕が生えてきた。
「……フン、邪魔だ!」
クラーケンが吼え、六振りの剣を乱れ打つ!
ギギギギッ!
刃が肩や腕を抉り、鮮血が飛び散る。
だがトキシードは致命傷を辛うじてかわした。
(……クソッ、こいつも手練か...このままでは……!)
トキシードが歯を食いしばり、叫ぶ。
「モンバロ! ネフラッド! 研究区画の方へ引くぞ!」
「……はぁ? おまえがこいつらを足止めするっつったんだろうが!」
モンバロが眉をひそめる。
「……状況が変わった!」
トキシードの声に、モンバロは渋々とデューガンを弾き飛ばし、一歩退いた。
「……まあな、こいつらはちと厄介だな」
ネフラッドも、大鎌でダラン・クルスとラッカーの猛攻を受け流し、一歩下がる。
三人は互いに背を庇い合いながら、アビスロック兵団の攻撃を防ぎつつ通路奥の研究区画へと退いていく。
「……行かせるか! 追うぞ!」
ゼオンが声を張り上げる。
「おう!」
クラーケンが剣を構え直す。
「行くぞ!」
カインが他の者を率いる。
アビスロック兵団の面々と、ダラン・クルス、セリオ・ダルヴァン、ドクトル・ハイゼンは、一斉に通路奥――研究区画を目指して駆け出した。
ゴゴゴゴ……
崩れゆく地鳴りの中、決戦の舞台はさらに深部へと移ろうとしていた。
――研究区画制御室
「……さて、俺もここ(天井穴)から抜け出るか」
グレイ・スコルザが独り呟き、登れそうな棚に手をかけたその瞬間――
シュッ!!
音もなく振り下ろされた剣の切っ先が、彼の首筋をかすめる。
「おい! これはどういう事だ! 貴様は誰だ!?」
ヴァイスの声が鋭く響く。
(……繭が跡形もない……天井に穴……持ち出したのか……!?)
グレイは肩をすくめ、にやりと口元を歪めた。
「……おっ、見つかっちまったなあ、ヴァイス君」
「……答えろ!」
ヴァイスが剣を突きつけ、目を光らせる。
「ハハハ……そうカリカリするな! 俺も――シャドウ・レギオンだ」
「……!? 何だと!」
ヴァイスの脳裏を閃光のように疑念が走る。
(……ランスロットの差し金か!?)
「何を揉めている……」
冷ややかな声が背後から響いた。
気配を殺して近づいていたシェイドの刃が、ヴァイスの喉を掠める。
「クッ……! 邪魔をするな!」
ヴァイスが咄嗟に身を翻す。
(……あいつは何者だ? 仲間ではなさそうだが……)
シェイドの目が怪しく光った。
「フフフ……何やってんだ、ヴァイス。俺も混ぜろよ」
その時、闇の中からレザックが姿を現し、愉快そうに笑う。
ヴァイスが怒声を放つ。
「レザック! 今すぐその男を斬れ!」
剣先をグレイに突きつける。
レザックはゆっくりと剣を持ち上げ、愉快そうに口角を吊り上げた。
「フフフフ……ああ――斬るさ」
おもむろに向き直ったその刃先が――
突如、ヴァイスへと翻る。
「……おまえをな!」
ガギィィン!!
甲高い金属音が制御室に響き渡る。
ヴァイスが咄嗟に剣を上げ、その一撃を受け止めた。
「ハハハ!」
レザックが笑い声を轟かせる。
「おい、グレイ! ……こいつは殺してもいいんだよなぁ?」
「……レザック……貴様!」
ヴァイスが血走った目で睨みつけ、剣を強く押し返す。
緊迫した制御室の空気が、一気に血なまぐさい火花を散らそうとしていた――。
誰が敵で、誰が味方か。境界の曖昧な三つ巴が、刹那の均衡を揺さぶる。
グレイが肩をすくめ、にやりと笑った。
「……ハハハ。もうヴァイスに立場をバラすのか、レザック?」
「……貴様ら、何者だ!?」
ヴァイスの声が鋭く制御室に響く。
グレイは余裕の笑みを崩さず、指先で棚を軽く叩いた。
「だから言っているだろう――シャドウ・レギオンだ。マリクシオン本隊だよ」
「……マリクシオン……!」
ヴァイスの目が鋭く細まる。
(……やはりランスロット直属の部隊か!)
「……本隊がコソ泥のような真似をしやがるのか?」
グレイはわざとらしく肩を竦め、笑みを浮かべる。
「いや~……ゼルバ・フォーンに裏切りの予兆があるって密告があってな。
わざと捕まって潜入したわけだが……まさか予定外の奴らが攻め込んで来るとは思わなかったよ」
指先で埃を払うように棚を軽く叩きながら、余裕の口ぶりを崩さない。
「まあ――混乱に乗じて、首尾はきっちり得られたがな」
「……貴様ら、逃がさんぞ!」
ヴァイスの声が低く響き、剣先がわずかに震えるほどの殺気を放つ。
レザックは肩を揺らし、不敵に笑った。
「ククク……別働隊も押されかけてたぜ。お前一人で、いったい何ができるよ?」
制御室の空気が張り詰める。
ヴァイスは二人を鋭く睨み据え、その目には決して退かぬ意志が宿っていた。
シェイドは無言のまま刃を下げ、わずかに目を細めた。
(……なるほど。こいつらはシャドウ・レギオン本隊……ゼルバ・フォーンの裏切りを察知して潜入していたというわけか)
土埃に霞む制御室の空気を静かに吸い込み、視線を二人に走らせる。
(……ならば――どちらも始末して問題ないな)
刃の切っ先にわずかな殺気が灯る。そして、その身は音もなく闇に溶けていった。
(……奴の気配が消えた…)
ヴァイスの額を一筋の汗が伝う。
(……奴の暗撃を警戒しつつ、こいつらを狩るのは厳しい……)
その時――
通路の奥から声が響いた。
「ヴァイス様!」
現れたのはトキシード、ネフラッド、モンバロ。
だがその背後には、ゼオン、クラーケンらの鋭い気配が迫っていた。
「……奴らを潰せませんでした」
トキシードが悔しげに報告する。
ネフラッドとモンバロは背後を振り返り、警戒の手を緩めない。
「……まあいい」
ヴァイスは低く言い放ち、剣を掲げる。
「トキシードとモンバロで後ろを防ぎきれ。俺とネフラッドで――即座にあの二人を狩るぞ!」
その剣先が、グレイとレザックに突きつけられる。
「……レザック?…裏切りやがったのか?」
ネフラッドの声に怒気が滲む。
「……奴はマリクシオン本隊のスパイだ」
ヴァイスの言葉が制御室を震わせた。
「……何だと!?」
ネフラッドの瞳に驚愕が走る。
ヴァイスの言葉は、背後を警戒していた二人の耳にも届いた。
「……!? 何っ!」
トキシードの目が見開かれる。
「ハハハ!」
モンバロはニタつき、斧を肩に担ぐ。
「レザック~、お前スパイだったのか? 面白れぇじゃねえか!」
レザックが不敵に笑い返す。
「モンバロ! テメェは賢い野郎だ……マリクシオン本隊に来い! 幹部待遇で迎えてやるよ」
「ハハハ……こんな場面で勧誘するとはな!」
グレイが肩を揺らし、楽しげに笑った。
その言葉に、モンバロは一瞬だけ口元の笑みを消す。
重たい沈黙の中、斧をゆっくりと構え直す。
次の瞬間、モンバロの口角が再び吊り上がる。
「……面白ぇ提案だが――俺の答えは、これだ!」
次の瞬間――
信じられない速さで斧を横薙ぎに振り抜く。
ザシュッ!!!
「……!? がっ……!」
トキシードの身体が斜めに裂け、血飛沫を散らしながら崩れ落ちる。
「悪ぃな、ヴァイス!」
モンバロは笑いながらスルリと一回転、流れるようにレザックの元へと身を寄せる。
ヴァイスの顔に激しい怒気が走った。
「……クソ猿が!」
制御室の空気は、一瞬で裏切りの血臭に満ちた――。
ヴァイスの怒り、グレイの嘲笑、レザックの愉悦、そしてモンバロの裏切り――
全てが渦を巻き、制御室は修羅の巣窟と化していく。
その闇の片隅では、シェイドが気配を殺し、静かに刃を研ぎ澄ませていた。
いつでもその影から飛び出し、均衡を破る準備を整えている。
だがその頃地上では、聖堂門は軋みを上げ、瓦礫と化す寸前――その上に立つ者たちを、地獄の淵へ引きずり込もうとしていた。
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