『半魚囚人ジル』 深海監獄アビスロックからの脱出

アオミ レイ

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第四章 南部拠点に轟く監獄軍の進軍

CHAPTER70『空の決着、地の開戦』

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濁った風が、遥かな空を切り裂いた。
天を舞う大鷲は、爪に絡め取った異形の繭を抱え、ただ前だけを見て飛び続ける。
その背後――雲を割る影が、音もなく迫る。
獲物の逃げ道を、一歩一歩削り取るように。
冷えた殺意は、羽ばたきの轟音さえ呑み込み、確実に距離を詰めていた。


濁った空を切り裂き、疾駆する影が大鷲の背へと迫る。

「フフフ……追いついたな」
低く嗤いながら、影――ゼルバ・フォーンの尾が蠍の毒針へと変形し、鋭くしなる。

「……おまえに恨みはないが、死んでもらうぞ」

大鷲の真上へと舞い上がり、振りかぶった毒針がその頚部を狙い一直線に……その時――。


シュバッ!

さらに高みから、翼を広げた人影が急降下――閃光のような太刀筋が、ゼルバの尾を根元から断ち切った。

「……クッ!」
断ち切られた尾の感触に、ゼルバ・フォーンの顔が歪む。
翼をはためかせる者を、鋭い眼光で真っ直ぐに見据えた。


毒尾が斬り落とされ、黒い飛沫が空に散る。

片手にロングランス、片手にショートソードを構えたまま、鋭い視線を送る。
「フッ、ランスロット様の命だ。この大鷲ちゃんには指一本触れさせないよ!」

【キャラクター紹介:カリオペス・オルセイオン】
種族:ハヤブサ獣人
所属:シャドウレギオン・マリクシオン本隊 空戦部隊
性格:感情の起伏が激しく、勝ち気で毒舌。興奮が高まるほど攻撃は苛烈になり、独断専行に傾くこともあるが、判断と踏み込みの速さは部隊随一。
能力:卓越した飛行能力と鋭い視力を活かし、上空からの急降下突撃や高速の槍術を得意とする。空中戦では旋回・急降下・上昇を組み合わせた立体機動で相手を翻弄する。
武器:ロングランスとショートソードを使い分ける二刀流戦法。長距離では突撃力を生かしたランス攻撃、接近戦では素早い剣技で相手を切り裂く。
備考:マリクシオン本隊の精鋭戦士にして数少ない女性戦闘員。部隊内でも一目置かれる実力者で、上官からの信頼も厚い。


ゼルバ・フォーンの眼が細くなり、空中でわずかに距離を詰める。
「……フン、お前のような小娘一人で私を抑え込めるとでも思っているのか?」

対するカリオペスは、両手に武器を構えたまま、口元に薄笑いを浮かべる。
「はは……お前のようなウジ虫一匹くらい、私一人で充分だろう」


その言葉が終わるかどうかの刹那――

ドシュッ!!

さらに上空から、光のような速さで閃光が走り、ゼルバ・フォーンの後頭部を貫く。

頭部が黒い飛沫と共に四散するが、蠢く肉片はすぐに寄り集まり、再び形を取り戻し始めた。


舞い降りたのは、弓矢を携え、白銀の羽を優雅に羽ばたかせる影。
「――あらあら、ランスロット様の仰っていた話は本当だったのね」

【キャラクター紹介:セレイナ・オルセイオン】
種族:ハヤブサ獣人
所属:シャドウレギオン マリクシオン本隊 空戦部隊
性格:妹カリオペスとは対照的に、感情を表に出さず淡々と任務を遂行するタイプ。
能力:高い飛行能力と空中戦の経験を活かし、ロングボウによる精密射撃を得意とする。遠距離からの援護だけでなく、翼の旋回による急降下突撃も可能。
備考:妹のカリオペスと同じ部隊に所属。おっとりとした態度は敵の警戒心を和らげることも多いが、実際は冷静かつ非情な面を併せ持つ。妹との連携は非常に高く、空中戦では二人だけで空軍一小隊を殲滅できるほどの戦闘力を誇る。


左手を掲げたゼルバ・フォーンが、獰猛な眼光をカリオペスとセレイナに向ける。
「……私の邪魔をするのであれば、地獄を見ることになる……女とて容赦はせんぞ!」

しかし、その言葉が終わるより早く――カリオペスが稲妻のように突撃。片手のショートソードを閃かせ、怒涛の乱れ打ちを浴びせた。

ザシュッ! シャン! シャン! シャン! シャン!

「ハハッ!やれるもんならやってみやがれ! 虫ケラ野郎が!」
挑発の声とともに、カリオペスの瞳は獲物を射抜くように鋭く光る。

「……!? クッ!」
再生が追いつかず、ゼルバ・フォーンは短く呻く。

その脇で、弓を携えたセレイナが静かに距離を保つ。
「さて……核はどこにあるのかしら?」


ドシュッ!

鋭い矢がゼルバの心臓を貫いた。

わずかに口元を緩め、セレイナが次の矢をつがえる。
「……やっぱり違うのね。じゃあ、こっちかしら?」

ドシュッ!


矢は――丹田を正確に射抜く。

(!?……グッ、今のは危なかったぞ…)
ゼルバ・フォーンが短く息を吐き、右手の中指をクイッと動かす。

カリオペスの背後、空間を切り裂くように数匹のボンバルディアビートルが現れた。


次の瞬間――腹部から閃光と衝撃。

ボウンッ!!ボウンッ!!

「……っ!? 何っ!」
カリオペスが鋭く息を呑み、反射的に後ろを振り返る。カリオペスの視界いっぱいに、爆炎が広がる。

その一瞬を狙い、ゼルバ・フォーンが口を大きく開いた。
ヌルリ――と粘性の巨大な蜘蛛の糸が放たれる。

「……!? グッ!」
身をひねり、カリオペスは紙一重でかわす。
(……あれに絡め取られたら、動けなくなるわ!)


さらにゼルバ・フォーンの左腕が、甲殻を裂く音と共にオオカマキリの巨大な鎌へと変形する。

ブォンッ!

鎌が風を裂き、カリオペスの頭部めがけて振り下ろされる。

ガキィィンッ!

カリオペスは片手のショートソードで辛うじて受け止めるも、その一撃は重く、刃が押し切られそうになる。
「クッ……危ねぇクソ野郎め!」


――その瞬間。

ドシュッ!

鋭い矢が飛来し、ゼルバ・フォーンの変形した左腕の付け根を正確に射抜いた。

上空から降下してくるセレイナが、弓を構えたまま冷ややかに笑む。
「……これはどうかしら?」

セレイナは素早く三本の矢を同時につがえ、弓を引き絞る。

グ…グ…グ……バシュッ!!!

「……!? 何っ!」

放たれた矢は空中で弧を描き、ゼルバ・フォーンの鳩尾、丹田、下腹部へと正確無比に貫いた。
「……グッ…馬鹿なッ…」

次の瞬間、ゼルバ・フォーンの全身が音を立てて砕け散る。

バシューンッ!!!

破片が空に弾け飛び、蠢く虫片が四方に散り、空を濁らせた。



カリオペスは荒い息を整え、血の付いたショートソードを軽く払った。
「……仕留めたのか…?薄気味の悪い奴だ……」

視線の先には、砕け散ったゼルバ・フォーンの破片が光を受けて漂っていた。

セレイナは矢を収めながら、わずかに目を細める。
(核を射抜けたのかしら……けれど、確かめてる暇はないわね)
「…まぁいいわ、ランスロット様のもとへ急ぎましょう」


その時――

ゼルバ・フォーンの破片の一部と思われるものが、音もなく大鷲の運ぶ繭へと紛れ込んでいった。

繭の内部でゼルバ・フォーンの声が低く響く。
「……あの女共め、私をここまで追い込むとは……ランスロットの手駒…底が知れんな……」
わずかに笑みを含ませる。

「だが、このまま奴らのアジトに潜り込み、このリバースワームを使いランスロットの命を直接狙う……ふむ、それも悪くない」

その瞬間、空に散った破片の群れから、羽音を震わせる小さなヒグラシが現れた。

羽音を響かせ、陽光を反射しながら空を飛び去っていく――向かう先はヴァイスのもとだった。



旧軍司令所地下――

爆発で穿たれた制御室の天井の下、地上へと抜け出せる位置に、グレイ・スコルザ、レザック、そしてヴァイスを裏切ったモンバロが並び立つ。
ヴァイスとレザックは、前方のマリクシオン勢と、闇に潜むシェイドの気配を警戒しながら、次の一手を測っていた。

そこに、ゼオン率いるアビスロック兵団と、地下牢から解放された捕虜たちが到着した。

ゼオンは足を止め、前方の光景に目を細める。
(……さっきのヒトデ魚人が真っ二つに斬られている……どういう状況だ…)

クラーケンが触手に握った剣を唸らせ、ヴァイスを睨み据える。
「ヴァイス!さっきはよくもやってくれたなあ? 逃がさねえぞ、てめぇ!」

ヴァイスは舌打ちし、冷たい目を返す。
「チッ……雑魚が邪魔しに来やがって…」


デューガンもまた、大斧を肩に担ぎ、ネフラッドを真っ直ぐに見据えた。


その時、ゼオンの視線が前方の三人のうちの一人に釘付けになる。
「……!? グレイ!…グレイ・スコルザか!?」
思わず大声でその名を呼ぶ。


グレイは驚いたように目を見開き、口元を緩める。
「おっ!? ゼオン! おまえ、生きていたのか!」


両手を広げ、笑みを浮かべる。
「……いや~、懐かしいなぁ!ブルータイドの頃以来だなぁ!」


ゼオンの表情は険しさを増し、低く言い放った。
「……そのブルータイドは、お前が裏切ったせいで……潰されたがな」


バラストは心中で息を呑む。
(……!? 何だと……)


グレイは肩をすくめ、薄笑いを浮かべた。
「おいおい、勘違いしてもらっちゃあ困るぜ。俺は元々、シャドウレギオンの人間なんだよ」

ゼオンの眼光は、さらに鋭くなり、グレイを見据える。
「……ブルータイドを潰すために潜入していた、というわけか……」

グレイ・スコルザは両手をさらに大きく広げ、口角を吊り上げた。
「もちろんそうさ!」


その時、ゼオンの影からシェイドが音もなく現れ、低く囁く。
「……お前が話している奴は、シャドウレギオン・マリクシオン本部直属のスパイだ。ゼルバ・フォーンの裏切りを察知し、ここに潜入していたらしい」

ゼオンは短く息を吐く。
「……なるほどな」


シェイドの目が鋭く光る。
「こいつら全員、斬り伏せるぞ……!」

「……ああ」
ゼオンはデュランダルソードを抜き放つ。


シェイド、ゼオン、クラーケン、デューガン、ラッカー、ダラン・クルス――それぞれが武器を構え、今にも飛びかかろうと身を沈めた。


モンバロがニタリと笑い、横目でヴァイスを見やる。
「おっ! ヴァイス、ピンチだなぁ? 手伝ってやろうか?」

ヴァイスは忌々しげに舌打ちした。
「チッ……黙れ、クソ猿!」



その瞬間、地下全体が激しく揺れる。

ゴガガガガガンッ!! ドガーンッ!!

バラストが門の方向を指さし声を張り上げた。
「おい! あの大きな門がとうとう崩れたぞ! ここも危ない!」

壁が轟音とともに崩れ、あちこちで地下天井が崩落を始める。

バラストの複数の触手が床を這い、穿った天井を目指してすり抜けていった。  
(……この混乱のうちに仲間を呼んでこよう)  
分離した触手は、音もなく地上へと駆け出していく。 


グレイ・スコルザが余裕の笑みを浮かべながら叫んだ。
「おい、ここに居ちゃあ全員ペシャンコだ! 地上に場面を移そうじゃねえか!」

グレイ、レザック、モンバロは棚伝いに素早く駆け上がり、穴の開いた天井から地上へと抜け出していく。


ヴァイスとネフラッドもそれに続いた。

駆け上がりながら、ネフラッドが低く呟く。
「……この混乱に乗じてゼルバ様と合流するか?」

ヴァイスは周囲を探るように目を細める。
「……ゼルバ様の気配は近くにない。今ごろ、リバースワームを持ち去った何者かを追っているはずだ」


ネフラッドが小声で呟く。
「……この兵力差では勝ち目は薄いぞ……?」

ヴァイスは目を細め、周囲を警戒しながら低く返す。
「……ゼルバ様の考え次第だが――」


その時、場違いなほど悲しげな蝉の声が響き渡った。

……カナカナカナカナ…キィキィ……

ヴァイスの眉がわずかに動く。
(……この季節に蝉……? いや、これは――)


アビスロック兵団の面々も、次々と地上へ顔を出す。

ゼオンが眉をひそめた。
(……蝉…?)


ヴァイスの表情が一変する。
「!?……そうか…ネフラッド! 撤退するぞ!」

怪訝な顔のネフラッドに向かって、ヴァイスは素早く言葉を続ける。
「ゼルバ様は持ち去られたリバースワームの中に忍び込み、ランスロット暗殺の機会をうかがうつもりだ。……我々には南部拠点を捨て、マリクシオン近辺で体制を立て直せと仰っている」

「……ほう、ではここには長居は無用だな」


その刹那――

「ヴァイス! 死ねっ!」
地上に現れたクラーケンが六振りの剣を交互に振り上げ、猛然と迫る。

だがヴァイスは冷ややかに言い放った。
「……悪いが貴様らの相手は終わりだ」



次の瞬間、ヴァイスとネフラッドの姿は掻き消えた。


「なっ! どこに行きやがった!」
クラーケンが剣を振り切ったまま声を荒らげる。


グレイが舌打ちする。
「おい、ヴァイス! 逃げるなよ、この拠点は捨てるのか?……チッ」


「なんだぁ? 野郎ども逃げたのか?」
地下から顔を出したデューガンが不満げに唸る。


しかし、その消え際を唯一シェイドだけが捉えていた。
「……逃がさんぞ」
低く呟き、影のように滑り出して追う。




その緊張感の中、カインはドクトル・ハイゼンとセリオ・ダルヴァンを順に引き上げる。


ゼオンが険しい眼差しをグレイに向ける。
「グレイ! 貴様は許さんぞ!」

グレイは肩をすくめ、口元に笑みを浮かべる。
「おおっと、俺らはもう目的は達したんだ。お前らと闘う理由はねぇよ?」


「……こちらはある」

ゼオンが一歩踏み出し、冷たい声で告げた。
「ブルータイドを潰された恨みは、俺個人としても消えてはいない。だが――元より我々は、お前らシャドウレギオンを潰す為に動いているからな」


グレイ・スコルザが口角を上げ、低く笑う。
「……ほう、なら俺は本気を出してもいいのか? もっとも、お仲間はたくさん死ぬと思うぜ……俺の能力は知っているだろう?」

ゼオンはその視線を真っ向から受け止め、静かに言い返す。
「……我々を甘く見ないほうがいいぞ」


「フン、見たところ寄せ集めの集団のようだが……」
グレイは腕を軽く広げ、不敵な笑みを深める。
「どれ程のものか、見せてもらおうじゃないか」



その時、雷鳴が空を裂いてグレイ達の前に降り注ぐ。

カイゼルの巨体が雷撃の余韻をまといながら着地し、その身体にバレル、アルデン、ヴォルグ、ゴルザの掴まる姿。

ヴォルグの掌の上には、案内役を果たしたバラストの触手が収まっている。

「お、着いたぞ!」
バレルがにやりと笑い、アルデンが低く唸る。
「やっと暴れられるか……!」


続くは、影虎、梟を筆頭に霧の幻影隊が姿を現す。
先頭に立つ梟が、片手に触手をぶら下げながら不気味に笑った。
「ホホホホ……ゼルバ・フォーンもヴァイスもいないようですねぇ」


続いて、濁流を切り裂くようにドゥームとウルス、沈黙の牙の精鋭たちが現れる。
触手は渦巻く水流に絡まりながら、その先頭を導く。

ドゥームが口角を吊り上げ、喉の奥で笑った。
「……ククク、次はどう楽しませてくれるんだ?」


続いては、鋼の足音を響かせるクラヴィス率いる看守隊。
触手は静かに地面を這い、その行軍を先導していた。

クラヴィスは槍を構え、声を張り上げる。
「シャドウレギオンどもよ! 観念しろ! ここで終わりだ!」


そして最後に、戦場の埃を切り裂いてジル、タイタン、バシリスクが姿を現す。
触手はその足元を滑るように進み、ゼオンたちのもとへと導いた。

ジルが息を荒げながら叫ぶ。
「ゼオン! ゼルバ・フォーンは、どこだ!?」



五方から集まった仲間たちが、戦場の中央に揃う。
その顔には互いの無事を確認できた安堵と、これから訪れる激戦を前にした静かな決意が入り混じっていた。
武器を構え、視線は一点に集まる。
この瞬間、戦場の流れは確実に変わろうとしていた――。
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