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明かされた真実
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集落の者が集まって、喜平の話を聞いた。
「まさか、儀式の中で人が犠牲になっていたとは・・・」
一人が信じられないというような顔で口を開いた。
「この集落からも白魂に呼ばれた者がいただろう? 皆、すぐに亡くなっていたよな」
「そう言えばこの前、お前んとこの親父さんが白魂へ行っただろ?」
そう言われた男性は顔が青ざめていた。
「親父が危ない」
その男はすっと立ち上がった。
「白魂の頭を問い詰めてみよう」
他の者も立ち上がった。
「待て、このまま押し掛けてもはぐらかされるに決まってる」
立ち上がった連中を制止する者がいた。
「儀式は明日の夜だよな。白魂の儀式の場所は北側にある小高い山だ。皆でそこへ行って見張るんだ」
立ち上がった者は皆、その意見を聞いてもう一度その場に座り込んだ。
「儀式の場にやって来たところを捕まえるというわけか」
他の者がうなずきながら言った。
「ちょっと待ってくれ」
喜平が慌てて叫んだ。
「鬼が出るかも知れんのだぞ。それはあまりにも危険過ぎる」
喜平の言葉に一同ははっと息を呑んだ。
「武器を持っていこう。不意打ちをかければ鬼の一体や二体、倒せるさ」
「そうだ。昔は人間だって剣生様とともに鬼を狩っていたんだぞ。俺たちにできないことはない」
かつて長い間、鬼と闘ってきた猛者たちだけのことはある。怯む者は誰もいなかった。
かくして翌日、集落の中から選りすぐりの十人が白魂へと向かうことになった。
「さて、それじゃあそろそろ行くとするかい」
菊介は松明を持ち、老人たちを連れて山のほうへと向かった。
山道を半分くらい登ったときである。菊介が
「おっと、忘れ物をしたようだ。皆、先に行って待っていてくれないか。登りきったところに広場があるから、その中央あたりにいてくれればいい」
と言って、松明を先頭の者に渡して山を降りていった。
他の者は指示に従い、山登りを再開した。
頂上には言われたとおり、大きな広場がある。真ん中あたりでしばらく待っていると、足元に霧が立ち込め始めた。
松明の灯りに照らされて、一同はまるで雲の上にでも立っているかのように見えた。急に寒気を覚え、妙な圧迫感が皆を襲った。
やがて、皆が立っている位置より前のあたりに黒い影がぼんやりと現れた。それは煙のように揺らぎ、その中から一人の女性が現れた。
虎柄のさらしと腰巻きだけの官能的な姿で、顔はこの世のものとは思えないほど美しい。しかし、両目の上にもう一つの目を持ち、しかも肌は真っ青だ。
雷縛童女が、儀式の場に姿を現したのである。
「ひい、ふう、みい・・・なんだい、ひとり足りないね」
そう言うや否や、ぱっと後ろを振り向いて
「ほう・・・何人か隠れているようだ」
とつぶやいたと同時に、手に持っていた鞭を素早く茂みの中に打った。
悲鳴とともに、刀を持った一人の男が茂みから前に駆け出した。脳天には鞭の先端に付いた刃が突き刺さっている。
夜の闇に溶け込んで姿など見えぬはずなのに、雷縛童女はまるではっきりと見ているかのように的確に鞭を打った。
「あと九人」
もう一度鞭を振るうと、頭に刺さった刃が生き物のように動き、男の首をはねた。鞭は間髪入れず次の獲物に襲いかかった。
また、悲鳴が聞こえる。今度は一度に三人の首をはねてしまった。
「あと六人」
残った者は、あまりの恐ろしさに逃げようとしたが、それは叶わなかった。
雷縛童女の振るう鞭は、一瞬のうちに残りの六人の頭を切り離した。首から切断される者、頭の半分が切り落とされる者、中には、首から肩にかけて斜めに切り裂かれた者もいた。
あまりにも突然の出来事に、広場にいた老人たちは立ちすくんだままだった。
その老人たちに顔を向けた鬼女は、まさに獲物を前にした猛獣のように荒々しい表情であった。
「残念だね。逃げることもできたかも知れないのに」
そう言って放たれた雷縛童女の鞭が、老人たちに襲いかかる。あっという間の出来事に、叫び声を上げる暇もなかった。血に濡れた鞭が雷縛童女の手に戻った時、首や腕、足などに解体された遺体が、広場の真ん中にうず高く積み上げられていた。
翌朝、集落の外れに一人、喜平は立ち尽くしていた。
一人の若者が喜平の下へやって来た。最初に喜平を発見したあの若者だった。
「喜平さん、まだ足の傷が治ってないんだ。こんな所で立っていたら体に毒だ」
「しかし、あの方々が未だに帰ってこないんだ。何かあったに違いない」
喜平は、手を互いに握り合わせ
「あの時、止めていればよかった」
と嘆いた。
結局、一日待ったものの十人は帰ってこない。儀式の場で殺されたのだろうと皆は考えた。
「こうなったら、やはり白魂の頭に直接聞くしかないだろう」
次の日、今度は頭数を倍の二十人にして、一行は白魂へと向かった。
太陽も月もなく、あたりが闇に包まれた世界。
地面に草木はなく、ただ錆びたような赤茶色の大地が横たわるだけの世界。
その中を、雷縛童女は恐るべき速さで駆け抜けていく。
雷縛童女の持つ妖術の一つ『早駆け』は、白魂と大府の間をわずか一日で行き来する。
しかし、彼女が走るその場所は現世ではないようだ。
生きる者の姿はどこにも見えない。そこはまさに死の世界であった。
雷縛童女は、小高い山の上へと登り、そこで進むのを止めた。
手をかざすとそこから光があふれ出す。空間に開いたその穴は大きくなり、雷縛童女が通れるくらいの大きさとなった。
その光の中へ足を踏み入れる。たちまち雷縛童女は山の頂上に作られた広場の上に降り立った。
そこは大府の北東、小高い山の上に作られた儀式の場だ。
「炎坊はどこへ行ったんだい?」
その場所にいたはずの炎獄童子の姿がない。
しばらく待っていると、そこに冬音が現れた。
「炎坊はどうしたんだい?」
冬音も雷縛童女と同じことを尋ねる。
「私がここに来た時にはもういませんでしたが」
「全く、あいつにも困ったもんだねえ」
二人は、月影が炎獄童子を葬ったことを知らない。
「まあ、いいさ。白魂の様子はどうだった?」
「それが、今回は妙なことがありました」
「妙なこと?」
「儀式の場の周囲に十人ほど人間が隠れておりました。武器を持っていたところを見ると、待ち伏せしていたようですが」
「そいつらはどうしたんだい?」
「全員、殺しました」
「そうかい」
冬音は、口に指をあてて考え込んだ。男が見れば、実に艶めかしい仕草に見えたことだろう。
「まさか、生贄のことがばれたのかい?」
「その可能性はあります」
「菊介のやつ、しくじったね」
冬音は、指を噛みながら
「白魂へ戻ったら、生贄のことを素直に話したほうがいいかも知れないねえ」
と言った。
「しかし、そうすれば白魂から逃げる者が現れるのでは?」
「それは仕方ないだろう」
冬音は目を閉じ、上を向いて
「ああ、せっかくあれだけ大きくなったのに、また元の貧しい村に逆戻りかい」
と嘆いた。
「また、人間の死体を手に入れるのが難しくなるかも知れませんね」
雷縛童女が相槌を打った。
「我々が元の姿に戻る方法が見つかるまで、人間に滅びてもらっては困るんだ。あいつら、放っておいたら勝手に自滅していくからね」
冬音は雷縛童女に向かって両手を広げて叫んだ。
「しかし、遥か昔には人間の文明が栄えていた時期があると聞きます」
「それが文明ごと一瞬のうちに崩壊したんだろ。この大府だって、今はこれだけ栄えているが、いつ崩壊するか分からないよ。ここの代表は皆、無能だしね」
冬音は額に手を当てて
「まあ、いいさ。白魂のほうはしばらく菊介に任せておこう。やつに尻拭いさせるのさ。生贄が用意できなければ、鬼を出すまでよ」
と告げた。
「大府のほうは、獄卒をそろそろ出しますか?」
「そうだね。まずは大府から離れた場所に出そうか」
冬音はそう言った後、少し考え込んで
「いや、大府の近くに出すことにしよう」
と言い直した。
「わかりました。それでは」
雷縛童女は、黒い煙とともに姿を消した。
一人残った冬音は腕を組み、しばらくその場に佇んでいたが、やがて石段を下りていった。
小春と晶紀、そして紫音の三人は、大府へと歩を進めていた。
もうすぐ、大府へと到着するというそのとき、小春に声を掛ける者がいた。
「ようやく戻ってきたか、小春」
「兄者!」
小春は、森の中から現れた月影の姿を見て叫んだ。
「仙蛇の谷に戻ったとばかり思っていたのに」
「ちょっとした気まぐれでな。それより、なぜ森神村へ?」
「この刀を鍛えた鍛冶師を探す旅さ。ついに見つけたよ」
「なに? どこにいたんだ?」
「仙蛇の谷から南に下ったところに迷宮を造り、住んでいた。鉄斎という鬼だった」
「鍛冶師が鬼?」
「私の父親ではなかった。それに、私がどうやって生まれたのかもわかったよ」
「そうか」
小春は、少し寂しげな顔をしていたので、月影はそれ以上のことは尋ねなかった。
小春は晶紀のほうを見て
「私は大府には入れないから、ここで兄者といっしょに待つことにするよ」
と言い、懐から頭巾を出した。
「冬音とは顔を合わせないほうがいいだろう。これをかぶって行きな」
晶紀は、小春から頭巾をもらい、それを頭にかぶった。
紫音に連れられ、晶紀は大府の中へと入っていった。
集会所にたどり着くと、取り次ぎが相変わらず退屈そうにあぐらをかいていた。
「紫音だ。至急、年寄衆に伝えたいことがある。今はどこにおられる?」
「今日は桜の間にいらっしゃいます。少々お待ちを」
取り次ぎが慌てて二階に上がる。
「今日も宴の真っ最中かな?」
紫音がそう漏らすと、取り次ぎが下りてきた。
「今は会議中ですが、皆様お会いになるということです。どうぞお上がり下さい」
珍しいこともあるものだと思いながら、紫音は晶紀とともに階段を上っていった。
「紫音です。至急お話したいことがあり戻ってまいりました」
「入りなさい」
紫音は襖を開けて晶紀と一緒に中へと入った。頭巾をかぶった晶紀の姿を見た年寄衆の一人が
「はて、隣にいる方はどなたかな?」
と尋ねた。
晶紀は頭巾をとり、年寄衆に顔を見せた。その途端、年寄衆が皆、息を呑んだ。
「そなたは・・・」
「晶紀でございます。皆様にお話したいことがございます」
晶紀は、その身に起こったことを順番に話し始めた。
「小春、お前は目的を達成した今でもまだその刀を持ち続けるつもりか?」
森の中、月影は横に座っている小春に尋ねた。
「ああ、そのつもりだ。というより、持ち続けなければならないんだ」
「どういう意味だ?」
「師匠の言っていた話が本当だということがわかったんだ。私が刀の真の所有者であるということが」
「真の所有者・・・」
「この刀の願いは、全ての鬼を滅ぼすこと。それが成就されれば刀は元の姿に戻ることができる」
「元の姿に?」
「この刀は、元は人間だったんだ」
小春の言葉に月影は言葉を失った。
「鬼の鉄斎の妖術で刀に変化したんだ。そして願いが叶うまでは元に戻ることはできない」
「その人間がお前と何か関係しているのか?」
小春は、月影の顔を見た。その寂しげな顔に月影は
「いや、無理に答えなくてもいい」
と言って小春に微笑みかけた。
「私は・・・」
小春は、月影から視線を外し、話し始めた。
「全ての鬼を滅ぼさなきゃならない。そして・・・」
いったん小春は話すのを止めた。二人とも長い間黙ったままでいたが、小春はまた月影の顔を見て話を続けた。
「そして、この刀を元の姿に戻してあげなきゃならない」
月影には、そう言った小春の顔が、悲痛な表情をしているように見えた。
白魂にある冬音の屋敷の門の前に、大勢の人だかりができていた。
その大勢の前に菊介が一人で応対している。
「だから、いったんこの屋敷に入ったら会わせることはできないんだ」
「なぜ、会わせられないんだ?」
「冬音様の言い付けだよ。冬音様が戻った時に教えてもらうんだな」
「本当はもう誰もいないんだろ?」
「なぜそんなことを・・・」
「儀式には生贄が必要なんだろ? この間の儀式で皆殺されたに違いない」
「馬鹿なことを言わないでおくれ」
「こうなったら、力づくでも屋敷の中を見させてもらうぞ」
皆、手には刀や槍、棍棒を持っている。菊介は慌てて屋敷の中に戻り、見張りたちを呼び寄せた。
たちまち、屋敷内で争いが始まった。見張りたちは皆、腕が立つ者ばかりだが、人数は集落から来た者達のほうが多い。
結局、見張りたちは全員、殺されたか、武器を捨てて降参した。
屋敷の中を探したが、冬音の付き人らしい若い女性以外には菊介しかいなかった。
「やはり、儀式の時に殺されたに違いない」
血の気の多い若者が刀をかざして菊介に詰め寄った。
「違うんだ、俺は冬音様の言い付け通りにしてただけだ」
そう言いながら逃げようとする菊介を、一人の若者が背後から袈裟斬りにした。
菊介は、断末魔を上げてその場に倒れ込んだ。
冬音の屋敷に入った者は、全て儀式の時に殺されていた。その事実は、瞬く間に白魂の中にも広まった。
冬音のいない今、この混乱を収拾できる者はいない。
「まさか、儀式の中で人が犠牲になっていたとは・・・」
一人が信じられないというような顔で口を開いた。
「この集落からも白魂に呼ばれた者がいただろう? 皆、すぐに亡くなっていたよな」
「そう言えばこの前、お前んとこの親父さんが白魂へ行っただろ?」
そう言われた男性は顔が青ざめていた。
「親父が危ない」
その男はすっと立ち上がった。
「白魂の頭を問い詰めてみよう」
他の者も立ち上がった。
「待て、このまま押し掛けてもはぐらかされるに決まってる」
立ち上がった連中を制止する者がいた。
「儀式は明日の夜だよな。白魂の儀式の場所は北側にある小高い山だ。皆でそこへ行って見張るんだ」
立ち上がった者は皆、その意見を聞いてもう一度その場に座り込んだ。
「儀式の場にやって来たところを捕まえるというわけか」
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「ちょっと待ってくれ」
喜平が慌てて叫んだ。
「鬼が出るかも知れんのだぞ。それはあまりにも危険過ぎる」
喜平の言葉に一同ははっと息を呑んだ。
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「そうだ。昔は人間だって剣生様とともに鬼を狩っていたんだぞ。俺たちにできないことはない」
かつて長い間、鬼と闘ってきた猛者たちだけのことはある。怯む者は誰もいなかった。
かくして翌日、集落の中から選りすぐりの十人が白魂へと向かうことになった。
「さて、それじゃあそろそろ行くとするかい」
菊介は松明を持ち、老人たちを連れて山のほうへと向かった。
山道を半分くらい登ったときである。菊介が
「おっと、忘れ物をしたようだ。皆、先に行って待っていてくれないか。登りきったところに広場があるから、その中央あたりにいてくれればいい」
と言って、松明を先頭の者に渡して山を降りていった。
他の者は指示に従い、山登りを再開した。
頂上には言われたとおり、大きな広場がある。真ん中あたりでしばらく待っていると、足元に霧が立ち込め始めた。
松明の灯りに照らされて、一同はまるで雲の上にでも立っているかのように見えた。急に寒気を覚え、妙な圧迫感が皆を襲った。
やがて、皆が立っている位置より前のあたりに黒い影がぼんやりと現れた。それは煙のように揺らぎ、その中から一人の女性が現れた。
虎柄のさらしと腰巻きだけの官能的な姿で、顔はこの世のものとは思えないほど美しい。しかし、両目の上にもう一つの目を持ち、しかも肌は真っ青だ。
雷縛童女が、儀式の場に姿を現したのである。
「ひい、ふう、みい・・・なんだい、ひとり足りないね」
そう言うや否や、ぱっと後ろを振り向いて
「ほう・・・何人か隠れているようだ」
とつぶやいたと同時に、手に持っていた鞭を素早く茂みの中に打った。
悲鳴とともに、刀を持った一人の男が茂みから前に駆け出した。脳天には鞭の先端に付いた刃が突き刺さっている。
夜の闇に溶け込んで姿など見えぬはずなのに、雷縛童女はまるではっきりと見ているかのように的確に鞭を打った。
「あと九人」
もう一度鞭を振るうと、頭に刺さった刃が生き物のように動き、男の首をはねた。鞭は間髪入れず次の獲物に襲いかかった。
また、悲鳴が聞こえる。今度は一度に三人の首をはねてしまった。
「あと六人」
残った者は、あまりの恐ろしさに逃げようとしたが、それは叶わなかった。
雷縛童女の振るう鞭は、一瞬のうちに残りの六人の頭を切り離した。首から切断される者、頭の半分が切り落とされる者、中には、首から肩にかけて斜めに切り裂かれた者もいた。
あまりにも突然の出来事に、広場にいた老人たちは立ちすくんだままだった。
その老人たちに顔を向けた鬼女は、まさに獲物を前にした猛獣のように荒々しい表情であった。
「残念だね。逃げることもできたかも知れないのに」
そう言って放たれた雷縛童女の鞭が、老人たちに襲いかかる。あっという間の出来事に、叫び声を上げる暇もなかった。血に濡れた鞭が雷縛童女の手に戻った時、首や腕、足などに解体された遺体が、広場の真ん中にうず高く積み上げられていた。
翌朝、集落の外れに一人、喜平は立ち尽くしていた。
一人の若者が喜平の下へやって来た。最初に喜平を発見したあの若者だった。
「喜平さん、まだ足の傷が治ってないんだ。こんな所で立っていたら体に毒だ」
「しかし、あの方々が未だに帰ってこないんだ。何かあったに違いない」
喜平は、手を互いに握り合わせ
「あの時、止めていればよかった」
と嘆いた。
結局、一日待ったものの十人は帰ってこない。儀式の場で殺されたのだろうと皆は考えた。
「こうなったら、やはり白魂の頭に直接聞くしかないだろう」
次の日、今度は頭数を倍の二十人にして、一行は白魂へと向かった。
太陽も月もなく、あたりが闇に包まれた世界。
地面に草木はなく、ただ錆びたような赤茶色の大地が横たわるだけの世界。
その中を、雷縛童女は恐るべき速さで駆け抜けていく。
雷縛童女の持つ妖術の一つ『早駆け』は、白魂と大府の間をわずか一日で行き来する。
しかし、彼女が走るその場所は現世ではないようだ。
生きる者の姿はどこにも見えない。そこはまさに死の世界であった。
雷縛童女は、小高い山の上へと登り、そこで進むのを止めた。
手をかざすとそこから光があふれ出す。空間に開いたその穴は大きくなり、雷縛童女が通れるくらいの大きさとなった。
その光の中へ足を踏み入れる。たちまち雷縛童女は山の頂上に作られた広場の上に降り立った。
そこは大府の北東、小高い山の上に作られた儀式の場だ。
「炎坊はどこへ行ったんだい?」
その場所にいたはずの炎獄童子の姿がない。
しばらく待っていると、そこに冬音が現れた。
「炎坊はどうしたんだい?」
冬音も雷縛童女と同じことを尋ねる。
「私がここに来た時にはもういませんでしたが」
「全く、あいつにも困ったもんだねえ」
二人は、月影が炎獄童子を葬ったことを知らない。
「まあ、いいさ。白魂の様子はどうだった?」
「それが、今回は妙なことがありました」
「妙なこと?」
「儀式の場の周囲に十人ほど人間が隠れておりました。武器を持っていたところを見ると、待ち伏せしていたようですが」
「そいつらはどうしたんだい?」
「全員、殺しました」
「そうかい」
冬音は、口に指をあてて考え込んだ。男が見れば、実に艶めかしい仕草に見えたことだろう。
「まさか、生贄のことがばれたのかい?」
「その可能性はあります」
「菊介のやつ、しくじったね」
冬音は、指を噛みながら
「白魂へ戻ったら、生贄のことを素直に話したほうがいいかも知れないねえ」
と言った。
「しかし、そうすれば白魂から逃げる者が現れるのでは?」
「それは仕方ないだろう」
冬音は目を閉じ、上を向いて
「ああ、せっかくあれだけ大きくなったのに、また元の貧しい村に逆戻りかい」
と嘆いた。
「また、人間の死体を手に入れるのが難しくなるかも知れませんね」
雷縛童女が相槌を打った。
「我々が元の姿に戻る方法が見つかるまで、人間に滅びてもらっては困るんだ。あいつら、放っておいたら勝手に自滅していくからね」
冬音は雷縛童女に向かって両手を広げて叫んだ。
「しかし、遥か昔には人間の文明が栄えていた時期があると聞きます」
「それが文明ごと一瞬のうちに崩壊したんだろ。この大府だって、今はこれだけ栄えているが、いつ崩壊するか分からないよ。ここの代表は皆、無能だしね」
冬音は額に手を当てて
「まあ、いいさ。白魂のほうはしばらく菊介に任せておこう。やつに尻拭いさせるのさ。生贄が用意できなければ、鬼を出すまでよ」
と告げた。
「大府のほうは、獄卒をそろそろ出しますか?」
「そうだね。まずは大府から離れた場所に出そうか」
冬音はそう言った後、少し考え込んで
「いや、大府の近くに出すことにしよう」
と言い直した。
「わかりました。それでは」
雷縛童女は、黒い煙とともに姿を消した。
一人残った冬音は腕を組み、しばらくその場に佇んでいたが、やがて石段を下りていった。
小春と晶紀、そして紫音の三人は、大府へと歩を進めていた。
もうすぐ、大府へと到着するというそのとき、小春に声を掛ける者がいた。
「ようやく戻ってきたか、小春」
「兄者!」
小春は、森の中から現れた月影の姿を見て叫んだ。
「仙蛇の谷に戻ったとばかり思っていたのに」
「ちょっとした気まぐれでな。それより、なぜ森神村へ?」
「この刀を鍛えた鍛冶師を探す旅さ。ついに見つけたよ」
「なに? どこにいたんだ?」
「仙蛇の谷から南に下ったところに迷宮を造り、住んでいた。鉄斎という鬼だった」
「鍛冶師が鬼?」
「私の父親ではなかった。それに、私がどうやって生まれたのかもわかったよ」
「そうか」
小春は、少し寂しげな顔をしていたので、月影はそれ以上のことは尋ねなかった。
小春は晶紀のほうを見て
「私は大府には入れないから、ここで兄者といっしょに待つことにするよ」
と言い、懐から頭巾を出した。
「冬音とは顔を合わせないほうがいいだろう。これをかぶって行きな」
晶紀は、小春から頭巾をもらい、それを頭にかぶった。
紫音に連れられ、晶紀は大府の中へと入っていった。
集会所にたどり着くと、取り次ぎが相変わらず退屈そうにあぐらをかいていた。
「紫音だ。至急、年寄衆に伝えたいことがある。今はどこにおられる?」
「今日は桜の間にいらっしゃいます。少々お待ちを」
取り次ぎが慌てて二階に上がる。
「今日も宴の真っ最中かな?」
紫音がそう漏らすと、取り次ぎが下りてきた。
「今は会議中ですが、皆様お会いになるということです。どうぞお上がり下さい」
珍しいこともあるものだと思いながら、紫音は晶紀とともに階段を上っていった。
「紫音です。至急お話したいことがあり戻ってまいりました」
「入りなさい」
紫音は襖を開けて晶紀と一緒に中へと入った。頭巾をかぶった晶紀の姿を見た年寄衆の一人が
「はて、隣にいる方はどなたかな?」
と尋ねた。
晶紀は頭巾をとり、年寄衆に顔を見せた。その途端、年寄衆が皆、息を呑んだ。
「そなたは・・・」
「晶紀でございます。皆様にお話したいことがございます」
晶紀は、その身に起こったことを順番に話し始めた。
「小春、お前は目的を達成した今でもまだその刀を持ち続けるつもりか?」
森の中、月影は横に座っている小春に尋ねた。
「ああ、そのつもりだ。というより、持ち続けなければならないんだ」
「どういう意味だ?」
「師匠の言っていた話が本当だということがわかったんだ。私が刀の真の所有者であるということが」
「真の所有者・・・」
「この刀の願いは、全ての鬼を滅ぼすこと。それが成就されれば刀は元の姿に戻ることができる」
「元の姿に?」
「この刀は、元は人間だったんだ」
小春の言葉に月影は言葉を失った。
「鬼の鉄斎の妖術で刀に変化したんだ。そして願いが叶うまでは元に戻ることはできない」
「その人間がお前と何か関係しているのか?」
小春は、月影の顔を見た。その寂しげな顔に月影は
「いや、無理に答えなくてもいい」
と言って小春に微笑みかけた。
「私は・・・」
小春は、月影から視線を外し、話し始めた。
「全ての鬼を滅ぼさなきゃならない。そして・・・」
いったん小春は話すのを止めた。二人とも長い間黙ったままでいたが、小春はまた月影の顔を見て話を続けた。
「そして、この刀を元の姿に戻してあげなきゃならない」
月影には、そう言った小春の顔が、悲痛な表情をしているように見えた。
白魂にある冬音の屋敷の門の前に、大勢の人だかりができていた。
その大勢の前に菊介が一人で応対している。
「だから、いったんこの屋敷に入ったら会わせることはできないんだ」
「なぜ、会わせられないんだ?」
「冬音様の言い付けだよ。冬音様が戻った時に教えてもらうんだな」
「本当はもう誰もいないんだろ?」
「なぜそんなことを・・・」
「儀式には生贄が必要なんだろ? この間の儀式で皆殺されたに違いない」
「馬鹿なことを言わないでおくれ」
「こうなったら、力づくでも屋敷の中を見させてもらうぞ」
皆、手には刀や槍、棍棒を持っている。菊介は慌てて屋敷の中に戻り、見張りたちを呼び寄せた。
たちまち、屋敷内で争いが始まった。見張りたちは皆、腕が立つ者ばかりだが、人数は集落から来た者達のほうが多い。
結局、見張りたちは全員、殺されたか、武器を捨てて降参した。
屋敷の中を探したが、冬音の付き人らしい若い女性以外には菊介しかいなかった。
「やはり、儀式の時に殺されたに違いない」
血の気の多い若者が刀をかざして菊介に詰め寄った。
「違うんだ、俺は冬音様の言い付け通りにしてただけだ」
そう言いながら逃げようとする菊介を、一人の若者が背後から袈裟斬りにした。
菊介は、断末魔を上げてその場に倒れ込んだ。
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