乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

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二人の王子と温室とお祭りの準備

第11話

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 授業が終わると、シャリマー王子は足早に教室を去って行くのが常でした。我々も机の上を片付け、教室を出る生徒たちの流れに乗ります。
 この日、私とミュゲは放課後にルヴィと落ち合う約束をしていました。校舎を出たところでミツと別れ、運動場へ向かいます。

 初日に学内を案内されたとき、運動場の所在についても教わっていました。運動場という無難な呼称とは裏腹に、実際は白兵戦の訓練ができる道場や射撃場が集まった物騒な空間です。しかし、まさか馬術や騎兵戦の訓練を想定した馬場やうまやまであるとは思わず、今日まで足を運ぶ機会もなかったのでした。

 運動場に着くと、既にルヴィが我々を待ち構えています。こちらに気付くと、軽く手を振って合図を送ってくれました。

「思ったより早かったな。授業はどうだ。順調か?」
「ええ、問題ありません。今日はお付き合いいただいてありがとうございます」
「構わないよ。何しろクライス・ティアにはここくらいしか体を動かせるような場所はないからね。僕もなるべく通うようにしているんだ」

 なるほど、確かにシュタインボルク国では武器も馬も好きなだけ調達できる環境でしたが、ここではそうもいきません。
 毎日のように武術の訓練に明け暮れていた彼にしてみれば、クライス・ティアでの生活は勉学にこそ集中できるものの、体がなまって仕方がないのでしょう。

 私とミュゲはルヴィに案内され、まっすぐ馬場を目指します。
 ドレスから動きやすい軽装に着替え、足元をブーツで固めると、ミュゲはいつになくうきうきとした足取りで厩へ向かいました。
 クライス・ティアに入学してからというもの、故郷で暮らしていた頃のように野に出て遊ぶことも、馬に乗って駆け回ることもありませんでした。
 生活も環境も大きく変わり、ミュゲの心身にも負担がかかっているのではないかと心配していた矢先に、ルヴィがこの場所の存在を教えてくれたのです。
 よく手入れされた艶のある栗毛の馬をともなって厩から出てきたミュゲは、誰の手も借りずに慣れた様子で鞍へ飛び乗ります。
 しばらくの間、馬場を駆け回るミュゲの姿を遠巻きに見守っていたものの、やがて手持ち無沙汰になった私は、運動場の中をぶらぶら散策してみることにしました。

 先程、馬場へ向かう途中に通り抜けた道場からは、訓練に励む生徒たちの声や足音が聞こえてきます。場内を覗いてみると、生徒たちが二人一組で剣術の稽古に励んでいる姿が見て取れました。
 見知らぬ顔も多く、どうやらここでは学年や学部に関係なく、生徒なら誰でも手合わせができるようです。

 入口に佇んだまま場内の様子を眺めていると、ふと小さな人だかりができている一角が目に留まります。
 よほど見事な大立ち回りが繰り広げられているのかと興味を惹かれた私は、道場の中まで立ち入り、人だかりの中心を覗き込んでみました。
 果たして、そこにいたのはつい先刻まで同じ教室で授業を受けていた、シャリマー王子でした。

 訓練着なのか、普段よりも少し簡素な装束と規定の防具を身につけたシャリマー王子は、見たこともないような剣技を身軽く駆使して、あっという間に相手を追いつめてしまいます。
 一本取られた時点で交代する決まりらしいのですが、あまりにも素早く決着がついてしまうため、次から次へと目まぐるしく手合わせの相手が入れ替わるのでした。
 本人も手応えのなさは感じていたらしく、程なくしてうんざりしたような様子で剣を下ろすと、場内をぐるりと見回し、自ら手合わせの相手を指名します。

「おい、そこのお前。相手しろ」

 シャリマー王子が呼びつけたのは、人垣の外側で別の生徒と手合わせをしていた青年でした。
 青年は不思議そうに目を丸くしながら振り返ると、事態が飲み込めないままシャリマー王子のもとへ歩み寄ります。
 身の丈が二メートルにも届きそうなその青年は、大柄な体躯とは裏腹に柔和な顔立ちをしていました。鳶色の髪は品よくすっきりと整えられ、葡萄酒色の瞳には人懐こい大型犬のように穏やかな光が揺れています。
 一見すると男性としてすっかり完成されているものの、上気して赤く染まった頬のあたりには、まだ少年らしさが伺えました。

 その姿を目にしたとき、私はこの人が、ジェイ・アドーレ・タウロ王子だと確信しました。恵まれた体格と長身、濃い色の髪に明るい肌は、彼の国に生まれた人々によく見られる特徴です。何より、彼が身につけている胴衣の胸元に、タウロ王国の紋章が縫い取られています。

 最初は戸惑っていたジェイ王子も手合わせを快く了承し、シャリマー王子に向かって深々とお辞儀をしました。お互いに背を向け、三歩ずつ間合いを取ると再び向かい合い、剣を構えます。審判を任された生徒のかけ声と同時に、二人は一気に間合いを詰めました。

 正確にいえば、間合いを詰めに行ったのはシャリマー王子です。想定以上の速さで懐へ潜り込まれたジェイ王子は、咄嗟に後ろに飛びのいて間合いを広げつつ、受け身の構えをとります。
 傍から見ても、それがただの手合わせなどではなく、本気で相手を潰しにかかっている太刀筋であることは明らかでした。

 あまり当たっていてほしくない予想ではありますが、彼はこの場でジェイ王子を捻じ伏せることで、ひいては国同士の力関係をも主張するつもりなのかもしれません。
 いくら訓練用の模造刀とはいえ、本気で打ち込めば相手を負傷させるくらいは容易にできます。

 どうする?止めるべきか。
 いや、ここで横槍を入れて彼らの不興を買うようなことがあれば、ミュゲにも迷惑がかかってしまう。
 しかし、ジェイ王子が明らかに困惑していることは、表情から見て取れます。常識的に考えて、目の前に困っている人がいたなら、助けぬわけには参りますまい。

「失礼、ちょっとお借りします」

 私はたまたま傍らに立っていた生徒の手から模造刀をもぎ取ります。埒が明かないと判じたのか、シャリマー王子は一旦後退し、刺突の構えをとりました。
 その隙に私は二人の間に割って入り、シャリマー王子の刃を受けます。両腕がびりびりと痺れるほどの衝撃が走ったものの、何とか彼の手を止めることには成功したようです。

「……おさがりください、殿下。クライス・ティアは中立地帯です。決闘も私闘も禁じられています」
「はぁ? 何言ってんだ、お前。……いいから退けよ」

 言葉を交わす間も、シャリマー王子は一歩も退く様子もなく、むしろ圧し通そうとでもいうように刃を押し付けてきます。
 ただでさえ痺れた手での鍔迫り合いは厳しいものがありましたが、私は柄を握り直し、なおも忠告を続けました。

「それはできません。このまま続ければお二人とも、間違いなく処分を受けます」
「だったら何だよ。お前には関係ないだろ。……どうしても退かないなら……」

 突然、それまでかかっていた圧力がふっと消え、手元が軽くなります。しかし、それはシャリマー王子が私の説得に応じたわけではなく、強行突破するべく剣を振り上げただけでした。
 今度こそ受けきれないかもしれないと感じながらも、私も模造刀を構え直します。

 歯を喰い縛って斬撃に備えたにも関わらず、ついに刃が振り下ろされることはありませんでした。
 
 なぜなら、一連の騒ぎを聞いて駆け付けたルヴィが、既にシャリマー王子を牽制していたためです。
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