乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

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フラグ建築とハーブの香りと鐘楼の妖精

第27話

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 クライス・ティアには似たような外観の校舎が多く、行けども行けども代わり映えのしない風景が広がっています。石の詰まった袋を抱えて駆けずり回る私の姿は、事情を知らぬ者が見ればさぞかし滑稽に映ったことでしょう。

 いよいよ本格的に遭難したやもしれぬ、石持ったまま、などと思っていたそのとき、広場のように見通しのいい場所に出ました。
 そこには、講堂か記念館の類でしょうか、天辺に鐘楼を頂く古ぼけた建物がぽつんと佇んでいます。外壁に蔦の絡まったそれは、これまで見てきた近代的な校舎とは明らかに異質でした。

 何のためのに建てられたのかもわからぬそれに、ふらふらと立ち入ってしまったのは、独特の佇まいに惹かれたというだけではありません。
 それなりに高さがある建物から見下ろせば、どこに目的地があるのか把握できるのではと考えたからです。

 見るからに古ぼけた扉は蝶番も錆びているのか、甲高く軋む音を立てながら開きます。手入れはされているらしく、エントランスホールは年季こそ入っているものの掃除は行き届いており、床には複雑な模様が織り込まれた絨毯が敷かれていました。
 エントランスの正面から二階へ通じる大階段を上がると、左右に広がる廊下には屋敷のように、個室へ通じる扉が並んでいます。吹き抜けを囲うようにぐるりと巡らされた廊下を渡り、建物の正面に回ると、そこには鐘楼に通じるらしい螺旋階段が天に向かって伸び上がっていました。
 階段を薄暗く、足元が心配だったものの、照明の灯し方がわかりません。仕方なく、頭上から降り注ぐ光を頼りに一段ずつ慎重に昇ります。

 徐々に光源が近付き、そろそろ鐘楼に辿り着くだろうと思われたとき、光の中に人影らしきものを捉えました。相手が階段に身を隠すように座り込んでいたせいでしょうか、かなり近くまでそこに人の気配があることすら気が付きませんでした。何となく気まずい空気が流れ、私は階段を降りるべく踵を返します。
 そのとき、意外にも光の差し込む方向から声が降り注ぎました。

「待って」

 少年のものと思われる涼やかな声に呼び止められ、反射的に振り返ったものの、その拍子に腕に抱えた袋が落ちかかり、私は咄嗟に受け止めようと体勢を崩してしまいました。
 気付いたときには既に遅く、私の体は階下へ吸い寄せられるように、ゆっくりと傾いでいきます。

 そのまま階段を転げ落ちていくかと思われた刹那、階上から飛び降りてきた少年が私の腕を掴み止めました。滑り落ちた袋が階段に叩きつけられ、鐘楼まで突き抜けるような重苦しい物音が響き渡ります。
 しかし、私自身は少年の咄嗟の機転に救われ、辛うじてその場に踏みとどまることができました。

 間近で見お互いの顔をはっきりと視認した瞬間、私は感謝の言葉を告げることすら忘れ、少年の瞳に釘付けになってしまいました。

 これ程までに不思議な瞳を、かつて見たことがあったでしょうか。澄明な天色に縁取られた虹彩は、中心だけフレアにも似た黄金色が広がっています。空と太陽のあわいには、浅瀬の海のように微睡まどろむ翠色が揺蕩たゆたい、まるで手付かずの入江をそのまま閉じ込めたかのようです。

「……シモン?」

 稀有な宝石に魅せられたように、少年の瞳に見惚れる私の顔を覗き込みながら、彼は不思議そうに訊ねかけます。
 名前を言い当てられたことに驚いた私が、どこかでお会いしましたか、などと問いかけるより早く、彼は私の体を力強く抱き寄せました。

「会いたかった……」

 青光りするほど深い黒髪とオークルジョーヌの肌からは、香油でしょうか、異国を思わせるような嗅ぎ慣れない匂いがほのかに漂います。イランイラン、ペチバー、シダーウッド……蠱惑的な香は正常な判断力を奪うかの如く、頭の芯を甘く痺れさせました。
 とはいえ、この状況が異常であると認識できるだけの理性が辛うじて残っていた私は、軽く彼の肩先を押し返し、体を離します。私の表情に混乱の色を読み取ったのでしょうか。少年は怪訝な顔で再び訊ねました。

「……わからないの?」

 明らかに落胆したような声音に罪悪感を覚えるも、私は首を縦に振るほか術を持ちません。意外にも少年は納得したらしく、あっさりと私を解放し、階段に落ちた鉢底石の袋を拾い上げました。

「……どうしてこんなところに?」
「ええ、それが……工学部と人文学部の間にある中庭に行きたかったのですが、道に迷ってしまったので、ここから方角を確認しようと……」

 少年は袋を抱えたまま、するすると滑るような足つきで螺旋階段を下りていきます。

「……こっち」

 その場に立ち止まったまま動こうとしない私を、少年が肩越しに振り返ります。どうやら道案内をしてもらえるようです。私は慌てて階段を駆け下りました。

 少年は迷いのない足取りで、美しく区画されているが故に特徴のない道を進んでいきます。腕に抱えた石の重さに喘ぎながらも必死についていくと、程なくして見覚えのある景色の中へ出ました。

「あそこ……」

 伸びやかな腕の示す先を見ると、園芸委員会の面々が空っぽの鉢を囲んで何やら議論している最中でした。

「あっ、しーちゃん!ごめんね、先輩とお話ししてたら長引いちゃって」

 遠巻きに佇む私の姿に気付いたジェイが、焦った様子で駆け寄ってきます。

「いいえ、私も勝手に倉庫を離れてすみません」
「探しに行くかって話してたんだぞ。余計な手間かけさせんな」

 シャリマーからはかなり強めに額を小突かれたものの、ともあれ私の身を案じてくれていたようです。ミュゲにも相当な心配をかけてしまったらしく、私の腰にしがみついて離れませんでした。
 ジェイは私がはぐれたことに責任を感じていたのでしょうか。安堵のあまり今にも泣き出しそうです。私は軽率な行動をとったことを深く反省しました。

「一人で帰ってきたの? 迷子にならなくてよかった」
「それが、少し迷ってしまって……そちらの方に道案内をしていただいたのですが」

 振り向くと、つい先刻までそこにいたはずの少年の姿は影も形もなく、足元に鉢底石の袋が置きざりにされているばかりでした。
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