乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

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紅顔の美少年とお宅訪問ツアーと時をこえた再会

第36話

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 ミツの口から出た名前に私は理解が追いつかず、少年は未だにミュゲを離そうとしません。
 すったもんだの挙句、我々はひとまず少年を連れて、談話室へ戻ることにしました。
 ひとまず腰を落ち着けて、なぜ彼が私とミュゲの名を知っているのか、どこかで面識があったのかを聴取するつもりだったのです。

 それなのに、長椅子に腰掛けた少年はなぜか傍らに私を座らせ、膝の上にミュゲを載せています。しかも、肩先にはしっかりと手が回っているため、逃げることも体を離すこともかないません。
 流石にこのような体勢では、話し合いどころか平常心を保つことすら難しいです。対面に座ったミツも、身を寄せ合う我々を眺めながら心なしかぎこちない笑みを浮かべています。

「あの、サンク……様? もう少し、離れていただくことは可能でしょうか……」

 緊張に身を固くしながら恐る恐る申告すると、彼は私を解放するどころかより強く肩を引き寄せ、鼻先が触れ合いそうな位置で顔を覗き込みます。

「シモン……本当に覚えてないの?」

 記憶に新しい、蠱惑的な匂いが鼻孔をくすぐります。目交まなかいまで迫る宝石のような瞳と理性を浸食する香、甘えるように上擦った声は、否応なく私から抵抗する意志を奪い取っていきます。
 そのまま彼の腕に身を委ねてしまおうかと思った矢先、私を映す彼の瞳に、言いようのない懐かしさを覚えたのです。それは、つい先日会ったばかりだからという即席の既視感ではなく、もっと記憶の深い部分から湧き上がるノスタルジックな感覚でした。

「ずっと昔、一緒に遊んだ……ヴィエルジュ国に行ったとき……」

 そのとき、切なげに顔を歪めながら必死に訴える彼の言葉と、複雑に混ざり合った瞳の色に触発され、長らく埋もれていた記憶がついに呼び起こされました。

「あっ……宝物庫の妖精!」

 私が声を上げると同時に、ミュゲも彼の正体に思い当たったようです。彼女にしては珍しく驚きをあらわにした表情で、少年の顔を見つめていました。

「よかった……思い出した」

 端正な顔いっぱいに満面の笑みを広げた少年は、私とミュゲを力いっぱい抱擁します。

「えっと、シモン……宝物庫とか、どういうこと? 結局、三人は知り合いなの?」

 一連の流れにすっかり置いてけぼりを喰らったミツが、頭を抱えながら問いただします。

「初めて会った場所が、ヴィエルジュ家の宝物庫だったんですよ。私も今になって思い出したのですが……子どもの頃、一度だけですがお会いしたことがあるんです。確か、国賓として招待して……」

 ヴィエルジュ国とシャンユイ国の間では、古くから交易が盛んに行われており、ヴィエルジュ国からは野菜や花、お茶などの陸で採れる作物を、シャンユイ国からは海産物や遠方の国から仕入れた珍しい品物を、それぞれ売買していました。
 私の記憶が正しければ、過去にシャンユイ国の領主一家を招き、ちょっとした歓迎会を開いたことがあったはずです。そのとき、現領主に連れられて来た年端も行かぬ少年こそが、サンク・シャンユイその人だったのです。

「……名前」

 記憶を手繰り寄せることに集中していたところに、突然彼が不服そうにしかめた顔を突きつけてきたものですから、私はその場で飛び上がりそうになるほど吃驚しました。

「名前、もう知ってるんでしょ。呼んでくれないの」

 最初のうちこそ何を咎められているのかわからなかったものの、どうやら私が他人行儀なのが気に入らなかったようです。事実、幼い頃に一度会ったきり何年も音信がなかったのだから、いかにも他人に違いないのですが、それを説明したところで納得してもらえるとも思えません。
 結局、私は彼の顔色を伺いながらおずおずと名前を呼ぶしかありませんでした。

「ええと……サンク?」

 私の口からたどたどしく紡がれる名前を聞き届けた彼は、途端に莞爾とした笑みを浮かべます。

「それにしても、無茶が過ぎます。あんなところから飛び降りて、怪我でもしたらどうするつもりです」
「湯浴みして……外で髪を乾かしてたら、声がして……何だろうと思って見に行ったら、シモンがいたから……嬉しくて、つい……」

 なるほど、先程から彼の髪がしっとりと湿り気を帯びていた理由も腑に落ちました。

「ところで、サンクはいつからこちらに来ていたのですか?」
「今年の九月……」

 ということは、我々と同じ新入生です。それにしては、授業で一度も顔を合わせたことがありません。彼ほど特徴的な容姿の持ち主なら、そうそう見逃すこともないはずです。
 そもそも、鐘楼での一見以来、私は校内のどこへ行くにも彼の姿を探していました。それなのに、ここで鉢合わせるまでばったり出くわすどころか、すれ違うことすらなかったのです。

「お互い一年生なのに、どうして一度も教室で会わなかったのでしょう。不思議ですね」
「一年……? 一年生の授業、受けてない……」

 我々はお互いに相手の言わんとするところが飲み込めず、顔を見合わせたまま首を傾げます。
 ミツが間に入ってくれたおかげでどうにか理解できたのは、彼が入学当初から二年生と同じ授業を受けているらしいということでした。入学した日にルヴィも言っていたように、クライス・ティアでは習熟度の高い生徒は学年に関係なく、より上位のクラスに参加できます。
 しかし、そこでふと浮かんだ疑問を、私は馬鹿正直にもその場で口走ってしまいました。

「そんなに優秀なら、ミツのように記念祭実行委員会に選任されていてもおかしくないのではありませんか?」
「うん……そういう話もあったんだけどね……」

 ミツいわく、彼の放埓ぶりは上級生の間にも広く知れ渡っており、記念祭実行委員どころか生徒会からの引き立てを受けようとまるで意に介さず、そもそもカリキュラム通りに授業へ顔を出すとも限らないので、勧誘したくとも捕まらないともっぱら評判になっているようです。
 彼がいろいろな意味で特別な生徒なのだと理解する頃、エントランスホールに置かれたホールクロックが間延びした鐘の音を響かせました。いつの間にか窓の外に広がる景色も、とっぷりと暮れなずんでいます。

「もうこんな時間ですか……。そろそろ我々はおいとましましょう」

 頃合いとばかりに腰を浮かせようとすると、すかさずサンクの手が私を捕まえ、強引に長椅子の上へ引き戻します。

「もう帰るの? せっかく会えたのに……。さみしい……」

 今にも見捨てられんとする仔犬のような眼差しに、私は思わずたじろぎます。とはいえ、ほだされるなどもってのほかです。外泊届も出していないのに門限を破ろうものなら、放校処分も免れ得ないでしょう。
 しかし、ミュゲは未だ彼の腕にとらわれたままです。三人まとめて生家さとへ送り返されないためには、どうにか彼を説き伏せ、この場を切り抜けるほかありません。

「今生の別れでもあるまいし……。同じ学校の中にいることはわかったのですから、すぐに会えるじゃないですか」
「……いやだ。一緒にいて」

 試しに軽口でいなそうとしても、彼はむずがる子どものように私の体にすがりついて離れません。なぜそうまで頑なに我々を手元に置きたがるのか、にわかには理解しがたいものの、ひとまず彼をなだめようと濡れ羽色の冷たい髪を撫でつけます。

「あなたは……どうしてそうまで我々を気にかけてくださるのですか」
「だって、泣いてたから……」

 私の肩先に顔を押し付けたまま、彼はくぐもった声で応えました。その一言が呼び水となり、昔日の記憶が脳裏をよぎります。

「……ずっと心配してくださっていたのですか。ありがとうございます。あなたは優しい人ですね」

 なるたけ優しい響きを乗せようと心を砕きながら語りかけたところ、ようやく彼は顔を上げてくれました。

「私もミュゲも放課後になれば大抵、理学研究棟の温室にいます。遊びにいらしてくだされば、いつでも会えますよ」

 私は幼い日のまま時が止まった彼に相対しているつもりで、精一杯の柔和な微笑みを向けながら、さびしさが少しでも紛れるよう薄い背に腕を回し、軽く抱擁を返します。

「……わかった。絶対、また遊ぼうね」

 完全に承服したとは言えぬまでも、ひとまずこちらの言い分は通ったのか、サンクは頑是なく頷くと、私の頬に唇を寄せました。
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