【完結】狼は吠えない ー元アルファの少佐、副官のつがいにされるー

隙間ちほ

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2.問題児

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 結局こうなるんだよなあ、と内心でため息を溢しながらロルフは執務室で新人を迎えていた。目の前にいるのは、縦に長く、それに準じて手足も枝のように長く年若い青年である。
 ――なんとなくロルフは去年の食糧配給の比率をいじった事を思い出していた。不作の煽りを受け、代替品での補填を指示したのは自分だ。まさかな、とは思いながらも、細長い体躯を見ているとどうにも気になってしまった。
 冷え冷えとした薄氷の目にじっと見下ろされて初めて、相手がこちらを待っていると気づく。握手の格好で無言になられては、向こうも困ったことだろう。慌てて手を離し、ロルフは誤魔化すように声をかけた。
「ああ、ええと、ファルケンハウゼン少尉」
「はい」
「ところで……前線基地ではその、食事は十分だったかな?」
「え?」
 聞かずにはいられなくてロルフは言った。唐突な質問を受け、少尉は不思議そうに目を瞬かせた。その動きだけで、冷血さすら滲ませた容貌にあっという間に血が通う。すると不思議なことに、急に年相応に見えた。
 少尉は少し眉をしかめて、記憶を探るように目を泳がせる。おずおずと遠慮がちに口を開いた。
「……えっと、その、あまり、美味しくなかったです」
「おお、うん?」
 予想したのとは違う素朴な答えが返ってきて、ロルフは苦笑いした。いかにも若者らしい答えなので、毒気を抜かれたとも言える。いつの間にか詰めていた息を吐いて、ロルフは顔を上げた。
「味は聞いてない。量は十分だったか?」
 ロルフの問いかけに再び視線を泳がせながら、少尉は渋々といったふうに答えた。
「……ええと、はい。量だけは、まぁ、それなりに」
「ああ、ならいいや」
 配給が貧相だったわけではなさそうだ。ひとまずの小さな懸念が払拭されたので、ロルフは胸を撫で下ろした。少尉は物言いたげに口籠もっていたが、味についてはこちらの管轄外だから、文句をつけられる筋合いはない。少々哀れには思うが。
 今更ながら、ロルフは肩の力が抜けていくのを感じた。問題ある貴族の高位アルファというだけでかなり身構えていたが、思い返せば年齢は確か22歳とあった。参謀総長の孫でアルファの上流貴族だなんだとややこしい背景情報に気を取られ、10以上も年若い相手に、自分はちょっと気負いすぎていたのかもしれない。
「あの、少佐。何故食事のことを?」
 小首を傾げた少尉は、疑問を黙っていられなかったようで口を開いた。こうして素直に聞いてくるのは中々好感が持てる。新人の、まるで視線一つでこちらを凍らせそうな印象は、わずかな会話の内に和らいでいた。
「何故って、それが仕事だからな」
 ロルフは笑って、ドアの前まで行くと直立したまま振り返る少尉を手招いた。
「せっかくだ、このまま仕事場を案内しよう。前線とは違うが、忙しさなら負けてないぞ。覚悟したまえ」
 こちらのささやかな脅しくらいで少し怯んだ新人の表情がおかしかった。

 ◇

 中央兵站司令部は、首都から数駅の郊外に位置する補給線の司令塔である。
 敷地の半数以上を占める備蓄倉庫には、小麦、芋をはじめとする食品、銃弾、砲弾などの装備一、飼葉や馬車、鉄道資材、医療機器、果ては衣類まで、あらゆる物品が蓄えられている。各部隊の需要に応えていつでも輸送できるように整えてある――というような、見学案内のお決まりの説明を淡々と口にしながら、ロルフは新人を連れて一通りの施設を回った。
 少尉は、どこを見せても興味深そうにしていた。誰に対してもやけに馴れ馴れしい態度なのは気になるが、あくまで好意的な範囲にとどまっている。円滑な人間関係を築けるならそれに越したことはない。それに、兵站業務に興味深そうな態度なのも悪くない。大概前線からくる坊ちゃんというのは、最初はあまり重要性にピンと来ていないような、涼しい顔をしていたものだ。
 肩書きにすっかり怖気付いてしまっていたが、蓋を開ければ今までで一番素直そうじゃないかとロルフはほくそ笑んだ。ひとまずは上手くやっていけそうだ。
 さて、ファルケンハウゼン少尉は、輸送課施設の予備馬車保管庫とそのすぐ横の馬場で軍馬を見た時、その日で一番目を輝かせた。
「あの、時々でいいんで、乗っていいですか?」
 説明に入るよりも先に、少尉は言った。きらきらとした顔を見上げて、ロルフは肩をすくめた。
「そいつは施設長に聞いてくれ」
「わかりました!」
 言うが早いか、新人はあっという間に馬場の管理棟へ向かって走り出す。飛ぶように駆けていく後ろ姿を見送り、口を挟む隙もなかったロルフは唖然とした。
 少尉の前の所属である騎馬連隊は、伝令や偵察も行う部隊である。迅速な判断力と瞬発力、反射神経を求められると聞く。
「……後で、とつけなかった俺が悪いのか?」
 ロルフはこめかみを押さえた。早くも良くない兆しが現れたような、認めたくないような、そんな気分だ。
 飛び込む勢いの新人に遅れて管理室に入室する。施設長の前にいた少尉は、ロルフが来たのを察知して振り返った。いかにも嬉しそうに紅潮した顔だった。
「早朝の放牧時間なら自由にして良いそうです!」
「……そうか」
 行動力は素晴らしい。知らない場所で、初対面の相手に対し、わずか5分足らずで要求を通すなんてそこいらの新人少尉にできることではない。貴族のアルファらしく我の強い行動、とも言えるが。
「良かったな」
 ついでに君も放牧されてきたまえ、と心で付け加えながらロルフはとりあえず苦笑いを浮かべた。少尉を挟んで施設長まで同じような顔をしている。
「えー、実は、つい先日新しい若馬を数頭仕入れたばかりでして。血気盛んすぎてまだ調教にも入れてないありさまなんですが」 
 施設長、すなわち馬場の管理を請け負っているホフマン大尉は、視線をちらと少尉の方へ向けた。
「……少々多めに運動してやればいくらかは落ち着くかもしれません」
「ええ、そういう事なんで、きっとお役に立てます。任せてください」
 少尉は胸を張った。大尉から向けられた不安そうな視線を、おそらく彼は違う風に解釈している。ホフマン大尉は物言いたげに少尉を見て、それからロルフを見た。
「……あー、うん。そうか、そうだな」
 いっそ哀れみにも似た気遣わしげな大尉の表情に、ロルフはいよいよ笑うしかなかった。一見素直そうだからといって、必ずしも上手く御せるとは限らないものだ。馬も、人も。
「若馬が落ち着くのを願うばかりだ……少尉はくれぐれも邪魔にならないように」
「はい、もちろんです!」
 こっちの若馬、もとい若造には何も通じていないらしい。ハキハキとした返事をされてしまい、ロルフは鼻白んだ。
 
 ◇
 
 少なくとも、この新人はこれまでと勝手の違う『問題児』として捉えた方が良さそうだ。という結論に達したのは、2日目のことである。正直一日目から目に見えていたが、ロルフはなんとなく先延ばしにしていた。もちろん意味はなかったが。
「いいか、少尉」
 にこ、とする若者を見上げ、執務机越しにロルフは書類を差し出した。
「内容はもう少し検証の余地があるが、おおむね悪くない……と言えなくもない」
「はい!」
 かなり控えめな言い方をしても、この新人は絶賛されたかのように表情を輝かせる。よほど評価に飢えていたのか、純真すぎるのか。真っ直ぐ突き刺さってくる純朴すぎる視線に、ロルフは少しだけ気圧されながらも指摘した。
「だが数字を省略する癖は良くない。今すぐ直せ、頼むから」
「えっ?!」
 予想外、とでも言わんばかりの顔をする少尉に、ロルフはため息をついた。どうも根本から感覚が違うらしい。
「ファルケンハウゼン少尉、ちょっと椅子持って来て、そこに座りなさい」
「はっ、はい」
 ロルフは少尉を執務机の前に座らせると、メモ用紙とペンを差し出した。
「ちょっとした講義をしよう。そうだな、乾パンはわかるな」
「はい、もちろん」
 うなづく少尉に向かってロルフは続けた。
「よろしい。では一人当たりに支給されるパンの数が15個、君のいた西部方面基地の兵士の総数を……そうだな、キリ良く4万人と仮定する。1年間に必要な量はどのくらいかわかるか?」
「ええ、非常にたくさん、ですね」
 神妙な顔の少尉がふざけていない事を確認して、ロルフはうんざりしたように額を押さえた。おかしいな、士官学校の成績は優秀、とあったはずだが。
「たくさん、ね。少尉、何がたくさんか具体的に説明してみろ」
「具体的……? えっと、その……大きな倉庫がいっぱいになるくらい……?」
「具体的って言葉の意味を教えないといけないのか? 計算しろ」
 ヴィルは慌てて手元の紙に書き込み始めた。
「えーと、1人が1日15個で、15個×4万人は60万個、それが一年分で60万×365だから……」
 導き出された巨大な数字を眺め、少尉は不安そうにロルフを見た。
「2億1900万……合ってます、よね?」
「ああ、合ってる。さて、現場からは一人1日15個じゃ足りないという声が上がった。20個に増やす事にしたらどうなる?」
「まだ続くんですか……」
 律儀に20×4万と書いて計算を始めた少尉を横目にロルフは手元のメモへと鉛筆を走らせた。
「あー、21900万×1/3は7300万、つまりあと7300万必要なわけだ。」
「えっ?! あれっ、なんで?」
「で、やっぱり20個は多すぎる17個くらいがいい、と言われる。するとどうなる?」
「えっと……」
 すっかり手を止めて考え込む少尉をよそに、ロルフは続けた。
「21900×1/5は4380、つまり最終的に追加は2920万だな」
「は?! どこからそんな計算……」
 自分のメモに書き足しながら少尉は数字を探し始めた。
「ああっ、ズルい! 最初の式はなんだったんですか?!」
 ようやく計算方法に思い当たった少尉が憤慨した声を上げたので、ロルフは鼻で笑った。
「ずるくない、数字が合ってりゃ良いんだこういうのは」
「そんなぁ」
「で、だ。一つの箱に1000個入るから積荷は29200個、一車両に乗るのは、そうだな、あの箱の大きさだとせいぜい144個か。もっと大きい車両を借りてもいいが、そっちはいつも嵩張かさばる物を運ぶのに使われる。そうすると、少なくとも210両分の車両カゴが追加で必要だ。列車は1日三往復、一回につき10両編成が基本。このうち2両分だけを開けてもらえるよう交渉できたとして、さて追加分だけでも全部運び終えるまではざっと……40日かかるわけだ。ただしこの間、別の案件が入ってくればもちろん空きは無くなることもあるし、逆に増えることもある。他の物品の配送計画に変更が起きることもあるし、優先度は常に変わる」
「……」
 少尉はすっかり無言になっていた。
「そういうのを全部管理するのがうちの仕事だ。」
「ひぇ……」
 小声の悲鳴は無視してロルフは手元の紙をくしゃりと握った。
「偵察が正確な数字より伝達速度を優先するってのはわからんでもない。そっちにしてみりゃ敵影95人を100人と報告したところで問題にならないからな。今まではそれで良かっただろうが、うちは違う」
 騎馬隊で培われた迅速さはもちろん素晴らしい。だがここでは、精密さもまた重要な要素だ。
「始まりの小さな数がどんどん増えていく。小さいと思ってた誤差も積み重なると大きくなる。小さく見えても端々に色んな問題が起きる。……だから端数を省略しないこと。いいな」
「……はい……」
 項垂れた少尉は実に情けない顔で、いつものうるさいくらいハキハキした声が嘘みたいな、ごく小さな返事をした。
「四則演算でこの調子じゃ困るぞ、少尉。士官学校で数学の講義はちゃんと受けたか? 弾道計算以外の式はおぼえてるか? 統計学についてどのくらい知ってる? 標本分散と不偏分散の違いはわかるか?」
「あ、あう、わ、わか…………」
「教科書は捨ててないだろうな。今度持ってきなさい」
「エッ?! あっ、は……はい……」
 こりゃ多分捨ててるな、とロルフは半眼になった。兎角顔と態度に出やすい新人である。
 悪いやつではなさそうなんだがなぁ、とロルフは何度目かのため息をついた。

 とはいえ、歴代で随一の素直なやつだと言うのがロルフの総合的な評価だった。
 一言聞いただけで即飛び出していこうとする癖は前線での習慣のせいだろう。何度「ちょっと待て」と口に出したか、正直数えてない。だが、こちらの言う事に聞く耳は持っているし、間違いを指摘すれば素直に認めて謝罪する。それがどうして「上官への違背行為」を起こしてここに寄越される事になったのか、何が起きたらそうなるのか……という疑問は、これまた割と早いうちに露呈した。あまり良くない形で。
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