10 / 119
平家伝説財宝殺人事件✨✨

源内邸✨✨✨

しおりを挟む
 すでに辺りは暗く夜のトバリが江戸の町を包んでいた。
 今夜も蒸し暑い。何もしなくとも汗が滲んでくるようだ。

 妖しく満月が夜空に輝いていた。
 蒼白《あおじろ》い光りを放っている。

 深川清住町(現、清澄)にある源内邸で信乃介が怪我を負ったお蝶を治療していた。
 庭から鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。涼やかな音色が響いてきた。

 甲斐甲斐しくお蘭が美女の腕に包帯を巻いていた。  
 自ら信乃介の助手を名乗っているが腕の方は定かではない。

 阿蘭陀オランダ人形のように目鼻立ちがクッキリとした美少女だ。

「もう、女の方を襲うなんて、どんな酷いヤツらなの」
 お蘭は不満げに形の良い唇を尖らせた。

「フフゥン、安心しろよ。お蘭を襲うような酔狂は居ないからなァ」
 信乃介はあざけるように軽口を叩いた。

「ああァら、なによ。信乃介先生ッたら、知らないのねえェ……。お蘭だって脱いだらスゴいのよ」
 ムカッとして、本気で着物を脱ごうとした。

「おいおい、お蘭!  わかったよ。冗談さ。脱がなくてもわかってるよ」
 さすがの信乃介もお転婆てんば娘のお蘭には形無かたなしだ。彼は剣の腕は超一流だが、美女にはことごとく振られていた。

「それはそうと、どうでしょうか。お蝶さんの容態は」
 俺は心配になって訊いた。

「うん、まァ、命に関わるような傷じゃないが」
 治療を終えた信乃介は苦笑いを浮かべた。

「ありがとうございます。信乃介先生……」
 お蝶は丁寧に頭を下げた。

「いやァ……、別に当たり前の事をしたまでですよ」
 剣の達人ではあるが、信乃介は美女には滅法弱い。
 照れて頬をかすかに赤く染めている。

「ケッケケ、信さん。また惚れたのか。美女には、からっきしだからね。困ったモンだぜェ……」
 山師のヒデが茶化すように股間を握ろうとした。なんともヤツだ。

「よせよ。ヒデ……。別に俺は惚れてなんかいないよ」
 照れ笑いを浮かべ、なんとか身を翻して避けた。
 
「でも、かなり傷痕が残りますね……」
 お蘭は心配そうにお蝶の腕の包帯を見た。
「傷跡が……」そうか。

「ケッケケ、なァに、こんだけのべっぴんさんだ。少しくらい腕に傷があってもなんの問題もねえッて、なァ!!」
 山師のヒデが満面の笑みを浮かべ、俺に同意を求めてきた。

「ええェ……、まァそうですね」
 確かに、たぐまれな美女だ。
 腕に多少の傷痕があっても問題ないかもしれない。

「どうしてもッて云うなら、オイラが嫁にもらってやろうか」
 ヒデは酔っているのか。馴れ馴れしくお蝶の肩を抱き寄せた。

「ええェ……?」彼女は苦笑いを浮かべているが、少し遠慮気味なようだ。

「冗談でしょ。ヒデさん!」
 お蘭は、ムッとしてヒデの手の甲をひっ叩いた。

「イッテテェ……、なんだよ。お蘭、良いだろう。信さんのおかげで命拾いしたんだ」

「関係ないじゃん。ヒデさんには。信乃介先生のおかげなんでしょ」

「バカだな。信さんの手柄はオイラの手柄だろ」
「なによ。その屁理屈は」

「ところで、信乃介……。相手は土蜘蛛衆だったらしいが」
 源内は真面目な顔で見つめた。

「ああァ、それもかなりの手練てだれだ。間違いなくお蝶さんを狙っていたね。ありゃァ何か、いわくがありそうだけど」
 信乃介は、お蝶の顔色を伺った。

「いえ……、私には心当たりはありません」
 かぶりを振った。

「そうかな。あんたのあの身のこなし。くノ一じゃないのか。しかもかなりの腕前だ」
 なおも信乃介は詮索しようとした。手に持った石の飛礫を弄んだ。

「ううゥン……」おそらくそうだろう。俺もこの謎の美女は、相当腕のたつだと思う。

「いえ、滅相もございません。私は一介の町人の娘です」
   
「まァまァ、良いではないか。信乃介!
 そんな事より久しぶりに酒でもみ交わそう」
 源内もだいぶ酔いが回っているようだ。

「いやァ、源内先生には悪いが。それよりもキヨ。俺にも例の飾り絵のついた羽子板を見せてくれよ」

「え、羽子板ですか……?」

「羽子板……!」かすかにお蝶の顔色が変わった。

「ケッケケ、ありゃァ『平家の家紋』だぜ。間違いなくキヨは平家の末裔なんだよ」
 山師のヒデもご機嫌な様子だ。何でも大袈裟に言うので困ってしまう。


「平家の末裔……」お蝶は独り言のように小声でつぶやいた。

「そんなことはないよ。さァ、これです。信さん」
 俺は信乃介におっぁの遺品の羽子板をみせた。

「ンううゥン……」
 信乃介は手に取って、じっくり見つめている。
 どうやらタダの羽子板ではなさそうだ。

「フフゥン、どうだい。信さん、お宝の匂いがして来るだろう」
 山師のヒデは調子が良い。『クンクン』と匂いを嗅ぐ素振りをした。 

 胡散臭い話しに首を突っ込んでは周りに迷惑をかけるヤカラだ。

「ン……、揚げ羽蝶か」信乃介は角度を変えたりして入念に羽子板を調べていた。その刹那。
「ムッ!!」
 いきなり信乃介は目を光らせ、小太刀を手にし天井へ放り投げた。

『ズダァン!!』
 音を立てて、小太刀は天井に突き刺さった。
 
「キャァーー、なにィ……!!」
 お蘭も驚いて悲鳴を上げ飛び退いた。

「ぬうぅ……!」俺も天井を見上げ呻いた。

「おいおい、なんだよ信さん」ヒデも飛び上がって驚いている。
 
「……!!」お蝶も天井を見上げ睨んでいる。
 すでに臨戦態勢だ。いつの間にか、後ろ手に短刀を忍ばせていた。

「うううゥ……」いったい何があったと云うんだ。
 俺も見上げていると、小太刀の刺さった天井から血がポトリとしたたり落ちてきた。


「キャァァー……、ち、血よォ!!」
 またお蘭が悲鳴を上げ信乃介の背中へ逃げた。

「フフゥン、どうやら大きな蜘蛛がいたようだ……」
 天井を睨みつけて信乃介が苦笑しつぶやいた。

「ええェ……、大きな蜘蛛!」まさか。土蜘蛛衆なのか。
「キャッ蜘蛛なんて大っ嫌い」お蘭は信乃介の背中に抱きついた。

「フフゥン、のん気にヒデと羽子板で遊んでいる暇はなさそうだ。敵は、そこかしこに潜んでいるみたいだ」
 しかし言葉とは裏腹に、信乃介は愉しそうに笑みを浮かべた。













☆゚.*・。゚☆゚.*・。゚☆゚.*・。゚☆゚.*・。゚☆゚.*・。゚

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...