リオン・アーカイブス ~休職になった魔法学院の先生は気の向くままフィールドワークに励む(はずだったのに……)~

狐囃子星

文字の大きさ
25 / 64
炎と竜の記録

歓喜の産声

しおりを挟む
「ちくしょうが!!!」
 男は怒りとともに目の前の宝を蹴り飛ばす。
 隠れ家たる洞窟に悲鳴のような甲高い音を響かせ、頭上に空いた穴より差し込む陽光を受けてはキラキラと光りながら宙を舞うのは、金や銀のコインや多種多様な宝石たちと、それらで身を飾った装飾品の数々だった。
 一度では怒りが収まらず、何度も何度も男は繰り返す。
 息が切れても、足が痛くなっても、コインが傷つき宝石が割れても、男は繰り返した。
 彼の後ろ、一段下がった岩場に集まった僅かな者たちは座り込んで地面を見つめている。体を緊張で石のように硬くし、息を殺して存在感を消して嵐が過ぎ去るのを怯えて待っていた。
 だが嵐は一向に収まらない。
 怒りは次から次へと、燃え滾る溶岩のように湧き上がっては男の理性を焼いて行く。
 集まった者たちは逃げたい気持ちを必死に抑え込む。
 もしも今目を付けられてしまったら、きっとその末路はあの宝たちと同じだ。
 抑えの聞かない激情に飲み込まれた大男に気が済むまで、ボロボロになって、命を落としてもなお怒りの掃け口として利用されるに違いない。
 ガシャガシャと耳の痛くなる騒音は唐突に収まる。
 ある者が恐る恐る顔を上げた時、その行為を心から後悔した。
 男の顔から表情が消え失せている。
 あれほど荒れ狂っていた激情が影も形もなくなり、のっぺりとした表情のみが顔に張り付いて幽鬼のような空気を纏っている。
 そんなものは生きた人間のする顔ではない。
 背筋が凍り付くような感覚と言い知れぬ恐怖に視線を地面へ戻す。
 まだゴツゴツした岩場の方が生気を感じれた。
「――コロス」
 抑揚のない声。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――」
 壊れたように男は呟き、崩れた宝の山の中にその上半身を突っ込ませた。
 モグラのように宝を掘り進む。
 爪がはがれようと、崩れる宝に体を打たれようと、割れた宝石がその肌を切り裂こうと。
 もはやケダモノにしか見えない男はピタリと動きを止めた。
 ズッポリと半身を引き抜き、その両の手に持っていたのは一部の者しか見た事のない宝だ。
 汚れた紫苑色の宝玉、それを覆う黄金の茨は鋭利なトゲを持ち、男の指を深々と貫いては赤い血を流させている。しかし血は地面に滴り落ちることはなく、宝玉に吸い込まれるようにして消えていた。
 異様な光景、気になって顔を上げてしまった者は「ヒッ」と思わず悲鳴を上げる。
 うっとりとした表情で男はその宝を見る。
「ああそうだ、これだ。これがあった――」
 その口端が二ッとつり上がり、醜悪に歪んだ顔で男は笑う。
 自分がかつて手に入れたはいいが不気味なあまり宝の奥底へ隠してしまっていた物。それが己の血を吸って脈打つ鼓動を感じながら、どのような力を持っているかを理解する。
 まるで宝玉が教えてくれるように、男の中に次々と見た事のない光景が浮かび上がる。
 悲鳴と嗚咽、恐怖と絶望、蹂躙と破壊、己が今この場で最も求める光景が頭の中に溢れだす。
 同時に確信する。
 ――これは現実だ。これから訪れる未来だ。俺が起こす未来だ。
 間違いない。間違いようがない。宝が、宝玉が教えてくれている。お前がやるのだ。お前にはその力がある。迷う事はない。難しい事ではない。ただ言う通りにすればいい。宝玉が望むまま、その力を篩さえすれば願いは叶うのだと。
 男の思考は溢れ出すドス黒い泉に飲み込まれていく。
 悲鳴をあげ、必死に抗おうとする本能すらをも塗りつぶしていく。
 生臭く生ぬるい感触がが頭の中を埋め尽くしていく。
 勿論、そんなものは錯覚だ。なんと心地よい錯覚だろうか。
 ずっと欠けていた心を満たし、生まれて初めて全てが満たされたかのような気分だ。
 この為に自分は生まれてきたのだろう。
 この美しい宝玉を使うために、この宝玉の力を得るために、この宝玉の望みを叶えるために、自分はこの世に誕生したのだ。
 もう明日に迷い苦しむ必要はない。
 全てを教えてくれる、全てを叶えてくれる、全てを許してくれる絶対的な力に従っていればいいのだ。
 ああ、なんと幸福なのだろう。
「へ、へへ、へへへへ――フフ、ハハハハハハ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハッハハハハハハハハハッハハハハハハハハアッハハハアハッハアハッハハハッハッハハハッハハハハハハハアハハアッハハハハっハアハハハッハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 男は笑う。
 心の底からとても楽しそうに笑う。
 その姿は、声は、確かに人の形をしている。
 しかしその場に居合わせた者たちは直ぐに分かった。
 アレはもう、この世の理から外れてしまったものだと。
「うわっ?!」
 声が聞こえた。
 振り返る間もなく、手足がドロドロとした赤黒いモノに飲み込まれ動きが取れない。
 驚きと恐怖に上がった悲鳴の一つが唐突に途絶えた。
 グシャリグシャリと吐き気のする咀嚼の音が次に聞こえ始め、それは悲鳴と入れ替わるように数を増やしていく。時折、空を赤い煙のようなものが舞って洞窟の壁や天井を染めて、それでも一つ悲鳴が消失していた。
 やがて男以外の生き物はこの場にいなくなる。
 笑い声だけが留まることなく洞窟に響き続けていた。
 血に塗れた宝の山は頭上の穴より降り注ぐ陽光にキラリと赤く光っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...