【完結】ぼくたちの適切な距離【短編】

綴子

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 拓人はぼくの部屋に入る時、持ってきていた口枷を着けた。
 あまり浸透してはいないが、アルファにはオメガの発情フェロモンを受けると確実に発情状態を引き起こす。それに対抗するためにアルファようの抑制剤もあることにはあるが、オメガようのソレと同様の効果は期待できない。
 その代わりとなるのが、アルファの口枷だ。オメガのネックガードと役割は似ている。が、オメガのように常に着用するものではなく、発情期のオメガに近づかなければならない場合のみ──、たとえばオメガに関わる研究者や医師が使うことを前提に作られていて、一般市場には滅多に出回っていないものである。

「拓人それって……」

「蓮はネックガード持ってないかなって思って」

「噛みたいなら噛んでもいいのに」

「勢いに任せた行動はしたくないんだ。多分、今の蓮は発情寸前で思考回路がいつもよりふにゃふにゃしてて、理性もゆるゆるだろうからね」

 2人でぼくのベッドに腰を下ろした。拓人はぼくをベッドの上にあったタオルケットで包んでから後ろから抱きしめる。拓人の匂いに包まれてぼくの幸福度は最高潮に到達した。

「それは……否定できないかも。でも、ぼく発情期じゃないの? こんなに体が熱いのに」

 拓人がこれほど理性を保ってられるということは、まだぼくは本格的な発情期を迎えていないのだろうか。今ですらこんなにも体が熱を持て余しているのに、本格的な発情期になったら自分はどうなってしまうのだろうと思うと少し怖い。


「オレは医者じゃないから断言できない。でも薬は飲んでないだろう?」

「ううん。帰ってきてから体の調子がおかしくて、フェロモンを測ったらいつも以上の数値が出てから飲んだ」

「そうだったのか。なら様子を見た限り、発情期は迎えてるかもな。オレが理性を保っていられるの蓮が飲んだ抑制剤のおかげだね」

「じゃあ、口枷外してもいいんじゃない?」

 アルファにとって口枷をつけるというのは自衛のためではあるが、屈辱的だとどこかで聞いたことを思い出したから、拓人にそう提案した。
 しかし、拓人は首を横に振る。

「この口枷は、蓮への愛の証明。でも。次の発情期が来た時には着けないよ」

 拓人が耳元でそう宣言する。想像しただけで、お腹がキュンッとした。

「……っ」

「照れた? 匂いが少し濃く甘くなったよ」

「分かってるなら聞かないでよ」



 週明けの昼休み。
 今日は月曜日だというのに拓人がぼくを迎えに来た。

「今日は赤松先輩とご飯を食べる日じゃないの?」

 と聞くと、拓人は「千寿さんが蓮も呼んでるんだ」としか答えてくれなかった。
 彼氏にちょっかいを出したぼくにお叱りの言葉でもかけるつもりなのかと、ぼくは四阿まで行くまでの道のりの間ヒヤヒヤしっぱなしだった。

「初めまして、篠原蓮くん。私は3年の赤松千寿です」

「えっと、初めまして……」

「そんなに緊張しないで。取って食ったりなんかしないから」

 思いの外ギスギスした雰囲気はなく、ぼくは肩の力が抜けた。

「まずは謝らせてね。拓人との時間を取り上げるようなことをしてごめんなさい。この子から聞いてると思うけど、私と拓人は付き合ってません。それっぽく振る舞っていたけどね」

 ぼくは驚いて2人の顔を見比べた。あの日拓人の言っていたことは本当だったのか。

「じゃあどうして付き合ってるフリなんかしてたのって顔だから説明するとね、私と拓人はいとこ同士なの。今回の色々も拓人が好き子にやきもち妬かせて……」

 赤松先輩がそこまでいうと、拓人は彼女の口を押さえた。

「千寿さん、おしゃべりがすぎますよ」

 そう言って、先輩の言葉を誤魔化した拓人の顔は今まで見たことがないくらい真っ赤になっていた。彼は本当にぼくが知っている拓人なのだろうか?
 ぼくが、拓人を見つめていると赤松先輩が彼の手をゆっくり外してぼくと向き合った。

「なかなか発展しないあなた達には外部からのアクションも必要と思って拓人に手を貸したけど、あなたを傷つけた事実に変わらないのよね。ごめんんなさい」

「いいえ。ぼくも今回のことがあったおかげで、どれだけ拓人のことが好きだったかも自覚しましたし、自分の心に嘘を吐いても後悔するだけだと学ばせてもらったので、感謝してます」

「そう。拓人のパートナーがあなたのようにいい子でよかったわ。それから拓人。今回は私も面白そうってノリノリであなたの提案に乗っちゃったから強くは怒れないけれど、恋愛にはスパイスが必要と言っても加減を間違えればお互いが傷つきかねないってことを忘れちゃだめよ? これからはもっとお互い素直になるのよ」

 そう言って赤松先輩は去っていった。お弁当を持ってきていなかったから最初からちょっと話すだけのつもりだったのかもしれない。

「赤松先輩って、噂通り魅力的な人だよね」

 楽しそうに遠ざかる先輩の背中に熱い視線を向けていると、拓人が腰に腕を回した。

「好きになったら怒るよ」

「赤松先輩は人間として尊敬してるだけ。ぼくが好きなのは拓人だけだよ」

「オレは蓮のこと愛してる」
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