【完結】クズとピエロ【長編】

綴子

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それは甘い毒

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 第2の性がオメガであると発覚したのは、中学の時の健康診断でのことだった。

 アルファやオメガという存在は、教科書や本、テレビとかでしか見たことがなかったので、自分には関わりのないものだと逢沢早苗は思っていた。だから、いきなり突きつけられた現実に実感も全く湧かなかったし、オメガと診断されてショックを受けるなんてドラマみたいな感情も湧いてこなかった。
 ただ保健体育の授業で習った身体が成熟すると第二次性徴期の一つとして現れる『発情期』が大変そうだ……などと楽観的に考えていた。

「逢沢オメガだったの? 似合わねえ」

 と、健診結果票を盗み見た友人がそう言った。

 教科書や本に書いてあるオメガの特徴は、穏やかな性格だとか争い事を好まないとか、庇護欲をかき立てる存在だとかで自分には全く当てはまらない。
 それにオメガのイメージといえば、物語に出てくるお姫様のような存在という漠然とした認識が早苗たちの中にあった。友人の言った「らしくない」という言葉に早苗も最初のうちは同意していた。

 けれど、いつの頃か「らしくない」という言葉は早苗にとって一種の呪いのようなものになっていった。
 世間は早苗が思っている以上に「個性的なオメガ」を受け入れてはくれなかった。最初のうちは「らしくないオメガ」だった早苗を肯定してくれていた友人たちも気がついたときには、早苗に「オメガらしさ」を求めるようになっていた。
 そのことは早苗にとって苦痛でしかなかった。


 早苗が、はじめて自分以外のオメガと遭遇したのは高校に進学してまもない頃だった。
 その高校はいたって普通の私立高校だったが、他の公立高校とは違い設備にお金がかけられている分、オメガの進学率も比較的に高かった。その学校にオメガは早苗を含めて3人通っていたが、早苗以外の2人はまるで教科書から飛び出してきたような「理想のオメガ」を体現したと言っても過言では無い存在だった。
 触れたら壊れてしまいそうなほど儚げで、纏う雰囲気は柔らかい。彼らのようなあり方のオメガとして正しく、自分は異端なんだと思い知らされた。それでも高校生の間は、異端だと言われても早苗の生き方を理解してくれる良き友人が近くにいたこともあり、それなりに楽しく充実した学生生活を送ることができた。

 けれど、社会人になってからは、早苗に「オメガらしさ」を求めてくる人が学生の時とは比べ物にならないくらいに増えた。
 特に、まだオメガの社会進出がそれほど進んでいなかった時代に入社した年代にその傾向は多くみられた。オメガに対する社会が持つ印象が変わったのはここ10年程のことだから、そういった差別がまだ残っているという話は聞いたことがあった。けれど、元来楽観的な性格の早苗は社会がオメガの社会進出を推奨している時代にそんな馬鹿馬鹿しい差別が残っていることなどあるものかと甘く考えていた。

 しかし早苗の考えは呆気なく打ち砕かれた。
 例えば上司に企画を持っていっても、「オメガ」という目で見られるだけで、目も通されずに企画書は突き返されるのは当たり前。同じ内容のものをベータの同期が持っていけば、たちまち企画会議に回される。つまり、そういうことだ。表面上はオメガの社会進出のサポートを謳いながら、本人の意思で「できなかった」とさせれば体面は保たれるというシステムだ。

 理不尽な現実を突きつけられあまりの悔しさに、非常階段で隠れて泣いたことだってあった。たかが性別くらいで、勝手に能力を見くびられる。早苗ははじめて自分の性別を恨んだ。
 そんな時に出会ったのが、現在の恋人である須田京介だった。

 実を言うと彼のことを早苗は以前から知っていた。別に、そのときから好意があった訳では無い。ただ同じ高校にいた、優秀で評判のいいアルファの先輩として知っていた。
 京介も同様に、同じ高校に通っていた1学年下のオメガということで早苗のことは知っていたようだ。
 学生時代に話したことは一度もなかったが、お互いに有名だったので認識だけはしていた。特に関わることもなかったので、他人以上、知り合い未満の関係でそれ以上の関係になるなんて早苗は考えてもいなかった。

 けれど彼は、「らしくないオメガ」の早苗を認めてくれる人だった。能力に性別は関係ない、逆境に居ながらも自立できる強さは美しいと言ってくれた。その言葉は早苗にとって何よりも嬉しかった。

 その出来事を皮切りに、早苗と京介の距離はぐっと近づいていて、気がついた時には友人を通り越して恋人という関係になっていた。
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