【完結】クズとピエロ【長編】

綴子

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それは甘い毒

Chapter2-4

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 店を出ると、椎名の番が既に待っていた。

「お迎えありがとう。和彦」
「おかえりなさい。椎名さん」

 椎名に嬉しそうに駆け寄る姿は大型犬を彷彿とさせる。そんな男を見上げる椎名の頸椎を早苗は密かに心配する。彼の名前は紀田和彦。高校時代の2年下の後輩で、入学早々、椎名に熱烈なラブコールを送っていた人物である。
 そんな和彦であるが、椎名とよく行動を共にしていた早苗に対しては、とても無愛想であった。今だって、椎名の隣にいる早苗は全く視界に入っていないようだ。

「椎名、今日は誘ってくれてありがとな」
「え? 送ってくよ」

 大型犬――もとい、和彦にまとわりつかれている椎名に声をかけてその場を去ろうとすると、椎名に呼び止められる。が、彼の番犬が早苗を静かに睨んでいたことに気がついた。

「いや、遠慮しておくよ。椎名は、ちゃんと『待て』ができた子にご褒美を上げないとだろ?」
「ご褒美って……また、早苗は和彦のことを子供扱いしてる」

(子供扱いではなく、ペット扱いだけど……まあ、いっか)

「この子はもう大人だよ」と抗議する椎名に、適当に謝りながら手を振って、今度こそその場を離れた。和彦には、早苗がペット扱いをしているのが伝わったらしく、「さっさと行ってくれ」という視線を向けられた。

 真っ直ぐ帰る気分になれなかった早苗は、駅を通り過ぎて繁華街の方へと向かった。
 この時間、普通の居酒屋やバーはオメガだけでの入店を断られるが、ファミレスなどの飲食店ならばその限りでは無い。アルコールのメニューが少しでも多そうな店を探していると、背後から呼び止められた。

「早苗くん、奇遇だね。でも、こんな時間にひとりでこんな所を歩いているなんて、感心できないなあ。どうしたの?」

 振り返って声の主を確認すると、そこにいたのはスーツ姿の俊哉だった。

「俊哉先輩……こんばんは。さっきまで友達と飲んでいたんです」
「あー、あの最近できたカフェバー? あそこ女の子向けだから、オメガの子も行きやすいって評判だよね。どうだった?」
「結構良かったですよ。内装も、女性向けだからといって可愛さ一色ってこともなかったですし。シンプルモダンなので、男性オメガも利用しやすいなって思いました」
「へえ。ちょっと興味あるな。あそこ、バータイムは男性のベータやアルファは入店が制限されてるんだっけ?」

 俊哉が、後ろにいた人物に問いかけた。早苗も、視線を向けるとそこにいたのは閉じた唇から、鋭い犬歯が覗いている白髪の顔の整った大男。間違っても、目立たないタイプとは言えない派手な見た目をしていたが、今の今まで早苗は彼の存在に気がつかなかった。彼の風貌はこの繁華街のネオンによく馴染んでいた。

「知らねえ」

 携帯に視線を向けたまま、俊哉の問いにぶっきらぼうに答えた。

「この辺で、店やってるくせに知らないの?」
「うるせえ。その手の店は、視察対象外なんだよ。てか、誰だソイツ」

 男の鋭い視線が早苗に向けられる。威圧すら感じられる、その眼光に思わず体を硬くすると、俊哉が早苗の肩に腕を回した。

「そんなに、睨まないでよ。この子は、逢沢早苗くん。おれの高校ん時の後輩。可愛いでしょ」
「また節操なしにちょっかいかけてんのか」
「そんなことはないよ。この子は大事な子。ね、早苗くん」

 そう言って同意を求められたが、ここで素直に頷いてはいけないような気がして、その場は笑って誤魔化す。白髪の大男の視線がチクチクと早苗に刺さる。下手に目を合わせたら、喉笛に噛み付いてくるのではないかという恐怖が湧いてくる。

「困ってんじゃねーか」
「そこは同意しておいてよ、早苗くん」
「あ……なんか、すみません」
「そこで謝られたら、居た堪れなくなるんだけど……。てか、早苗くんは聖司が怖くて怯えてるだけじゃない?」

 いきなり責任を押し付けられた、聖司が「あ?」と俊哉を威嚇する。

「ほら、すぐそうやって怖い顔する。早苗くんが怯えてるじゃん。可哀想に、怖かったねー」

 驚いて肩を揺らしたせいで、俊哉が泣いている小さい子をあやすように早苗を抱きしめながら、頭をわしゃわしゃと掻き回される。

「怖かねーよ。普通の顔してんだろ」
「前科着いてそうな顔してるよ。自覚ないの?」
「んなの、あるわけねえだろ。ふざけんな」
「そんな、乱暴な言葉使わないで! 早苗ちゃんが怖がってるじゃない」
「お前こそ、急にそんな喋り方しやがって! 気持ちわりいんだよ」
「あ、あの! 2人はどんなご関係なんですか?」

 激しくなる口論を止めるべく早苗が声を上げると、2人の視線が早苗に集中する。

「もしかして、早苗くんヤキモチ焼いてくれたの? 嬉しいなあ」
「違います」
「そんなにハッキリ否定しなくても良くない? 共闘相手なんだからもっと懐いてくれてもいいんじゃない?」

 俊哉は早苗にまとわりつきながら、頬を突く。

「それはそれ、これはこれです」
「つれないなぁ。まあ、そこが早苗くんの魅力なんだろうけどさ。そこのおっかない顔の人は蛇池聖司。おれ達のはとこだよ」
「そうだったんですね。初めまして、俊哉先輩にはお世話になってます。逢沢早苗です」

 聖司は早苗には全くないようで、鬱陶しそうな視線を1度向けて携帯を弄りだした。

「ごめんね。あいつ基本無愛想なんだよ。だから無理に宜しくなんてしなくていいからね」

 そんな俊哉の言葉に早苗は曖昧に頷いた。

「おい、お前」

 さっきまで、早苗になんて興味が無いように振舞っていた聖司が真っ直ぐ早苗を見ていた。聖司に再び威圧の籠った視線を向けられ体が強ばる。俊哉がそんな聖司を諌めるのを無視して、早苗の耳元に口を寄せる。

「あんまり、コイツを信用するなよ」

 まるで、俊哉との企みを知っているかのような忠告に、心臓が止まりそうになった。早苗が答えるのも待たず、俊哉を連れて行ってしまった。
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