【完結】クズとピエロ【長編】

綴子

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それは甘い毒

Chapter4-1

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 朝食を済ませて、スーツに着替える自分の首元を京介が注視していることに早苗は気がついた。

「どうしました?」
「その……いつものヤツで行くのか?」
「え? ああ、はい。会社に着けていくのが勿体ない気がして」
「そうか。早苗が着けているのを見たかったんだが……」

 そう言って、京介は自分の首を指さした。昨晩、自分が贈ったエンゲージカラーが早苗の首元に無いことに疑問を持ったらしい。

 正直、早苗は職場に京介から貰ったカラーを着けていくつもりはなかった。
 自分には似合わないデザインだからという理由だけではない。勿論それも大きな要因であったが、一番は彼が贈ってくれた物が、数あるデザインの中でも群を抜いて華美なデザインのものだったからである。
 京介が早苗のために用意したエンゲージカラーは一般人が普段使いするようなデザインではなかった。と言うよりも、そもそも京介が早苗に贈ったものは一般人向けのデザインでは無いのである。

 一般的にエンゲージカラーというのは、タンスのこやしになりがちなエンゲージリングとは違って普段使いできるものを選ぶことが多い。
 アルファにとっては自分のオメガであることを主張するため、オメガにとっては自分には特定のアルファがいることをアピールする役割がある。なので、医療用よりはオシャレだが、そこまでゴテゴテした装飾が付いていないものを選ぶことが多い。売れ筋はベルベット地のベルトで、シルバーのワンポイントがあるものが人気だ。

 職業によっては、エンゲージカラーは飾り立ててこそ、という業種もあるが、そういうケースは非常に稀である。もちろん、早苗の職種には当てはまらない。むしろ早苗が京介から贈られたエンゲージカラーを会社につけていこうものなら、上司に小言を言われるのは想像に難くない。『オメガの社会進出を応援』などと謳っていながら、オメガ社員は正当な評価をされることが少ないというのが現実だ。
 伊織の介入があったとはいえど、このエンゲージカラーがいいと最終的に判断した京介のセンスを、早苗は疑いたくなった。アクセサリーは装飾が凝っているものほど喜ばれるとでも思っているのだろうか……。

「再来月に会社の創立記念パーティがあるじゃないですか。その時に着けさせてもらいます」
「楽しみにしている」

 早苗が着用を約束したことで、それ以上京介の恨めしそうな視線が首元に送られることはもう無かった。
 しかし、再来月のパーティーを迎える頃には、早苗と京介の関係は終わっている予定なので、早苗は未着用のまま京介にカラーを返すことになるだろう。そう思うとなんとも言えない気持ちになった。

 2人で会社までの道のりを歩いていると、駅の方から合流する道で京介が声をかけられた。

「須田先輩じゃないですか! おはようございます」
「ああ、おはよう」

 声をかけてきたのは快活な印象を与える青年だった。彼は好奇の目を早苗に向けてきた。

「そちらは、先輩のパートナーの方ですか?」 
「そうだ。商品開発部の逢沢早苗。早苗、彼は俺の後輩の春井仁太」

 京介に紹介されたので早苗は春井に会釈する。春井も早苗に視線を向けながら会釈を返した。首元に視線をちりちりと感じる。オメガである早苗に興味があるようだ。彼は多分、オメガを間近で見るのは初めてなのだろう、と早苗は予想した。

 オメガの個体数はアルファよりも少ないとされている。そもそも会う機会がなかったか、あるいは親の教育方針でアルファ校に通っていたなど色々な要因は考えられる。

「春井、そんな不躾に人のパートナーをジロジロ見るな」

 あからさまに向けられる好奇心に早苗が困っていると、京介が春井に注意する。

「うちは両親ともアルファで、オメガの方見るの初めてだったのでつい……。すみません、逢沢さん」
「いえ。大丈夫ですよ」

 両親がアルファということは成人するまで、番のいないオメガには近づかせないという教育方針だったのだろう。よく聞く話である。

 早苗たちよりも一回り上の世代だと、オメガに偏見のある人達が多い。ベータはもちろんのこと番のいないアルファや、アルファ同士の夫婦はその傾向が強い。多分、春井の両親はそっち側の人間だ。
 春井はあからさまに早苗を蔑むような視線は向けてこないが、この手の人間は無意識に人の神経を逆撫でしてくるタイプが多い。早苗は、春井に対する警戒心を上げた。

「にしても、逢沢さんって凄いですよね。オメガの方って大抵高校卒業したら家庭に入るって聞いたことがあったんですが、こんな大手でバリバリ働いてるとか。尊敬します」

 ほら来た。無意識にオメガを見下しているからこその発言だ。意識の根底に、オメガは能力が低いという偏見がなければその発言はしないだろう。早苗が怪訝に思っていたが、京介はどこか誇らしそうな顔をしていた。

「……ありがとう」

 適当に礼を言って流すのが正解だろう。その後も春井は会社に着くまで、しきりに早苗の方をチラチラと見ては京介に窘められていた。

 会社のエントランスに入ると、3人並んで歩いていた中央にいた京介は再び後ろから来た人物に声をかけられていた。
 振り返るとそこには髪をぴっちりとまとめた、よく言えば意志の強そうな女性がいた。見るからにアルファだということと、京介に好意を持っていることが分かった。早苗や春井は目に入っていないようだ。

「須田さん、おはようございます。今日も素敵ですね。初めて見るスーツですが新調なさったのですか?」
「いや、もともと持っていたがなかなか着る機会がなかったものだよ」

(オレの家のクローゼットで熟成されてましたからね)

 早苗は心の中で悪態を吐き、京介と春井に一声かけてから、先に1人でエントランスを抜けた。
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