【完結】クズとピエロ【長編】

綴子

文字の大きさ
37 / 44
それは甘い毒

Chapter6-4

しおりを挟む
 彼の次の言葉を早苗が待っていると、伊織は方をふるふると揺らし、口角はぴくぴくと痙攣していた。まるで笑いを堪えているかのような反応である。

「――ふふっ。そんなあからさまに警戒しないでよ。ぼくは別に逢沢くんに意地悪をしに来たわけじゃないんだからさ」
「…………」

 そう言われたところで、簡単に警戒を解くほど早苗は単純な人間では無い。訝しげな視線を相手に投げたまま、臨戦態勢だけを解いた。

「そういえば、そのネックガードすごく似合ってるよね」

 早苗がどんなに態度をとっても、伊織がその余裕そうな態度を崩す様子はなく、ネックガードにまとわりつくような視線を投げてきた。
 触れられているわけではないのに、真綿で首を絞められているような息苦しさを感じ恐ろしくなった。まるで、蛇に睨まれた蛙の気分である。

 俊哉から贈られたこのネックガードは、一見、医療用のモノに見えるほどシンプルなデザインであるが、伊織はソレがエンゲージカラーであると確信しているようだった。しかも、それを早苗に贈った相手が京介でないことも確信しているのだろう。
 しかし、ここで動揺しては彼の思う壺だ。

「ありがとうございます。お話がそれだけなら、失礼しますね」
「まさか。そんな訳ないでしょ」

 席を立とうとした早苗を、伊織は語気の鋭い言葉で止める。ここで、怯んだら彼のペースに飲まれると思った早苗は、警戒したまま座り直した。

「それで、話ってなんですか?」
「ふうん。強気な態度はやめないんだ……。まあ、いいけどね。じゃあ、聞かせてもらうけどソレ、エンゲージカラーだよね。贈り主は誰?」

 早苗の強気な態度に、伊織は一瞬顔を顰めたもののすぐに、表情を取り繕って直球な質問を投げてきた。
 彼からはいつもの人を見下すような余裕が感じられない。

「どうしてそんなことを気にするんですか? 伊織先輩には関係ないと思いますよ」
「質問に質問で返さないで」

 伊織は少し苛立っているらしく、指先でテーブルを叩きつけながら答えを催促してきた。

「先輩のご想像通り。須田先輩では無いですよ」

 伊織の目尻がぴくりと動く。早苗の答え方が癪に障ったようだ。
 それでも怒りを抑えるくらいには理性が残っていることに感心する。伊織のような人間は、煽り耐性を持ち合わせていないと早苗は思っていた。

「ぼくのことを馬鹿にしてるの? そんな分かりきってることを聞くわけないでしょ」
「バカになんてしてませんよ。でも、この答えで十分でしょう。オレたち別に恋バナをするような仲でもないんですから」
「もしかして、ぼくには言えない相手なの?」

 もし、このエンゲージカラーが俊哉から贈られた物だと知ったら、伊織はどんな反応を見せるのだろうか。
 そんな好奇心が湧いてきたが、早苗はすぐに理性でその危険な好奇心を押さえ込んだ。

「いいえ。伊織先輩に教える義理がないので答えないだけです」

 早苗は毅然とした態度で答えた。

「京介と付き合ってたのに別れてすぐに他の男と番うなんて常識ないんじゃないの?」

 伊織はここぞとばかりにそう言い放った。心なしか得意げな表情をしているのが腹立たしい。

「その大切な幼馴染に、恋人がいることを承知の上で肉体関係を持っていた人が常識を説くんですか?」

 けれど早苗もそこで黙っていられるほどお行儀のいい人間ではない。

「京介は優しいから、ぼくみたいな事情のオメガを放って置けなかっただけだよ」
「随分と中途半端な優しさですね」

 口をついて出た言葉は、これまでずっと抱えてきた京介に対する不満だった。

「京介とぼくの関係が少し特殊だったからって、京介を責めるなんて逢沢くんは心が狭いよ」
「伊織先輩はそうお考えなんですね。オレとは価値観が違うみたいです。いえ、伊織先輩の理屈は世間では通用しませんよ。まあ、これでオレと須田先輩の関係は終わったんでこれからは思う存分幼馴染に甘えたらいいじゃないですか」
「京介はキミを大切にしていたんだよ」
「オレはあの人に蔑ろにされていると感じてました。そしてその原因はアナタです」

 早苗はそう言って自分が注文した分のお金を置いて席を立った。
 これ以上伊織の話を聞いても何の実りもないどころかストレスが溜まる一方だ。

 店を出ると、すっかり日は沈んでいた。街灯が人通りがまばらな道路を煌々と照らしていた。
 随分と時間を無駄にしてしまった。さっさと帰ろうと歩を進める早苗の後頭部に衝撃が走り、眼前が白く明滅する。

 誰かに背後から殴られたと気づくが、意識はすぐに遠のいた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

処理中です...