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それは甘い毒
Chapter6-4
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彼の次の言葉を早苗が待っていると、伊織は方をふるふると揺らし、口角はぴくぴくと痙攣していた。まるで笑いを堪えているかのような反応である。
「――ふふっ。そんなあからさまに警戒しないでよ。ぼくは別に逢沢くんに意地悪をしに来たわけじゃないんだからさ」
「…………」
そう言われたところで、簡単に警戒を解くほど早苗は単純な人間では無い。訝しげな視線を相手に投げたまま、臨戦態勢だけを解いた。
「そういえば、そのネックガードすごく似合ってるよね」
早苗がどんなに態度をとっても、伊織がその余裕そうな態度を崩す様子はなく、ネックガードにまとわりつくような視線を投げてきた。
触れられているわけではないのに、真綿で首を絞められているような息苦しさを感じ恐ろしくなった。まるで、蛇に睨まれた蛙の気分である。
俊哉から贈られたこのネックガードは、一見、医療用のモノに見えるほどシンプルなデザインであるが、伊織はソレがエンゲージカラーであると確信しているようだった。しかも、それを早苗に贈った相手が京介でないことも確信しているのだろう。
しかし、ここで動揺しては彼の思う壺だ。
「ありがとうございます。お話がそれだけなら、失礼しますね」
「まさか。そんな訳ないでしょ」
席を立とうとした早苗を、伊織は語気の鋭い言葉で止める。ここで、怯んだら彼のペースに飲まれると思った早苗は、警戒したまま座り直した。
「それで、話ってなんですか?」
「ふうん。強気な態度はやめないんだ……。まあ、いいけどね。じゃあ、聞かせてもらうけどソレ、エンゲージカラーだよね。贈り主は誰?」
早苗の強気な態度に、伊織は一瞬顔を顰めたもののすぐに、表情を取り繕って直球な質問を投げてきた。
彼からはいつもの人を見下すような余裕が感じられない。
「どうしてそんなことを気にするんですか? 伊織先輩には関係ないと思いますよ」
「質問に質問で返さないで」
伊織は少し苛立っているらしく、指先でテーブルを叩きつけながら答えを催促してきた。
「先輩のご想像通り。須田先輩では無いですよ」
伊織の目尻がぴくりと動く。早苗の答え方が癪に障ったようだ。
それでも怒りを抑えるくらいには理性が残っていることに感心する。伊織のような人間は、煽り耐性を持ち合わせていないと早苗は思っていた。
「ぼくのことを馬鹿にしてるの? そんな分かりきってることを聞くわけないでしょ」
「バカになんてしてませんよ。でも、この答えで十分でしょう。オレたち別に恋バナをするような仲でもないんですから」
「もしかして、ぼくには言えない相手なの?」
もし、このエンゲージカラーが俊哉から贈られた物だと知ったら、伊織はどんな反応を見せるのだろうか。
そんな好奇心が湧いてきたが、早苗はすぐに理性でその危険な好奇心を押さえ込んだ。
「いいえ。伊織先輩に教える義理がないので答えないだけです」
早苗は毅然とした態度で答えた。
「京介と付き合ってたのに別れてすぐに他の男と番うなんて常識ないんじゃないの?」
伊織はここぞとばかりにそう言い放った。心なしか得意げな表情をしているのが腹立たしい。
「その大切な幼馴染に、恋人がいることを承知の上で肉体関係を持っていた人が常識を説くんですか?」
けれど早苗もそこで黙っていられるほどお行儀のいい人間ではない。
「京介は優しいから、ぼくみたいな事情のオメガを放って置けなかっただけだよ」
「随分と中途半端な優しさですね」
口をついて出た言葉は、これまでずっと抱えてきた京介に対する不満だった。
「京介とぼくの関係が少し特殊だったからって、京介を責めるなんて逢沢くんは心が狭いよ」
「伊織先輩はそうお考えなんですね。オレとは価値観が違うみたいです。いえ、伊織先輩の理屈は世間では通用しませんよ。まあ、これでオレと須田先輩の関係は終わったんでこれからは思う存分幼馴染に甘えたらいいじゃないですか」
「京介はキミを大切にしていたんだよ」
「オレはあの人に蔑ろにされていると感じてました。そしてその原因はアナタです」
早苗はそう言って自分が注文した分のお金を置いて席を立った。
これ以上伊織の話を聞いても何の実りもないどころかストレスが溜まる一方だ。
店を出ると、すっかり日は沈んでいた。街灯が人通りがまばらな道路を煌々と照らしていた。
随分と時間を無駄にしてしまった。さっさと帰ろうと歩を進める早苗の後頭部に衝撃が走り、眼前が白く明滅する。
誰かに背後から殴られたと気づくが、意識はすぐに遠のいた。
「――ふふっ。そんなあからさまに警戒しないでよ。ぼくは別に逢沢くんに意地悪をしに来たわけじゃないんだからさ」
「…………」
そう言われたところで、簡単に警戒を解くほど早苗は単純な人間では無い。訝しげな視線を相手に投げたまま、臨戦態勢だけを解いた。
「そういえば、そのネックガードすごく似合ってるよね」
早苗がどんなに態度をとっても、伊織がその余裕そうな態度を崩す様子はなく、ネックガードにまとわりつくような視線を投げてきた。
触れられているわけではないのに、真綿で首を絞められているような息苦しさを感じ恐ろしくなった。まるで、蛇に睨まれた蛙の気分である。
俊哉から贈られたこのネックガードは、一見、医療用のモノに見えるほどシンプルなデザインであるが、伊織はソレがエンゲージカラーであると確信しているようだった。しかも、それを早苗に贈った相手が京介でないことも確信しているのだろう。
しかし、ここで動揺しては彼の思う壺だ。
「ありがとうございます。お話がそれだけなら、失礼しますね」
「まさか。そんな訳ないでしょ」
席を立とうとした早苗を、伊織は語気の鋭い言葉で止める。ここで、怯んだら彼のペースに飲まれると思った早苗は、警戒したまま座り直した。
「それで、話ってなんですか?」
「ふうん。強気な態度はやめないんだ……。まあ、いいけどね。じゃあ、聞かせてもらうけどソレ、エンゲージカラーだよね。贈り主は誰?」
早苗の強気な態度に、伊織は一瞬顔を顰めたもののすぐに、表情を取り繕って直球な質問を投げてきた。
彼からはいつもの人を見下すような余裕が感じられない。
「どうしてそんなことを気にするんですか? 伊織先輩には関係ないと思いますよ」
「質問に質問で返さないで」
伊織は少し苛立っているらしく、指先でテーブルを叩きつけながら答えを催促してきた。
「先輩のご想像通り。須田先輩では無いですよ」
伊織の目尻がぴくりと動く。早苗の答え方が癪に障ったようだ。
それでも怒りを抑えるくらいには理性が残っていることに感心する。伊織のような人間は、煽り耐性を持ち合わせていないと早苗は思っていた。
「ぼくのことを馬鹿にしてるの? そんな分かりきってることを聞くわけないでしょ」
「バカになんてしてませんよ。でも、この答えで十分でしょう。オレたち別に恋バナをするような仲でもないんですから」
「もしかして、ぼくには言えない相手なの?」
もし、このエンゲージカラーが俊哉から贈られた物だと知ったら、伊織はどんな反応を見せるのだろうか。
そんな好奇心が湧いてきたが、早苗はすぐに理性でその危険な好奇心を押さえ込んだ。
「いいえ。伊織先輩に教える義理がないので答えないだけです」
早苗は毅然とした態度で答えた。
「京介と付き合ってたのに別れてすぐに他の男と番うなんて常識ないんじゃないの?」
伊織はここぞとばかりにそう言い放った。心なしか得意げな表情をしているのが腹立たしい。
「その大切な幼馴染に、恋人がいることを承知の上で肉体関係を持っていた人が常識を説くんですか?」
けれど早苗もそこで黙っていられるほどお行儀のいい人間ではない。
「京介は優しいから、ぼくみたいな事情のオメガを放って置けなかっただけだよ」
「随分と中途半端な優しさですね」
口をついて出た言葉は、これまでずっと抱えてきた京介に対する不満だった。
「京介とぼくの関係が少し特殊だったからって、京介を責めるなんて逢沢くんは心が狭いよ」
「伊織先輩はそうお考えなんですね。オレとは価値観が違うみたいです。いえ、伊織先輩の理屈は世間では通用しませんよ。まあ、これでオレと須田先輩の関係は終わったんでこれからは思う存分幼馴染に甘えたらいいじゃないですか」
「京介はキミを大切にしていたんだよ」
「オレはあの人に蔑ろにされていると感じてました。そしてその原因はアナタです」
早苗はそう言って自分が注文した分のお金を置いて席を立った。
これ以上伊織の話を聞いても何の実りもないどころかストレスが溜まる一方だ。
店を出ると、すっかり日は沈んでいた。街灯が人通りがまばらな道路を煌々と照らしていた。
随分と時間を無駄にしてしまった。さっさと帰ろうと歩を進める早苗の後頭部に衝撃が走り、眼前が白く明滅する。
誰かに背後から殴られたと気づくが、意識はすぐに遠のいた。
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