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それは甘い毒
Chapter6-7
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目を開けるとカーテンの隙間から入ってくる柔らかな陽光に照らされていた。そこが眠る直前にいた場所ではないことに早苗はすぐに気がつく。眠っている間に病室に移されたらしい。
火照りは治まっており、自力で起き上がれるくらいには回復していた。少し目眩は残っているものの、それは普段の発情期明けと変わりない。
床頭台に携帯が置いてあったので、特に何も考えずに手に取った。手帳タイプのケースを付けていたが、開いてみると画面はクモの巣が張ったようなキズが付いている。電源は問題なく入るようなので安堵したのも束の間、ロック画面にずらりと並ぶ『不在着信』の文字が目に入ってきて気分は一気に重くなった。
そのほとんどが職場の上司からのものだった。午後になってからは連絡がきていないが、午前中には1時間に1回のペースで電話がかかってきていた。
「無断欠席だから仕方ない……か」
不在着信の中から1番上にあるものを選んで、上司に電話をかける。待っている間に鼓動が少し早くなった。
『はい、橋本』
4コール目に出た上司は不機嫌を露わにした声色をしていた。
「逢沢です。連絡遅くなってしまいすみません」
『本当にね。で、この時間まで連絡が取れなかった理由は?』
この橋本というのは早苗の直属の上司だ。オメガに対する嫌悪感を隠しもしないし、オメガというだけで直ぐにケチを付けるから早苗はこの男のことが苦手だった。そんな相手の態度に思わず怯みそうになるのを、なんとか押し止める。連絡が遅くなったことの謝罪と、当欠理由の説明を終えて電話を切ると肩の力が抜けた。
改めて受信したメッセージを確認すると、京介や前野から早苗の安否を心配する内容のものが届いていた。詳しく話せる内容でもないので、心配をかけたことに対する謝罪と無事であることを報告する。
意外だったのは、俊哉からのメッセージが届いていなかった事だ。今回の件で俊哉から何らかのアクションがあると早苗は思い込んでいた。
しばらく画面と睨めっこをしていると、病室のドアがノックもなしに開けられる。入ってきたのは蛇池だった。
「おー、起きたか。調子はどうだ?」
「爽快とまではいかないですが、悪いというほどでもないです。ところで、どうして蛇池さんがここにいるんですか?」
「クソガキ共の尻拭いのためだな。あと、人の忠告を聞かなかった阿呆に説教するためだ」
蛇池の言葉に疑問符を飛ばすと「小松兄弟とお前のことだ」と釘を刺される。
「えっと、すみません」
「赤の他人に言われたところで響かねえかもしれんが、もっと自分を大切にしてやれ」
「……はい」
説教などと言いつつ、彼の言葉は早苗を責めるような内容ではなかった。が、早苗が肩を落として消沈していると、空気を戻すように蛇池は咳払いをした。別に蛇池のせいで落ち込んでいる訳では無いのだが、彼は「いい大人に対して、余計な世話だったな」と付け加える。
「それから、俊哉との番は解除されている。中和剤打たれたんだろう」
話を本題に切り替えた蛇池の言葉に早苗はすんなりと納得した。
「やっぱりアレは中和剤だったんですね」
「しかも無認可のものだ。どんな副作用があるか分からない上に、1度その手の薬を使ったオメガは受けられない保証が増える」
「そう、ですか……」
その言葉に目の前が暗くなる。案の定、伊織が早苗に打った中和剤は、真っ当に生きていたら関わる類のものではなかったらしい。そんな薬に関わってしまったオメガの末路が平穏であるはずがない。
無認可の中和剤は、認可されているものと比べその効能は高い。認可されてる中和剤なら投与までに時間の制限があり、番になってから時間が経っていればいるほど解除できる確率が下がる。
一方で、無認可のものはほぼ確実に時間などの制約もなく番の解除ができる。しかし、副作用が厄介なのである。発情期の薬が効かなくなったり、発情期でなくてもフェロモンを放出し続けたり、発ガンのリスクわ不妊症にだってなり得る。
「今のところ目立った副作用は出ていないようだが、今後どんな症状が出てくるかは今の段階では判断できないって話だ」
「これから出ないとかは……」
早苗の期待を打ち砕くように蛇池は首を横に振った。
「あんまり期待しない方がいいだろうな」
一縷の望みすら絶たれ、不安が押し寄せる。今は大丈夫そうだが、今後発情期でもないのにフェロモンを撒き散らすようになったら、生活ができなくなる。今の会社に居続けるのだって難しくなるはずだ。
「それから、俊哉が後でこっちに来るはずだから今後のこともちゃんと話し合えよ」
「はい……って俊哉先輩が来るんですか? 連絡もないからどうしたのかと」
「今はちょっとな。目を逸らしてきたことに向き合って貰わなきゃ困る」
「目を逸らしてきたこと……」
蛇池の言葉を反芻する。何を指しているのかは容易に想像ができた。伊織のことを指しているのだろう。一筋縄では行かなそうだし、どんな結果になったにせよ誰も幸せにならないような気がして早苗は苦笑を漏らした。
「そういえば、なんで蛇池さんがここにいるんですか?」
「今更聞くことか? まあ、端的に言えば、今回の事情を知ってるからだ。それに、元カレに付き添われるのも嫌だろ?」
あっさりと教えられた答えに、早苗は素直に納得した。
火照りは治まっており、自力で起き上がれるくらいには回復していた。少し目眩は残っているものの、それは普段の発情期明けと変わりない。
床頭台に携帯が置いてあったので、特に何も考えずに手に取った。手帳タイプのケースを付けていたが、開いてみると画面はクモの巣が張ったようなキズが付いている。電源は問題なく入るようなので安堵したのも束の間、ロック画面にずらりと並ぶ『不在着信』の文字が目に入ってきて気分は一気に重くなった。
そのほとんどが職場の上司からのものだった。午後になってからは連絡がきていないが、午前中には1時間に1回のペースで電話がかかってきていた。
「無断欠席だから仕方ない……か」
不在着信の中から1番上にあるものを選んで、上司に電話をかける。待っている間に鼓動が少し早くなった。
『はい、橋本』
4コール目に出た上司は不機嫌を露わにした声色をしていた。
「逢沢です。連絡遅くなってしまいすみません」
『本当にね。で、この時間まで連絡が取れなかった理由は?』
この橋本というのは早苗の直属の上司だ。オメガに対する嫌悪感を隠しもしないし、オメガというだけで直ぐにケチを付けるから早苗はこの男のことが苦手だった。そんな相手の態度に思わず怯みそうになるのを、なんとか押し止める。連絡が遅くなったことの謝罪と、当欠理由の説明を終えて電話を切ると肩の力が抜けた。
改めて受信したメッセージを確認すると、京介や前野から早苗の安否を心配する内容のものが届いていた。詳しく話せる内容でもないので、心配をかけたことに対する謝罪と無事であることを報告する。
意外だったのは、俊哉からのメッセージが届いていなかった事だ。今回の件で俊哉から何らかのアクションがあると早苗は思い込んでいた。
しばらく画面と睨めっこをしていると、病室のドアがノックもなしに開けられる。入ってきたのは蛇池だった。
「おー、起きたか。調子はどうだ?」
「爽快とまではいかないですが、悪いというほどでもないです。ところで、どうして蛇池さんがここにいるんですか?」
「クソガキ共の尻拭いのためだな。あと、人の忠告を聞かなかった阿呆に説教するためだ」
蛇池の言葉に疑問符を飛ばすと「小松兄弟とお前のことだ」と釘を刺される。
「えっと、すみません」
「赤の他人に言われたところで響かねえかもしれんが、もっと自分を大切にしてやれ」
「……はい」
説教などと言いつつ、彼の言葉は早苗を責めるような内容ではなかった。が、早苗が肩を落として消沈していると、空気を戻すように蛇池は咳払いをした。別に蛇池のせいで落ち込んでいる訳では無いのだが、彼は「いい大人に対して、余計な世話だったな」と付け加える。
「それから、俊哉との番は解除されている。中和剤打たれたんだろう」
話を本題に切り替えた蛇池の言葉に早苗はすんなりと納得した。
「やっぱりアレは中和剤だったんですね」
「しかも無認可のものだ。どんな副作用があるか分からない上に、1度その手の薬を使ったオメガは受けられない保証が増える」
「そう、ですか……」
その言葉に目の前が暗くなる。案の定、伊織が早苗に打った中和剤は、真っ当に生きていたら関わる類のものではなかったらしい。そんな薬に関わってしまったオメガの末路が平穏であるはずがない。
無認可の中和剤は、認可されているものと比べその効能は高い。認可されてる中和剤なら投与までに時間の制限があり、番になってから時間が経っていればいるほど解除できる確率が下がる。
一方で、無認可のものはほぼ確実に時間などの制約もなく番の解除ができる。しかし、副作用が厄介なのである。発情期の薬が効かなくなったり、発情期でなくてもフェロモンを放出し続けたり、発ガンのリスクわ不妊症にだってなり得る。
「今のところ目立った副作用は出ていないようだが、今後どんな症状が出てくるかは今の段階では判断できないって話だ」
「これから出ないとかは……」
早苗の期待を打ち砕くように蛇池は首を横に振った。
「あんまり期待しない方がいいだろうな」
一縷の望みすら絶たれ、不安が押し寄せる。今は大丈夫そうだが、今後発情期でもないのにフェロモンを撒き散らすようになったら、生活ができなくなる。今の会社に居続けるのだって難しくなるはずだ。
「それから、俊哉が後でこっちに来るはずだから今後のこともちゃんと話し合えよ」
「はい……って俊哉先輩が来るんですか? 連絡もないからどうしたのかと」
「今はちょっとな。目を逸らしてきたことに向き合って貰わなきゃ困る」
「目を逸らしてきたこと……」
蛇池の言葉を反芻する。何を指しているのかは容易に想像ができた。伊織のことを指しているのだろう。一筋縄では行かなそうだし、どんな結果になったにせよ誰も幸せにならないような気がして早苗は苦笑を漏らした。
「そういえば、なんで蛇池さんがここにいるんですか?」
「今更聞くことか? まあ、端的に言えば、今回の事情を知ってるからだ。それに、元カレに付き添われるのも嫌だろ?」
あっさりと教えられた答えに、早苗は素直に納得した。
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